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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
192/272

ハーフタイム 57

 それは、ある日の朝、不意に起こった。

 春来と春翔が学校に来ると、掲示板の前で、何やら人だかりができていた。

「何かあったのかな?」

 そのことに疑問を持っていると、隆が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「春来、春翔、何かやべえことになってる!」

 そう言うと同時に、隆は一枚の紙を渡してきた。

「……何これ?」

 そこに書かれていたのは、掲示委員会の春来が、委員会の人達と結託して、どうにか恋人の春翔を生徒会長にしようとしている。そんなことを許していいのかといった内容だった。それだけでなく、二人の家が隣同士であることや、一緒に登下校していることなど、そうした情報が二人の関係を裏付けているかのように書かれていた。

「こんなのが、色んな掲示板に貼られてるだけじゃなくて、教室とかにもバラまかれてるんだよ」

 そんな報告を聞きつつ、春来は怒りから拳を強く握った。

「ふざけやが……」

「春来、落ち着け! ここで怒っても逆効果だって!」

 そんな風に言われ、春来は周りに意識を向けた。

 そこにいた人達は、不審な目を向けてきたり、からかうように笑っていたり、反応は様々なものの、少なからず記事の内容を鵜呑みにしている様子だった。

「春来君!」

 そんな声が聞こえて振り返ると、そこには先輩がいた。

「今、みんなでポスターを回収しているから、春来君も手伝って」

「はい、わかりました」

「俺も手伝います!」

 そうして、ポスターの回収に行こうとしたところで、それまで呆然としていた春翔が、我に返ったように反応した。

「あ、私も手伝います」

「ううん、ここは私達に任せて」

 ただ、先輩がそんな風に止めると、春翔は素直に聞いた。

「それじゃあ、朝のホームルームまでに回収できるだけ回収するよ」

 それから、春来達は手分けしつつ、ポスターを回収していった。それは、掲示委員会や放送委員会の人達も協力してくれた。ただ、教室にバラまかれたものなど、全部を回収し切ることはできなかった。それ以上に、既に広まってしまった噂を、止めることはほぼ不可能だという問題も残ってしまった。

 それは、休み時間などで、みんながこちらをうかがうようにチラチラと見てくるなど、わかりやすい形で表れていた。

「春来、あんなの気にするんじゃねえよ」

「そうだよ。緋山君は……藤谷ちゃんと付き合ってないんでしょ?」

「うん、だって、春翔が僕なんかを好きになるわけないじゃん」

 春来がそんな風に言うと、同じクラスの女子は、複雑な表情になった。

「えっと……関係ない話かもしれないけど、緋山君は藤谷ちゃんのこと、どう思ってるの?」

「何でもできるし、自信家だし、『特別』な人だって、いつも思っているよ」

「そうじゃなくて、好きとか……これは、恋愛的な意味だよ? 藤谷ちゃんのこと、すごい人だって憧れに近いのかもしれないけど、人によってはアイドルに恋をするって話もあるし、そういうのはないの?」

「だって、僕と春翔は兄妹みたいなものだし、そんな風に思うのは、おかしいんじゃないかな?」

「えっと……そうなんだ」

 女子は、呆気に取られた様子だったものの、どこか嬉しそうにも見えた。

「春来、もう言ってるかもしれねえけど、春翔の前でそんなこと言うなよ」

「何でかな?」

「何でもだ」

 どこか、隆が怒っている様子だったものの、春来は意味がわからなかった。

「でも、そうやってはっきりと違うなら、違うって言うだけでいいんじゃないの?」

「僕や春翔がそう言ったところで、誰も聞いてくれないよ。これは、春翔が有名になっていることも関係していて……春翔に止められてでも、こうなる前にみんなを誘導するべきだったかもしれないね」

「どういうことだ? 有名だっていうなら、春翔が違うって言うだけで解決するんじゃねえのかよ?」

「有名なことと、知られていることは違うよ?」

 春来の言葉を、隆と女子は、理解していないようだった。

「有名なのと、知られてるって、同じ意味じゃないの?」

「芸能人がわかりやすいかな? 名前とか外見、大まかな性格は、多くの人が知っているけど、その人のプライベートについては、直接の知り合いじゃない限り、ほとんど知らない。こんな感じで、有名というのは、知らないのに知った気になっている人が多くいるってことなんだよ」

