ハーフタイム 64
生徒会選挙が終わると、あっという間に進級や、六年生が卒業する時期がやってきた。
そして、各クラブや委員会の方は、一部を除いて、活動が終わった。この一部というのは、来年度の生徒会長と副会長である、春翔と結莉などで、卒業式に向けて、一足先に様々な準備などを手伝うことになっている。
特に、春翔は在校生代表として、卒業式で送辞を読むことになっているため、その原稿を結莉と一緒に考えているところだ。
「結莉ちゃん、こんな感じでどうかな?」
「そうね……。定型文としては、無難だと思うわ。でも、もっと春翔の言いたいことを伝えていいんじゃないかしら? 春翔は、低学年の時から先輩達と一緒にいることが多かったし、伝えたいことが色々とあるはずよ?」
「でも、それを書いたら、まとまりがないって言ったじゃん」
「まとまりがないなら、まとめればいいじゃない。それを消すなんて論外よ」
「春来、奈々ちゃん、結莉ちゃんが厳しいんだけど、どうにかしてよ」
春翔と結莉が、送辞の原稿を考えると聞いて、奈々から見に行かないかと春来は誘われた。そして、特にやることもなかったため、その誘いを受けると、生徒会がこれまで集会などをする際に利用していた教室に集まった。
「結莉、私に対する扱いもひどいから、よくわかる!」
「でも、先輩達に思いを伝えるいい機会だし、春翔が満足いく形にしてほしいとは、僕も思っているよ」
そう言いながら、春来は原稿に目を通した。
「ここは、表現を変えて……」
「春来は口を出さないで」
「いや、さすがにそれは意地悪過ぎるんじゃ……」
「不器用でもいいから、春翔の言葉を、先輩達に伝えたいのよ。だから、春来は口を出さないでほしいわ」
結莉からそう言われ、春来は納得した。同時に、春翔と結莉なら上手くやっていけるだろうと安心した。
「それじゃあ、僕は口を出さないようにするよ」
「え? 助けてよ」
「僕も、春翔の言葉を伝えた方がいいと思う。これまでの思い出とか、感じたこととか、きっと先輩達も聞きたいと思っているはずだよ」
「じゃあ、頑張るよ……」
春翔は渋々といった感じだったものの、その後も結莉から助言を受けつつ、送辞の原稿を作っていった。
そんな日々もあっという間に過ぎていき、卒業式を迎えた。
卒業式では、卒業する六年生と、在校生の五年生だけが出席する形で、四年生以下は休みだ。そのため、春来や春翔などが卒業式に出席するのは、今年が初めてだった。
六年生達は、中学校も同じ人がほとんどなものの、一部だけ中学校が別になると知っているようで、どこか複雑な表情を見せていた。
また、六年生の保護者も来ていて、後ろの方の席に座っていた。
春来達五年生は、基本的に何もしなくていい。ただ、送辞を読む春翔は、緊張した様子だった。そのため、春来は一言だけ声をかけることにした。
「春翔、大丈夫だよ。先輩達に伝えたいことを伝えればいいだけじゃん」
そんな言葉に、春翔は困った表情を見せつつ、頷いた。
「うん、頑張るね」
そうして、卒業式が始まった。
最初に国歌斉唱をした後、一人一人が壇上に呼ばれる形で、卒業証書の授与があった。
サッカークラブの先輩。掲示委員会の先輩。放送委員会の先輩。生徒会長。知っている人が呼ばれるたびに、嬉しいだけではない、どこか複雑な思いを春来は持った。
その後、校長先生の話があり、卒業生にお祝いの言葉を送った。
それが終わると、在校生代表として、春翔の送辞が始まった。
「厚着をしていると暑く感じるほど、春の暖かさを感じる季節となりました。卒業生の皆様。本日は、ご卒業おめでとうございます」
そう言うと、春翔は礼儀正しく、お辞儀をした。
「私は、ずっと前から先輩方と一緒にサッカーをしたり、遊んだり、話をしたりする機会があり、そこで多くのことを学びました。あの時間があったから、異学年交流をしたいと思いましたし、本当に心から感謝しています。先輩方がいてくれたから、私は私のしたいことを見つけて、途中で悩みもしたものの、来年度の生徒会長を務めることになりました。本当に、ありがとうございます」
そう言うと、春翔は、またお辞儀をした。
