ウォーミングアップ 19
今日も光はセレスティアルカンパニーに来ると、挨拶しながら各部署を回っていた。
「みんな、おはよう!」
「光さん、おはようございます!」
光のこだわりとして、ここへ来るまでは妻の瞳と一緒だが、ここに着くと瞳には先に行ってもらい、光一人で各部署を回るようにしている。それは、車椅子で生活していることなど関係なく、光個人として社員と顔を合わせたいという思いからだ。
そして、そうした光の行動は、社員の声を聞くうえで、大きな効果を発揮していた。
「光さん、瞳さんに言われて調べていた件ですが、殺人事件が起こった周辺の監視カメラに、フルフェイスヘルメットを被った人物が映っているケースがいくつかありました。あと、監視カメラの映像はないものの、目撃情報などもありましたので、まとめておきました。ただ、すべての事件でこの人物の姿が確認されたわけではないので、直接関係があるか判断が難しいところです」
「ありがとう。可能だったら、この人物の姿が確認できた時の手口……殺害方法といえばいいかな? それを調べてほしい」
「それでしたら……最初の一件を除いて、すべて銃による殺害ですね」
「それはいい情報だね。銃による事件は、この人物が犯人。その他は別の人物が犯人といった推測もできるし、それによって単独犯か複数犯なのかも考える必要が出てきそうだね」
昨日、瞳にお願いした件について、早速調べてくれた社員がいて、こうして光は直接話を聞くことができた。本来なら、事実確認などを徹底する必要があるため、こうした話が来るまでに長い時間を要するはずだ。それが、光に関してはまったくない。
また、多くの情報を集めたいという思いから、光はとにかく話を聞くようにしている。それも社員に伝わっているため、光は様々なところで、情報を得る機会がある。
「光さん、不自然な通信障害について調べまして、関係ないと思うんですけど……」
「関係あるかないかは今後わかることだよ。気になることがあるなら、教えてほしい」
「ありがとうございます! ここ一年で通信障害が発生した日時をまとめたんですけど、10日から15日にかけて頻発しているみたいなんです」
「……これは興味深いね。まとめた資料があれば、もらえるかな?」
「はい、後で送ります!」
こうしたことも、光にとっては日常茶飯事だ。何が正しくて、何が誤りか、すべて自分で判断する。光はそう決めているため、多くの人がデマと言っている情報ですら、詳細を調べたうえで判断するようにしている。そんな光の考えを多くの社員が理解してから、真偽不明の情報でも、社員達は気軽に話してくれるようになった。
そうして、社員達の話を聞きながら、長い時間をかけて各部署を回った後、光は副社長室に入った。
「光、例の通信障害や殺人事件について、色々と情報が来ているの」
「さっき、軽く話を聞いた。こんなすぐ集まるなんて、瞳のおかげだよ」
「いいえ、光の力よ」
そんなことをお互いに言うと、光と瞳は笑った。
「そうそう、それとさっき、圭吾から連絡があったのよ!」
「圭吾から?」
「後でかけ直すって言ったら、いつでもいいって言っていたし、すぐかけて!」
光と瞳と圭吾は、大学時代の同級生だ。しかし、最近は圭吾と連絡を取り合うことも少なくなっていたため、久しぶりに圭吾から連絡があったと知り、光は嬉しかった。瞳も同じ気持ちのようで、光はすぐに圭吾へ連絡した。
「圭吾だ」
「光だよ。久しぶりだね」
「ああ、久しぶりだな」
お互いに成長しているはずなのに、こうして話すと、お互いに変わっていないと光は感じた。
「近くに瞳もいるんだけど、スピーカーにしていいかな?」
「ああ、構わないぞ」
圭吾の返事を聞いて、光は瞳にも圭吾の声が聞こえるよう、スピーカーに切り替えた。
「うん、切り替えたよ」
「圭吾、久しぶりね」
「ああ、瞳も久しぶりだな」
「それで、急な連絡だけど、どうしたのかな? というより、何でずっと連絡してこないんだよ?」
「別に……おまえらの邪魔をしたくなかっただけだ」
光達三人は、いわゆる三角関係だった。それは、三人全員が認識していることだ。
「あれ? 圭吾は今も私のことが好きで、光から私を奪おうとしているの?」
「そんなこと、考えてるわけないだろ! ……今は、二人の幸せを本心で願ってるぞ」
「だったら、連絡しなさいよ」
「そんな単純な話じゃない。光がどう思うかわからないだろ」
瞳と圭吾の会話を聞いて、光は笑った。
「圭吾は昔と変わらず、いい奴だね。別に、瞳を奪いたいと思っているなら、好きなだけやりたいことをやってよ。まあ、何をやっても、瞳は僕を選ぶと思うけどね」
