ハーフタイム 60
春来と結莉は、その後も相談を繰り返しながら、今後どういった活動をしていくか、決めていった。
まず、選挙ポスターは、結莉自身がデザインして、それこそ大人が作ったんじゃないかと思えるほど、見事なものが出来上がった。また、一般的なポスターと同様、名前と何か一言――キャッチフレーズを入れる形にしたが、そのキャッチフレーズは「リーダーとして、皆さんを導きます」といった内容にした。
これは、春翔など他の人が、「みんなと一緒に」といった内容のキャッチフレーズを使っていたため、それと大きく変える目的で、春来も一緒に考えたものだ。そうして、結莉のポスターは他と違う、特別感のあるものになった。
また、選挙演説という形で、登下校の時などに校門で話をしたり、休み時間に他のクラスへ行ったり、そうした活動はどの候補者も行っていた。
それに対して、結莉の演説に関しては、結莉自身だけでなく、春来なども応援演説という形で、同じグループの人達と一緒に各教室を回ったり、結莉が演説する時でも一緒にいたり、そうした活動を行った。
この狙いは、結莉のために行動する人がいることをはっきり示すことで、現時点でもリーダーシップを発揮しているように見せるためだ。それだけでなく、結莉が演説する際は、結莉の友人などを見物客として置く――悪く言えばサクラと呼ばれる者達を用意して、常に人だかりができるようにした。そうして、通りがかった人にも、結莉が注目されていると思わせるようにした。
そんなある日、春来は結莉を通して、生徒会長と話す機会を作ってもらった。
「本日は、お時間をいただき、ありがとうございます」
二人きりで会うのは、さすがに良くないと考え、その場には結莉にも来てもらった。
「緋山春来、私はあなたが嫌いよ」
「わかっています。それに、僕もあなたのことが嫌いです。春翔をあんな風に怯えさせたこと、忘れていませんから」
「春来! せっかく私がセッティングしたのよ!? ケンカするなら、私抜きでやりなさいよ!」
結莉からそんな風に言われて、春来は頭を冷やした。
「うん、結莉の言う通りだね。生徒会長、改めて、お時間をいただき、ありがとうございます。ご存じだと思いますけど、僕は今、結莉の応援をしています。それで、生徒会長にも協力してほしいことがあり、お願いに来ました」
そんな風に伝えると、生徒会長は不審に思っているような表情を見せた。
「あなたは、本当に結莉を応援する気があるの?」
「生徒会長、それは信用できると思います。今も色々と協力してくれていますし……」
「結莉は彼に騙されているんじゃないの?」
そんな風に言った生徒会長に対して、結莉は少しだけ戸惑った様子を見せた後、決心したように強い目を見せた。
「先日あった、春来が藤谷春翔を当選させようとしているというポスター、生徒会長が中心になってやったことだと、春来は気付いています」
「あれは、結莉に関係ないことよ! 私が勝手にやったことで……」
「いえ、あれは私が生徒会長を誘導して、やらせたことです。本当に申し訳ございませんでした」
そう言うと、結莉は頭を下げた。
「単に藤谷春翔を応援するつもりなら、もうそのことをみんなに伝えているはずです。でも、春来は、そのことを伝えることなく、私に協力してくれています」
「いいえ、そうやって結莉を信用させて、最後は騙すつもりかも……」
「それならそれでいいです。私は、春来との時間を楽しく感じていますから」
結莉は、心から春来を信用しているわけじゃないと示すように、そんなことを言った。それに対して、春来は思わず笑ってしまった。というのも、春来も結莉を信用しているかというと、そうではないからだ。
「同感だね。僕も楽しんでいるよ」
「それは良かったわ」
お互いに信用できないのは、マスメディアの知識などを持ち、それによって様々な罠を用意できるからだ。ただ、同時にそんな状況を春来と結莉は楽しんでいた。
そんな二人の様子を見て、生徒会長は複雑な表情を見せつつ、笑った。
「仲が良さそうで、安心したわ」
「いえ、そんなんじゃありません!」
「まあ、いいわ。それで、私に何をしてもらいたいの?」
生徒会長は、春来を真っ直ぐ見ながら、そんな風に質問してきた。
