試合開始 05
冴木は今回のターゲットがどの高校に通っているかメールで知らせが届いた直後、篠田と連絡を取り、まずターゲットの通う高校で合流することにした。着いたのは冴木の方が先で、車を止めると、外で篠田を待った。
それから少しして、篠田がやってきた。ただ、乗ってきた車を見て、冴木は一言だけ言いたくなった。
「乗用車で来たのか?」
「そうだけど、冴木はワゴン車なのね」
「ターゲット一人とディフェンス五人が乗るんだ。その車だと六人も乗れないじゃないか」
「別に、二台に分けて乗ればいいんじゃないかしら?」
「状況によって、どちらかの車を捨てることもあるんだ。一台に全員乗れる方がいいはずだ」
「だったら、先にそう言いなさいよ! それに、私はワゴン車を運転したことないし、運転できる自信ないわ!」
怒った様子の篠田からそう言われ、冴木は言い過ぎたと反省した。
「すまない、俺も余裕がないんだ」
「経験者のあなたがそんなこと言わないでほしいわ。でも、車の件はごめんなさい。あなたの言うとおり、もっと大きい車にするべきだったわ」
「いや、伝えなかった俺も悪かった。とにかく移動手段が多いことは利点になる。だから、車を用意してくれて、ありがとう」
冴木がそう伝えると、篠田はニヤリと笑みを浮かべた。
「随分と優しいわね。もしかして、私のことが好きなのかしら?」
「は?」
「私達も危険な状況なわけだし、吊り橋効果を狙っているんでしょ? いやらしいわね」
「そんなわけないだろ! 俺が好きな人は、生涯一人だけと決め……」
思わず余計なことを言ってしまったと気付き、すぐに言葉を止めたが、既に遅かった。
「その話、詳しく聞かせてくれないかしら?」
「絶対に話さないからな」
そう言った冴木に対して、篠田はどこか複雑な表情を見せた。それを見て、冴木は少しだけ迷いつつも話すことにした。
「こんな俺に好意を持っているなら、そんなもの捨てろ」
「べ、別に好意なんて持っていないわ! あなたみたいな、いくら調べても謎ばかりで、いくら調べてもわからないことばかりで……そんな謎の人を好きになるわけないじゃない。私は記者よ? だから、わからないあなたを好きになんてならないわ!」
「俺の勘違いなら、それでいい」
「そうよ! 勘違いよ!」
篠田の様子を見て、恐らく自分に好意があるのだろうと、冴木は確信を持った。そのうえで、これ以上は何も言わないでおいた。
「それより、この周辺で不自然な奴はいなかったか?」
「いたわ。それは、あなたよ」
「冗談はやめろ。俺達と同じように、ディフェンスやオフェンスが近くにいる可能性がある。だから、今から警戒しておけ」
「ええ、そうね。わかったわ」
とはいえ、今のところ冴木は不審な人物を見つけられていない。ただ、それは安心でなく、むしろ不安だった。オフェンス――敵が誰なのか、今はまだわからない。もしかしたら、悪魔のような存在と感じた、あいつも参加しているかもしれない。そんな不安がまた生まれてしまい、必死に冴木は気持ちを切り替えた。そして、今自分がするべきことを優先することにした。
「篠田、スマホはあるな? ハンズフリーで話せるようにしておけば、運転中でも会話できる。それと、スマホにこれを付けておけ。そうすれば、位置情報を誤認させられる」
「知っていたけど、あなたは堅気の人じゃなさそうね。位置情報を誤認させるってどういうことかしら?」
「一年前に参加した時……実際はその前から潜伏先を用意して、そこで待機する作戦を取ったんだ。だが、そこを襲撃されて、他のディフェンスが殺された。どうやって位置を特定したのか、まだわからないが、スマホの位置情報を誤認させるぐらいはやっておいた方がいいだろう」
「確かに、それはやっておきたいわね」
篠田は納得した様子で、冴木の指示したとおりにしてくれた。
「それと、先に話しておこう。一年前のTODで、フルフェイスヘルメットを被って、レーシングスーツを着た人物が参加していた。そいつは大柄で、恐らく男性だったと思う」
「あなたも十分大柄だけど、それ以上ってことかしら?」
「ああ、そうだ。そいつは一切の容赦もなく、ターゲットや、俺達ディフェンスも殺そうとしてきた。実際、一年前はそいつに他のディフェンスを殺された。今回、参加しているかわからないが、遭遇した時はとにかく全力で逃げろ。場合によっては、相手を足止めして、ターゲットだけでも逃がそう」
「そんなやばいのがいたっていうの?」
「ああ、俺はあいつのこと、悪魔だと思った」
「それじゃあ、今後はそいつを『悪魔』と呼ぶわ。その方が呼びやすいでしょ?」
篠田の提案は唐突なもので、少しだけ戸惑ったものの、呼び名があった方が伝えやすいと思い、冴木は篠田の提案を受け入れた。
その時、冴木と篠田のスマホが鳴り、それぞれ自分のスマホを操作した。そして、今回のターゲットが誰なのか、冴木は確認した。
「今回のターゲット……」
「すぐに家族を保護する! 少し待っていろ!」
それだけ言うと、冴木はスマホを操作し、ある人物に連絡した。もしかしたら、相手が出てくれないかもしれないと心配したものの、すぐに出てくれて、冴木は一息ついた。
「お久しぶりです。冴木優です。突然の連絡で申し訳ございません。時間がないので、先に本題を話します。今、あなた達に命の危険があります。詳細は後で話しますが、これからそちらに篠田と名乗る女性が伺います。その女性と一緒に移動してくれませんか?」
そんな説明で相手が納得していないことを感じつつ、冴木はなるべく短い時間で説明できる範囲の説明をした。そうして、どうにか納得してもらうと、電話を切った。それから、篠田にある住所を送った。
「篠田、今すぐそこへ向かってくれ。それから、家族を匿うために用意した場所はここだ。そこまで送り届けてほしい。俺はもう一人、仕事へ行っている……」
「一旦待って! 何で、そんなスムーズに連絡できるのよ?」
篠田の質問は当然だ。それを理解しつつ、冴木は説明しないことにした。
「これについては、何も話したくない。とにかく、ターゲットの家族の安全を確保したい。協力してくれ」
そんな冴木の言葉に、篠田は少しだけ迷った様子を見せた後、何か納得する答えが出たのか、笑った。
「いいわ。でも……神様がいるとしたら、随分と意地悪ね」
篠田の言葉で、冴木は篠田が事情を察したのだろうと感じた。それでも、説明する気はなかった。
「そっちは頼んだ。もしも悪魔が参加している場合、この時点でターゲットの家族が狙われる可能性がある。さっき言ったとおり、警戒しろ」
「警戒のしようがあるのかわからないけど、わかったわ。それじゃあ、また後でね」
「ああ、また後で」
そうして、冴木と篠田はそれぞれの車に乗ると、すぐに走らせた。
その直後、篠田から連絡があり、冴木は何かと思いつつ出た。
「どうした?」
「やっぱり、さっきスムーズにターゲットの家族に連絡できた件について知りた……」
「悪い、切る」
「待って! じゃあ、聞かないわ。でも、何かあった時にすぐ伝えられるよう、通話は繋いでおきたいわ」
「ああ、そうだな。じゃあ、このままにする」
その時、冴木の視界に入ってきたのは、妙な笑顔を浮かべている女性と、どこか戦隊もののヒーローに見えるコスプレをした男性らしき人だった。
過去の経験からか、その二人がどんな存在なのか何となく理解しつつも、冴木はターゲットの家族の安全を確保することだけに集中した。