ハーフタイム 63
生徒会選挙の結果が発表される朝。この日も春来と春翔は一緒に登校した。
ただ、話す内容は他愛のないもので、生徒会選挙に関する話題は一切話さなかった。
そうして、学校に到着すると、春来と春翔はそれぞれの教室に入った。そして、春来はランドセルを置くと、隆と一緒にいた奈々に話しかけた。
「おはよう。どうだったかな?」
「予定通り、話は通せたよ」
「俺の方もサッカークラブとか、体育委員の方に話をしておいた。大勢が意見を伝えればいいってことなら、協力できるからな」
「放送委員会の方にも話をしたんだよね? どうだったのかな?」
「ああ、今朝の放送、担当は泉先輩だってよ」
「だから、私達のお願い、すぐに聞いてくれたよ。ラッキーだったね」
二人は、先輩が今日の放送を担当することについて、偶然であるかのように話した。ただ、春来は、先輩が意図的にそうなるようにしたのではないかと、何となく感じた。
「それで、春翔ちゃんの方はどうだった? 上手くいったの?」
「ううん、上手くいかなかったよ」
「マジか? じゃあ、どうにもできねえってことか?」
「大丈夫だよ。僕は春翔と一緒にいるって、決めたから」
春来が力強くそう言うと、隆と奈々は納得した様子で笑顔を見せた。
「それじゃあ、あとは投票の結果次第だね」
「どういう結果になってるか、楽しみだな」
そうして、朝のホームルームが始まった。ただ、今日はいつもと違い、生徒会選挙の投票結果を放送で聞くという形だった。
「皆さん、おはようございます。本日は、昨日あった生徒会選挙の投票結果をお伝えします」
放送を通してだと普段と違うため、どこか違和感を持ちつつも、春来は先輩の声を聞いて、自然と安心した。
「まず、先生から伝えられた結果をお伝えします。来年度の生徒会長は、最も多くの票を獲得した、東阪結莉さんに決まりました。また、副会長は、これまでと違い、一人でなく二人で……」
先輩は、先生から伝えられたことをそのまま話しているようだった。その内容は、結莉が生徒会長。副会長は、いつもなら次に票を獲得した候補者になるものの、春翔を除いた他の候補者二人が、二人とも副会長になるといった、いつもと違う発表だった。
「私の話は以上になりますけど……実は今ここに、生徒会長と副会長になることが決まった三人がいます。そして、東阪結莉さんから、話があるそうです」
それから少しして、結莉が話を始めた。
「東阪結莉です。前置きもなく、思ったことを言います」
その後、少しだけ間が空いたと同時に、息を吸う音がかすかに聞こえた。
「藤谷春翔! 敵前逃亡なんて、絶対に許さないわ!」
これまで、全校生徒の前で話をする時など、結莉はそんな話し方をしなかった。それなのに、感情をそのまま伝えるような言葉を強く伝えた。
「私は、藤谷春翔と決着を付けたい。そう思って、再投票を希望したいと思いました。でも、何の理由もなく再投票を実施するなんて、できないともわかっています。だから、人を通じて選挙管理委員会に、藤谷春翔への投票も数えるようにお願いしました。藤谷春翔への投票は無効となっていますけど、それがある程度あれば、再投票を実施させる理由になると思ったからです」
これは、掲示委員会の委員長と副委員長が、選挙管理委員会の方へお願いした。
「また、他の候補者にも話をして、投票の結果によって、再投票を実施してもいいと了承を得ています。その結果、生徒会長や副会長になれなくても構わない。私を含め、候補者全員がそう考えています」
これは、結莉と奈々、そして現生徒会長が、他の二人の候補者にお願いしたことで、こちらも了承を得られたそうだ。
「先ほど、私は投票の結果について、誰にどれだけの投票が入ったか、全部見せてもらいました。そのうえで、話をします」
春翔への投票が無視できないほどあれば、再投票という形にできるはずだ。それが結莉の考えで、選挙管理委員会や、他の候補者へのお願いは、ここまで全部できている。そのため、あとは投票の結果がどうなっているかだ。
「投票の結果を見て……私は、再投票の必要はないと思いました」
それを聞いて、春来は、春翔への投票がほとんどなかったのだろうと感じた。それはしょうがないことで、無効になると言われている春翔に投票する人など、多くいる訳がなかった。そうなると、結莉が希望している、再投票の実施は難しいだろう。そんな風に思っている中、結莉は話を続けた。
