ウォーミングアップ 24
孝太達は、結局また千佳が決める形で、近くのファミレスに入っていた。席は男女で向かい合う形で、男子側は奥から大助、翔、孝太の順に座り、女子側は奥から美優、千佳の順に座った。ただ、美優と翔を向かい合わせにしようと千佳が気を使ったようで、美優は翔の向かい側――席の中心に座った。
それからすぐに注文も終えて、適当に雑談をしていた。そこでふと、孝太は素朴な疑問を持った。
「そういえば、聞いてなかったけど、翔は前からサッカーやってたんだよな?」
「やっていたに決まっているだろ?」
「でも、僕は翔のこと全然知らなかったんだよ。前はどこにいたんだよ?」
あれだけのプレイができるのに、全然話題にならないなんてことは、普通に考えてありえない。しかし、現に孝太は翔のことを知らなかった。孝太だけでなく記者をやっている篠田も翔のことを知らなかったため、そんなことあるのだろうかと、ずっと疑問だった。
「元々、地方の方にいて、人もほとんどいなかったから、数人で練習するぐらいしかできなかったんだ。試合には出ていないし、孝太が知らなくて当然だ」
「こんな才能を埋もれさせてたなんて、サッカー界にとって、もったいねえよ」
「そんな大げさなこと言うな」
「大げさじゃねえって。みんな、そう思ってるよ」
「うん、私も孝太と同じだよ! 翔のサッカー本当にすごかった! 何て言うか……本当にすごかった!」
「美優、また語彙力がなくなってるよ? でも、私も翔はサッカーをやるべきだと思うよ! 大助も……」
「はい、僕もそう思います」
「ほらほら、大助だって同じじゃん!」
美優達が加わり、翔は何だか照れくさそうな様子で笑った。思えば、これまで翔の笑顔を見ることなんてなかったのに、今日は何度も見ている。ただ、その理由はすぐにわかった。
「今日、翔のサッカーを見たけど、本当にすごかった……あ、えっと、私はサッカーのことを知らないから、それぐらいしか言えないんだけど……」
「別にそれでいい。ありがとう」
「うん、どういたしまして! あと、このぬいぐるみも取ってくれてありがとう!」
「それは何度も聞いた。まあ、どういたしまして」
人付き合いが苦手なはずなのに美優は積極的に話していて、人付き合いを避けているはずなのに翔は返している。それは、考えようによって、お互いに無理をしている状態といえるかもしれない。でも、ふとした時に見せる美優と翔の笑顔を見て、孝太はこれでいいと強く思った。
「UFOキャッチャー、翔も孝太も、何であんなに上手なのかな?」
「別に、何となくどうすればいいか考えて、そうしたら取れた」
「え?」
「翔は天才肌だよね。一応、理論的に説明すると、空間把握能力っていうらしいよ。サッカーをやってる人だと多いんだけど、どれがどこにあって、これからどう移動するかとか、そういうのを把握できる能力っていえばいいのかな?」
「孝太、全然わかんないんだけどー!」
「僕もどう説明していいかわかんねえんだよ。まあ、周りの物の位置とか、それがどう動くかとか、そういったことを感覚で理解できる能力って感じで……距離感っていえばわかりやすいかな? UFOキャッチャーをやる時は、アームをどこで止めればどこに下がるか、感覚としてわかるんだよ」
「何それ!? 超能力者みたい!」
千佳の言うとおりで、空間把握能力がない人からすれば、時には超能力者のようなことも出来ると孝太は知っていた。
「実際、応用すれば背後で何が起こってるか、把握できることもあるんだよ。例えば……翔、僕達が注文した料理、いつ来ると思う?」
「いつって、今すぐだろ?」
翔がそう答えた直後、店員が料理を持ってきて、テーブルに置いていった。その間、美優と千佳は驚いた様子だった。
「翔もさすがだね。僕もすぐ来るってわかってたよ」
「えっと、翔と孝太は超能力者だったの?」
「そんなわけないだろ。周りの声を聞いていれば、どこのテーブルの料理が完成したかとか、それを運ぶようにって指示が聞こえてくる。それで厨房から店員が出てきた後、こっちに音が近付いてくるのが聞こえたから、料理が来たんだろうとわかっただけだ」
「僕も翔と同じ理由で料理が来たのを感じたよ。こういった感じで、常に周りの動きなどを把握するよう意識すれば、背後で起こることも予測できるんだよ」
「ごめん、なるほどわからんだよ。何その超能力?」
ここまで説明したものの、千佳はむしろ混乱している様子だった。一方、美優は違った。
「確かに、剣道の試合で集中していると、そんな感覚を持つ時があるかも」
「美優もなの!? 大助はそんなことないよね!?」
「……ないですね」
「良かった! 私と大助はいつまでも普通の人でいようね!」
「いや、僕達を普通じゃねえみてえに言うなよ!」
「だって、普通じゃないもん!」
千佳がそんなことを言うのも無理はなかった。そう思いつつ、孝太にはさらに思うところがあった。
「ただ、翔は僕が把握できねえとこまで把握してる気がするんだよね」
「どういう意味だ?」
「さっき言った、事前に見た情報とか、音とか、そんなことに頼らねえでも、背後で何が起きてるか、把握できるんじゃねえかな? 例えば、今日のワンオンワンで、最後に僕は反則覚悟でスライディングしたけど、翔は何で避けられたんだよ?」
その質問に、翔は少しだけ考えているような様子を見せた後、口を開いた。
「何か嫌な予感がした。それが理由だ」
「それは第六感かもしれねえな。それこそ、千佳の言うとおり、超能力に近いかもね」
「美優、超能力者の翔が相手で、ホントに大丈夫!?」
「さっき言ったとおり、私も試合で集中した時とか、何故か後ろにいる人の存在を感じることがあるから、別に普通のことだと思っていたんだけど……」
「大助、どうしよう? 私達の周りは超能力者しかいないよー!」
千佳がそんなことを言って、みんなで笑ってしまった。
「もういい! 何か考えれば考えるほど、おかしくなりそうだし、とにかく食べる!」
「そうだね。料理も冷めちゃうし、みんな食べようよ」
そんな形で千佳と美優が話を変えてくれた後、全員で「いただきます」をすると、それぞれ料理を食べ始めた。