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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
196/272

ハーフタイム 61

 生徒会選挙の最終日は、各候補者が全校生徒の前で最終演説を行った後、各クラスで投票を行うことになっている。それを、放課後に選挙管理委員会が開票して、明日の朝の放送で、結果が発表されるといった流れだ。

 春来と春翔は、先日のポスターの件もあり、ここしばらくは少し距離を置いていた。これは、ある程度の誤解が解けたとはいえ、一部では相変わらず噂している人がいるといった話があったこと。春来が結莉を応援すると公言しているのに、他の候補者と頻繁にいるというのもおかしいと判断したこと。そうしたことが理由だった。

 ただ、この日の朝、久しぶりに春来と春翔は一緒に登校した。

「春翔、緊張しているのかな?」

「うん、少しね。でも、大丈夫。そっちは……結莉ちゃん、いつも堂々としているし、大丈夫そうだね」

「どうかな? 緊張はしていそうだけど……まあ、上手く誤魔化してしまうだろうね」

「春来が結莉ちゃんを応援してくれて、良かったよ」

 その言葉の真意がわからなくて、春来は戸惑った。

「春翔は、僕に応援してほしくなかったってことかな?」

「違う違う! そうじゃなくて……今の生徒会、生徒会長と結莉ちゃんを孤立させようって感じで、私はみんなと仲良くやっていきたいと思っているのに、上手くいかなくて、困っていたの」

 そういったことがある可能性は、簡単に想像できた。ただ、結莉がそんな話を一切しなかったため、春来は気付くことができなかった。

「でも、春来が結莉ちゃんの応援を始めてから、結莉ちゃんがどこか楽しそうというか、それを見て、私も負けていられないなと思って……だから、私は絶対に負けないよ」

「うん、僕達だって、負ける気はないよ」

 春来がそう言うと、春翔はどこか寂しげな表情を見せた。

「僕達か……」

「春翔?」

「ううん、何でもない」

 春翔は、誤魔化すようにして笑顔を見せた。

 それから少しして、学校に到着すると、校門に結莉と奈々がいた。

「結莉、奈々、おはよう。誰か待っているのかな?」

「あんた達を待っていたのよ」

 そう言うと、結莉は春翔に顔を向けた。

「あとは最終演説だけね。しっかり準備してきたかしら?」

「うん、結莉ちゃんが相手でも、私は負けないから」

「ええ、私も負けるつもりはないわ」

 そんな風に結莉から言われて、春翔は強い決心を固めた様子だった。そして、気付けば緊張した様子は消えていた。

 もしかしたら、結莉は春翔の緊張を解すことが目的だったのかもしれない。そんな風に感じつつ、春来は何も言わないでおいた。

 それから、結莉は春来に笑顔を向けた。

「春来、これまで色々と助けてくれてありがとう。あんたとの時間は、本当に楽しかったわ」

「まだ終わっていないよ?」

「この先は、私一人の力で何とかするわ。だから、今この場で、感謝したいと思ったのよ。もう一度言うわ。ありがとう」

「……こちらこそ、楽しかったよ。だから、ありがとう」

 あとは最終演説だけとはいえ、このタイミングでそんな風に感謝を言われると思っていなかったため、少しだけ戸惑った。ただ、春来は心から感謝の言葉を伝えた。

「ということで、春来は奈々に返すわね」

 そう言うと、結莉は春来の背後に回り、そのまま奈々の方に向けて押してきた。そんな突然の行動に反応できなくて、そのまま春来は奈々にぶつかった。

「あ、ごめん」

「ううん、てか、結莉! 何してるの!?」

 奈々は顔を真っ赤にしながら、叫んだ。それを見て、結莉は悪戯をする子供のように笑った。

「こうすると、奈々が喜ぶと思ってしたんだけど、嬉しくなかったかしら?」

「結莉!」

「ごめんなさい、正直に言うわ。最近、奈々をからかっていなかったから、からかいたくなっただけよ。だから、ごめんなさい」

「そんな謝り方ないでしょ!」

 結莉と奈々は仲良しだと聞いていたものの、どういった関係なのか、春来は知らなかった。ただ、二人のやり取りを見て、どういった関係なのか、よくわかった。

「あと、春来と藤谷春翔も、悪かったわね」

「何で、春翔にまで謝るのかな?」

「さあ、何でかしらね?」

 そう言うと、結莉はわざとらしく首を傾げた。

 そんなやり取りをした後、春来達はそれぞれ自分の教室へ向かった。そして、いつも通り授業を受けた後、いよいよ最終演説の時間がやってきて、全校生徒が校庭に集まった。

 最終演説の順番は、事前にやったクジ引きによって決まり、結莉が最初で、春翔が最後になった。

 結莉は順番が最初に決まった際、「運がいい」と言って、非常に喜んでいた。ただ、春来としては、最後の方が印象に残りやすいんじゃないかと考えていたため、何故そこまで喜ぶのだろうかと疑問が残った。