「協力してくれるんですか?」
「内容次第でね。だから、話しなさい」
そんな風に言われて、春来は少しだけ間を置いた。
「今後、結莉にはある公約を出してもらう予定です。その内容が……」
「待って。私から言いたいわ」
結莉がそんな風に言ったため、春来はその先を譲ることにした。
「私は、『スマホの所持を許可させる』という公約にしたいと思っています」
「スマホ?」
結莉の言葉に、生徒会長は驚いた様子を見せた。そのすぐ後、不機嫌そうな表情になった。
「できもしないことを公約にするなんて、何を考えているの?」
「私達は、できると思って、この公約にしました。でも、それには生徒会長の協力が必要なんです」
「お願いします。話だけでも聞いてくれませんか?」
春来も一緒になって、そんな風に伝えると、生徒会長の表情は少しだけ和らいだ。
「話を聞くだけよ?」
「ありがとうございます。それで、前に聞いたことがあるんですけど、生徒会長の親は、PTAの会長ですよね?」
それは、全校朝礼の時に聞いて、何となく覚えていたことだ。
「ええ、そうだけれど?」
「生徒会長は、スマホの所持を許可させるのは難しいと思っていますね? そして、その理由は、PTAをはじめとした、親の反対があるからですよね?」
そんな春来の言葉に、生徒会長は驚いた様子を見せた。
「その通りよ。けれど、何でそれを知りながら、こんな話をしているのよ?」
「先に質問させてください。スマホの所持が禁止……というより、反対されているのは、何でだと思いますか?」
「そんなこともわからないの? スマホによるトラブルは、何度もニュースになっているじゃない。この前だって、どこかの小学生が……」
「そんなこと、わかっていますよ。でも、そうしたトラブルは、大人の間でも起こっていますよね? トラブルが起こる時には、常に原因があるはずです。そうなると、スマホそのものに欠陥があり、所持することがそもそも間違いということでしょうか? それでは、僕達がスマホを所持することに反対する親達は、誰もスマホを所持していないということですか?」
春来は、強い口調で、そんな言葉をぶつけた。それに対して、生徒会長はどう答えていいかと困っている様子だった。ただ、そのまま黙っているつもりはないようだった。
「けれど、スマホによるトラブルは、大人よりも子供の方が圧倒的に多いわ! だから、子供がスマホを持つなんて私は反対よ!」
「ごめんなさい。僕はスマホのトラブル、子供の方が多いって話を知らないので、どういうことか詳しく教えてくれませんか? それだけでなく、何でそんなことになっているのか、その原因も教えてくれませんか?」
「それは……私もよくわからないけれど……」
生徒会長は、ついに何も言えなくなってしまった。
「生徒会長は、何を根拠にそんなことを……」
「春来、私は生徒会長を心から慕っているわ。だから、あまり意地悪しないでほしいわ」
結莉からそんな風に言われて、春来は言葉を止めた。
「藤谷春翔の件で、怒っていることは十分過ぎるほど伝わったわ。だから、それぐらいにしてくれないかしら?」
「……わかったよ。ごめん」
そうして、春来は一歩引くことにした。
「生徒会長が今言ったことは、マスメディアが伝えたことですよね? それじゃあ、まずはスマホのトラブルについて、どの年代で多くトラブルが起こっているか、見てください」
結莉は、あらかじめ用意していた資料を生徒会長に見せた。
「スマホのトラブルとして、SNSが関係するトラブルがよく言われますよね? なので、SNSが関係するトラブルの件数を、年代別にまとめたものを用意しました。これを見ると、五十代や六十代といった、いわゆる中高年が多く、私達が該当する二十歳未満は、全体で見て最も少ないです」
「本当ね……」
「しかも、二十歳未満ということは、中学生や高校生も入っているのに、最も少ないんです。なので、この資料だとわかりませんけど、小学生のトラブルは、かなり少ないと思います。つまり、マスメディアは極少数の例を大々的に報道して、あたかもそんなトラブルが多く発生しているかのように思い込ませたということです」
