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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 28

 冴木はスマホをじっくり眺めていた。それは、一年前と同じなら、もうすぐ重要な連絡が来る可能性があると知っていたからだ。

 そんな冴木の予想どおり、スマホが鳴り、メールが届いたことを知らせた。冴木は軽くため息をつくと、スマホを手に取った。そして、メールの内容を確認した。

 その時、またスマホが鳴った。それは誰かから電話がかかってきたことを表していて、相手を確認すると「篠田灯」という名前が見えた。そこで、冴木は先ほどよりも深いため息をついてから、電話に出た。

「冴木、連絡は来たかしら? 明日から始まるTOD、私はディフェンスとして参加することになったわ」

「いきなり本題だな。ああ、今来たところだ。俺もディフェンスで参加することになった」

「これ、ディフェンスでの参加が決まったことと、ゲーム開始日時の知らせしか来なかったんだけど、そういうものなのかしら?」

「ああ、一年前と同じなら、ゲーム開始の二時間前にターゲットがどこの高校に通っているか知らせが来る。その後、ターゲットが誰なのか知らせが来るのは、ゲーム開始の一時間前だ」

 話しながら、冴木は一年前のことを思い出していた。

「ターゲットが誰かわかった後、協力してほしいことがある」

「いやらしいことじゃなければいいわ」

「真剣な話をしているんだ。そういう冗談はやめろ」

「真剣にいやらしいことはダメだと言っているのよ?」

 相変わらず、篠田とは合わないと思いつつ、冴木は話を続けることにした。

「ターゲットの家族を保護したい。知っていると思うが、一年前のTODでターゲットの家族まで殺された。今回はそんなことさせない」

「一年前だけでなく、その後のTODでもターゲットの家族が殺されたケースがあるわ。それは私も許せないけど、ターゲットを守るのが優先なんじゃないかしら?」

「明日は火曜で平日だ。ゲーム開始時、ターゲットは学校にいるから、すぐ襲われるようなことは考えづらい。実際、一年前もそうだった」

「確かにそうね。ターゲットがすぐに殺されたケースはほとんどないし、先に家族が殺されたケースの方が多いわね」

「ああ、だからターゲットがどこの学校かわかったら、そこに集合したい。その時、篠田も移動手段を持っていてほしい。それで、ターゲットがわかった後、家族をすぐに保護する」

「一時間しかないのよ? その間に家族を保護するなんて、知り合いでもない限り無理じゃないかしら?」

 篠田の言うとおりで、冴木は少しだけ答えに迷った。しかし、一年前のことを思い出すと、そんな迷いはすぐに消えた。

「一年前、ターゲットの家族が殺された後、家が放火されたんだ。それをターゲットが見て……あの顔は今も忘れられない。あんなこと、もう二度とあってはならないんだ」

「……やっぱり、あなたは優しいわね。わかったわ。明日の朝、車をレンタルして、まずはターゲットの家族を保護することに協力するわ」

「ありがとう。感謝する」

「どういたしまして」

 そこで、少しだけ間が空いた。それなら電話を切ろうと思ったところで、篠田の方から話を切り出してきた。

「一年前のターゲット……緋山春来君は、どんな人だったのかしら?」

 緋山春来。その名前を冴木は何度も見てきた。むしろ、緋山春来がどんな人物だったのか、冴木は調べられる範囲で調べ尽くした。

 幼い頃からサッカーをやっていて、司令塔と呼ばれる、チームを率いる存在だったこと。中学生の時、所属するサッカー部が全国大会で優勝したこと。高校生になった後も周囲から期待されていたこと。緋山春来がそうした人物だったことを冴木は知った。

 ただ、篠田が聞いているのは、そんな話じゃないと冴木は感じた。篠田は、現在取材している高校生――高畑孝太から、緋山春来のことを聞き、その死に不審な点があることに気付いたそうだ。そして、緋山春来が亡くなる前に会った人物として、冴木を疑い、現在進行形で付きまとってくるようになった。

 そんな情報収集能力と、行動力のある篠田なら、緋山春来について冴木以上に調べ尽くしているだろう。そう理解すると、冴木は一年前のことを改めて思い出した。

「強い人だと感じた。家族を殺されて、絶望した様子だったが、それでも生きたいと俺に言ったんだ。ただ、俺はそこで逃げて……彼は最期まで生きたいと思っていただろう。そんな彼の力に俺はなれなくて……」

 恐怖から逃げた自分が情けない。弱い自分が許せない。そんな思いから、冴木は言葉に詰まってしまった。

「ちょっと、泣かないでよ」

「別に、泣いていない」

「あら? むしろ泣いてもいいのよ?」

 篠田とは本当に合わないのだろう。それは、これまで何度も感じていたことだが、改めてそう感じた。そのうえで、篠田の態度がむしろ嬉しいと冴木は感じて、少しだけ笑ってしまった。しかし、明日からのことを考えると、すぐに頭を切り替えた。

「真剣に話そう。一年前、ターゲットが殺されただけでなく、ターゲットの家族や幼馴染、さらにはディフェンスも殺された。つまり、俺も篠田も危険だということだ」

「わかっているわ。あなたは知らないみたいだけど、その後もディフェンスで参加して、殺された人がたくさんいるわよ」

「だが、俺はもう逃げない。命を懸けて、ターゲットを守るつもりだ」

 冴木がそう言うと、篠田は返事に困ったように、少しだけ間を空けた。

「あなたは家族とかいないのかしら?」

「急に何の質問だ?」

「私は記者の仕事が好きだし、生涯独身でもいいと思っているわ。そんな私だから、命を懸けてターゲットを守りたいという気持ちには賛同するわ。でも、あなたも同じなのかしら? 家族や待っている人がいたら、そんなことは言えないはずよ?」

 相変わらず、篠田は自分の弱い部分に触れてくる。そんなことを感じつつ、冴木は口を開いた。

「大切な人はいる。だが、その人とは一緒にいられない。だから、これでいいんだ」

「どういうことかしら? 許されない恋をしたということ?」

「話し過ぎたな。ここでこの話は終わりだ」

「このまま、何でも話してくれると思ったのに、残念ね」

 今夜もまた篠田のペースになってしまっていると感じて、冴木はため息をついた。

「そろそろ切る。明日から頼んだ」

「ええ、私の方こそよろしくね。それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 そうして電話を切ると、冴木は改めて一年前のことを思い出していた。

 あの時、オフェンスで参加していた人物の中に、フルフェイスヘルメットを被り、レーシングスーツを着た者がいた。そいつは容赦といったものが一切感じられない、それこそ悪魔のような人物で、対峙した時のことを思い出すと、今でも恐怖しか感じられない。もしかしたら、そいつがまた参加しているかもしれないと考えると、冴木はどうしていいかわからなくなってしまった。

 そんな不安を持っていては良くないと考え、冴木は気持ちを切り替えようと、机にチェス盤を置いた後、駒を並べた。

 そして、先手と後手、両方の駒を一人で動かす、いわゆる一人チェスを始めた。

 一年前は、余裕で勝てると思い込んだ結果、何の準備もすることなく、作戦なども考えなかった。しかし、今回は違う。TODから離れていたとはいえ、この一年、いつかまた参加することがあればどうするか、考えてばかりだった。それが今、わずかではあるものの、冴木の自信になっていた。

「チェックメイト」

 冴木はそう言うと、黒のキングを倒した。

「今度は負けない」

 そして、冴木は引き出しから銃を取り出すと、メンテナンスを始めた。

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