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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
24/273

ウォーミングアップ 23

 18時になり、光は帰り支度を始めていた。

「それじゃあ、圭吾によろしくね」

「瞳も来ればいいのに」

 圭吾からランと会うのは後日という連絡があった際、光から飲みにでも行かないかと誘った。それを圭吾が受けてくれて、今夜これから飲みに行くことになった。

「私がいたら、光も圭吾も気を使うでしょ? それに私は今、お酒飲めないし、二人で楽しんできて」

「そうだね。それじゃあ、僕の方から報告しておくよ」

「うん、お願い。私はもう少し資料を整理するから、光はもう行って」

「ありがとう。でも、無理はしないでね」

「大丈夫、心配しないで」

「じゃあ、行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」

 瞳に見送られる形で、光は会社を出た。するとそこにはいつから待っていたのか、圭吾がいた。

「圭吾、久しぶりだね。待たせちゃったかな?」

「いや、今来たばかりだぞ」

「それなら良かったよ」

 圭吾の言葉は嘘だろうと思いつつ、光は特に触れなかった。

「どこに行く?」

「いつもの場所でいいよ」

「そうだな」

 光と圭吾にとって、いつもの場所というのは、大学時代から通っている居酒屋のことだ。そこは自営業の居酒屋で、数え切れないほど多くのメニューがあるため、単に飲むだけでなく、食べるだけでも満足できる店だ。

 電車で最寄り駅まで行くと、懐かしいと思いつつ目的の居酒屋まで移動して、光と圭吾は中に入った。

「いらっしゃい! お、光君も圭吾君も久しぶりだな。今、用意するから、ちょっと待ってろ」

 店主とはすっかり仲良くなっていて、車椅子の光に対して、いつもすぐ対応してくれる。そうした配慮も嬉しくて、光はいつもここを選んでいる。

 そうしてテーブル席に案内されると、光と圭吾はいつもどおりビールと、適当に刺身や揚げ物を注文した。

「ここに来るのも久しぶりだな」

「そりゃあ、圭吾が僕達に気を使って、誘わなくなったからね」

「そう言うな。……ただ、距離を置いてたのは事実だ。すまない」

「久しぶりなのに、そんなこと言わないでよ」

「ああ、そうだな」

 そんな話をしているうちに、すぐビールが来た。

「大企業の副社長さんが来てくれたんだ。今日は奮発してやるよ」

「そんなこと言って、学生の時からいつもサービスしてくれたじゃないですか。経営、成り立っているんですか?」

「まあ、光君の企業に比べたら、質素なものだけどな。二人のように常連さんがこうして時々でも来てくれるのが嬉しくて、やめられないよ。それじゃ、今日はゆっくりしてってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 店主が昔と変わらず、光は嬉しくて自然と笑顔になった。

「それじゃあ、乾杯」

「ああ、乾杯」

 光と圭吾はコップをぶつけると、数口程度ビールを飲んだ。

「圭吾は元気にやっているかな?」

「ああ、色々とあるが、どうにかやってるぞ。光も順調か?」

「うん、順調だよ。それで、早速本題というか、報告があるんだけど……」

 光は少しだけ間を空けた後、改めて口を開いた。

「実は、瞳が妊娠したんだ」

「は!?」

「当然、僕と瞳の子供だよ」

「いや、そんなのわかってる! いや、その……まあ、おめでとう」

「ありがとう」

「というか、そんな世間話みたいな感じで報告するな!」

「ごめんごめん」

「まあ、光はいつもそうだな。『ライト』を作ると言った時も、こんな感じだったのを思い出したぞ」

 圭吾の言葉を聞き、光は当時のことを思い出した。

 学校や社会に納得できない、いわゆる不良と呼ばれる人達が生き方に迷い、時には犯罪を犯したり、他の人を傷付けたりしている。そんな現状を知って、光は何かできないかと考えた。

 そして、不良達を集めてグループを作り、何かするべきこと――ボランティア活動などを提案したら、いい方向に行くのではないかと考えた。ただ、それは到底一人ではできないことだった。

 そこで、光は圭吾に相談した。

 当初、圭吾は無謀だと言って乗り気でなかった。しかし、最終的に圭吾も協力してくれて、光の名前から取った「ライト」というグループを結成することができた。

 結成したといってもメンバーは二人だけで、それで不良達を相手にするのは、相変わらず無謀だった。そのため、光達は少数で行動している不良達に接触し、仲間にならないかと持ちかけた。