春来も、結莉と同じ考えだった。これは、簡単に言ってしまえば、流行していないものを流行していると伝えるのと同じことで、以前篠田も話していたことだ。
「でも、これはスマホを持っている人が少ないとか……」
「はい、それはあると思います。ただ、普及率としては、小学生でも半分を超える年代があって、そこまで低いわけではないです。とはいえ、それでもトラブルが発生しているという事実はあるので、そこで抵抗を持つのも納得できます。ただ、これを見てください」
それから、結莉は別の資料を見せた。
「これは、SNS以外に、どういったスマホのトラブルがあるかというものですけど、私達の年代で多いのは、いじめなんです。これもマスコミ報道が多くありますけど、スマホが原因によるいじめだなんて報道されることも多いです。ただ、質問なんですけど、この話を聞いて、スマホがなければ、いじめはなかったと思いますか?」
「いえ、そんなことないはずよ。だって、この学校ではスマホの所持が禁止されているけれど、いじめはあるもの」
「あなたも春翔をいじめていましたしね」
「春来、口を挟まないで! とにかく、いじめの問題は、別の問題として考えるべきで、スマホの問題としては、さっき話したSNSのトラブルや、アプリの不具合……あと、これはインターネットのトラブルとも言えますけど、ワンクリック詐欺やフィッシング詐欺といった、簡単に言えば怪しいサイトに騙されるというトラブルです。特に、怪しいサイトに騙されないようにするというのは、特に気を付ける必要があると思います」
春来は父親の影響で昔からパソコンを使用しているが、結莉も同様に昔からパソコンを使用しているそうだ。そのため、そうした怪しいサイトに騙されそうになった経験は少なからずあり、インターネットを利用するうえで、今でも特に気を付けている。
「これは、私達の親の世代などでも起こっていることです。ただ、こうしたトラブルって、比較的最近になって増え始めているんです。これは、単純にスマホの普及率が上がったからということでは、説明できなくて……これも見てもらっていいですか?」
そうして、結莉が次に出した資料は、ネットワーク別に分けた、トラブル件数の表だった。それだけでなく、スマホの種類で分けた、トラブル件数の表も出した。
「これを見るとわかりやすいんですけど、ネットワークの管理って、元々セレスティアルカンパニーが中心になってやっていたじゃないですか? でも、少し前からインフィニットカンパニーがライバル会社といった形で出てきて、そっちが管理するネットワークを利用する人も増えてきています。これは、マスメディアがインフィニットカンパニーの宣伝をしているからなんですけど、各ネットワークのトラブル件数を見ると、大きな差が出ているんです」
「何よこれ? ほとんどのトラブルは、インフィニットカンパニーが管理するネットワークで発生しているじゃない」
「そうなんです。それと、スマホの方も同じで、それぞれのスマホには、提携といった形で、セレスティアルカンパニーやインフィニットカンパニーがかかわっているんです。それで、トラブルが多く発生しているスマホを調べてみると、やっぱりほとんどがインフィニットカンパニーが提携しているものなんです」
このことは、一目瞭然といった形で、表などを見ればすぐにわかることだ。
「スマホとか、インターネットのトラブルについて、マスメディアが報道していますけど、こうして見ると、インフィニットカンパニーが原因だとすぐわかるんです。でも、インフィニットカンパニーは広告主として、多くのお金をくれるからという理由で、悪い印象を与える報道は、ほとんどない状況です」
「言われてみれば、そうなっているわね」
「だから、小学生にスマホを持たせるのは危険だとか、そんな風に考えてしまうんだと思います。ただ、よく見てください。さっきも言った通り、セレスティアルカンパニーが管理するネットワークや、提携しているスマホでは、こうしたトラブルがほとんど起こっていないんです」
それから、結莉は最後に用意していたものとして、セレスティアルカンパニーが推奨する、小学生からスマホを持つべきだといったことを伝えるパンフレットを出した。