「ただ、私は、早く生まれたことが偉いのかといった考えを持っていたので、先輩方に対して、普通に敬語を使わず、タメ口で話してしまうこともたくさんありました。もしかしたら、それでイラっとした先輩もいたかもしれません。えっと、この場を借りて謝ります。本当にごめんなさい」
これまでと同様に、春翔はお辞儀をした。ただ、この時は、クスクスと笑う声が響いた。
「私は、誰かと別れるのが、本当に悲しいです。だから、今もとても悲しいです。でも、これでもう会えなくなるとは思っていません。今後、この周辺で行われるイベントなどに、私達は生徒会として参加したいと考えています。なので、そうしたところで、先輩方に会えることを、私は楽しみにしています」
それは、生徒会として来年度、何をしたいかといった話をした際に出たものだ。結莉は、学校が変わっても、何かしらかの形でかかわりを持てるようにしたいと言っていた。それを春翔も一緒に考えた結果、近隣で行われる祭りやフリーマーケットなど、そうしたイベントに参加したいといった話になった。
まだできるかどうかわからないものの、そのことを春翔はこの場で伝えた。それは、必ず実現するという強い意志があることを示していた。
「先輩方のこと、私は全員覚えました。そして、ずっと覚えています。こんなこと言って、嘘だと思うなら、私と偶然会った時に、『自分は誰か?』って質問してみてください。きっと私は……えっと、どうにか思い出したいと思っています」
急に自信なさげなことを春翔が言うと、大きな笑い声が響いた。
そして、それが治まると、春翔は真剣な表情になった。
「卒業生の皆様。改めまして、ご卒業おめでとうございます。中学校に入り、環境が変わり、戸惑うこともあるかもしれませんけど、きっと大丈夫です。今の友人と、新しい友人に囲まれて、笑顔の日々を送れるはずです。まあ、何の根拠もないんですけど、私がそんなことを言っていたなってことを、ずっと覚えていてくれたら、嬉しいです」
そこでも、みんなが笑って、もう別れを悲しむ感じではなかった。それから、春翔は締めといった形で、今日の日付を言った。
「在校生代表。藤谷春翔」
そして、最後に名前を言った後、深く頭を下げた。その送辞は、春翔らしいものだと感じて、みんなと一緒に春来は拍手を送った。
その後は、生徒会長が壇上に上がった。そして、卒業生代表として、答辞を読み始めた。
「先生方。保護者の皆様。そして、私達の大切な友人へ。本日は、私達が卒業する特別な日です」
生徒会長は、例文を読む感じで、淡々と話し始めた。ただ、そこで言葉を止めると、不意に笑顔を見せた。
「こんな定型文を読むのは失礼ね」
そう言うと、生徒会長は原稿をクシャクシャに丸めた。
「私は、生徒の代表として、みんなに嫌われた方がいい。悪者になった方がいいと思って、ずっとそうしてきました。けれど……今、みんなの顔を見て、そんなことしなければ良かった。もっと、みんなと仲良くなれば良かった。心からそう思っています」
生徒会長は、今にも泣きそうな表情で、話を続けた。
「みんな、ごめんなさい。今更、遅いかもしれないけれど、私はみんなと仲良くなりたい。学校が変わっても、仲良しでいたい。そう思っています。そんな後悔がある時点で、私は間違っていたんだと、わかっています。けれど、今からでも変えられると思うから、伝えます。みんな、学校が変わっても仲良しでいてください」
生徒会長がそんな思いをぶつけてくるなんて予想していなかったのか、全員がどう反応していいかわからないようで、誰も何も言うことなく、静かになった。
そんな状況が少し続いた後、手を上げつつ、席を立った人がいた。
「うん、私は何があっても、仲良しでいる!」
そんな声を上げたのは、掲示委員会の委員長だった。それに続いて、手を上げながら、立ち上がった男子がいた。
「俺も仲良しでいてやるよ」
それは、掲示委員会の副委員長だった。
それをきっかけに、自分も仲良しでいたいといった声が、たくさん上がった。
そんな収集のつかない状況を、生徒会長は目に涙を浮かべながらしばらく見た後、笑顔を見せた。
「みんな、ありがとう。最後に、いつも私達を支えてくれた先生方、いつも心配してくれたお父さん、お母さんに感謝の気持ちを伝えたいです。先生方、お父さん、お母さん、本当にありがとうございました。これからの私達を見守っていてください」
それから、生徒会長は全員を見るように、しばらくの時間を置いた。
