ウォーミングアップ 20
昼休みになると翔は席を立ち、美優の席に向かった。
「一緒に昼食べるか?」
「あ、うん!」
美優があまりにも嬉しそうで、翔は少しだけ戸惑ってしまった。そして、今更ながら断ろうかと思ったところで、孝太と千佳がやってきた。
「僕と千佳は、いつも購買だけど、翔はどうしてんだよ?」
「俺は弁当だ」
「じゃあ、屋上の場所取りしてくれない? いつも美優と大助に場所取りしてもらうんだけど、今日は美優と翔にお願いするよ」
千佳の説明を聞いて、翔は一つだけ気になることがあった。そして、遅れて近付いてきた大助に顔を向けた。
「大助は弁当なのか?」
「はい、僕は弁当ですけど……?」
「大助も弁当だけど、今日は私と孝太が購買の素晴らしさを教えるって約束してたの! ホント偶然なんだけど、今日がその日なんだよね!」
「えっと……」
「うん! どれだけ購買が素晴らしいか気になって、戸惑っちゃうよね! だから、美優と翔の二人で、先に行ってて!」
「おう、大助! 僕達が購買の素晴らしさを教えてやるよ!」
そうして、千佳と孝太は大助を無理やり連れて教室を出て行った。
「……強引過ぎないか?」
「うん、私もそう思う」
二人きりにされ、自然とお互いの顔が合った。すると、美優はすぐに顔を赤くして、顔をそらした。
「ごめん、迷惑だったら、断ってもいいよ?」
「今更無理だろ。俺は屋上で食べたことがないから、場所取りは美優に任せる」
それだけ言って、翔は自分の席に戻ると、弁当を手に持った。
「ほら、行くんだろ?」
「うん! じゃあ、行こうか!」
美優は嬉しそうに頷くと、翔を案内するように、少し先を歩く形で屋上へ向かった。そんな美優に追いつこうと翔が足を速めると、美優も同じように足を速めて、そのまま美優の少し後ろをついていく形を維持したまま、翔は屋上に到着した。
開放されているものの、屋上へ行く機会などなかったため、翔が屋上に来たのは初めてだ。既に何人かの生徒が昼食を食べ始めている中、美優は辺りを見回すと、駆け足で移動した。
「翔、こっちで食べよう!」
そんなことを言われて、翔がゆっくり近付いていくと、その間に美優はレジャーシートを広げた後、靴を脱いだ。
「翔の靴、そっちの端、二ヶ所に置いて。私はこっちに置くから」
「……ああ、わかった」
そうして、レジャーシートが飛ばされないように端四ヶ所に重しとして靴を置いた後、二人はレジャーシートに座った。
「結構大きなレジャーシートを用意しているんだな……というか、こんなの用意しているの、おまえだけじゃないか?」
「みんな、端にある段差に座ったりしているけど、それだとすぐにいい場所は埋まっちゃうから、こうしてレジャーシートを敷くことで、どこでもいい場所にする作戦だよ! みんなで考えたの!」
「その作戦を他の奴がやっていないのは何でだ?」
「……何でかな?」
何もわかっていない様子の美優を前に、翔は「他に誰もしていなくて恥ずかしいから」という理由を言いたくなったが、やめておいた。
「それに、こうしていると遠足みたいな気分になれるし、良くないかな?」
「たまにだったらいいが、毎日だと特別感がなくならないか?」
「それもあるけど……でも、今日が初めての翔にとっては、特別感があるってことでいいんだよね?」
とにかく翔に楽しんでもらいたい。そんな美優の意図をはっきり感じて、翔は答えに迷った。
「まあ……そうかもしれない」
そして、翔は自分の気持ちをそのまま素直に返した。すると、美優は嬉しそうに笑った。
それから、お互いに何を話していいかわからなくなってしまい、少しの間、沈黙が続いた。そうして困っていると、孝太達がやってきた。
「おう、今日もいい場所を取ってくれて、ありがとな」
「さすが美優!」
孝太と千佳は雑な感じで靴を脱ぎ、その靴が裏返ったり、若干遠くに飛ばされたりしているのを気にする様子もなく、レジャーシートに座った。一方、大助だけは靴を丁寧に脱ぐだけでなく、しっかり揃えていた。
「じゃあ、食べようか! いただきます!」
千佳に続く形で、全員「いただきます」を言った後、翔は弁当を開いた。
「翔の弁当、すごい豪華じゃない?」
「ホントにすげえな!」
翔の弁当を見て、千佳と孝太は驚いた様子だった。
「いつも、手伝いの人が作ってくれるんだ」
「手伝いって……あの手伝い?」
「どの手伝いかわからないが、多分合っていると思う」
翔の言葉に、美優だけでなく、孝太や千佳も驚いている様子だった。
「翔の家、もしかして金持ちなのか?」
「一般的な認識だと、そうだと思う」
「マジですげえな!」
「別に……いつも窮屈で、嬉しいと思ったことはない」
思わず、本音を言ってしまい、翔は慌てた。
「悪い、嫌味に聞こえるな。恵まれた環境だって、感謝するべき……」
