ハーフタイム 59
春来が東阪結莉について調べていた際、まず感じたことは、どこか自分に似ているというものだった。というのも、人付き合いが苦手なのか、東阪結莉は、みんなと一定の距離を置いていることをまず知ったからだ。
ただ、孤立しているわけではなく、生徒会に所属していることや、成績が優秀なことを理由に、みんなから一目置かれているという表現が正しいようだった。
春来が直接取材を申し込んだ際、東阪結莉は緊張するからとか、そんな理由で断った。そのため、春来は仲の良い友人や、担任の教師から東阪結莉のことを聞くことにした。
その際、仲の良い友人の一人として、話をしてくれたのは、奈々だった。
放送委員会と生徒会の関係が良くなかったため、隠していたそうだが、奈々は、東阪結莉と家が近所なだけでなく、一年生から四年生まで同じクラスだったそうで、一番の友人といってもいいぐらい、仲が良いとのことだった。そのため、奈々を通して、東阪結莉に直接取材させてもらえないかと、春来はお願いしていた。
それは、先日の全校朝礼もきっかけにして、どうにか話が進んだようだった。
「結莉、春来君の取材、受けてくれるって」
「奈々、ありがとう」
「ただ、春来君だけで取材してほしいって言ってたよ」
「うん、わかったよ。それじゃあ、僕のグループの人は、他の人の取材を優先してもらおうかな」
そこで、奈々は少しだけ気を使うように間を空けた。
「この前、言ってたけど、あのポスターって、ホントに結莉がやったことなの?」
「多分、間違いないと思うよ。先輩は、ずっと前からそう思っていたみたいだけど、僕も何となくそうじゃないかって考えはあったんだよ。ただ、この前の全校朝礼で、確信したかな」
「でも、結莉があんな風に謝ってくれたから、どうにか治まったんだし、犯人だとしたら、そんなことする?」
奈々の疑問は、当然のものだった。ただ、春来の考えは変わらなかった。
「元々、僕を攻撃することで、春翔の評判を下げるだけでなく、掲示委員会が出す情報に信憑性を持たせないようにする目的だったと思うよ。だから、全校朝礼でも僕を罵倒する声を上げさせて、追い込もうとしたんだよ」
「それを結莉がさせたってこと?」
「正確には、生徒会長を誘導して、やらせたって形かな。生徒会長は、次の生徒会長に東阪結莉を推薦しているから、それを利用して、誘導したんだと思うよ。方法は色々あるけど、このままだと選挙で勝てないとか相談しながら、生徒会長にやってほしいことを少しずつ伝えて、誘導するって方法が簡単かな」
具体的な方法はわからないものの、むしろどんな方法でも生徒会長を誘導できただろうと、春来は感じていた。
「でも、全校朝礼では隆や先輩、それに同じクラスの人達も声を上げてくれたし、奈々が……その……僕に告白してくれたし、僕と春翔が付き合っているって話をみんなに信じさせるって目的が達成できなくなっただけでなく、むしろ僕達に同情して、結果的に春翔に投票する人を増やす可能性も出てきたじゃん?」
「確かに、言われてみればそうかも」
「それで、東阪結莉は、みんなの前に立って、あんな風に言ったんだと思う。あれは、自分の知名度を上げたり、評価を上げたり、そういった目的もあったと思うけど、一番の目的は、僕と春翔への攻撃をやめさせることだったんだよ」
当時は、そんなことを考える余裕などなかったものの、今振り返って考えた時、春来はそんな分析をしていた。
「どういうこと?」
「さっき言った通り、あのまま僕達への罵倒を繰り返せば、僕達の評価を下げるどころか、逆効果になっていたはずだよ。そのことに気付いて、無理やりやめさせたっていうのが、あの時に東阪結莉がしたことだよ」
「……言われてみれば、何か違和感を持ったの。結莉は、自分のせいであんなことが起こったかのように話して、それで謝ってもいたけど、ホントにそうかなって感じたんだよね。でも、あんな騒ぎが起こってた時だし、何となく納得して、結莉のおかげで助かったって思ったの」
「ほとんどの人は、今でも東阪結莉が騒動を納めたって思っているだろうね。それに、この件って、あくまで実行犯は生徒会長で、そのことを公表しても、確実に生徒会長は東阪結莉を庇うと思う。それだけでなく、東阪結莉も生徒会長を庇って、それこそ選挙に向けて同情票を集めるって方向に持っていくかもしれないよ。だから、僕達としても、この件を蒸し返すことにメリットはないし、結果的に東阪結莉は得をしたことになるね」