 そして、仲間になるための条件として、不良達が持っていた、強い者に従うというルールを利用する形で、「ケンカ」を行うようになった。そうして仲間を増やしていき、少ししたところで、ライトはこの辺りで最大規模の不良グループになった。

「僕がいなくなった後も、圭吾がみんなを率いてくれているから安心だよ」

「そうでもないぞ。ダークの問題だけでなく、ライトの中でも可唯やランのように何か問題を抱えてるだろう奴がいて、正直なところほとんど何もできてない。まだ若いと思いたいが、学生相手となると、なかなか厳しくなってきたと感じる」

「そう言うなら、誰かにリーダーを譲ればいいんじゃないかな?」

「さっきと随分違うことを言うんだな。まだ俺はライトのリーダーをやめるつもりはないぞ」

「それは……『ダーク』を作ってしまった責任を、まだ感じているからかな?」

 光の質問に対して、圭吾は答えに困った様子で酒を飲んだ。

 その時、店主が料理を持ってやってきた。

「おいおい、せっかくなら楽しく飲んでくれ。それとさっき聞こえたけど、瞳ちゃん、妊娠したんだって?」

「はい、そうなんです」

「よし、今日はお祝いで、いつも以上にサービスしてやるよ」

「そんなことしたら、店がつぶれますよ?」

「そしたら、光君のとこで雇ってくれよ」

 店主がそんな冗談を言ってくれて、光と圭吾は笑った。それから、圭吾はどう言おうか考えているのか、少しだけ間を空けてから口を開いた。

「俺が光に嫉妬して、ダークを作ったことを後悔はしてる。でも、それで責任を感じてるわけじゃない」

 圭吾がこんな話をしてくれるのは、初めてのことだ。

「俺なんかいなくても、光さえいれば、勝手にライトは成り立つ。そんな考えが誤りだったことは、もう理解してる」

「僕は自由だからね。むしろライトに必要なのは、みんなをまとめられる圭吾の方だよ。実際、今のライトに僕はいなくて、代わりに圭吾がいる。それが答えだよ」

「この際だから言うが、光と瞳が付き合い始めたことも本当にイラついたぞ」

「うん、わかっているよ」

「ただ、今は心から祝福してるぞ。嘘じゃないからな」

 圭吾が本心からそう言ってくれているのを感じて、光は笑った。

「俺が責任を感じてるとしたら、鉄也に対してだ」

「それは僕も感じているよ」

 元々、鉄也は光と圭吾に続く、三人目のメンバーとしてライトに加わった。しかし、鉄也はライトの活動に批判的で、ケンカに負けたからという理由で入っているだけだった。

「鉄也はずっとライトに不満を持ってた。それを利用して、ダークを結成する時、真っ先に鉄也を誘った。それなのに、今は俺がライトに戻って、代わりに鉄也がダークを率いてる。どこかで、お互いにけじめをつけたいが、上手くいかなくて困ってる」

「……いっそのこと、ライトをつぶしても良かったかもしれないね」

「そんなことないぞ。ライトがあるおかげで、救われてる奴もいるんだ。だから、俺は光の代わりにライトを守りたい」

「そう言ってくれると思ったから、あの時、圭吾にライトを任せたし、それは今でも正解だったと思うよ」

 今、ライトとダークの間で定期的にケンカが行われているが、最初のケンカが行われる直前に、光は事故にあってしまった。その際、光は圭吾にライトを守ってほしいとお願いした。そんな光の願いを受けて、圭吾はライトに戻ってくれた。

「でも、それが圭吾を縛り付けることになっているなら、間違いだったかもしれないとも思うよ」

「そんなことないぞ。俺はライトのリーダーでいられて幸せだ。それに、いつか近いうちに鉄也ともケジメをつけられるだろう。その時は、鉄也達も含めて一緒に飲もう」

「うん、そんな日が来るといいね。そうだ、それと別でもいいから、瞳も圭吾に会いたがっていたよ? 今度、会社にでも遊びに来てよ」

「俺なんかが遊びに行っていい会社って、冷静に考えてどうなんだ? まあ、ランが光と話したいと言ってた件もある。その時に会えればいいな」

「うん、そうだね」

 正直なところ、今日会うまでは圭吾が気を使ってくるんじゃないかといった心配があった。しかし、考えのずれが多少あるものの、お互いの関係が変わっていないことを実感して、光は嬉しかった。

 そして、圭吾の言うとおり、ここに鉄也などがいる光景を想像して、光は少しだけ笑った。

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