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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
30/273

ウォーミングアップ 29

 翔は家に帰ると、風呂に入るなどして、もういつでも寝られる状態になっていた。

 しかし、今日は様々なことがあったため、すぐには寝付けそうになかった。それだけでなく、今後どうするか考える必要もある。そこで、翔は可唯に電話をかけた。

「ラン、こないな時間にどないしたんや?」

「今日、ダークの連中が金銭を要求しに襲撃してきたんだ」

 今夜、襲撃してきた不良達は、ダークに所属する者達だった。自分がランだと知られてしまったわけでなく、金銭目的でダークが襲撃してくるなど、完全に翔の想定外だった。

「それで少しの間、可唯にボディガードをお願いしたいんだ」

「うーん、明日から用事があるんや。てか、わいが守らへんでも、ランは大丈夫やろ?」

「俺一人なら大丈夫だ。だが、周りの人まで守れる自信はない。だから、助けてほしい」

 この時、翔は美優達のことを考えていた。単に美優達を巻き込まないようにするには、かかわらないようにすればいいだけだ。しかし、美優達はそれを望まないし、今日のようなことはまた起こるだろう。だからこそ、翔は可唯にお願いしたかった。

「ラン、ええ友達ができたんやな」

「別に、そんなんじゃない」

「素直やないね。せやけど、わいはさっき言うたとおり、明日から忙しいんや」

「行き帰りだけでいいんだ。他の誰よりも可唯がダークを相手にできる。俺だけだと……」

「まあ、ランの頼みやし、そんだけ言うならええで。わいが力になったるさかい、安心せえや」

 その言葉は、翔の求めていたものだった。

「こんで、わいとランも友達やな」

「悪いが、俺は可唯を本当に信用しているわけじゃないからな」

「そりゃないで。そないなこと言うなら、助けへんで?」

「俺に信用してもらいたいなら、まずそのエセ関西弁をやめろ。自分を隠すためだろうが、そんなことをされても信用できない」

「それはお互い様やで?」

 翔と可唯は、お互いに自分のことを隠している。そして、そのことをお互いに認識もしている。そう考えると、自分達は似た者同士なのかもしれない。ふとそんなことを翔は感じた。

「まあ、ええわ。こっちの用事より、ダークを相手するんも楽しいやろ。わいはランに協力するで」

「ありがとう、助かる」

「せやけど、ラン、随分と変わったやないか」

「そうか?」

「自覚ないんかいな? たった一つのことだけできればええって感じやったのに、今はもっと大切なもんを見つけたんやろ?」

 可唯の言葉に、翔は上手く返すことができなかった。それは、可唯の言うとおりで、翔にある変化が起こっている証拠だった。

「……話は終わりだ。もう遅いから切る」

「何や急やな。せやけど、わかったで。ほな、さいなら」

 電話を切ると、翔は一息ついた後、引き出しからミサンガを取り出した。

 自分にはしたいこと――するべきことがある。そのためだけに翔は生きると誓ったはずだった。

 しかし、今日あったことを振り返ると、翔はただ「楽しかった」という感想を持った。そして、今後も美優達との時間を大切にしたい。そんな考えを持ち始めていることに気付いた。

 そのことを改めて自覚したところで、翔は口を開いた。

「大丈夫だ。復讐は必ず果たす。それだけは約束する」

 それから目を閉じると、今日の楽しい記憶を上書きするように、「あの時」のことを思い出した。それは忘れられない記憶であり、忘れたくない記憶でもある。

 悲しみ、苦しみ、そして怒りといったマイナスの感情が心を侵食していくようで、翔は胸元を強く掴んだ。長い間、こんな感情にとらわれていたら、自分は悪魔になってしまうかもしれない。ただ、それでも構わなかった。

