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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
21/273

ウォーミングアップ 20

 昼休みになると翔は席を立ち、美優の席に向かった。

「一緒に昼食べるか?」

「あ、うん!」

 美優があまりにも嬉しそうで、翔は少しだけ戸惑ってしまった。そして、今更ながら断ろうかと思ったところで、孝太と千佳がやってきた。

「僕と千佳は、いつも購買だけど、翔はどうしてんだよ?」

「俺は弁当だ」

「じゃあ、屋上の場所取りしてくれない? いつも美優と大助に場所取りしてもらうんだけど、今日は美優と翔にお願いするよ」

 千佳の説明を聞いて、翔は一つだけ気になることがあった。そして、遅れて近付いてきた大助に顔を向けた。

「大助は弁当なのか?」

「はい、僕は弁当ですけど……?」

「大助も弁当だけど、今日は私と孝太が購買の素晴らしさを教えるって約束してたの! ホント偶然なんだけど、今日がその日なんだよね!」

「えっと……」

「うん! どれだけ購買が素晴らしいか気になって、戸惑っちゃうよね! だから、美優と翔の二人で、先に行ってて!」

「おう、大助! 僕達が購買の素晴らしさを教えてやるよ!」

 そうして、千佳と孝太は大助を無理やり連れて教室を出て行った。

「……強引過ぎないか?」

「うん、私もそう思う」

 二人きりにされ、自然とお互いの顔が合った。すると、美優はすぐに顔を赤くして、顔をそらした。

「ごめん、迷惑だったら、断ってもいいよ?」

「今更無理だろ。俺は屋上で食べたことがないから、場所取りは美優に任せる」

 それだけ言って、翔は自分の席に戻ると、弁当を手に持った。

「ほら、行くんだろ?」

「うん! じゃあ、行こうか!」

 美優は嬉しそうに頷くと、翔を案内するように、少し先を歩く形で屋上へ向かった。そんな美優に追いつこうと翔が足を速めると、美優も同じように足を速めて、そのまま美優の少し後ろをついていく形を維持したまま、翔は屋上に到着した。

 開放されているものの、屋上へ行く機会などなかったため、翔が屋上に来たのは初めてだ。既に何人かの生徒が昼食を食べ始めている中、美優は辺りを見回すと、駆け足で移動した。

「翔、こっちで食べよう!」

 そんなことを言われて、翔がゆっくり近付いていくと、その間に美優はレジャーシートを広げた後、靴を脱いだ。

「翔の靴、そっちの端、二ヶ所に置いて。私はこっちに置くから」

「……ああ、わかった」

 そうして、レジャーシートが飛ばされないように端四ヶ所に重しとして靴を置いた後、二人はレジャーシートに座った。

「結構大きなレジャーシートを用意しているんだな……というか、こんなの用意しているの、おまえだけじゃないか?」

「みんな、端にある段差に座ったりしているけど、それだとすぐにいい場所は埋まっちゃうから、こうしてレジャーシートを敷くことで、どこでもいい場所にする作戦だよ! みんなで考えたの!」

「その作戦を他の奴がやっていないのは何でだ?」

「……何でかな?」

 何もわかっていない様子の美優を前に、翔は「他に誰もしていなくて恥ずかしいから」という理由を言いたくなったが、やめておいた。

「それに、こうしていると遠足みたいな気分になれるし、良くないかな?」

「たまにだったらいいが、毎日だと特別感がなくならないか?」

「それもあるけど……でも、今日が初めての翔にとっては、特別感があるってことでいいんだよね?」

 とにかく翔に楽しんでもらいたい。そんな美優の意図をはっきり感じて、翔は答えに迷った。

「まあ……そうかもしれない」

 そして、翔は自分の気持ちをそのまま素直に返した。すると、美優は嬉しそうに笑った。

 それから、お互いに何を話していいかわからなくなってしまい、少しの間、沈黙が続いた。そうして困っていると、孝太達がやってきた。

「おう、今日もいい場所を取ってくれて、ありがとな」

「さすが美優!」

 孝太と千佳は雑な感じで靴を脱ぎ、その靴が裏返ったり、若干遠くに飛ばされたりしているのを気にする様子もなく、レジャーシートに座った。一方、大助だけは靴を丁寧に脱ぐだけでなく、しっかり揃えていた。