そこまで話を聞いたところで、奈々は心配した様子を見せた。
「春来君、そんな状態で結莉の取材できるの?」
「大丈夫だよ。むしろ、色々と聞きたいことがあるし、取材ができて嬉しいよ。それに、僕は東阪結莉を全力で応援するよ。春翔と奈々にも負けないからね」
「……うん、結莉のこと、お願いね。あと、私だって負ける気はないからね」
お互い、仲の良い相手と、応援する相手が違い、何も思っていないかというとそんなことはなく、色々と思うところもある。それでも、掲示委員会の一員として、自分が担当する候補者を全力で応援する。そんな考えを、春来と奈々は一番に持っていた。
そうして、ある日の放課後、春来は初めて東阪結莉の取材をすることになった。それは、空き教室を借りて、二人きりで話す形になった。
「こうして話すのは初めてなので、改めて自己紹介します。僕は緋山春来です。先日の全校朝礼で話しましたけど、僕が東阪結莉さんの応援をすることになりました。これから、よろしくお願いします」
「私は東阪結莉です。緋山春来さんが応援してくれるなんて、心強いです。私の方こそ、よろしくお願いします」
その挨拶は、お互いにわかりやすいほど、完全に作られた嘘そのものだった。あらかじめ、こんな風に挨拶すればいいだろうと考え、台詞を言うようにそれを伝えただけ。そこに、お互いの感情や思いなどは一切なかった。
そのことを春来だけでなく、相手も理解しているようで、挨拶をしただけで、お互いに何も話さない時間がしばらく続いた。
そうしていると、観念したように東阪結莉がため息をついた。
「敬語は、やめにするわ。あんたも敬語はやめて」
「うん、わかったよ」
「それで、あんたは私を応援する気があるのかしら?」
「あるよ」
「でも、あんたは藤谷春翔を応援しているはずよ? 私を応援することに何のメリットがあるのかしら?」
その質問に対して、春来は笑顔を返した。
「春翔に怒られないってメリットがあるよ」
「え?」
「僕が手を抜くと、春翔は怒るんだよ。だから、僕は全力で君を応援するよ」
そんな風に伝えると、東阪結莉は少しだけ戸惑った様子を見せた後、笑みを浮かべた。
「もうわかっているはずよ? あんたが恋人の藤谷春翔を当選させようとしているってポスターは、私が出させたものよ。といっても、直接指示を出したわけじゃないし、私がかかわっていることすら証明できないけどね」
「そんな自白をして、何のメリットがあるのかな?」
「あんたが、私の応援をしてくれるかどうか、確認できるってメリットがあるわ」
東阪結莉は、どこか篠田を思い起こさせる人だった。篠田と話す時は、いつも篠田のペースに振り回されているような感覚があった。それと似た感覚を、春来は持った。ただ、当時と違うこととして、今は振り回されるだけじゃなかった。
「僕は、作家をやっている父親の関係で、ある記者に会ったことをきっかけに、マスメディアについて色々と詳しくなったよ。その人は、ビーって偽名を使っていたから、どんな人なのか、ほとんど知らないけどね。その後、ビーさんの知り合いらしい、篠田灯さんって女性の記者にも会って、それでまたマスメディアがやっていることについて、知識を深めていったよ」
春来は、自分のことを簡単に説明した。
「それで、君はいつどこでマスメディアの知識を持ったのかな?」
「それは、生徒会選挙に関係があることかしら?」
「ううん、単に僕が知りたいから聞いているだけだよ」
そう言うと、東阪結莉は、また笑みを浮かべた。
「祖父が生きていた頃、いつも年末年始に親戚の集まりがあったのよ。そこで、他の人と距離を取る男性がいたの。両親も、あの人には近づくなと言っていたけど、何でそんな人がここにいるのかって、私は興味を持ったわ。だから、周りの人の目を盗んで、その男性に私から話しかけたの」
東阪結莉は、当時を懐かしんでいる様子で、話し続けた。
