試合開始 15
孝太と千佳は、美優達と別れた後、学校に戻ると警察や南波先生などに事情を説明していた。しかし、TODに関する話は、どこか陰謀論のようなものとして扱われてしまい、上手く伝わらなかった。
「何でわかってくれないんですか!? 美優と翔が危険なんです! 警察なんだから、どうにかしてくださいよ!」
「ターゲットを殺せば賞金が手に入るとか、注射を打ったら強くなったとか、漫画やアニメの見過ぎじゃないのかな?」
「私だって見たんです! 何で信じてくれないんですか!?」
途中からは話を聞いてくれない警察に対して、強い口調になっていった。しかし、強く伝えれば伝えるほど、警察は孝太達が嘘を言っているか、何か騙されているのだろうと決め付けてきた。
「だったら、須野原先生の自殺はどう説明するんですか!? さっき、須野原先生は美優にナイフを向けたんです! その直後、自殺したなんておかしいじゃないですか!?」
「須野原先生が自殺した原因は、多くの借金を抱えていたことだろう。学校で自殺したなんて、他の生徒の心理状態が心配だ。孝太も千佳も口外するな」
「南波先生まで何だよ!? 僕達の話、聞いてくれねえのかよ!?」
普段、親身に話を聞いてくれる南波先生も、須野原先生の件については深く追求したくないようで、なかったことにしようとしているようだった。そんな態度に孝太と千佳は諦めに似た感情を持った。
「わかりました。だったら、いいです。千佳、行こう」
「……うん」
千佳は納得いかない様子で、もう少し粘りたいようだったが、孝太がそう言うと、渋々といった感じでついてきた。そうして、孝太達は、その場を後にすると、学校を出た。
「たく、警察も南波先生も何なんだよ!?」
「ホント、全然話も聞いてくれなくて、マジでムカついた!」
孝太と千佳は、お互いに警察や南波先生に対する不満を言い合った。しかし、そんなことをしても気持ちは落ち着かず、ますます怒りが強くなるほどだった。
「君達、少しだけいいかい?」
そんな声が聞こえて振り返ると、一人の男性が立っていた。
「私は浜中剛だ。少しだけ二人の話を聞かせてもらってもいいかい?」
浜中は、いわゆる私服警官――刑事で、先ほど孝太達の話を黙って聞いていた。そんな浜中がそんなことを言ってくる理由がわからなかったが、孝太は先ほどの警察の態度などから不信感を持っていた。
「何ですか? 僕達の話を聞くつもりはないんですよね?」
「他の人はそうだけど、私は違う。でも、警察も色々と事情があってね。良かったら、どこか店にでも入って話を聞かせてもらえないかい? 丁度昼時だし、何かご馳走するよ」
浜中は、他の人と違い、孝太達に気さくな態度で、本当に話を聞いてくれそうだと感じた。
「孝太、せっかくだし、聞いてもらおうよ」
千佳もそう言ったため、孝太は改めて何があったか浜中に話すことにした。
「わかりました」
「それじゃあ、近くにどこかいい店はないかい? ああ、安月給だから、高級店は無理だからね」
「近くにファミレスがあるので、そこでいいですか?」
「うん、いいね。案内してもらえるかい?」
孝太達は、浜中を連れて、昨日も行ったファミレスに入った。それから料理を注文すると、浜中の方から話を切り出した。
「さっき話していたTODの件だけど、警察の間では少しタブーになっているんだ。だから、あんな態度になってしまって、悪かったね」
いきなり本題のように感じて、孝太と千佳は上手く話を整理するのが大変だった。
「どういうことですか?」
「実は、一年前に私の先輩だった日下洋さんが亡くなった。ただ、これが妙で、日下さんは古い廃墟で発生したガス爆発に巻き込まれて亡くなったことになっている。その際、ある高校生が巻き添えを受けて、一緒に亡くなったんだけど、その高校生と日下さんがそこにいた理由は、よくわからなかったんだよ」
その話に、孝太は思うところがあったが、黙って浜中の話を聞き続けた。
「それから少しして、日下さんにどこからかわからない500万円ほどが振り込まれたことが確認された。日下さんには娘さんがいるんだけど、重い病気で手術が必要だったんだ。でも、その手術費用を用意できないと日下さんは苦労していた。そうした背景もあって、日下さんに振り込まれた500万円が何なのか、私も含めて何人かで調べたんだよ」