「今回の生徒会選挙で、最も票を獲得したのは……藤谷春翔よ」
その瞬間、春来は結莉が何を言っているのか、上手く理解できなかった。
「立候補を取り消した藤谷春翔への投票は、全部無効になる。そう言われても、藤谷春翔に投票した人が一番多かった。そんな結果になったから、再投票は必要ないわ。藤谷春翔が生徒会長になりなさい。もしも、藤谷春翔が生徒会長になりたくないと言うなら、私も生徒会長なんてやらない。辞退するわ」
その発言に、辺りは騒然となった。ただ、それ以上に、春翔のいる隣のクラスから、大きな騒ぎ声が聞こえてきた。それを聞いて、春来は席を立った。
「先生、トイレに行ってきます」
「俺も行ってきます」
「それじゃあ、私も行きます」
春来、隆、奈々の三人は、そう言って教室を出た。当然、先生は止めようとしてきたものの、クラスの騒ぎを抑えるのに必死で、それどころではないようだった。
そのまま、春来達は隣に行くと、教室の扉を開けた。春翔は、周りから生徒会長になるべきだと言われ、困っている様子だった。
「春翔!」
ただ、そんな風に春来が声をかけると、みんな驚いた様子で静かになった。
そして、春来は教室に入ると、春翔の腕を掴んだ。
「春翔、行くよ」
「え?」
「先生、俺達、トイレに行ってきます」
「そうそう、トイレに行きます」
春翔は戸惑っていたものの、春来が腕を引くと、自然と席を立った。
「いや、待ちなさい! いったい、何を……」
「春来、俺はトイレに行くの後でいいから、先に行け」
「私も後でいいや。だから、行ってきて」
自分が言い始めたこととはいえ、いつまでも隆と奈々が同じことを言っていて、春来は笑ってしまった。ただ、気を取り直すと、春翔の手を握った。
「春翔、このままだとダメだってわかっているよね? 僕も一緒に行くから、結莉と決着を付けに行こうよ」
春来がそう言うと、春翔は困った表情を見せつつも、頷いた。
そうして、春来と春翔は、教室を出ると、放送室へ向かった。
放送室の前では、結莉を含む候補者三人と、先輩の姿があった。
「来てくれて良かったわ。藤谷春翔」
「うん、このままだとダメだと思ったから……」
そうしていると、この状況を治めようと先生達がやってきた。
「中で話すわよ。春翔だけじゃなくて、春来も入ってほしいわ」
「うん、言われなくても、そうするつもりだったよ」
春来の言葉に、結莉は嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、春来達は放送室に入ると、入口の鍵をかけて、誰も入れないようにした。一応、ベランダに繋がる窓ガラスを割るなどすれば、入れないことはないものの、そこに人が立つことで、その選択肢も消した。
「ここで話した結果を……どんな結果になったとしても、すぐに放送で全校生徒に伝えるわ。それでいいかしら?」
「……うん、私も結莉ちゃんと決着を付けたい」
そうして、春翔と結莉は、話を始めた。
「改めて言うよ。私は生徒会長にならない。私にたくさんの票が入ったってことは驚いたけど……立候補を取り消した私に入った票は、全部無効なんでしょ? だから、結莉ちゃんが生徒会長になるべきだよ」
「無効になると知りながら、あんたに投票したのよ? それだけ、あんたを生徒会長にしたいと思った人がいたということじゃないかしら?」
「というか、結莉ちゃんは、生徒会長になりたいんでしょ? だったら、こんなことしなくても……」
「ふざけないでほしいわ。私は、選挙で勝って、生徒会長になりたかったのよ。今回の選挙で、私はあんたに負けたわ。それなのに、生徒会長になるわけないじゃない」
「でも、昨日も話したけど、生徒会長になったら、できなくなることがあると思うし……」
「そんなもの、私が何とかするわよ。さっきも言ったけど、あんたが生徒会長になるなら、次に票を獲得した私が副会長になるわ。そうなれば、私が全力でサポートしてあげるし、あんたは自分のしたいことをすればいいだけよ」
「結莉ちゃん、また悪者になるつもり? そうやって、自分が犠牲になればいいとか、私は本当に嫌なの! そんなこと言うなら、私は絶対に生徒会長にならない!」
