試合開始 13
何が起こっているのか。何に巻き込まれてしまったのか。今、美優はとにかくそれを知りたかった。しかし、誰に聞いていいかわからず、言葉に詰まってしまった。
「ここにいる全員、本当にディフェンスか?」
そこで、翔は険しい表情で、そんな質問をした。
「全員、案内のメールが来ているはずだ。本当にディフェンスか確認させろ」
「君は何なんだ? 何で、そんなことを……」
「でも、堂崎君の言うとおりよ。何でそんなことを提案できるのかはわからないけど、お互いに確認するべきだわ」
篠田の言葉で、それぞれスマホを操作し、メールを確認し合った。そうして、何か確認できたようで、翔は安心したように一息ついた様子だった。
「まず、自己紹介をしよう。俺は冴木だ」
「あ、私は水野美優です」
「ああ、知っている」
冴木という男性に対して、美優はどこか翔に似た雰囲気を感じた。ただ、何故そう感じたのかまではわからなかった。
「私は正義の味方、セーギだ! 私が来たからには、安心していい!」
「えっと、はあ……」
「なるほど、君もそんな感じなんだね! 構わないよ!」
セーギと名乗る男性は、自らを本当のヒーローと思い込んでいる様子だった。とりあえず、美優はあまり触れないようにしようと心に決めた。
「僕は園内信弘です。信弘と呼んでください。皆さん、よろしくお願いします」
信弘は相変わらず気弱な感じで、どこか大助に似た雰囲気だった。
「美優ちゃん達は知っているけど、一応自己紹介するわ。私は篠田灯よ」
そうして、それぞれの自己紹介が終わったところで、美優はずっとしたかった質問をすることにした。
「ごめんなさい、いったい何が起こっているんですか?」
「ああ、どう説明すればいいか……」
「だったら、冴木は黙っていて。私から説明するわ」
冴木の言葉を遮るように、篠田は話を始めた。
「単刀直入に言うわ。美優ちゃん、あなたは今、命を狙われているのよ」
「え?」
「そんな反応しかできないわよね。『TOD』と呼ばれるゲームが毎月開催されているの。それは、東京で暮らす高校生の中からランダムに選ばれたターゲットが死亡したら、オフェンスの勝ち。ターゲットが死亡しなかったら、ディフェンスが勝ちというルールなのよ」
美優は篠田が何を言っているのか、理解するのに少々の時間がかかった。ただ、時間はかかったものの、自分が何に巻き込まれたのか、美優は少しずつ理解していった。
「私がターゲットということですか?」
「ええ、そうよ」
「それじゃあ、私はこれからずっと命を狙われるということですか?」
「ううん、違うの。ゲームは無制限というわけじゃなくて、127時間という制限時間があるの。だから、今回は15日の19時――午後7時と言った方がいいかしら? そこでゲームは終わりになるから、美優ちゃんはそこまで生き残ればいいのよ」
あまりにも突拍子のない話で、美優は理解に苦しみつつも、必死に篠田の話を理解することに努めた。よくわからないから、わかろうとすることすら諦める。そんな選択をこれまで何度もしてきたが、今はそんなことをしてはいけない状況だと、直感で理解していた。
「私達はディフェンスよ。これからゲームが終わるまで、美優ちゃんのことを必死に……それこそ命を懸けて守るわ。だから、安心して」
「はあ……」
美優は何を言えばいいかわからず、そんなため息のような返答しかできなかった。
「命を懸けてなんて、簡単に言うな。残された人がどれだけ悲しむか、理解できないのか?」
突然、翔は怒った様子でそんなことを言った。翔の言ったことは、否定のしようのないものだったが、この状況で言う言葉なのだろうかと、美優は戸惑ってしまった。それは孝太や千佳も同じようで、困っている様子だった。
「翔、この状況でそれはねえよ」
「そうだよ。確かに翔の言うとおりだけど、今は美優を守るため、みんなで協力しないと!」
孝太と千佳がそんな言葉を伝えたものの、翔は表情を変えなかった。
「それより、ディフェンスって五人よね? 何で四人しかいないのかしら?」
「ああ、最後の一人はわかっている。恐らく……」
「何や? もうみんな集まっとるやないか」
そんなことを言いながらやってきたのは、可唯だった。
「みんな、ディフェンスやろ? わいはディフェンスの工平可唯や。みんな、よろしゅうな」
「可唯、念のため、本当にディフェンスなのか、確認させろ。案内メールが来ているだろ?」
「ラン、疑い深いんやな。ええで」
ランというのが、翔の呼び名の一つであることを説明しつつ、可唯もスマホを見せて、ディフェンスであることを翔達は確認した。
「せや、報告やで。須野原って教師がオフェンスやったようやけど、自分の生徒は殺されへんと判断したんか、さっき自殺しとったで」
「え、須野原先生が!?」
「可唯、もう少し説明のしようがあるだろ!」
翔の態度を見て、可唯の言ったことが事実なのだろうと美優は感じた。
「僕も須野原先生の遺体を見たよ。トイレで首を吊ってたんだ」
「悪い、もっといい伝え方があったはずなのに、驚かせてしまったな」
「何で、須野原先生が……?」
美優は、須野原先生が自分を殺そうとナイフを向けてきたこと、自殺したこと、どちらもショックで、上手く気持ちを整理することができなかった。
「話を遮って悪いが、これでディフェンスが揃った。美優、君を守るために万全のセキュリティがある建物を用意した。そこで君を匿うことにする。一緒に来てくれ」