「確かにそうかもしれないけど、それの何が悪いの?」

「知った気になっている人……人に限ったことじゃないね。知った気になっていることについて、今まで知らなかったことを知った時、その真偽を確かめることなく、そうだったのかとすぐ信じてしまう人が多いんだよ。だから、いわゆるスキャンダルなんて呼ばれるものが、日常茶飯事になっているし、それを本人が否定したとしても、ほとんど無駄になっているじゃん」

 そこまで話したところで、春来はふと気になることがあった。

「さっきのポスター、まだ残っているかな?」

「あ、どうだろう? 私達が回収したのは、全部処分しちゃったと思うけど……」

「誰か隠し持ってるだろうから、回収してきてやるよ」

 それから、隆は周りにいた人に声を掛けて、あっという間にポスターを何枚も回収した。その様子は、隆の口が悪いこともあり、何だか不良がカツアゲしているかのように見えた。

「おう、もらってきた」

「いや、こんなにいらないんだけど……まあ、ありがとう」

 そして、春来はポスターの内容を改めて確認した。

 先ほどは怒りが強く、内容の詳細まで確認しなかった。ただ、落ち着いた状態の今、書かれている内容を確認して、色々と気付いたことがあった。

「これ……よくできているね」

「いや、何感心してんだよ? 確かに、パソコンだかで作ったのか、よくできてると思うけど……」

「それだけじゃないよ。さっきは気付かなかったけど、僕と同じ……マスメディアについて、詳しい人がかかわっているみたいだよ。文章の構成もそうだけど、何より事実を多く入れているところとか、マスメディアと同じだね」

「どういうことだ?」

「僕と春翔が幼馴染なこととか、いつも一緒にいることとか、そうした事実を詳しく伝えたうえで、僕と春翔が付き合っているって部分だけ嘘を入れる。こうやって、多くの事実に少しの嘘を入れると、簡単に人を騙せるなんて話があって、マスメディアもよくやっているんだけど、それをわかりやすくやっているね」

「それなら、色々と反撃できるんじゃないの? だって、緋山君はマスメディアのこういった話、詳しいんでしょ?」

 女子からそんな風に言われて、春来はまた頭を働かせた。ただ、春来の出した結論は、むしろ難しいというものだった。

「スキャンダル……それこそ、こういった熱愛報道の対策って、情報が拡散する前に対応するものなんだよね」

「どういうこと?」

「スキャンダルって、その対象になった人が損するだけで、基本的に広めた人は、そこまで得しないんだよ。だから、こんなスキャンダルを広められたら困るだろって感じで、対象の人が所属する事務所に、これだけのお金を出してもらえるなら、このスキャンダルは広めないって感じで、交渉するらしいよ」

「交渉というより、脅迫じゃねえか」

「隆の言う通りだよ。その交渉の中で、事務所が十分なお金を出せない時、スキャンダルという形で情報が出る……いや、バーター記事というのもあるけど、その説明はさすがにいいかな」

「ううん、全部教えて」

 女子から、そんな風に言われて、その話も春来はすることにした。

「確か、交換条件とか、そんな意味だったと思うんだけど、広めてほしくないスキャンダルの代わりに、別のスキャンダルを提供するっていえばいいのかな? 例えば、売り出し中のアイドルがいて、そのスキャンダルがあった時、同じ事務所にいる別のアイドルのスキャンダルを提供することで、売り出し中のアイドルを守るってことができるみたい」

「何それ? 他の人を犠牲にして、スキャンダルをなかったことにするってこと?」

「うん、正にそうだよ。これは、色々なパターンがあって、交換条件として、古い情報なら広めていいとか、そんなのもあるみたいだよ。例えば、写真付きの記事で、冬なのに薄着だったり、反対に夏なのに厚着でマフラーをしていたり、そういった記事を見たことはないかな? それも、バーター記事と呼ばれるよ」