 また、演説の原稿に関しては、春来も協力して、スマホの所持を許可させるという公約だけでなく、これまで生徒会でどのような活動をしてきたかという話もする形にした。

「それじゃあ、最初は東阪結莉さんから、最終演説をお願いします」

 先生から紹介された後、結莉は堂々とした様子で朝礼台に上がった。

「皆さん、こんにちは。東阪結莉です」

 結莉は、用意した原稿を読みながら、予定通り、スマホの所持を許可させたいといった話をした。

「その理由は……」

 ただ、途中で言葉に詰まると、そのまま結莉は何も言わなくなってしまった。その様子に、どうしたのだろうかと、みんなはざわつきだした。

 すると、結莉は持っていた原稿をぐしゃぐしゃに丸めた後、真っ直ぐみんなの方へ顔をやった。

「私は友人が少ないです。その理由は、学区の関係で、中学校に入れば多くの人と別の学校になってしまうと知っていたからです。それと、生徒会長を目指すなら……皆さんにとって、嫌われ者になるべきだと考えていたからです」

 それは、事前に作った原稿に、なかった内容だった。

「皆さんの中には、気付いた人もいると思います。この学校の先生達は、最低限のこと……授業やクラブ活動、委員会活動だけすれば、それでいいと思っている人が多いです。例えば、自分の使っている机や椅子がボロボロだと感じたことはないですか? こうしたことは、先生達が皆さんのことを考え、しっかり対応してくれていれば、起こりえないことなんです」

 原稿を読んでいないこともあり、辺りは相変わらずざわつきつつ、結莉の話に引き込まれているようだった。

「ただ、先生達にも事情があります。机や椅子の交換は、地方自治体などにお願いする形になります。ただ、私の親戚が、この地域の議員をやっているので知っていますけど、少子化などを理由に、学校の数を減らせないかといった議論は定期的に出るそうです。そんな中、学校側から、机や椅子の交換をはじめとした、お金のかかることをお願いしづらいという状況になっているんです」

 机や椅子の交換がされないことについて、春来も考えたことがあったが、結莉はより先まで事情を知っているようだった。

「これには、皆さんの親も関係しています。わかりやすいところでは、給食費の無償化で、他の学校では各家庭が給食費を負担しているのに、この学校では一切負担していません。その代わり、地方自治体などが負担しているという背景もあり、他の要求をしづらい。これが、先生達の事情です」

 先生達の方を見ると、結莉の話を中断するべきだろうかと、そわそわしている様子だった。とはいえ、ここで中断すれば逆効果で、全校生徒から批判されることになるのは明白だ。そんな状況で、先生達は動けないといった感じだった。

「生徒会は、生徒の代表として、先生に意見を言うべき立場にあります。しかし、先生や親の事情を考えると、なかなか希望を伝えることができませんでした。だから、生徒会……特に生徒会長は、皆さんの嫌われ者になることを選択しました。そうして、何も変わらないのは、生徒会が皆さんの意見を先生に伝えていないせいだ。そんな風に思わせることで、どうにか現状を維持しようとしていたんです」

 先日、生徒会長と話して以降、春来は生徒会長に対する考え方が少しずつ変わっていった。それは、今結莉が話していることを、春来自身が感じたからだ。

「でも、異学年交流の実施をきっかけに、そうした状況が変わりました。皆さんは知らないと思いますけど、あの時、PTAをはじめとした、親達の反対が多くあったんです。でも、生徒会長が必死に説得して、それで異学年交流は実現したんです。それなのに、生徒会長は嫌われ者のままでいいと、そのことを私にしか話してくれませんでした。私は、そんな生徒会長のことを、心から慕っていますし、尊敬しています」

