ウォーミングアップ 22
サッカー部の練習が終わり、みんなが帰り支度をしている中、美優は興奮する気持ちを抑えられずにいた。
「翔、すごかったね! 途中、怪我はしちゃったけど、とにかくすごかったね!」
「美優、語彙力が下がってるよ?」
「あ、ごめん! でも……翔、すごかったね!」
「ふーん、美優が恋をすると、そんな感じになるんだね」
「え、あ……その……」
千佳の言葉で、さすがに浮かれ過ぎと気付き、美優は必死に気持ちを落ち着けた。とはいえ、興奮は一切冷めなかった。
「そうだ。翔と孝太の着替えが済んだら、一緒に帰ろうって誘ってみれば?」
「え、迷惑じゃないかな? 付き合ってくれないと思うんだけど?」
「ダメ元でいいじゃん。大助も誘った方がいいと思うでしょ? うん、きっと思ってるよね!」
「いや、大助は何も言っていないんだけど……」
相変わらず強引な千佳の言葉に美優が困っていると、大助は笑った。
「僕も誘った方がいいと思いますよ」
「ほら! 大助だってそう言ってる! せっかくなら、このまま寄り道もしようよ! どっか夕飯を食べに行くのもいいんじゃない?」
勝手に千佳が盛り上がっていて、美優は困りつつも、そうしたい気持ちがあるのも事実だった。今日の練習を見て、翔に伝えたい思いもたくさんある。そうした理由で、勇気を出そうと心に決めた。
そうしているうちに、着替えを終えた翔と孝太が部室から出てきた。それを確認すると、美優は翔に近付き、勇気を振り絞るように大きく息を吸った。
「翔、付き合ってくれない?」
その直後、翔は反応に困っている様子で、周りは何か驚いたような雰囲気のまま、時間が止まったかのように、誰も何も言わない時間が少しだけ生まれた。
「えっと……美優、随分と大胆な告白だね」
そして、千佳の言葉を聞き、ようやく美優は自分の発言を理解した。
「あ、ごめん! そういう意味じゃなくて、これからみんなで夕飯でも食べに付き合ってくれないって意味だよ!」
「いや、さすがに言葉足らずが過ぎるだろ」
「うん、そうだよね。ごめん……。でも、今日の練習を見て、翔、本当にすごかったし、何か色々と話したいというか、翔のことをもっと知りたいし、付き合ってくれないかな?」
「美優、また告白してるみたいになってるよ?」
「え、嘘?」
そんなことを話していると、翔が笑った。
「わかった、今日は予定もないし、トコトン付き合う。一応、家に連絡だけしていいか?」
「あ、うん! 私も家に連絡しないと」
まさか翔が受けてくれると思っていなくて、美優は慌ててしまったものの、家にいる祖母に連絡した。それと同じタイミングで、翔、孝太、千佳も家に連絡していた。その中で、翔が恐らく家のお手伝いと話している様子を見た時、やはり翔はぶっきらぼうな話し方で、美優は色々と思うところがあった。美優自身、両親がいないという特殊な家庭環境にいて、悩むことがある。それ以上に、翔の家庭環境は複雑で、それが翔の悩みになっているのかもしれないと美優は感じた。
「じゃあ、まずはどこから行こっか?」
不意に千佳がそんなことを聞いてきて、美優は何を言っているのか理解できなかった。それは美優だけじゃないようで、全員何の反応もしなかった。その中で、一番早く理解できたのは翔のようで、呆れた様子で息をついた。
「……いや、夕飯を食べに行くだけじゃないのか?」
「まだ夕飯には早いじゃん。翔もトコトン付き合うって言ってくれたし、ちょっと遊んでから夕飯にしようよ。大助もそうしたいでしょ?」
「いえ、僕は……」
「ほら、大助だって、そうしたいって!」
「大助、嫌なら嫌って言った方が絶対にいい」
「いえ、別に嫌ではないです」
「それならいいが……」
そんな翔達のやり取りを見て、美優は笑った。
「翔も嫌なら嫌って言っていいよ?」
「いや、別に……って、俺と大助はお互いに断る理由を探すべきだな」
「そうですかね?」
いつも大助は予定がない時、ほとんどの誘いを受けてくれる。その理由は、特に予定がないなら、みんなに合わせようという考えなんだろうと美優は感じていた。
そして今、翔も大助と同じで、似た考えなんだろうと美優は気付いた。それは、自分のことより、周りの人達と一緒にいることを優先してくれているようで、美優は嬉しかった。
「じゃあ、まずは定番のゲーセンだね! 近くにあるから、そこで遊んでから、夕飯を食べに行こうよ」
