試合開始 10
翔は警察に、ある程度の経緯を説明していた。ただ、そこには一部だけ嘘を混ぜた。
警察は、「ライト」と「ダーク」、二つの不良グループについて既に知っていて、特にダークが起こす犯罪に手を焼いている状態だ。そのことを翔は元々認識していた。そのうえで、大富豪である堂崎家で暮らす自分がダークの標的になる可能性を考え、ライトに入ったという嘘を混ぜることにした。
そして、昨夜ダークから金銭の要求をされたものの、要求に応えなかったこと。それを踏まえてボディガードをライトのメンバーに頼んでいたこと。想定外だった学校への襲撃に対して、ボディガードを頼んだ者と協力して、どうにか被害を最小限にできたこと。そうしたことを順に説明していった。
一緒に話を聞いていた南波先生は、ライトとダークの存在も知らないため、警察を無視して様々な質問をしてきた。それにも答えつつ、翔は長い時間をかけて、自分の置かれている状況を説明した。
「経緯はわかった。ただ、それなら俺達教師に相談してほしかった。そんなに信用できないか?」
「すいません、そういうわけではないんですけど……」
「いや、翔を叱るのは違うな。気付いて相談に乗ってやれなかった俺の責任だ。すまなかった」
「いえ、そんなことないです。確かに、相談するべきでした。すいませんでした」
「これからは何でも相談してくれ」
「はい、ありがとうございます」
サッカー部に入ったばかりで、練習にもほとんど参加していない翔に対して、南波先生はここまで親身になってくれた。南波先生は普段、厳しい面があるものの、それも生徒を思ってのことなのだろう。そんなことを感じつつ、翔は心から南波先生に感謝した。
「警察としても事情はわかりました。しばらくの間、近隣の警備を強化します。あと、先ほど家へ連絡したのですが、ご不在だったので、私達が家まで送ります」
「はい、お願いします」
思えば、事情を話すのに、随分と長い時間がかかってしまった。翔はそう思いつつ、一つだけ確認したいことがあった。
「そういえば、須野原先生はどこにいるかわかりますか?」
「ああ、どうだろうな。まったく、生徒を残して逃げるなんて、教師失格だ」
南波先生はそんなことを言ったが、須野原先生が逃げた件については、どうでも良かった。それより、翔が確認したいことは、須野原先生が美優にナイフを向けていた理由だ。
あの時はダークの相手をするのに必死だったため、考える余裕もなかった。しかし、今改めて考えた時、あれは異常な光景だった。須野原先生の絶望したような表情も、はっきり記憶に残っているため、何があったのか、どうしても翔は確認したかった。
「須野原先生、校内にいないんですか?」
「今、生徒が残っていないか見回りをしてもらっている。この後、職員会議もあるから、校内にいれば見つかるだろう。ただ、外に出ている可能性もあるからな」
「警察の方でも捜索しましょうか?」
そんなやり取りをしていると、突然ドアが開き、別の学年の女性教師が入ってきた。
「ノックぐらいしろ」
「すいません! でも、すぐ来てください! 須野原先生が亡くなっているんです!」
その言葉に、翔はすぐ席を立った。
「どこで見つけたんですか!?」
「あの、一階の職員用トイレで……」
「すいません、失礼します!」
「翔、待て!」
南波先生の制止する声を無視して、翔は部屋を出た。そこには驚いた様子の孝太がいた。
「翔、どうしたんだよ?」
「悪い、急いでいるんだ!」
「いや、説明してくれよ!」
孝太がすぐ追いかけてきたが、それに構うことなく、翔は階段を降りると、一階の職員用トイレに入った。そこには、個室トイレのドア上部にある枠にネクタイを括り付け、首吊りをした須野原先生の姿があるだけでなく、何故か可唯もいた。
そして、翔は孝太がトイレに入ってこようとするのを拒否するように手を振った。
「孝太、入ってくるな!」
「何があっ……マジかよ?」
しかし、孝太は須野原先生が自殺した姿を見てしまい、驚いた様子で呆然としていた。翔は孝太を止めるべきだったと後悔しつつ、状況の確認を優先することにした。
「可唯、まだいたのか?」
「偶然やけど、わいの用事もここやったんよ」
可唯が何を言っているのか理解できなかったが、翔は別の質問をすることにした。
「それより、何をしているんだ?」
「そんなん、情報収集に決まっとるやないか。わいは情報通やで?」
相変わらず、可唯が何を言っているのか理解できなかったため、それよりも翔は須野原先生が自殺した件を追うことにした。
「何で須野原先生は自殺したんだ?」
「スマホのロック解除して調べたんやけど、借金がぎょうさんあったみたいやで」
どうやってスマホのロックを解除したのかという疑問もありつつ、可唯から須野原先生のスマホを見せてもらうと、借金の返済を催促するメールが大量にあることを確認できた。
「期日を過ぎとるのもあるし、首が回らんかったんやろね」
「さっき、須野原先生は美優にナイフを向けていた。あれは何でだと思う?」
「そんなん簡単やで。せやけど、どっから説明せなあかんのやろ? ランはTODって知っとる?」
可唯から「TOD」と聞いた瞬間、翔は心臓の鼓動が強くなるのを感じた。
「何で可唯がTODを知っているんだ?」
「わいは情報通やで? せやけど、ランもTODを知っとるなんて情報通やな」
「誰がターゲットなんだ!?」
翔は可唯の肩を掴み、強い口調で質問した。
「そんな情報持っとるのに、何でわからへんの?」
確かに可唯の言うとおりだった。翔は既に答えを見つけている。しかし、それを認めたくなかった。
「ほな、大ヒント出したるわ。さっき、オフェンスのこいつが殺そうとしたんは誰や?」
「……美優がターゲットなんだな?」
「大正解や!」
「早くそれを言え!」
翔は可唯に背を向けると、トイレを出た。そんな翔の動きに、呆然としていた孝太が、ハッとしたように反応した。
「翔、何がどうなってんだよ?」
「説明している暇はない。それより、美優はどこにいるかわかるか?」
「ああ、竹刀を取りに剣道場の方へ行ったけど、さっきのターゲットがどうとか、どういう意味だよ?」
「だから、説明している暇はないんだ。剣道場の方へ行けばいいんだな?」
その時、南波先生や警察が前から来るのを確認すると、翔は廊下の窓を開けて、そこから外へ出た。今は誰かに事情を説明するよりも早く、美優のところへ行く必要がある。それが今、自分のするべきことだと強く思いながら、翔は走った。