ウォーミングアップ 01
加減するなんて相手に失礼だし、いつだってハンデなしでやるべきだよ
7月8日(日)
この日、城灰高校サッカー部は他校との練習試合を行っていた。
そろそろ前半が終わるかというところで、試合は2-0で城灰高校が勝っている。この2点を入れたエースストライカー、堂崎翔は、足首を回しながら手をブラブラとさせていた。
翔は最近サッカー部に入った二年生だ。体育の授業でサッカーをやった後、ある人物の熱烈な勧誘によってサッカー部に入らされ、今日の練習試合に初のレギュラーとして選ばれた形だ。
ここまで2点を獲得したことで、既に翔は十分活躍したといえる。しかし、翔はこれで満足していなかった。
今、ボールは翔と同じ城灰高校二年生、高畑孝太がキープしている。孝太は翔をサッカー部に勧誘した張本人だ。
翔と孝太は同じクラスなものの、そこまで話す機会はなかった。というより、翔は二年生になると同時に城灰高校へ転校してきたが、これまで他の生徒とほとんど話さないようにしていた。
そんなある日、体育の授業でサッカーをやった後、翔は孝太からサッカー部に入ってほしいと強くお願いされた。それは、あまりにもしつこく繰り返され、結果的に翔が折れる形でサッカー部に入った。
エースストライカーとしてフォワードを任されている翔と違い、孝太のポジションはミッドフィルダーで、チームのキャプテンとして司令塔と呼ばれる存在でもある。チームの指揮を執るだけでなく、試合そのものをコントロールする実力を持ち、中学生の頃から孝太はサッカー界で有名だった。
翔を勧誘して入部させた後、すぐにレギュラー入りさせるという、半ばわがままな要求を通してしまえたのも、孝太への信頼があることを表していた。
また、孝太の活躍は一般の人にも知れ渡っている。それは、ただの練習試合でも、生徒だけでなく、近所に住む大人達まで応援に来るほどの人気で、今日も大勢の人が声援を送っている。それほど、孝太は周りから期待された選手であり、実際にそれだけ期待されるほどの実力を持っている。それは、半年ほど前にあった冬の大会で、初めて城灰高校を全国大会まで進めたという、結果としても現れていた。
孝太は相手選手を引き付けつつ、ボールをキープし続けた。それは、翔をマークする相手選手の数を少しでも減らすためのものだ。そのことを理解して、翔は周りにいた相手選手が自分から注意を外したと感じると、地面を強く蹴る準備をした。
「孝太!」
「おう!」
翔の声を受けて、孝太はロングパスを出した。
翔は自分をマークしていた相手選手を置いていくほどの速度で走ると、ボールの落下点に向かっていった。そして、ボールが地面に着く瞬間、スライディングするように足を伸ばした。
ボールは翔の足先に触れ、少しだけ宙に浮いた。その間に翔は立ち上がると、そのままドリブルを始めた。
翔の周りには、相手選手だけでなく、味方もいない。ただ一人きりでゴールを目指し、ゴール前でシュートを放った。
そのシュートは、相手チームのゴールネットを揺らし、城灰高校に3点目が入った。同時に、周りから大きな歓声が上がった。
今日、応援に来ている人達は、孝太の活躍を期待してきた人がほとんどだ。だからこそ、翔の活躍が予想外なのか、驚きの声が混じりつつ、練習試合とは思えないほど、大きな歓声が響いていた。
「翔、練習試合なんだから、少し加減してもいいって」
大歓声を受けているところで、孝太が翔にそんな言葉をかけた。ただ、翔は孝太と別のことを考えていた。
「いや、加減なんてしない。悪いが、ハンデなしでいかせてもらう」
「……まあ、それならいいけど」
孝太はまだ何か言いたげな様子だったが、諦めたようにポジションに戻っていった。
それから数分後、城灰高校リードのまま、3―0で前半が終了した。