美優も孝太も大助も、ただ一緒にいて楽しめるなら、どこでもいいと思っている。その分、いつもどこへ行こうか悩んでばかりでもあった。そんな三人の間に千佳が加わり、どこへ行くか決めてくれるのは、美優にとって本当に嬉しいことだ。
そうして千佳の提案を受ける形で、近くのゲームセンターまで行くと、まず全員でUFOキャッチャーに挑戦することにした。
「美優、何か欲しいものない?」
「え?」
急な千佳の質問に困りつつ、美優は自然と気になったものに視線を送った。
「美優は本当に犬が好きなんだな」
「え!?」
「じゃあ、みんなで挑戦するのは、これにしようか!」
近くにあったUFOキャッチャーに、犬のぬいぐるみが入っていて、美優は思わず視線を送った。そのことに翔が気付いてくれて、それから千佳がこのぬいぐるみを取ろうと提案してくれたことも、美優は嬉しかった。
「私からやっていいよね?」
千佳は誰の返事も聞くことなく百円を入れると、アームを動かすボタンを押した。しかし、アームがぬいぐるみを掴んだ後にすぐ落としてしまい、一見すると取れそうにないといった感想しか持てなかった。
「これ、無理じゃない? 大助もやってみてよ」
「えっと、はい……」
そのまま大助が挑戦したものの、千佳がやった時と同じように、美優は取れそうにないという感想しか持てなかった。
「これは難しいかな?」
「いや、そんなことねえって!」
そう言ってくれたのは孝太だ。いつも孝太は何やら分析した後、ある程度のお金をかけつつも、UFOキャッチャーの景品を取ってくれる。そのため、孝太がいれば、欲しいものが手に入るというのは、いつものことだった。
ただ、今日はいつもと違うことがあった。
「少しずつ寄せれば取れそうだな」
「翔もそう思うよな?」
「まず、アームをこの位置にやれば、こっちに寄るんじゃないか?」
「おう、僕もそう思うよ! じゃあ、先に僕がやってもいいかな?」
「ああ、もう少しアームの速度を測りたいし、お願いしていいか?」
翔も孝太と一緒になって、何やらUFOキャッチャーの仕組みを考察している様子だった。
そして、孝太が挑戦すると、犬のぬいぐるみが獲得口まで一気に近付いた。
「孝太は相変わらず、すごいね!」
「さすが、孝太君です!」
そんな千佳と大助の言葉に笑顔を見せつつ、孝太は翔に次を譲った。そして、翔も犬のぬいぐるみを獲得口まで近付けた。
「こういった感じでやればいいんだな」
「これぐらいのこと、翔ならできると思ったよ。このまま取ってくれよ」
孝太がそう言って、また翔が挑戦した。そして、ぬいぐるみの足に引っ掛けるようにアームを動かすと、ぬいぐるみは、そのまま獲得口に落ちた。
「翔、やるじゃねえか!」
「すご過ぎなんだけど!」
「翔さん、おめでとうございます!」
孝太達から祝福の言葉を受けても、翔は特に表情を変えなかった。そして、獲得した犬のぬいぐるみを手に取ると、美優の方へ差し出した。
「え、いいの!?」
「ああ、俺が持っていてもしょうがないだろ」
「これは美優のために、みんなが取ったものだよ! だから素直に受け取って……これが翔からもらった初めてのプレゼントってことになると、もっと豪華なものがいいかな?」
「千佳、本当にそういうのやめて! それに……私は翔のおかげでミューを飼うことができたと思っているし、もうプレゼントはもらっているよ」
そこまで言って、また翔が引いていないかと、美優は心配になった。
「あ、ごめん! こんなこと言ったら、重いよね!?」
「別に、それが美優のいつもどおりなんだろ? だから気にするな。とにかく、俺がこんなのを持っていてもしょうがないんだ。捨ててもいいから、とりあえず受け取ってくれないか?」
そこまで言われて、美優は翔からぬいぐるみを受け取った。
「捨てたりなんかしない! 大切にするから!」
そして、美優は強くそう言った。
「思ったより時間がかかっちゃったね。それじゃあ、いい時間だし夕飯を食べに行こっか!」
いい加減なように見えて、千佳は時間厳守な人でもあり、だからこそ美優達は千佳に任せてしまうことが多い。今日も同じで、千佳の提案にそのまま従う形で、夕飯を食べに店を探しに行った。
ただ、今日は美優の手に翔が取ってくれた犬のぬいぐるみがある。それだけで、美優は胸が高鳴るのを感じつつ、犬のぬいぐるみを強く抱きしめた。