冴木にそう言われたものの、美優は二つ返事で了承できなかった。それは、突然様々なことを聞かされ、上手く考えられない状態になっていたからだ。
「このゲーム、ディフェンスは不利だ。だから、俺も一緒に行く」
不意に翔がそんなことを言って、美優は翔に目をやった。翔は怒りに満ちたような、どこか怖い表情だった。
「君は、何故TODのことを知っているんだ?」
「そこにいる可唯と同じで、情報通なんだ」
「そんな説明で、納得すると思っているのか?」
冴木の言葉に、翔は少しだけ間を置いた後、口を開いた。
「大切な人がTODに巻き込まれて、殺された。それから、俺はいつか復讐すると心に誓った。今がその時だと思うんだ。だから、俺も一緒に行く」
翔は険しい表情のまま、話を続けた。
「それより、聞いていなかった。何故、さっきの女を逃がした?」
「……君は殺すべきだったと思うのか?」
「少なくとも動けないようにするべきだった。そうしなかったから、あいつはまた襲ってくるだろう。そもそも俺がいなければ、さっき美優は殺されていた。おまえらに美優を任せるなんてできない」
その時、不意に可唯が笑った。
「わいはランが来ることに賛成やで。わいほどやないけど、ランは強いから役に立つで?」
そんな可唯の言葉に続く形で、セーギと信弘も頷いた。
「私も賛成だ! 仲間が多いことは大切だからな!」
「僕も彼に来てもらうべきだと思います」
二人がそんなことを言ったが、冴木と篠田は悩んでいる様子だった。
「さっきは君のおかげで助かった。それは確かだ。しかし、君からは何か危うさを感じる。それは、今後美優を危険に晒す可能性すらあると感じている」
「私も冴木と同感よ。実は、今度取材しようと思って、堂崎君のことを調べたけど、ほとんど何もわからなかったのよ。いったい、あなたは何者なのかしら? そういった点でも、あなたを信用できないわ」
「そんなの関係ない。美優の近くにいれば、オフェンスが来る。そいつらを全員、俺が相手すればいいだけの話だ。だが、そのためには武器がいるな。その銃、借りられないか?」
「ふざけるな。君には絶対に貸さない」
「おまえが持っていても無駄だ。俺なら、さっきの奴を殺して……」
「翔、落ち着いて! さっきから何だか怖いよ!」
我慢できず、美優は翔の手を握ると、話を遮った。そして、翔が抱えているものが何なのか、美優は少しだけ理解しつつ、自分の思いを伝えることにした。
「私は翔と一緒にいたい。だから、翔にも一緒に来てほしい。それじゃあ、ダメですか?」
美優がお願いすると、冴木と篠田は困った様子を見せた。それから、冴木はため息をついた後、口を開いた。
「わかった。翔といったな? 一緒に来い」
「私も、改めてよろしくね。堂……みんなに合わせて、翔君と呼んでもいいかしら?」
「ああ、構わない」
「長く話し過ぎたな。ここにいるのは危険だ。車を二台用意しているから、それで移動する」
「あの、少しだけいいですか!?」
その時、話すタイミングを計っていたのか、慌てた様子で孝太が手を上げた。
「僕も一緒に行きたいです」
「それなら私も!」
「それは危険だからダメだ!」
孝太と千佳の言葉に、翔は拒否するように強くそう言った。
「それは翔も同じでしょ? 何で翔は良くて、私達はダメなのよ?」
「僕達も美優のために何かしてえんだよ!」
孝太と千佳がそう言うのは無理なかった。しかし、そんなことを冴木や篠田が許すとは考えづらく、また話し合いになるのかと美優は思った。
「君達の気持ちは嬉しいが……」
「孝太、千佳、ここで美優を待っていてほしい」
冴木が話す前に、翔からそう切り出した。
「美優は必ず、ここに戻る。だから、それを信じて待っていてくれ」
真剣な表情で話す翔に対して、孝太と千佳はお互いに顔を見合わせると、頷いた。
「わかった、ここで美優と翔を待つよ!」
「うん、美優だけじゃないよ! 翔が帰ってくるのも待つからね!」
その言葉に、翔は少しだけ穏やかな表情になった。
「ああ、そうしてくれ」
「戻ってきたら、みんなでカラオケだからね!」
「わかった。それじゃあ、行ってくる」
そこで、翔は冴木に目をやった。
「話は済んだ。案内してくれ」
「ああ、ついてこい」
孝太と千佳を残し、冴木を先頭に美優達はその場から移動した。そのまま門を出ると、冴木と篠田の用意した車に到着した。
「忘れていた。全員スマホにこれを付けろ」
「これは何ですか?」
「こちらの位置情報を誤認させるものだ。オフェンスはスマホの位置情報から、こちらの位置を特定してくる可能性がある。だから、念のため、付けてほしい」
「わかりました」
美優達は冴木から渡された物をスマホに付けた。
「美優、翔……あと、可唯は俺の車に乗れ。残りは篠田の車に乗ってくれ」
冴木は美優と翔に気を使ってくれたようで、知り合い同士で固めてくれた。そのことに気付き、美優は嬉しく感じた。
それから、運転席に冴木、助手席に可唯、後部座席に美優と翔が座った。
「じゃあ、出発する。篠田、聞こえているか?」
「バッチリよ」
ハンズフリーで通話を繋いだようで、篠田達とも話せることを確認すると、冴木は車を発進させた。
まだ、美優は自分の置かれた状況について、はっきりとは理解できていない。そのため、多くの不安がある状態だ。
そして、その不安の一つに、先ほどの翔も入っている。先ほどの翔は、冴木や篠田の言うとおり、どこか危うさがあり、間違った方向へ行ってしまうのではないかと心配になった。
そんな不安しかない状況の中、美優はただ窓の外を流れる景色に目をやることしかできなかった。