「500万円って、TODの賞金と同じじゃないですか」
「うん、そうだね。実は、その時にTODの存在が明らかになって、警察内でも噂になったんだ。それで、日下さんはオフェンスとして参加して、自ら亡くなりつつもターゲットを殺した結果、賞金を獲得したのではないかと推測された。でも、それを追及して明るみに出せば、警察の不祥事として大事になる。だから、警察はTODに対して、消極的な態度を取っているんだよ」
警察の事情は理解したものの、それで孝太達は納得できなかった。
「何ですか、それ? そんなの僕達には関係ねえよ!」
「孝太君の言うとおりだよ。私もそう思うから、こうして二人に話しているし、二人の話を聞きたいんだ。ああ、言い忘れていたけど、私はまだ若いし、新人というほどじゃないけど経験も浅い。だから、そこまで期待はしないでほしい」
その言葉に、千佳は笑った。
「何だか頼りないですね。でも、その方が私は信用できます。孝太も、そう思うでしょ?」
「まあ、千佳の言うとおりかも。それじゃあ、色々と聞いてもいいですか?」
「うん、構わないよ」
そこで、孝太は何から聞こうかと一瞬迷った。考えてみれば、聞きたいことは山ほどあり、そこから最初に何を選べばいいかなんて、難題だった。しかし、孝太は自分が一番聞きたいことが何か理解すると、それを最初の質問に選んだ。
「一年前に亡くなった、ある高校生って……もしかして、緋山春来ですか?」
「知り合いだったのかい?」
浜中の驚いた様子を見て、孝太は自分の推測が当たっていると確信を持った。
「やっぱり、そうだったんですね。僕はサッカーをやってて……知ってるかわからないですけど、緋山春来はすごいサッカー選手で、僕は尊敬してました。試合も何度かしましたけど、いつも負けてしまって、いつか勝ちたいと目標にもしてました」
「そういうことだったんだね。孝太君の言うとおり、一年前のターゲットは緋山春来君だったと私も思う」
「僕は単に亡くなったと聞いただけで、詳しいことを調べてもわからなかったんです。時々、何かの記事で特集されるぐらい、すごい選手だったのに、亡くなったことすらあまり報道されなくて、変だと思ってました」
「さっき話したとおり、警察の不祥事になるからと情報規制をかけたからね」
「同年代の選手の中で、一番の司令塔になることが、ずっと僕の夢だったんです。今、それを叶えられてますけど……納得できません」
いつか緋山春来にリベンジする。そうして緋山春来に勝つことで、自分が最も優れた司令塔と評価されるようになりたい。そう思っていたのに、緋山春来が亡くなったことで、孝太は高校サッカー界で最も優れた司令塔と評されるようになってしまった。
緋山春来が生きていたら、どうなっていたのか。もしかしたら、今も自分は敵わないのだろうか。そんな疑問しかなく、孝太はずっと納得できないでいる。そうした思いが、孝太の中で抑え切れないほど溢れていた。
「孝太、大丈夫?」
ふと、そんな言葉を千佳にかけられ、孝太は千佳を心配させてしまったと感じた。
「ごめん、色々と思うところがあって……TODなんてものを開催してる奴が許せねえよ」
「私もそう思う。美優まで巻き込まれて、許せないよ」
そんな孝太と千佳の言葉を受けて、浜中はため息をついた。
「警察がふがいなくて、本当に申し訳ないよ。でも、私にもできることはあるんだ。TODそのものに触れなくても、オフェンスによる犯罪を一つ一つ追って、それに対処していけば、結果的にTODの被害を抑えることができるはずだ。ちょっと待ってもらっていいかい? 何か妙な通報がないか調べるから……」
そう言うと、浜中はタブレットを操作した。それから少しして、険しい表情を見せた。
「近くで、発砲事件があったみたいだね」
「どういうことですか?」
「何か、バイクに乗った者が銃を発砲して……ワゴン車を追っていたみたいだね。でも、途中でバイクに乗った者が転倒して、ワゴン車はそのまま走り去ったし、バイクの方もどこかへ行ってしまったそうだ」
「それ、美優達だと思います! 大丈夫だったんですか!?」