「だったら、私達でバーター記事を用意しようよ!」

 女子は、名案を閃いたと思っているのか、興奮した様子で、そんな風に言ってきた。ただ、春来は冷静に否定することにした。

「いや、さっき言ったけど、これは広まる前にやることで、広まっちゃった今は、できないことだよ」

「そっか……」

「よくわからねえけど、それは無理として、他の手はねえのか?」

「似たようなものだと、もっと話題になる記事を出すっていうのもあるかな。有名人のスキャンダルがあった直後、もっと有名な人のスキャンダルを出すとか……まあ、この学校で春翔より有名な人が、そもそも思い付かないから難しいかな。あとは……一応、情報の上書きをするって方法があるよ」

 春来は、思い付く限り、自分の知識を話し続けているものの、同時にそれがある結論に向かっていることに気付いていた。

「情報の上書き?」

「広まっている情報は誤っている。正しい情報はこれだって広めることだけど、さっき言った通り、僕と春翔が付き合っていないって情報を広めるのは難しいし、これも無理じゃないかな」

 そんな話に対して、女子は何か閃いた様子を見せた。

「だったら、他に付き合ってる人がいるってことにすればいいんじゃないの?」

「ああ、確かに! それじゃあ、俺が協力してやろうか?」

 隆は真剣な表情で、春来の目を真っ直ぐ見た。

「俺が春翔と付き合ってるってことにしたら、どうだ?」

 そう言われた瞬間、春来は無意識のうちに、胸に手を当てた。

「……どういうことかな?」

「春翔と付き合ってるのが、春来じゃなくて俺だって情報で上書きすればいいじゃねえか」

「いや、それは隆に迷惑だし……」

「そんなことねえよ。てか、俺は春翔のこと、好きだしな」

 不意にそんなことを言われて、春来は混乱してしまった。

「えっと、嘘だよね?」

「嘘じゃねえよ。だから、恋人のふりをするって、俺にとって得しかねえんだ。てか、これをきっかけに、俺と春翔が本当の恋人になれるよう、協力してくれよ」

「いや、それは……」

 春来は、頭の整理が全然できず、何を話していいかわからなくなってしまった。ただ、そんな状態なのに、自然と言葉は出てきた。

「春翔が隆と付き合うのは嫌だ」

 そう言ってから、少しだけ間が空いた。そして、春来は何でこんなことを言ってしまったのだろうかと自覚した。

「いや、春翔は自信家で、負けず嫌いだし、わがままなところもあるし……隆とは、上手くいかないんじゃないかな?」

 上手く言葉もまとまらないまま、春来はそんな風に伝えた。

 それに対して、隆はどこか満足げな表情を見せた。

「嘘だよ。俺は、春翔と付き合うつもりなんて……春来がいる限り、絶対にねえよ」

 どこか含みのある言い方が気になりつつ、そう言われて、春来は安心した。同時に、何故自分は安心したのだろうかといった疑問が残った。

「てか、藤谷ちゃんの恋人が隆って、むしろ評判下げるから逆効果だよ」

「うるせえな!」

「だから、緋山君に恋人がいるってことにしちゃえばいいんだよ」

 そう言うと、女子はどこか緊張している様子を見せた。

「私……緋山君の恋人役になってもいいよ?」

「いや、無理にそんなことしなくていいよ」

「無理してない!」

 強く言われて、春来は少し戸惑ったものの、考えは変わらなかった。

「僕は有名じゃないし、僕に恋人がいるなんて情報、そもそも広まらないよ。だから、結局これも難しい……というか、さっきから色々と言っているけど、僕はもう、何もできないって結論が出ているんだよ」

 そんな風に伝えると、隆と女子は複雑な表情になった。

「でも、今日、委員会の集会があるし、そこでみんなの意見も聞こうよ! 何かいいアイデアが浮かぶかもよ!」

 最後に、女子からそんな励ましをうけたものの、結局のところ解決策は見つからないまま、話は終わった。

 そうして、授業を終えた後、掲示委員会の集会が始まった。そこで話されたことは、春来と春翔に関することと、明日の全校朝礼で掲示委員会として話す場があるということだった。

