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TOD  作者: ナナシノススム
試合開始
46/273

試合開始 16

 悪魔と呼ばれる人物の姿が見えなくなったものの、美優の体は震えていた。必死に震えを抑えようとしても抑えることができず、むしろ震えが大きくなっていくように美優は感じていた。それは、今自分が大きな恐怖を感じているという意味で、不安な思いに心が侵食されていくようだった。

「美優、大丈夫か?」

 翔が優しい表情でそんな言葉をかけてくれたものの、美優は上手く答えられなかった。すると、翔は美優の両手を自らの両手で包むように握った。

「不安だと思うが、大丈夫だ。安心しろ」

 翔の温かい手に握られ、美優は自然と心が落ち着いていった。そうして、気付けば震えも治まった。

「うん、ありがとう」

「何や? ランと美優ちゃん、イチャイチャしとるけど、そういうことかいな?」

「あ、そうじゃないの! えっと……」

「可唯、変な口を挟むな。俺にとって、美優は大切に思える人だ。ただ、それだけだ」

 一瞬、翔が何を言ったのか、美優は理解できなかった。それから、何を言われたか理解して、顔が熱くなっていった。

「ラン、面白いこと言うやないか」

「別に面白いことなんて言っていない。それより、冴木さん、どこまで行くんだ?」

「……ああ、もうすぐだ。篠田、今どこにいる?」

 冴木は通話したままのスマホを通して、篠田の現在地を確認した。

「安心して。こっちもすぐ後ろにいるわ」

「それならいい。それと、話すのが遅れたな。美優の祖父母と飼っていた犬は安全な場所に匿っているから安心しろ」

「え?」

 冴木の言ったことが意外で、美優は上手く理解できなかった。

「どういうことですか?」

「ああ、実は……一年前のTODで、ターゲットの家族が殺されたんだ。だから、今回はターゲットの家族の安全を最優先にした。そのせいで、到着が遅れて美優を危険な目にあわせた。本当にすまなかった」

「あ、いえ、それじゃあ、お祖母ちゃんもお祖父ちゃんもミューも安全ってことですよね?」

「ああ、そうだ。だから、安心してほしい」

「ありがとうございます」

 家族にまで危険が及ぶなど思っていなかったが、その心配をする必要がないとわかり、美優は安心した。

 それから少しして、冴木はある敷地に車を入れた。そこは、一見して工場のような場所だと美優は感じた。

 冴木は建物の近くに車を止めると、何やらスマホを操作した。すると、少ししてシャッターが開いた。その間に篠田達が乗った車もやってきて、二台は続けて建物の中に車を入れると、またすぐにシャッターが閉まった。

「ここなら安全だ。全員、降りてくれ」

「ここは何なんだ?」

 翔は冴木のことを信用していない様子で、そんな質問をした。それは、美優も知りたいことだったため、車を降りることなく、冴木の答えを待った。

「政治家や大企業の重役などが時々命の危険に晒されることがある。その時、安全が確保できるまで潜伏する場所として、ここは用意された。後で詳しく説明するが、信用してほしい。ここなら安全だ」

「……わかりました」

 少なからず、納得できる部分があったようで、翔は車を降りた。それに続いて美優も車を降りた。その間に篠田達も車から降り、全員が車から降りた形になった。

「改めて色々と説明したい。全員、こっちに来てくれ」

 冴木に従う形で、美優達は奥へ進んでいった。外から見た際は工場のようだと感じたが、中は普通の一般住宅と変わらないようだった。ただ、部屋が多く、前に旅行した際に泊まったホテルなどの方が、むしろ近いかもしれないと美優は感じた。

 冴木が部屋に入り、続いて中に入ると、そこはリビングのような間取りの部屋だった。

「全員、好きなところに座るなりしてくれ。あと、何か食事も用意しよう。篠田、手伝ってくれ」

「ええ、わかったわ」

 そう言うと、冴木と篠田はキッチンの方へ行った。

 この部屋はテーブルに椅子、それにソファーなどがあり、座れる場所自体は多くあった。その分、美優はどこに座ればいいか迷い、立ち尽くしてしまった。

「美優、こっちに座ろう」

 そこで、翔から提案される形で、美優は翔と隣同士で椅子に座った。

 料理を待っている間、可唯達はソファーに座ったり、座ることなく立ったままだったり、思い思いの選択をしていた。ただ、美優達の向かいに座る者がいなくて、結果的に食事を持ってきた冴木と篠田が美優達の向かいに座る形になった。

「こんなもので申し訳ない。ただ、今回のTODが終わるまでは我慢してほしい」

 テーブルに置かれたのは、ナポリタンだった。大きな皿に山盛りでよそられ、一目見て迫力があった。

「取り皿は、これを使ってくれ」

「あ、私はお弁当があるので、それを食べます。でも、ナポリタンも少しもらいますね」

 美優はバッグから弁当を取り出すと、テーブルに置き、蓋を開けた。そして、これまでの状況を表しているかのような、配置がグチャグチャになった中身を見て、美優は苦笑した。