「彼は、マスメディアの裏事情なんかを調べて、それを暴露する活動をしていると言っていたわ。ただ、私の親戚は名家というか、みんな大企業に勤めたり、政治関係の仕事に就いたり、そうした人ばかりだから、彼のことを下に見ていたみたいよ」
「さっき話したビーさんも、同じことを言っていたよ。それで、詳しいことはわからないけど、ビーさんは、潜入取材とかそういったことをしているみたい」
「世間は狭いと言うし、もしかしたら同一人物かもしれないわね。私は彼からマスメディアの問題を聞いたわ。それで、私でも色々と調べて、知識を深めていった。そんな感じよ。ただ、祖父が亡くなってから、親戚の集まりがなくなって、彼と会うこともなくなったわ」
「僕もビーさんとは、全然会えていないよ。だから、自分で調べて、知識を深めているところだよ」
生徒会選挙について、取材するつもりだったのに、春来達はマスメディアに関する話しかしていない。しかも、それをいつまでも続けたいと思えるほど、楽しいと感じて、しばらくの間、その話しかしなかった。
「というか、あんたが掲示委員会でマスメディアの知識とかを活用していたから、それに対抗するために、私も色々とやっただけよ。つまり、全部あんたのせいだから」
「いや、生徒会長を当選させた時にも、君は何かしらか助言をしたはずだよ。そうしたことを感じていたから、僕は自分のできることをしようと思っただけだよ」
「私のせいにしないでほしいわ。前の全校朝礼なんて、放送委員会の人達まで巻き込んで、あそこまでのことをするなんて、完全に私の想定外だったわ。そのせいで、生徒会長は失脚したようなものだし、生徒会長に応援してもらうことで、次の生徒会長になるって計画は、完全に破綻しちゃったわ」
「あれも計画通りって感じじゃなくて、結果的にどうにかなったってだけだよ。というか、それも掲示委員会の活動を止めるとか言ってきたから、それでしょうがなくやっただけで、僕のせいじゃないからね」
「私の話を聞いていないのかしら? あんたがマスメディアの知識を掲示委員会で活用しているから、それを止めるため、仕方なくそうしただけよ」
それは、口喧嘩のはずなのに、それすら楽しくて、ずっと話していたくなるものだった。ただ、いつまでも話し続けているわけにもいかず、途中で話を切り替えると、本題に入ることにした。
「さすがに、生徒会選挙の話に入るよ。これで伝わったかわからないけど、僕は全力で君を応援するよ」
「全然伝わっていないわ。でも、少しは信用してあげる。ところで、今後、あんたは私のパートナーとして、応援してくれるってことかしら?」
「パートナーって……まあ、委員長達や奈々は、そんな感じでやっているし、実質パートナーとして応援するよ」
「だったら、私のことは結莉と呼びなさい。私も、あんたのことは春来と呼ぶわ」
「わかったよ。結莉、改めてよろしくね」
「ええ、春来、よろしくね。それで、藤谷春翔を相手に、何をすれば私は勝てるかしら?」
結莉の質問は、もっともなものだった。
「春来達が進めた異学年交流に、藤谷春翔は頻繁に参加しているし、知名度は十分過ぎるほどあるわ。選挙って、知名度だけで当選できるものだから、このままだと藤谷春翔に勝つのは、ほぼ不可能よ」
「結莉は、異学年交流にあまり参加していないけど、やっぱり、生徒会長と一緒で反対しているのかな?」
「私は、本当の友人をここで作っても無駄だから、少し距離を置いているだけよ」
結莉がそんな風に言う理由を、春来は既に知っていた。
「奈々から聞いたよ。結莉とか奈々は、学区の関係で中学校が僕達と別なんだよね?」
これは、奈々だけでなく、隆からも話を聞くことができた。隆と奈々は、近所とのことだったが、道を挟んだ向かい側だそうだ。そして、その道によって学区が分かれるようで、中学に入ると、隆とは一緒なものの、奈々や結莉とは別の中学校になるとのことだった。
「だから、今友達を作っても、学校が変われば疎遠になると思って、あまり友達を増やしていないんだよね?」
「その通りよ。学校が変わると、会うこともなければ、連絡を取ることすらなくなる。そういうものだと知っているから、友人を作っていないだけよ」
「だから、同じ中学校に入る奈々とか、一部の人としか友達になっていないってことかな?」