「みんなも知ってると思うけど、緋山君と藤谷ちゃんのことであんなポスターが広まったこと、明日の全校朝礼で触れる必要があるよね?」

「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって……」

「緋山は悪いことなんてしてない。だから、謝るな」

「そうだよ。謝る必要なんてないよ」

 委員長と副委員長だけでなく、みんな同じ気持ちのようで、心配してくれている様子だった。

「ただ、全校朝礼の直前って、最悪のタイミングだね」

「それは、恐らく意図的なものだと思います」

「俺もそう思う。はっきり言って、わかりやすく狙ってきたな」

「こうなるなら、明日の全校朝礼が終わるまで、取材とかしない方が良かったかな? 多分、そのせいでこんなことされたんだよね?」

「取材を遅らせたら、その分情報を出すのが遅れるだけだし、しょうがないだろ」

「でも、こうなると、私達が明日の全校朝礼で話そうとしてたこと、そのまま伝えるのは、良くないよね?」

 明日の全校朝礼で話そうと思っていたことは、先日決まった、グループごとに応援する候補者を分けるといった話だ。ただ、それをそのまま伝えたところで、伝わらないことは明白だった。

「僕は、春翔でなく、東阪結莉を応援すると伝えるつもりでしたけど、今日のことがあって、急遽変えたとか、そんな風に思われてしまうはずです」

「私達は、緋山君のことを知ってるから、そんなわけないってわかるけど、他の人は違うもんね」

「そうなると、どうするのがいいか、わからないな」

 そんな風に困っていると、同じクラスの女子が手を上げた。

「緋山君、さっき話してくれたこと、みんなに話してくれない? みんなで考えたら、何かわかるかもよ?」

「うん、いいけど……」

 女子の言葉を受けて、春来はスキャンダルに関する話をみんなにもした。

「以上が、今回の件で、僕が考えていることです」

 春来の話を聞いた後、みんなは複雑な表情で、どうすればいいかと考えているようだった。

「ホントに難しいな。それだと、犯人が誰か伝えても意味ないな」

「うん、そうだよね。確実に生徒会長が犯人なんだけど、それを伝えたところで、緋山君と藤谷ちゃんの関係を否定できないもんね」

「待ってください! 犯人が生徒会長だってわかってるなら、それを話題にすれば……」

「今、私達がしないといけないことは、緋山君と藤谷ちゃんの関係を否定することでしょ?」

「……そっか」

 それから、少しの間、沈黙があった後、副委員長が春来に顔を向けた。

「てか、緋山と藤谷がホントに付き合ってることにしたうえで、恋人だからって特別扱いはしないとか、そんな話にしたらどうだ?」

「え?」

「そもそも、二人が仲良しなのは、結構知られてるし、だからこそこんなスキャンダルになってるんだろ? それに、否定することで、むしろ騒ぎを大きくしてる部分もあるだろ? だから、ホントに付き合ってることに……てか、ふりじゃなくて、ホントに付き合うのもありなんじゃないか?」

「変なこと言わないでください。僕なんかと春翔が……」

「そうですよ! そんな……こんなことで、ホントに付き合うとか、そんなの絶対に変です!」

 春来の言葉を遮るように、女子はそんなことを伝えた。

「いや、何でそっちが反論するんだよ?」

「それだけ悪い提案だからです!」

 そういった形で、この場でも解決策は見つからなかった。そのうえで、春来は誰にも話さなかった、ある解決策について考えていた。

 それは、自分を犠牲にすることで、解決するという方法だ。ただ、言えば反対されるとわかっているため、そのことを誰にも悟られないよう、春来は気持ちを落ち着かせた。

「こうしたスキャンダルって、結局は無視するしかないんです。時間が経過すれば、自然と話題にならなくなりますし、それを待つしかないと思います」

「でも、それだと……」

「生徒会選挙が終わるまでに、この話題がなくなることはないと思います。僕が春翔の足を引っ張る形になってしまいますけど……ごめんなさい」

「だから、緋山は何も悪いことをしてないんだ。謝らなくていい」

 副委員長だけでなく、みんなが気を使ってくれている様子で、春来は少しだけ気が楽になった。

「ありがとうございます。とりあえず、学校では春翔と距離を取って、登下校も別にしようと思います」

「いや、そんなことしなくていいんじゃないかな?」

「僕と一緒にいるせいで、春翔が色々と言われるのは嫌なんです」

 そう伝えると、委員長は顔を下に向けた。

「明日の全校朝礼も、予定通りでいきましょう。伝わるかどうかわかりませんけど、いつも通り、僕達は伝えたいことを伝えましょう」

 そうして、その日の集会は終わった。

 それから、春来は教室に戻ると、春翔を待つことなく、一人で家に帰った。

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