ウォーミングアップ 02
水野美優は剣道着を着たまま、グラウンドの方へ向かって走っていた。
この日、城灰高校の剣道部では休日練習を行っていて、剣道部に所属する美優も参加していた。しかし、美優はサッカー部の応援をしたいと思っていたため、うんざりした気分で練習を行っていた。
そして、僅かながら休憩時間を与えられたタイミングで、美優は少しでもサッカー部の応援をしようと、グラウンドへ向かっていた。
しかし、グラウンドに近付いたところで、妙に声援が少ないと美優は感じた。そして、グラウンドに誰もいないことを確認しつつ、観客の中で頭一つ飛び出した後ろ姿を見つけて、そちらに近付いた。
そこには、山岡千佳と、神代大助がいた。
「千佳、大助、今は休憩中なの?」
「ああ、美優お疲れ。うん、今はハーフタイムだよ」
美優と千佳は高校に入ってから知り合ったものの、お互いに気が合い、今では親友と呼べるほど仲良くなっている。今日、当初は千佳達と一緒に応援する予定だったが、剣道部の練習が入ってしまったため、美優は千佳と大助に応援を任せる形になった。
「何だ……せっかく来たのに……」
「美優さん、部活お疲れ様です。今日は残念でしたね」
「本当、何で今日まで練習なんだろう……」
大助とは中学生の頃から同じ学校で、当時から一緒に遊びに出かけることもあり、こうして話す機会は多い。また、大助は学年一どころか学校一身長が高い。そのため、今日のように誰かを捜す時、美優は大助を捜すようにしている。
「美優、応援に来てくれたのか?」
そんな声をかけてきたのは、孝太だ。美優と孝太はいわゆる幼馴染で、幼稚園から小学校、中学校だけでなく、高校も一緒で、頻繁に買い物へ出かけたり、お互いに悩みを相談したり、何でも話せる仲だ。
また、孝太と大助は中学生の頃から仲良くなり、今では親友同士になっている。そのため、三人で出かける機会が多くあった。そんな中、高校で千佳とも仲良くなり、今は四人で行動することが多くなっている。
「孝太、調子はどう?」
「おう、結構いいよ。それより、翔がホントにすごくて、マジでビビったよ」
「そうなの!? 翔、やっぱりすごいんだ!?」
思わず大きな声が出てしまって、美優は慌てて口に手を当てた。
「……あ、ごめん。でも、あれだね。孝太の見る目は正しかったってことだね」
「……いや、僕もあそこまでとは思わなかったよ。翔、前半で3点も入れたんだよ」
「そうなの?」
「おかげで、今は3-0で僕達が勝ってるよ。ホント……翔はすげえよ」
何だか孝太が動揺している様子で、美優は先ほどの態度を心の中で反省した。それから、美優は翔の方へ目をやった。
翔は一人で、足首を回しながら手をブラブラとさせている。その周りには誰もいないし、何だか孤独な感じだった。孝太の話を聞く限り、大きな活躍をしているわけだし、もっと他の人と一緒にいればいいのにと美優は感じた。
ただ、こうした翔の態度は今に始まったことじゃない。いつも翔は一人で、誰かが話しかけても簡単な受け応えしかせず、人付き合いが苦手なんだろうと周りが察してからは、誰も話しかけなくなった。
そうしたことが、サッカー部に入ったのをきっかけに少しずつ変わることを期待していたが、今のところ難しいようで、美優は思わずため息をついた。
「おい、そろそろ後半が始まるぞ」
「おう、わかった! 美優はまだ部活なんだろ?」
「うん、だから応援は引き続き千佳達に任せるよ。頑張ってね」
「美優も頑張れよ」
そう言うと、孝太は他の選手達と一緒に、グラウンドの方へ戻っていった。そんな中、翔だけは気持ちを集中させているのか、立ち止まったまま、何度か深呼吸をしていた。
そして、翔はゆっくりとグラウンドの方へ歩いていった。
「翔、頑張ってね!」
それは、思わず飛び出た言葉で、言った美優自身が驚いた。
翔は振り返ると、不思議そうな様子でこちらを見てきた。
「あ、ごめん! 集中しているのに、気が散っちゃうよね……」
「いや、そんなことない。応援、ありがとう」
ぶっきらぼうな感じだったが、翔はそう言うと、また背を向けて、グラウンドの方へ歩いていった。それだけで嬉しくて、美優は思わず笑みが零れた。
「美優、もしかして……?」
「あ、えっと……そうだ! 部活に戻らないと!」
実際のところ、休憩時間はもう終わっているし、すぐ戻らないといけないというのは正しい。ただ、今はそれより、真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、美優は駆け足でその場を離れた。