「安心して。今言ったとおり、上手く逃げられたんだと思うよ」
「それならいいんですけど……」
今も美優と翔は危険に晒されている。そのことを改めて認識して、孝太は何かできることがあるなら、それをしたいと強く願った。
「警察の方は、あまり動けないと思いますけど、それでも何かできることはないですか?」
「さっき言ったとおり、TODそのものじゃなくて、それに関連したと思われる事件を追うぐらいはできると思うよ。でも、須野原先生の自殺について追及する様子はなかったし、お互い歯痒い思いだよね」
浜中が自分達と共感してくれている様子で、孝太は嬉しかった。そのうえで、孝太は自分達のするべきことを考えた。
「警察として、美優達を直接守るのは、難しいんですよね?」
「申し訳ないけど、そうなるね。本当に申し訳ないよ」
「でも、オフェンスを殺人未遂とかで捕まえることはできますよね? さっき言った、注射で体を強化した女とか、他にも何か犯罪を犯してると思うんです」
「ああ、その件も警察は把握しているんだ。恐らく麻薬の一種で、そうした効果を持つものがあるとされているよ」
「待ってください。それなら、何で規制しないんですか?」
孝太の質問に、浜中は困ったような表情を見せた。それからため息をつくと、口を開いた。
「情けない話になるけど、いいかい?」
「……はい、聞かせてください」
「実は、これまで警察が使用しているネットワークは、セレスティアルカンパニーが管理してくれていたんだ。でも、費用も安くて優秀だなんて言って、インフィニットカンパニーへの移行を進めつつあるんだよ」
「その話と、さっきの麻薬の話、何の関係があるんですか?」
そこで、浜中は周りに聞かれたら困るのか、周囲を見回した後、口元に手を当てた。
「麻薬の流通経路を探ったら、インフィニットカンパニーがかかわっている可能性があるとわかったんだ。それで、この件については捜査中止になったんだ。本当に情けない話だよ」
浜中の話に、孝太は何も言えなかった。警察に頼れることはほとんどない状況で、何を浜中にお願いすればいいのかすら、孝太にはわからなかった。
「それなら、私にいいアイデアがあるよ!」
そんな孝太とは対称的に、千佳はそんな声を上げた。
「そのセレスティアルカンパニーに協力を求めればいいんだよ! 孝太もそう思うでしょ?」
「確かに、それはいいかもしれねえな。浜中さん、お願いできませんか?」
「一応、サイバー犯罪の捜査とかでお互いに協力し合っているけど、私はそこにかかわっていないからね。コネみたいなものもないし……」
「だったら、今から作りましょうよ! 何かセレスティアルカンパニーの偉い人と仲良しの人とかいないんですか?」
千佳の提案は無茶なもので、浜中はますます困った様子だった。ただ、その中で何か閃いたのか、笑顔を見せた。
「そういえば、翔君は不良グループのライトに所属しているなんて話をしていたね」
「はい、何かランとかいう名前で入ってたみたいです」
「ライトの元リーダーは、今セレスティアルカンパニーで副社長をしている宮川光なんだ」
「そうなんですか?」
「何の偶然なのか……いや、違うか。翔君は初めからTODに何かしらか対処するため、セレスティアルカンパニーと多少かかわりがある、ライトに入ったのかもしれないね」
そこまで聞いて、孝太は何をするべきか閃いた。
「ライトの人と話せないですか? それで、翔のことを伝えて、どうにかセレスティアルカンパニーの協力を得たいです」
「それはいいかもしれないね。以前、ダークが騒ぎを起こした時、それに対処したライトのリーダーと連絡先を交換したんだ。早速、お願いしてみるよ」
「はい、ありがとうございます!」
「何か、楽しくなってきたね!」
「千佳……それは不謹慎じゃね?」
「できることがあるのは楽しいじゃん? それを不謹慎なんて言うの?」
「ああ、ごめん。僕も楽しいよ」
そんな孝太と千佳のやり取りを見て、浜中は色々と察したようで、笑った。
「それじゃあ、早速ライトのリーダーと連絡するよ」
「はい、お願いします」
自分達にもできることがある。そのことが、孝太は何よりも嬉しかった。