試合開始 04
いつもどおり、今日も光はセレスティアルカンパニーに着くと、各部署を回っていた。
いつも、光は様々な社員に自ら近付きながら報告を聞きつつ、ある程度回ったら次の部署へ行くようにしている。そうして光の方から各社員に近付くようにすることで、ちょっとしたことでも報告してもらいやすくなっている。
そんな中、ある部署へ入った時、光を待つことなく近付いてくる社員がいた。それは珍しいことで、光は少しだけ驚いた。
「光さん、緊急で見てほしいものがあるんです。見てもらえませんか?」
「うん、わかった。すぐに見るよ」
少しでも早く報告したいことがある様子で、光は二つ返事で受けると、その社員のデスクに向かった。彼はパソコンを操作すると、モニターを光に向けた。
「これなんですけど、一連の通信障害や、殺人事件と何か関係があると思うんです」
「えっと……TOD?」
それは、あるサイトのようで、「TOD」と呼ばれるゲームのルールが書かれているだけでなく、応募フォームなどがあった。光は、そこに何が書かれているか確認すると、少しの間、黙り込んでしまった。
「光さん?」
「今すぐ、このサイトのURLを送ってもらっていいかな? それから……後で瞳から指示を出してもらうよ」
「はい、わかりました」
光は今すぐこの場で詳細を調べたいと思ったが、その気持ちを抑えると、各部署を回ることを止め、副社長室に向かった。
そして、副社長室に入ると、瞳が驚いた様子を見せた。
「光、今日は早いね」
「瞳、今すぐお願いしたいことがあるんだ。さっき、ある社員から教えてもらったんだけど、TODというものについて、みんなに調べるよう指示を出してほしい」
「TODって何?」
「それは……見てもらった方が早いよ」
光は、先ほど社員から教えてもらったサイトを表示させた。
「ランダムに選ばれた高校生をターゲットとして、時間内にターゲットが死亡した場合はオフェンスの勝ち。反対にターゲットが死亡しなければディフェンスの勝ちといったルールのゲームみたいだよ」
「何それ?」
「とにかく、これを見てよ」
瞳もサイトを見て、どういうものか理解できたのか、驚いた様子を見せた。
「このTODだけど、毎月10日から15日にかけて行われているみたいだね。例の通信障害や、殺人事件が発生した時期と重なるし、関連があると思うんだよ」
「確かにそうだね。それに今日って……」
「うん、10日だから、今日からまたこれが始まる可能性が十分あるよ。だから、みんなに通信障害や殺人事件……いや、関連のありそうな事件について警戒してもらって、何かあればすぐに知らせてもらうよう、お願いしてほしい」
「わかった」
「それと、このサイトをどこの誰が運営しているか、僕も調べられる範囲で調べてみるけど、他の人にも調べてもらえないかな? まあ、うちが管理するネットワークを利用しているなら、もっと前に見つかっていただろうし、他が管理するネットワークを利用していると思うけど……もしもインフィニットカンパニーが絡んでいたら、厄介だね」
インフィニットカンパニーは、セレスティアルカンパニーのライバル会社というのが世間一般の認識だ。しかし、その裏にはそれだけで済まない、危険が潜んでいると光は認識している。
「インフィニットカンパニーについても調べてもらっていたけど、あれから何かわかったことはないかな?」
「うん、色々と悪い噂はあるけど、確証を得られたものは今のところないみたいよ」
インフィニットカンパニーは、匿名性をうたっていて、実際のところインフィニットカンパニーが管理するネットワークを使われた場合、光達は個人を特定できない。そして、インフィニットカンパニーは自らが管理するネットワークを利用した犯罪を黙認しているのではないかといった疑惑を持たれている。それは、都市伝説や陰謀論という扱いになっているが、そんな言葉で片付けられないものだと光は考えている。
厄介なのは、インフィニットカンパニーが大手マスメディアの広告主であるため、インフィニットカンパニーにとって不都合な情報が報道されないことだ。むしろ、セレスティアルカンパニーより優れているかのように宣伝されるため、それによりシェアを奪われる問題も発生している。
しかし、それと直接の関連があるのかは不明とされているものの、インフィニットカンパニーのシェアが高まるに連れて、サイバー犯罪だけでなく、麻薬や銃器の密売といった犯罪が増えていることも事実だ。
この件について、以前から光は調べているが、インフィニットカンパニーがかかわっていると確信に近い形で思っている。ただ、それを証明する根拠を探し続けているものの、今のところ見つかっていない。
確信に近い形で疑惑を持っているものの、それを証明できないのは歯痒いものだ。そのため、あらゆる疑惑についてインフィニットカンパニーを調べてほしいとお願いしていた。しかし、今もそうした疑惑について、確証を得られていない状況だ。
「やっぱり、僕達が訴えても、ライバル会社に対する嫌がらせで済まされてしまうのかな?」
「きっとそうよ。インフィニットカンパニーの件については、慎重にならないと」
「でも、こんなTODなんて馬鹿げたゲームにまでかかわっているとしたら、さすがに黙っていられないよ?」
「そうは言っても、どうしようもないでしょ? それに、インフィニットカンパニーがかかわっているかわからないし、みんなには今後、通信障害や不審な事件を警戒してもらうよう、指示を出すよ。でも、大規模な調査になるし、お義父さんに相談した方がいいんじゃないかな?」
「そうだね。ちょっと行ってくるよ」
「私も一緒に行くよ」
光と瞳は副社長室を出ると、二人で社長室に向かった。そして、社長室に着くと、ドアをノックした。
「はい?」
「父さん、僕だよ」
「何だ? とりあえず入れ」
そんな返事があり、光はドアを開けると、社長室の中に入った。
「お義父さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。瞳さんまで一緒で、何か問題でもあったのか?」
セレスティアルカンパニーの社長であり、光の父親でもある、宮川光明は、心配した様子だった。それを受け、光はタブレットを使い、TODのサイトを表示させると、光明に見せた。
「定期的に発生している通信障害の件、原因はこれだと思うんだよね」
「これまで通りだと、今日からこのTODが始まると思います。なので、多くの人に協力してもらって、この件を調べてもらいたいんです」
「そうしたいなら、そうすればいい」
光明から二つ返事でそう言われ、光と瞳は固まってしまった。
「その反応は何だ?」
「いや、本当にいいのかな? 何の確証もないのに、多くの社員に協力してもらうなんて……」
「光と瞳さんが判断したことだ。恐らく正しいのだろう。だから、二人の好きなようにやればいい。こうして、わざわざ私の許可など求めなくていい」
その言葉を聞き、瞳は笑った。
「お義父さん、あまり私達を甘やかさないでください。でも、ありがとうございます。好きなようにさせていただきます」
驚いて何も言えない光と違い、瞳はこうしたことが言える人だ。そのことを改めて実感して、光は瞳と一緒になれて良かったと心から思った。
「じゃあ、僕も好きなようにやらせてもらうよ」
「ああ、何か困ったことがあれば、相談しろ」
「うん、ありがとう」
そうして光と瞳は、TODについて少しでも情報を集めるため、行動を始めることにした。