「光も昔と変わらず、嫌な奴だな。たく、だから連絡したくなかったんだ」
「ごめんごめん。まあ……圭吾が連絡したくないってことは知っていたよ。でも、こうして連絡してくれたってことは、何かあったんでしょ?」
光がそう言うと、少しだけ間を空けた後、圭吾は話を始めた。
「少し前、ライトに新しいメンバーが入ったんだ。そいつはランと名乗ってるが、本名じゃないだろう。このランは、可唯の紹介でライトに来たんだ」
「ああ、可唯君ね」
今、ライトのエースとして活躍している工平可唯は、ある日突然圭吾の前に現れ、決闘を申し込んだ人物だ。そして、圭吾を圧倒すると、自らライトに入ることを望み、そのままライトに入った。
「こっちでも調べているけど、可唯君に関する情報は全然出てこないよ。いったい、どこの誰なのかね?」
可唯が入ってから、ライトが「ケンカ」で負ける心配はほとんどなくなった。しかし、可唯が何者で、どういった目的を持ってライトにいるのかがわからないため、圭吾から調べてほしいと、お願いされていた。しかし、これまでのところ、光は可唯に関する情報を見つけられていない。
情報を扱うセレスティアルカンパニーですら、可唯について調べられないというのは、異常事態だ。そうしたことから、光と圭吾は、可唯のことを警戒し続けている。
「その可唯が連れてきた人物がランだ。本名を隠すだけでなく、いつも化粧をして変装してくるから、警戒してたんだ。そのランが、昨夜のケンカに参加して、ダークの連中を相手に圧倒したんだ」
「具体的に、どこまで圧倒したのかな?」
「三番手までを、それぞれ一分もかからずに倒して、鉄也が不戦敗を認めるほど圧倒したぞ」
「それは、なかなかのものだね」
光は鉄也のことも知っていて、どんな手段を使ってでも勝とうとする、負けず嫌いな人物だと認識している。その鉄也が戦わずして負けを認めるのは、相当なものだと感じた。
「悪い、話が大分それたな。そのランが、光と話したいとお願いしてきたんだ」
「僕と?」
「俺も詳細は聞いてない。ただ、ケンカを始める前に、何かお願いがあるって言ってきたんだ。それで、俺の予想以上に活躍したし、話だけはすると伝えた。今、俺はこうして話をしたから、もうランの願いは叶えたぞ。後は、光が判断しろ」
「圭吾、それはないよ。それで僕を暗殺しようとしている人が来たら、圭吾はどう責任を取ってくれるのかな?」
「それはわかってる。ただ、ランについては、そこまで警戒しなくていいと俺は感じたぞ。何というか……助けになってやりたい。そんな風に思える奴なんだ」
圭吾がそこまで言ったところで、光は決断した。
「そのランって人に会うよ。それこそ、今日でも構わない」
「いいのか? 本当に信用できるか、わからないぞ?」
「さっきと言っていることが違うよ? まあ、心配なら……圭吾も来てよ。久しぶりに会いたいからさ」
そこで、少しの間が空いた。その瞬間、光は圭吾の答えがわかった。というのも、圭吾が断る時は、いつもすぐに答えを返してくるからだ。つまり、すぐに答えが返ってこないということは、断られないということだ。
「……わかった、ランに連絡してみる。いつなら都合がいい?」
「今日なら18時まで会社にいるから、その前ならいつでもいいよ」
「仕事はいいのか?」
「圭吾達に会うのも、仕事の一つだよ」
「光は本当に適当だな」
こんなやり取りは、大学時代からしている。しかし、最近は圭吾が気を使って、ここまで気軽に話せていなかったため、光は嬉しかった。
「じゃあ、ランに連絡してみる。ランはすぐに話したい様子だったから、今日すぐになるかもしれないぞ?」
「うん、さっき言った通り、こっちは18時までならいつでもいいよ」
「というか、いつでも話せる副社長って、光の会社、大丈夫なのか?」
「いつでも誰とも話せる副社長がいるから、僕の会社は大丈夫なんだよ」
「……たく、それならいい。じゃあ、また後で連絡するぞ?」
「うん、わかったよ」
そう言って、電話は切れた。
ここまで圭吾と話したのは久しぶりで、光は色々と思うところがあり、自然と笑みが浮かんだ。
「圭吾も元気そうで良かったね」
「うん。でも、途中からずっと瞳は黙っていたけど、それで良かったのかな? 圭吾と話したいこと、もっとあったと思うけど?」
「光と圭吾が昔みたいに話しているのを聞くだけで、私は満足よ」
瞳の言葉を聞いて、光は改めて、圭吾と話せて良かったと感じた。同時に、そのきっかけを与えてくれたランと呼ばれる人物に、心から礼を送った。
「じゃあ、圭吾が来る前に仕事を片付けよう」
光はそう言うと、パソコンに向かい、キーボードを叩いた。