 その時、電話が鳴り、翔は目を開けた。それは、美優からの電話だった。

 翔は一瞬だけ間を置いた後、電話に出た。

「もしもし?」

「あ、翔、今大丈夫かな?」

「大丈夫だが、どうしたんだ?」

「ごめん、何だか眠れそうになくて……少しだけ話してもいい?」

「……ああ、大丈夫だ」

 断ることは簡単だった。そのはずなのに、翔は自然と承諾していた。

「今日は本当に色々なことがあったね。翔と一緒に登校できたし、昼も一緒だったし、嬉しかった。それに翔のサッカー、本当にすごかったよ! ぬいぐるみも取ってくれてありがとう! 夕食も美味しかったし、不良達に襲われたのはビックリしたけど、それも今思い返すと楽しかったよ」

 美優は今日あったことをただただ楽しそうに話した。それを聞いているだけで、翔も楽しくなった。先ほどまで、心を侵食していたマイナスの感情も、すっかりなくなってしまった。

 そして、翔はそれでいいのかと、大きな迷いを持った。

「翔?」

「ああ、悪い」

「ごめん、私ばかり話して、こんなのつまらないよね?」

「いや、そんなことない。楽し……」

 手に持ったままだったミサンガに目をやり、翔はこのミサンガをくれた人のことを思い出した。その人は、こんな今の自分を望んでいるだろうか。そんな疑問を持つと、翔は何も言えなくなってしまった。

「翔は一人じゃないよ!」

 その時、美優の大きな声で、翔は心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。

「きっと、翔には何か言えないことがあるんだよね? それは話してくれなくてもいいよ。でも、一人にならないで! 一人で悩まないで!」

 美優の言葉に、翔は胸を打たれたような気分だった。しかし、少しだけ考えた後、ため息をついた。

「……俺には、やらないといけないことがあるんだ。そのためには……俺は悪魔になってもいい。そんなものにみんなを巻き込みたくない」

 やはり、自分は美優達とかかわるべきじゃない。改めてそんな決心を翔は持った。

「だから……」

「翔は悪魔になんてならない! だって、私が絶対に止めるから!」

 そんな美優の言葉を聞いて、翔は何を言えばいいか悩んだ。

「……何もわからないのに、何でそんなことが言えるんだ?」

「翔は優しい。それだけはわかっているからだよ」

「そんなの……何の答えにもなっていないだろ」

 そう言いながら、翔は自分が笑っていることに気付いた。そして、手に持ったミサンガにまた目をやり、翔は決めた。

「美優と話していると、何をやらないといけないか、わからなくなってくる。だから……ありがとう」

「……どういたしまして」

 恐らく、美優はほとんど何もわかっていないだろう。それでも、嬉しそうにそう言った。そんな美優と話して、翔は心が温かくなるのを感じていた。

 そして、しばらくの間、二人とも何も話さなくなり、お互いの息遣いだけが聞こえた。それは美優の言うとおり、自分は一人じゃないと感じられる時間だった。

「……ありがとう。もう大丈夫だ」

「……うん、良かった。あ、ごめん、こんな時間になっちゃったね。そろそろ切った方がいいかな?」

「俺の方こそ悪かった。美優はもう眠れそうか?」

「それはわからないけど……翔と話せて良かった。本当にありがとう」

「礼を言うのは俺の方だ。ありがとう」

「じゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 そして、電話が切れると、翔は改めて手に持ったミサンガに目をやった。

「俺、変わってもいいと思うか? いや、違うな……」

 これまで、このミサンガをくれた人の考えを知りたいと思い続けたが、それはいくら望んでもわからないことだ。そのことをはっきり自覚したうえで、翔は自らの考え――願いを伝えることにした。

「俺、変わりたいんだ。応援してほしい」

 翔はそう言うと、ミサンガを左の手首に巻いた。そして、右手を使って器用に結んだ。

 何が正しいかなんてわからない。本当のところ、自分がどうしたいのかもわからない。頭の中はグチャグチャで、何の答えも見つかっていない。そのうえで、翔はミサンガを着けた左手首を右手で強く握った。

「俺は、もう大切な人を失いたくない。そのために、力を貸してほしい」

 翔は目を閉じると、そんな願いをミサンガに込めた。

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