 気付けば、辺りのざわつきは治まり、みんなが結莉の話に聞き入っていた。

「それなのに、そんな生徒会長を私は利用して……先日のポスターは、私がやらせたものです」

 それから、結莉は春来と春翔について書かれたポスターについて、自分が原因だと、詳しく説明した。

「あんな騒ぎを起こしてしまって、本当に申し訳ございませんでした」

 そして、結莉は深く頭を下げた。

「ただ、こうした事実を知りながら、緋山春来は、私の応援をしてくれました。それで……私は嫌われ者になることをやめることにしました」

 そう言うと、結莉は笑顔を見せた。

「私は、もっともっとたくさんの人と仲良くなりたいです。そして、たとえ学校が変わっても、そうした友人達との関係がずっと続いてほしいと思っています。それは、スマホの所持が許可されて、それぞれ仲の良い人同士で連絡先を交換すれば、簡単に実現できることです」

 中学校に入ると、ほとんどの人と別れてしまうという理由で、結莉はみんなと距離を置いていた。そんな結莉が、笑顔でそう話す様子を見て、春来は思わず笑みが零れた。

「そして、これからの生徒会、生徒会長は、皆さんの嫌われ者なんかでなく、生徒の代表として、皆さんの希望や、改善するべきことを先生に伝えていきます。そうして、少しずつでも、この学校を良くしていくことを約束します。どうか、私……東阪結莉に、清き一票をよろしくお願いします」

 そう締めると、結莉は深く頭を下げた。

 次の瞬間、大きな拍手と歓声が上がった。

 そうして、結莉はしばらく顔を下げ続けた後、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、満足げだった。

 結莉の演説は、春来から見ても素晴らしいもので、すっかり引き込まれてしまった。それはみんなも同じのようで、結莉が朝礼台から降りた後も、拍手と歓声は続いた。

 そんな状況で、先生は次の候補者の演説をいつ始めさせればいいかと、困っている様子だった。

「えっと……素晴らしい演説でしたね。それで、次は……」

 それでも、どうにかみんなを落ち着かせたうえで、先生は次の候補者を紹介した。

 ただ、紹介されて朝礼台に上がった候補者は、どこか様子がおかしかった。

「えっと……私は……」

 それは、緊張して上手く話せないという感じでなく、とにかく困っている様子だった。

「さっき、話がありましたけど……生徒会長は高圧的な態度で……私を含め、みんな怖がっていて……」

 そんな話になったところで、春来は思わず結莉に目をやった。すると、結莉は右手を口元にやっていた。そして、それが笑みを隠すための動作と気付いた瞬間、春来は寒気がした。

 今、起こっていることは、すべて結莉の計画通りに間違いなかった。結莉は、最終演説で、他の候補者から生徒会長や自分への批判があるだろうと予想したうえで、自分から嫌われ者になろうとしていたことを話したのだ。

 また、途中から原稿を読まないというのも、恐らくあらかじめ決めていたパフォーマンスで、話した内容は急遽考えたものでなく、全部暗記してきたのだろう。

 そして、そんな結莉の演説によって、他の候補者は、あらかじめ用意していた、生徒会長などを批判する原稿が無意味なものになってしまったようだ。

 ただ、今更用意した原稿と違ったことを話すわけにもいかず、しどろもどろになりながら、その候補者は最後まで原稿を読み、演説は終わった。

 そうして、三人目の候補者が演説する番になったものの、二人目と同様、困っている様子だった。そして、途中から原稿を読むことなく、その場で急遽考えた話を始めたものの、何を言っているのかわからないといった形で終わってしまった。

 そんな状況を見て、演説の順番が最初になった結莉が何故喜んでいたのか、春来は完全に理解した。

 堂々とした様子で結莉が演説した後、二人の候補者が続いて上手く演説できなかった。そうなると、ほぼ全員が結莉の印象しか残っていないはずだ。そんな状況で、最後となる春翔が演説する番が来た。

 春翔は、緊張した様子で朝礼台に上がると、少しでも緊張を解そうと、目を閉じて深呼吸をしていた。ただ、なかなか緊張が解けないようで、しばらく何も話さないままだった。そして、そんな春翔を見て、辺りはざわつき始めた。

 その瞬間、春来は大きく息を吸った。

「春翔、頑張れ!」

 それは、自然と出てきた言葉だった。

 それに対して、春翔は驚いた様子で春来を真っ直ぐ見ると、何か決心を固めた様子で頷いた。

 それから、また少し時間を置いた後、春翔は口を開いた。

「みんな、こんにちは! 藤谷春翔です!」

 そうして、笑顔の春翔による、最終演説が始まった。

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