「これは、セレスティアルカンパニーが出しているものです。簡単に言えば、機能を抑えたスマホを使って、小さい頃からスマホやインターネットに慣れることの大切さを伝えるものです」
「こんなものがあるの?」
「これ、実はずっと前からあるんですけど、マスメディアが全然報道しないので、あまり知られていないんです。機能を抑えているというと、否定的に思う人が多いんですけど、これでも十分過ぎる機能があって、大人でも使っている人がいます。というか、スマホのトラブルって、使い切れないほどの機能によって起こっていることも多いので、むしろそうした危険な機能がないスマホということになります」
「でも、スマホの料金は高いし……って、千円もかからないの?」
「学生を対象にした割引もあるので、実際はもっと安くなります。というか、スマホの料金が高いのは、さっき言った通り、無駄に多くの機能を入れているからというのも理由の一つで、最低限の機能だけなら、こんなものなんです。ただ、それだと売り上げが少ないからと、子供にまで多機能のスマホを売ろうとしているのが、インフィニットカンパニーや、その宣伝をするマスメディアなどです」
生徒会長は、大きな関心を持った様子で、食い入るようにパンフレットを見ていた。
「それに、私と春来は、昔からパソコンを使っているんですけど、今回改めて色々と調べてみて、こうした形で小学生にスマホを所持させることは、とても大事なことだと感じました。というのも、被害に遭った人の知識不足というのも、トラブルの原因として大きいからです」
「僕も同じ考えです。中高年のトラブルが最も多い理由も、知識がないまま、多機能なスマホを使っているからだと思います。それに今後、インフィニットカンパニーが管理するネットワークがさらに普及していって、様々なトラブルが増えるのではないかと思います」
「それなら、今からスマホを持って、そうしたことに対応できるだけの知識を、みんなが持つべきだと思います。私なら、今回のようにそうしたことをみんなに説明できるだけの知識があるので、それこそ異学年交流を利用して、説明会のようなものを開く予定です」
「それで、PTAを中心に、このことを親達に広めたいんです。だから、PTA会長に、この話を伝えてください」
「説明が難しいなら、私達が家へ行くなどして、直接伝えます」
結莉と春来は、畳みかけるようにして、そんな話をした。それに対して、生徒会長は大きく頷いた。
「わかった、協力してあげる」
「ありがとうございます。それで、生徒会選挙の話に戻りますけど、PTAなどに働きかけるなどして、スマホの所持を許可してもらえるよう、既に動いているという話を、結莉が公約を伝える際、一緒に言ってもらう予定です」
「実現できるかどうか、わからないけれど、そんなことを言ってもいいの?」
「私が言うのは、スマホの所持を許可してもらうことを目指す。そのために、既にPTAなどに働きかけている。どちらも嘘じゃないですよ?」
「だから、何の問題もないです。そのためにも、PTAなどに働きかけているという話を早く事実にしたいんです。僕達が話をするということなら、いつでもいいので、どこかで時間を作ってもらえないですか?」
そこまで伝えたところで、生徒会長はどこか呆れた様子を見せつつ、苦笑した。
「あなた達が相手だったらと思うと、ゾッとする。まあ、急ぎたいようだし、今日でも大丈夫よ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
そうして、春来と結莉は生徒会長の許可を得たうえで、その日の放課後にPTA会長と話をした。
その結果、生徒会長と同じように、PTA会長もスマホの所持について、賛成してくれるだけでなく、結莉の応援もしてくれるとのことだった。
それから、結莉は「スマホの所持を許可させる」という公約を伝え、多くの注目を集めていった。
一方、春翔の方は、これまでと変わらず、異学年交流などを通して、多くの人と仲良くなるという活動を続けていた。これには、奈々などが協力する形で、これまで異学年交流に参加していなかった人が参加できるよう、新たな企画を作るなどして、さらに交流を広げていった。
そうして、これまで以上に全校生徒の注目を集めた生徒会選挙は、いよいよ最終日を迎えた。