「小学校の卒業は、終わりではなく、新しい始まりです。これからも、一生懸命頑張ります。みんな、ありがとうございました」
そうして、生徒会長の答辞は終わった。
それから、全員で校歌を斉唱した後、卒業式は終わり、六年生は退場していった。そんな六年生を、五年生や保護者、先生達は拍手で見送った。
その後、五年生も教室に戻ると、先生から簡単な話があった。そして、今日は帰っていいとのことで、それぞれ帰り支度を始めた。そんな中、奈々がこちらに駆け寄ってきた。
「春来君、先輩達が校庭に集まっているみたいだから、挨拶しに行こうよ」
それは、生徒会長が提案したことのようで、窓から外を見ると、確かに卒業生達が思い思いの人と話をしているのが見えた。
「うん、みんなで行こうか」
春来としても、このまま何も話せないで先輩達と別れるのは寂しいと思っていた。そのため、春翔、隆、結莉も誘う形で、校庭へ向かった。
校庭に着くと、みんな卒業生同士で話していて、後輩としては話しかけづらい様子だった。ただ、そんな中、生徒会長は春来達に気付くと、周りに断りを入れつつ、こちらに来てくれた。
「来てくれて、ありがとう。藤谷春翔、素晴らしい送辞だった。本当にありがとう」
「いえ、そんな……今まで、生徒会長には生意気なことも言ってしまって、本当にすいませんでした!」
「最後なんだから、謝らないで。生意気なあなたが、私は好きよ。それに、これからの生徒会長は、あなたよ? だから、しっかりしなさい」
そんな言葉を受けて、春翔の目から涙が溢れた。
「はい! 生徒会長として、頑張ります!」
「藤谷春翔、東阪結莉……それと緋山春来。あなた達三人がいれば、きっと大丈夫よ。だから、私の心残りは、嫌われ者になる選択をしたことぐらいね」
そんな風に言った生徒会長に対して、春来は反論することにした。
「生徒会長と話したい人達が、順番待ちのように並んでいますよ? つまり、嫌われ者になれなかったってことじゃないですか?」
春来の言葉を聞いて、生徒会長は辺りを見回した。そこには、話すタイミングを待っている人達が大勢いた。
「そうね……私に文句を言いたい人達じゃない?」
ただ、生徒会長は意地を張るようにそんなことを言った。
「でも、最後だし、みんなの文句を聞くべきね」
「それじゃあ、僕達は邪魔ですね。改めて、ご卒業おめでとうございます」
そうして、春来達は生徒会長への挨拶を終えた。
その後は、それぞれが各委員会の先輩達に挨拶をしていった。その際、春来が所属していた掲示委員会には、春来と奈々の二人で、挨拶をした。
「皆さん、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう。緋山君がいてくれたおかげで、今年度の掲示委員会は楽しかったよ」
「来年度、緋山は生徒会に入るんだよな?」
「はい、そのつもりです」
「うん、いいと思うよ。緋山君、もっともっと前に出た方がいいと思ってたしね」
「いえ、そんなことないですよ……」
委員長の言葉に、春来は戸惑いつつ、そんな言葉を返した。
「私、来年度は、委員長になろうと思ってます! それで、春来君と協力して、生徒会の活動をみんなに伝えます!」
「奈々ちゃんは、いつも元気で、私も元気をもらってたよ。その調子で頑張って」
「はい、頑張ります!」
そうした形で、掲示委員会の先輩達と話した後は、春翔と隆と合流したうえで、サッカークラブの先輩達の方へ向かった。
「泉先輩、ご卒業おめでとうございます」
特に、これまで様々な形で世話になった、泉に春来は挨拶をした。
「春来君、私の名前、今も覚えていてくれて、ありがとう」
「いや、確かに名前を覚えるのは苦手ですけど、さすがに覚えたら忘れませんよ」
「うん、ありがとう」
「先輩は、中学校、一緒でしたよね? だから、一年後にはまた、よろしくお願いします」
「うん……そうだね。よろしく」
その時、先輩はどこか寂しげな表情を見せた。
「春来君と春翔ちゃん、それに隆君が、上級生を相手にサッカーをしているのを見て、私はたくさんの勇気をもらって、それでサッカーのことを調べて、サッカークラブに入ったんだよ。それだけでなく、他のことでも色々とアドバイスしたけど……」