「だって、個人情報がどうとか言って、家の電話番号すら、交換していないのよ? こんな状況で学校が変わったら、ほとんどの人と会えなくなるじゃない」
春来は、あらかじめ奈々から、結莉が持っている悩みを聞いていた。そのため、こうして直接悩みを聞いたところで、ある提案をすることにした。
「そうして、みんなと距離を置いていることを最大限利用すれば、春翔に対抗できるんじゃないかな?」
「何よそれ? 友人が少ないって欠点を広めろっていうのかしら? そんなの逆効果じゃない」
「欠点って考えているんだね?」
「当然よ。こうなってしまって、もっと友人作りを頑張れば良かったとつくづく感じたわ。でも、今から頑張っても遅いじゃない」
「うん、確かに遅いよ。だから、別のことをしようと言っているんだよ」
春来が何を言っているのか、まだ結莉は理解できていない様子だった。
「春翔に対抗するには、どうするかって考えた時、春翔は積極的に異学年交流に参加しているし、みんなと仲良くなるって目的を現在進行形で達成しているところだよ。だから、春翔と同じことをしても勝ち目がないってことは、結莉もわかっているよね?」
「ええ、わかっているわよ」
「でも、春翔はあくまでみんなと仲良くなりたいとだけ思っていて、それはみんなと同じ目線でいたいって考えに近いものだよ。だから、結莉は他の人より上の立場にいるんだってことを強調する方向でいいんじゃないかな? 春翔がみんなと一緒に学校を良くしたいって主張するのに対して、結莉はカリスマ性もあるし、自分がみんなを導いて、学校を良くしていくって主張するのがいいんじゃないかな?」
春来の言葉を受けて、結莉は頭の整理が追い付かないのか、しばらくの間、黙っていた。
そうして、しばらくの時間が過ぎた後、結莉は笑顔になった。
「春来が味方になってくれて、嬉しいわ。確かに、その方向なら、色々とできることがあるわね」
「僕も一緒に、色々と考えるよ」
「ところで、何で春来は私の応援をすることになったのかしら?」
「ああ、僕は春翔以外の人を応援したいってお願いして、春翔以外の候補者からクジを引いたら、結莉の応援をすることになったって感じだよ」
「それじゃあ、私はラッキーだったってことね」
すると、唐突な形で、結莉は春来に頭を下げた。
「これまで、色々と迷惑をかけて、ごめんなさい。それでも、私を応援してくれるという春来のことを信用するわ。だから、よろしくお願いします」
そう言われて、春来も頭を下げた。
「本音を言うと……春翔が生徒会長になって、今よりも距離が空いちゃうんじゃないかなって、少し不安なんだよね。だから、春翔を生徒会長にしたくないって気持ちも、少しあって……」
そこまで言ったところで、春来は何を言っているのだろうかと自覚して、話を中断した。
「いや、今のは……」
「それじゃあ、私達で、藤谷春翔が生徒会長にならないよう、全力で頑張るしかないわね」
結莉は、からかうように、そう言った。それに対して、春来は上手く返事ができなかった。
それから、具体的に何をするかといった話をした後、時間も遅くなってきたため、今日の取材は終わりになった。
「あ、最後にいいかしら?」
そのタイミングで、結莉はそんな風に切り出した。
「春来は、奈々のこと、どう思っているのかしら?」
それは、先日の全校朝礼で、奈々が春来に告白したことを受けての質問だと、すぐにわかった。
「奈々にも伝えたけど、僕は誰かと付き合うってことが想像できないし……」
「奈々のことを泣かせたら、私が許さないわ」
「いや、僕なんかと付き合っても、絶対にいいことなんてないし……」
そんな風に春来が言うと、結莉は真っ直ぐ春来の目を見た。
「そんなことないわ。私は、春来と話したこの時間を、とても楽しい時間だったと感じているわ。この私をそれだけ楽しませることができるなんて、すごいことよ。だから、春来はもっと自信を持って、自分を好きになってくれた人に対して、真っ直ぐ向き合うべきよ」
そんな言葉に、春来は何も言えなかった。
「私は、『僕なんか』なんて言葉で、言い訳する人が嫌いよ。私のパートナーなら、そんなことすぐにやめてほしいわ」
最後にそんなことを言って、結莉は行ってしまった。
一人残された春来は、意味がわからないまま、しばらくその場で立ち尽くしてしまった。