「こっちはバッグごと弁当を忘れた。後で伊織に謝らないといけないな」

「伊織?」

「ああ、手伝いの名前だ」

「お手伝いさん、女性なの?」

「ああ、同い年ぐらいで……」

「同い年ぐらいなの!?」

 美優が強い口調で聞くと、翔は狼狽えている様子だった。

「いや、同年代の男女が一緒に暮らしていたら、何かあると思うかもしれないが、そういうことはなかったんだ。前に少し話したが……俺の家は異常なんだ」

 翔の言葉を聞き、美優は複雑な思いだった。詳しい事情はわからないものの、翔が同年代の女子と一緒に暮らしている。それに対する嫉妬が、まず美優の心の中にあった。

 それから、翔の家庭の事情を少なからず理解しようとしていたのに、それと反する行動を取ってしまった自分に対して、美優は反省した。

「ラン、浮気を疑われた彼氏みたいやな」

「そんなんじゃない。とにかく、俺と伊織は何もない。それだけは理解してくれ」

「……うん、わかった」

 実際は整理し切れていなかったものの、美優は翔を困らせたくないと思い、そう答えておいた。

「とにかく食べよう」

 冴木の言葉で、それぞれ取り皿にナポリタンを取ると、思い思いに食べ始めた。その中で、翔と信弘だけは簡単に「いただきます」と言っていて、性格なのだろうと感じた。

 そして、美優も弁当を食べようと箸でおかずを取り、それを口に運ぼうとした。しかし、そこで自らが食べ物を拒否しているかのような感覚に陥り、そのまま弁当箱におかずを戻した。

「美優、大丈夫か?」

「ごめん、ちょっと……」

 気付けば、美優の目から涙が溢れ出していた。今、自分は命を狙われている。そんなことを言われても実感していなかったが、美優は少しずつ自らの置かれた状況を理解するに連れ、様々な思いが溢れ出していた。特に大きかったのは、須野原先生の件についてだ。

「須野原先生、すごくいい先生だったんだよ? それなのに、オフェンスで参加して、ターゲットの私を殺そうとしたの?」

 剣道部の顧問だったため、一年生の時から美優は須野原先生とかかわることが多かった。そして、須野原先生は美優の実力を真っ直ぐ評価してくれた。時には上級生から妬まれることもあったが、そんな時は須野原先生が幼い頃からの努力によるものだと、美優を褒めつつフォローしてくれた。

 二年生で須野原先生が担任になった時、美優は心から喜んだ。どこか頼りなく感じる時もありつつ、それが須野原先生の魅力で、そんな須野原先生に美優は心を開いていた。

 それなのに、須野原先生がオフェンスで、ターゲットである自分を殺そうとした。美優はその事実を受け入れることができなかった。

「人に裏切られて、ショックを受けるなんてことは多くある。特に今回は殺されそうになったなんて特殊な状況で、気持ちの整理は着かないだろう」

 誰も何も言わない中、冴木だけがそんな言葉を発した。

「ただ、それで誰も信用できないなんて思わないでほしい。同時に、誰を信じて、誰を疑うべきか学んでほしい。その判断が正しいか誤っているかは、大人の俺達でもわからないものだ。そんな難題を突然考えなければならない状況になって、美優が困るのもわかる。だが、どうにか整理してほしい」

 冴木の言葉を受けて、美優は気持ちを落ち着かせることに注力した。そして、結局のところ答えは見つからなかったが、箸でおかずを掴むと、それを口に運んだ。

「今はとにかく食べます! あと眠いので、少し寝たいです! それから、色々なことを整理します! それでいいですか!?」

 意識していなかったものの、美優は強い口調になっていた。それを受けて、冴木は困ったような表情を見せた。

「むしろ、美優は抑えた方がいいかもしれないな」

 不意にそんなことを翔が言って、美優は目をやった。

「どういう意味?」

「人を信用するかどうか、一歩止まって考えてほしい。少なくとも……俺と冴木さんを信用するな」

 そう言うと、翔は冴木を睨んだ。それに対して、冴木も翔のことを睨み返した。

「ああ、俺も同感だ。美優、こんな奴を信用……いや、好きになるな」

 唐突に好きという言葉を言われ、美優は顔が熱くなった。

「いえ、その……」

「もう、みんな食べるって言いながら食べていないじゃない。こんな状況だけど、食事の時だけは楽しく食べるべきじゃないかしら?」

 篠田がそんな言葉を挟んだところで、どこか空気が変わったのを美優は感じた。

「そうですよね。改めて、いただきます!」

 そして、信弘が篠田に合わせると、みんな納得した様子で食べ始めた。

 その様子を見つつ、美優も食べるべきだと自分に言い聞かせると、少しずつでも食べ物を箸に取り、それを口に運んだ。

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