「安心して。というより……ありがとう。あんたのおかげで、悪者にならないで、この学校を変えようと思えたわ。でも、そのためには、あんたが生徒会長になってもらわないと困るわ」
「何で困るの? 結莉ちゃんが生徒会長になれば……」
「あんたが生徒会長にならなかったら、私は悪者になり続ける。そんな風に言ったら、生徒会長になってくれるかしら?」
「いや、そう言われても……」
「はっきり言いなさい。あんたは、何で生徒会長になりたくないのかしら? それを言わないと、誰も納得しないわよ?」
これまでの春翔と結莉の話を聞いて、春来は理解した。
結莉は、相変わらず誘導をしている。ただ、誘導している相手は、春翔じゃない。春来だった。
「その……私は、春来と一緒にいたい。だから、来年度は生徒会じゃなくて、掲示委員会に入ろうと……」
「春翔、僕は掲示委員会じゃなくて、生徒会に入るつもりだよ」
その言葉に、春翔はただただ驚いた様子で、少しの間、言葉を失っていた。
「そんなこと……だって、春来は……」
「春翔の言いたいことはわかるよ。生徒会なんて、学校の代表みたいなものだから、僕は絶対に入らないと思っていたけど、今は違うよ。今後の生徒会は、どんな活動をしているかということを、都度みんなに伝えるべきじゃないかな? しかも、これは掲示委員会や放送委員会に協力してもらうだけでは足りないと思う」
これまでのことを振り返り、生徒会よりも掲示委員会や放送委員会の方が情報を発信しやすいと、春来は感じていた。これは、春来が掲示委員会の副委員長を務めていることや、放送委員会に先輩がいることが大きく影響していた。そのおかげで、生徒会の意見に反対することも、色々と苦労しながらどうにかできた。
ただ、今後の生徒会は、異学年交流のさらなる充実化や、スマホの所持の許可といった、全校生徒の協力を得なければ難しい問題に向き合うことになる。そうなると、生徒会が中心になって、情報を発信する仕組みが絶対に必要になる。そう考えて、春来は、ある提案をすると決めていた。
「生徒会の活動をみんなに伝える、広報という役職を追加するべきだと僕は思う。だから……来年度、僕は生徒会に入って、広報を務めようと思っているよ。まあ、これは立候補だから、他に希望者がいたら、抽選とかで他の人になる可能性もあるんだけど、そうなったとしても、僕は生徒会の活動に何かしらかの形で参加したい」
そう伝えたうえで、春来は春翔の目を真っ直ぐ見た。
「ただ、あまり自信はないから……春翔が一緒にいてくれると……生徒会長になってくれると、助かるかな」
昨日、春翔は春来と一緒にいたいということを理由に、生徒会長にならないと言っているようだった。だったら、春来が生徒会に入り、一緒にいると伝えることで、春翔の考えが変わるかもしれない。そんな期待を持って、春来はこの言葉を伝えた。
「春来が生徒会に入ってくれるなら、私としても助かるわ」
そんな春来の考えを理解した様子で、結莉はそんなことを言った。
「スマホの所持を許可させるって公約、僕も実現させたいと思っているからね」
「それなら、やっぱり私が生徒会長になろうかしら。改めて、春来とはパートナーとして、一緒にやっていきたいわ」
「待って!」
わざとらしいかと思いつつ、春来と結莉は、春翔を焦らせるようなやり取りをした。それは、確実に効果があったようだ。
「私……やっぱり、生徒会長になりたい! それで、みんなでこの学校を良くしていきたい!」
「それを早く言いなさいよ。多くの人がそれを望んでいることは、投票の結果でわかったわ。だから、藤谷春翔、あんたが生徒会長になりなさい」
「……うん。あと、これから一緒に頑張っていくなら、その藤谷春翔って呼ぶのをやめてくれない?」
「いいわよ。それじゃあ、春翔でいいかしら? 改めてよろしくね」
「うん、結莉ちゃん、よろしくね」
そう言うと、春翔と結莉は握手を交わした。
「それじゃあ、そのことをみんなに伝えようよ」
「はい、先輩もありがとうございます」
それから、放送を使い、話し合いの結果、春翔が生徒会長、結莉が副会長になったことを全校生徒に伝えた。
その後、先生達は難色を示したものの、春翔が生徒会長になることを多くの生徒が希望していたこともあり、押し切られるような形で、春翔達の決定は通った。
こうして、様々なことがあったものの、今年度の生徒会選挙は、こうした形で決着が付いた。