ウォーミングアップ 26
翔との電話を切り、孝太は安心したように息をついた。
「美優達も大丈夫そうだね」
「うん、良かったよ。でも、あの不良達、翔を狙ってる感じだったし、また何かあるかもしれねえな」
「その時は、私達で翔を守ろうよ! 大助もそう思うよね?」
「はい?」
「うん、一緒に頑張ろー!」
大助は大人しい性格で、今夜のようなトラブルを避けたいと思っているのだろう。そうしたことを孝太は理解していた。
「じゃあ、送ってくよ」
「僕は一人でも大丈夫です。孝太君は、千佳さんを送ってあげてください」
「大丈夫かよ?」
「はい、大丈夫です。なので、もう行きますね」
少し不自然な様子で、大助は行ってしまった。そんな大助を見て、千佳は複雑な表情になった。
「もう、変な気を使って……」
「何かあったのかよ?」
「べ、別に何でもないから!」
何故か千佳が動揺した様子で、孝太は首を傾げた。
「ホントに大丈夫かよ?」
「大丈夫! じゃあ、私達も帰ろうよ!」
慌てた様子の千佳についていく形で、孝太もその場を後にした。それから駅に着くと、千佳の家の最寄り駅まで移動した。
「遠回りさせて、ごめんね」
「あんなことがあった後だし、気にするなよ」
「うん……」
普段、千佳はうるさいぐらいに話すのに、今日は何だか大人しかった。
「やっぱり、あんなことがあって怖かったよな?」
「ん?」
「何か普段より大人しいからさ」
「いや、これは……」
千佳は何か言おうとしたものの、結局黙ってしまった。孝太はそんな千佳に気を使って、特に触れないでおいた。
二人は千佳の家の最寄り駅で電車を降りると、そのまま千佳の家へ向かった。その間も、千佳はあまり話すことなく、どこかよそよそしくも感じた。
そうして、千佳の家の近くまで来たところで、千佳は足を止めた。
「あのさ……もしも私が孝太のことを好きって言ったら、孝太は困るよね?」
「それって……?」
その質問は、もはや告白そのものだと感じた。そのため、孝太は少しだけ動揺してしまった。そして、そんな孝太の動揺を千佳は察した様子だった。
「何て、冗談だよ! ビックリしたでしょー? じゃあ、私はここまでで大丈夫だからー。また明日ねー」
千佳が慌てた様子で離れようとしたのを見て、孝太は自然と口を開いた。
「千佳が僕と美優のことを気にしてくれてたこと、ずっと知ってたよ。これまで、ホントにありがと」
幼い頃から一緒にいる美優に対して、もしかしたら好きなのかもしれないといった思いを持ち始めた後、孝太は美優と二人きりになるのを少しずつ避けるようになっていった。そして、中学生の頃は大助を誘って、三人で行動することが多くなった。しかし、三人とも人に合わせる性格のため、積極的にどこかへ行くことは難しく、美優と一緒になる機会は次第に減りつつあった。
そんな時、千佳が美優と仲良くなり、四人で遊びに行く機会を増やしてくれた。それだけでなく、四人でいる時はなるべく孝太と美優が話せるよう、千佳が気を回してくれていることも感じていた。
そんな千佳が、冗談と言いつつも自分への思いを伝えてくれた。そのことを孝太は理解して、真剣に受け止めたかった。
「その……千佳と一緒にいると楽しいよ。もし付き合えたら、もっと楽しくなると思う。でも、美優に振られたからって、すぐ千佳に乗り換えるみたいなのは、やっぱりおかしいじゃねえかよ?」
「別にいいよ! 私、都合のいい女だもん!」
「そんな自分の推し方ねえだろ!」
そこで、孝太と千佳は、お互い照れくさそうに笑った。
「その……少しだけ気持ちの整理をつけてからでいいかな? 多分、いい返事ができると思うから……待っててくれ」
孝太の言葉に、千佳は驚いた様子を見せた後、大きく頷いた。
「うん、待ってる! ずっと待ってるから!」
「でも、僕よりいい人がいたら、そっちを選んでいいからな」
「そんなことあるわけないでしょ! 私は……もう一年以上ずっと待ってるもん。だから、まだ待てるよ」
その言葉で、千佳がずっと前から自分に思いを寄せてくれていたことに、孝太は気付いた。それから、千佳は照れくさそうな表情を見せた後、胸に手を当てた。
「中途半端は嫌だから、ちゃんと伝えるね! 私は孝太のことが大好き。でも、孝太は美優が好きだって知ってたから、ずっと諦めてた。だって、私は美優のことも大好きだもん」
「ごめん、今まで変な気を使わせてたよな?」
「ううん、私は孝太達と一緒にいられて楽しいよ。ずっと孝太と美優のこと、応援してたしね。でも……やっぱり、苦しかったかも。だから、今こうして気持ちを伝えることができて、ホントに良かった。返事は……いつでもいいからね?」
「おう、わかった」
それから、お互いに黙ってしまって、妙な雰囲気になった。
「あと、やっぱり家まで送って! もう少し孝太と一緒にいたい!」
そんな雰囲気を変えたのは、千佳だった。思えば、いつも千佳はこうして周りを明るくしてくれる人だ。そのことを改めて思い出しつつ、孝太は笑った。
「うん、送ってくよ」
そして、孝太達はゆっくりとした足取りで、千佳の家を目指した。