「じゃあ、食べようか! いただきます!」

 千佳に続く形で、全員「いただきます」を言った後、翔は弁当を開いた。

「翔の弁当、すごい豪華じゃない?」

「ホントにすげえな!」

 翔の弁当を見て、千佳と孝太は驚いた様子だった。

「いつも、手伝いの人が作ってくれるんだ」

「手伝いって……あの手伝い?」

「どの手伝いかわからないが、多分合っていると思う」

 翔の言葉に、美優だけでなく、孝太や千佳も驚いている様子だった。

「翔の家、もしかして金持ちなのか?」

「一般的な認識だと、そうだと思う」

「マジですげえな!」

「別に……いつも窮屈で、嬉しいと思ったことはない」

 思わず、本音を言ってしまい、翔は慌てた。

「悪い、嫌味に聞こえるな。恵まれた環境だって、感謝するべき……」

「翔、ここでは窮屈に感じないでほしい! むしろ、いつも窮屈に感じているなら、ここでそれを発散してほしい!」

 突然、美優からそんなことを強く言われて、翔は戸惑った。そして、美優も自分の言ったことについて、何か思うところがあったのか、顔を赤くした。

「ごめん、何か変なこと言っちゃった……。でも、翔には我慢とかしてほしくない。翔は、いつも何か我慢しているように見えて、窮屈に感じるっていうのも、そういうところじゃないかな? ……ごめん、また変なこと言っちゃった」

 言葉を選ぶようにしながらも、思ったことをそのまま伝えてくれる美優を前に、翔は思わず笑ってしまった。

「……翔って、そんな風に笑うんだな」

「私も初めて見た。確かに、これは美優が惹かれるわけだね」

「ちょっと!?」

「はい、いい笑顔だと思います」

 美優と孝太、千佳に大助という、この四人の仲の良さは誰の目からも明らかだ。そんな四人の中に、部外者ともいえる自分が入っていいのかと翔は感じていた。しかし、こんな四人のやり取りを見ていると、自然と笑顔になってしまう。そうした事実を受け入れて、翔はこれでいいと素直に認めた。

「てか、早く食べねえと、昼休みが終わっちまうよ」

 孝太の言うとおりで、翔は一口程度のご飯を箸で取ると、それを口に運んだ。

「美味しい……」

 それは、思わず口から飛び出た言葉だった。ここ最近は、何を食べても味を感じなかったのに、翔は本当に美味しいと感じた。

「てか、少しシェアしてくれない? 一口でいいから、食べたい!」

 千佳がそんなことを言ったため、それぞれのおかずを交換した。そうして交換してもらったものも、翔は美味しいと感じた。それは、こうしてみんなと一緒に食べているからかもしれない。そんな考えを半信半疑ながら、翔は持った。

「そういや、今日の練習は出てくれねえのか?」

「まだ保留だ」

「私、昨日の練習試合は見られなかったから、翔がサッカーをやっているところ見たいんだよね。今日は剣道部の練習が休みだから、見学に行けるの。だから……翔が練習に出てもらえると嬉しいかも……」

 美優は、気を使った言い方だったが、はっきりと自分の気持ちを伝えてきた。それをまったく無視するわけにもいかず、翔は少しだけ考えた。とはいえ、特に今のところ予定もないため、答えは既に決まっていた。

「わかった、今日の練習には参加する」

「本当!? すごく嬉しい!」

 自分のことのように美優がはしゃいでいて、翔は笑った。

 その時、誰かから連絡があったようで、翔のスマホが振動した。翔はスマホをポケットから出すと、その連絡が圭吾からのものだと確認した。

「悪い、ちょっと電話に出てくる」

 翔はレジャーシートの重しにしていた靴を履くと、少し離れたところで電話に出た。

「もしもし?」

「ラン、今は大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。どうしたんですか?」

「光に連絡して聞いてみたら、ランと会うのは、いつでもいいと返してきた。今日でも18時までなら会えると言ってたから、早速会うか?」

「はい、できるだけ早く話したいと思っていたので……」

 そう言いながら、翔は美優に目をやった。先ほど、美優はサッカー部の練習……というより、翔がサッカーをしているところを見たいと言っていた。今日、光に会うとなれば、サッカー部の練習に参加することは難しいだろう。そう考えたところで、翔は結論を出した。

「ごめんなさい。今日は都合が悪いので、後日でもいいですか?」

「そうか? ランがそう言うならしょうがない。また調整するぞ」

「はい、お願いします」

 これまでだったら、絶対に圭吾からの誘いを受けていた。それなのに、今の翔にはそれよりも優先したいことがあった。

 この判断が正しいかどうかはわからない。むしろ、間違っているという考えを持っているぐらいだ。しかし、翔はこれでいいと確信を持ったうえで、スマホを切ると、美優達のところへ戻った。

「翔、わざわざ離れてから電話に出るなんて、彼女?」

「彼女なんていない。今、調べていることについて協力してくれる人と話していただけだ」

「だって! 美優、良かったね! 翔はフリーみたいだよ!」

「千佳、本当にやめて……」

 困った様子の美優を横目で見つつ、翔は自分の答えが間違っていない。理由はわからないものの、そんな風に感じた。

「てか、みんなで連絡先交換しようよ。まずは美優と翔から……」

「千佳、いい加減怒るよ?」

「……美優、怖いよー」

 そんな美優と千佳のやり取りを見つつ、翔はスマホを操作した。

「連絡先を教えるぐらい構わない。良かったら、登録してくれ」

「あ、うん!」

 それから翔は美優と連絡先を交換した後、他の三人とも連絡先を交換した。

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