「翔、ここでは窮屈に感じないでほしい! むしろ、いつも窮屈に感じているなら、ここでそれを発散してほしい!」
突然、美優からそんなことを強く言われて、翔は戸惑った。そして、美優も自分の言ったことについて、何か思うところがあったのか、顔を赤くした。
「ごめん、何か変なこと言っちゃった……。でも、翔には我慢とかしてほしくない。翔は、いつも何か我慢しているように見えて、窮屈に感じるっていうのも、そういうところじゃないかな? ……ごめん、また変なこと言っちゃった」
言葉を選ぶようにしながらも、思ったことをそのまま伝えてくれる美優を前に、翔は思わず笑ってしまった。
「……翔って、そんな風に笑うんだな」
「私も初めて見た。確かに、これは美優が惹かれるわけだね」
「ちょっと!?」
「はい、いい笑顔だと思います」
美優と孝太、千佳に大助という、この四人の仲の良さは誰の目からも明らかだ。そんな四人の中に、部外者ともいえる自分が入っていいのかと翔は感じていた。しかし、こんな四人のやり取りを見ていると、自然と笑顔になってしまう。そうした事実を受け入れて、翔はこれでいいと素直に認めた。
「てか、早く食べねえと、昼休みが終わっちまうよ」
孝太の言うとおりで、翔は一口程度のご飯を箸で取ると、それを口に運んだ。
「美味しい……」
それは、思わず口から飛び出た言葉だった。ここ最近は、何を食べても味を感じなかったのに、翔は本当に美味しいと感じた。
「てか、少しシェアしてくれない? 一口でいいから、食べたい!」
千佳がそんなことを言ったため、それぞれのおかずを交換した。そうして交換してもらったものも、翔は美味しいと感じた。それは、こうしてみんなと一緒に食べているからかもしれない。そんな考えを半信半疑ながら、翔は持った。
「そういや、今日の練習は出てくれねえのか?」
「まだ保留だ」
「私、昨日の練習試合は見られなかったから、翔がサッカーをやっているところ見たいんだよね。今日は剣道部の練習が休みだから、見学に行けるの。だから……翔が練習に出てもらえると嬉しいかも……」
美優は、気を使った言い方だったが、はっきりと自分の気持ちを伝えてきた。それをまったく無視するわけにもいかず、翔は少しだけ考えた。とはいえ、特に今のところ予定もないため、答えは既に決まっていた。
「わかった、今日の練習には参加する」
「本当!? すごく嬉しい!」
自分のことのように美優がはしゃいでいて、翔は笑った。
その時、誰かから連絡があったようで、翔のスマホが振動した。翔はスマホをポケットから出すと、その連絡が圭吾からのものだと確認した。
「悪い、ちょっと電話に出てくる」
翔はレジャーシートの重しにしていた靴を履くと、少し離れたところで電話に出た。
「もしもし?」
「ラン、今は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。どうしたんですか?」
「光に連絡して聞いてみたら、ランと会うのは、いつでもいいと返してきた。今日でも18時までなら会えると言ってたから、早速会うか?」
「はい、できるだけ早く話したいと思っていたので……」
そう言いながら、翔は美優に目をやった。先ほど、美優はサッカー部の練習……というより、翔がサッカーをしているところを見たいと言っていた。今日、光に会うとなれば、サッカー部の練習に参加することは難しいだろう。そう考えたところで、翔は結論を出した。
「ごめんなさい。今日は都合が悪いので、後日でもいいですか?」
「そうか? ランがそう言うならしょうがない。また調整するぞ」
「はい、お願いします」
これまでだったら、絶対に圭吾からの誘いを受けていた。それなのに、今の翔にはそれよりも優先したいことがあった。
この判断が正しいかどうかはわからない。むしろ、間違っているという考えを持っているぐらいだ。しかし、翔はこれでいいと確信を持ったうえで、スマホを切ると、美優達のところへ戻った。
「翔、わざわざ離れてから電話に出るなんて、彼女?」
「彼女なんていない。今、調べていることについて協力してくれる人と話していただけだ」
「だって! 美優、良かったね! 翔はフリーみたいだよ!」
「千佳、本当にやめて……」
困った様子の美優を横目で見つつ、翔は自分の答えが間違っていない。理由はわからないものの、そんな風に感じた。
「てか、みんなで連絡先交換しようよ。まずは美優と翔から……」
「千佳、いい加減怒るよ?」
「……美優、怖いよー」
そんな美優と千佳のやり取りを見つつ、翔はスマホを操作した。
「連絡先を教えるぐらい構わない。良かったら、登録してくれ」
「あ、うん!」
それから翔は美優と連絡先を交換した後、他の三人とも連絡先を交換した。