そう言うと、先輩は満面の笑みを浮かべた。
「そうして良かったって、心から思っているよ。みんな、本当にありがとう」
「いえ、お礼を言うのは、僕達の方ですよ」
「ううん、私がお礼を言いたいの。もう……これで私は満足だよ」
その時、先輩の目から涙が零れた。
「ごめん。えっと……中学校はみんなと同じだし、悲しいことなんてないのに、何だか涙が出ちゃったよ」
「いえ、私も悲しいです!」
そんな先輩に釣られるように、春翔も涙を流した。
ただ、先輩の方は、涙を拭うと、笑顔を見せた。
「色々と話してくれて、ありがとう。でも、これから用事があって……だから、もう帰るね」
そう言うと、先輩は行ってしまった。
ただ、そんな先輩の姿を見て、春来は話し足りないことがあると確信した。
「ごめん、先輩に言いそびれたことがあるから、行ってくるね」
そう伝えた後、春来は先輩を追いかけた。そして、先輩の後ろ姿を見つけると、大きく息を吸った。
「先輩!」
そんな風に叫ぶと、先輩は足を止めた。ただ、先輩は振り返ることなく、背を向けたままだった。
「春来君? 何かあったかな?」
「先輩……もう会えないんですか?」
春来は、先輩の表情や行動から、そんな風に感じていた。それを、はっきりとした形で先輩に伝えた。そこまで伝えて、ようやく先輩は振り返った。その目には、涙が溢れていた。
「春来君には、全部伝えるよ。身体の調子、良くないみたいで……まあ、元々良くなかったんだけど、春来君達と過ごしたくて、無理を言ったんだよね。でも、さすがに限界みたいで、大きな病院に入院しないといけなくなったんだよ。だから……もう会えないかもしれないね」
そんな状態であることを、自ら伝える先輩は、どこか強い決心をしているようで……それこそ、自らの死すら受け入れているかのようだった。
「そんな顔、しないでほしいかな。私は春来君達のおかげで、たくさんの夢が叶ったよ。私は役立たずだったけど、最初のクラブ活動で、一緒のチームにもなれたね」
それから、先輩はこれまでのことを振り返るように、話を続けた。
「私は、春来君達から勇気をもらって、春来君達のためにできることをしたいと思って、色々と頑張って、色々と実現できて、もう満足だよ。だから……」
「僕は、先輩から教わることができて、本当に良かったと思っています。それで……今後、何かの大会で優勝したいです。それは、僕だけでなくて、チームメイトの協力も必要ですけど、必ず優勝します。その時は、僕のことを褒めてくれませんか?」
そう伝えると、先輩は少しだけ困った表情を見せた。
「春来君達といると、いつもそうなんだよね。夢が叶って、満足したと思ったのに、またすぐに新しい夢を持っちゃって……これでもう会えなくなると覚悟を決めていたのに……また無理みたい」
そう言うと、先輩は満面の笑顔を見せた。
「春来君が大会で優勝するのを私は見たい! だから、約束……指切りでもしようか!」
「……はい、約束ですよ」
そうして、春来は先輩と小指を絡めた。その瞬間、春来の目から涙が零れた。
「あれ? ごめんなさい」
これまで、春来は誰かと別れることがあっても、特に悲しいと思わなかった。ただ、先輩と別れることを自覚した途端、涙が溢れてきた。それは、春来が初めて、誰かとの別れを悲しいと思った瞬間だった。
「悲しくなんてないよ。春来君が大会で優勝するのを、私は会場で見ているよ。もしかしたら、会ったり、話したりすることはできないかもしれないけど、私は必ずそこにいるよ。だから、春来君は絶対に優勝して。約束だからね」
そう言いながら、先輩が小指に力を込めてきて、春来は必死に頷いた。
「はい、約束です」
そうして、春来と先輩は、お互いに決心を固めたうえで、小指を離した。
そして、春来は涙を手で拭うと、先輩と同じように笑顔を作った。
「改めまして、日下泉先輩、ご卒業おめでとうございます」
「うん……緋山春来君、ありがとう」
春翔は、送辞でみんなのことを覚えているといったことを伝えた。それを春来と先輩は思い、お互いに覚えていると示すように、名前を呼び合った。
「それじゃあ……またね」
「はい、また」
そうして、先輩は行ってしまった。
その後ろ姿を見て、春来はまた目に涙が浮かんだものの、いつか会えると信じて、笑顔のまま先輩を見送った。