ハーフタイム 55
全校朝礼は、校長先生の長い話から始まった。
それが終わると、生徒会を率いた生徒会長が前に出てきた。そして、マイクを持つと、生徒会長は朝礼台に上がった。
「皆さん、おはようございます。本日、皆さんにお話ししたいことは、掲示委員会などが中心になって推進しようとしている、異学年交流についてです」
生徒会長は、何の前置きもなく、早速そう切り出した。
「まず、最初に言いますけれど、私は異学年交流に反対します」
これまで、掲示委員会などが様々な形で話を広げていったため、異学年交流について、ほとんどの生徒が知っている状況になっている。そんな中、生徒会長がはっきりとした形で反対の意思を伝えたため、どういうことかといった様子で、多くの生徒がざわついた。
「ただ、一方的に否定するようなことはしません。今日、掲示委員会の方では、このマイクを奪い取ってでも、言いたいことを言おうなんて話し合ったようですけれど、私はそんな野蛮な人達とは違います。言いたいことがあるというなら、奪い取る必要なんてありません。今、その機会をあげます」
そう言うと、生徒会長はマイクを前に突き出した。それを受け、掲示委員会の委員長と副委員長は前に出た。その表情は、少し驚いている様子だった。
「何でわかったのかと、驚いているみたいね。あんな大勢で集まっておいて、私に知られないとでも思ったの? この程度のことすらわからないで、何か新しいことを始めるなんて、無理じゃない?」
生徒会長はバカにするような態度で、そんなことを言った。
「まあ、言いたいことがあるなら、言えばいいわ。そんな動揺した様子で、ちゃんと話せるといいわね」
生徒会長は最後にそう言った後、委員長にマイクを渡した。委員長はマイクを受け取った後、少しの間、顔を下に向けていた。ただ、不意に耐え切れなくなった様子で、笑い出した。
「いやー、流石に驚いちゃうよ。全部、こっちの予想通りなんだもん」
そんな委員長の言葉を受けて、生徒会長は動揺した様子を見せた。
「マイクを奪い取るなんて、できる訳ないじゃん。だから、私達が集まってることを、わざわざ告げ口してもらったんだよね。そうすれば、こうして私達の意見を伝える機会をもらえるだろうからってね」
全校生徒の投票によって選ばれた生徒会長が、全校生徒の前で一方的な意見を伝える可能性は低い。春来はそう考えたうえで、掲示委員会などが集まっていることが、あえて生徒会長に伝わるようにした。そして、このことを委員長と副委員長にだけ伝えていた。
「それじゃあ、せっかくの機会をもらえたし、異学年交流について、私達から話をさせてもらうね」
委員長は、生徒会長を挑発するような感じでそう言った後、全校生徒に顔を向けた。
「これまで、取材という形で話をしてきたけど、改めて異学年交流について、皆さんにお話しします」
それから、委員長は異学年交流がどういうものか、改めて説明した。その内容は、実際に異学年交流を実施している学校の話が中心だった。
これは、この学校と他の学校の違いを挙げつつ、異学年交流がないことが、この学校の問題点であるかのように伝えることで、現状を変える必要があると強調した形だ。
「これまで異学年交流がなくても、何の問題もなかった。だから、このままでいいなんて考えないでください。解決するべき問題があって、それに多くの人が不満を持っているのに、今まで何もしてこなかったというのが現状です。だから、私達は異学年交流の実現を目指して、頑張っていきます。皆さんが意見を出してくれれば、きっと変わります。だからどうか……よろしくお願いします」
最後に委員長が頭を下げると、全校生徒から多くの拍手が上がった。
ここまでは、春来の想定通りに進んでいた。後は、生徒会として異学年交流に賛成するか反対するかという問題だけだ。そして、恐らく生徒会長は反対するものの、最終的に生徒会としては賛成する形になるだろう。そんな風に予想しつつ、春来は見守っていた。
「話は、それで全部?」
ただ、生徒会長は、落ち着いた様子だった。
「あ、うん……」
「じゃあ、マイクを返してもらうわ」
そして、委員長からマイクを返してもらうと、生徒会長は、相手を威圧するような表情に変わった。
「今、掲示委員会からあった説明は、異学年交流の良い部分だけでした。それは不誠実だと思います。実際には、異学年交流で大きな問題が起きて、中止した所もたくさんあるんです」
それから、生徒会長は、異学年交流を中止した学校を順に挙げていった。それは、春来も調べて知っていたことだったが、生徒会長までそれを調べているとは完全に想定外だった。
「命にかかわるような大怪我を負わされたとして、両親が必死に異学年交流の中止を訴え、その結果、中止になったという例もあります。このように、私達だけの問題でなく、親や先生にまで迷惑をかけてしまう可能性があるんです」
その話自体は、ちょっとした怪我なのに、両親が過剰に大騒ぎしたものだと、春来は知っていた。ただ、それをこの場で伝える手段はなかった。
「だから、そのような問題を引き起こす可能性のある異学年交流に、私は反対します」
生徒会長がそう断言した直後、拍手と一緒に歓声が上がった。
「私も反対します!」
「僕も反対です!」
そんな風に声が上がるのは、明らかに不自然だった。というのも、異学年交流に反対する人というのは、基本的に人付き合いが苦手な人のはずで、こうした場で声を上げる訳がなかった。そこまで思考が進んだところで、春来は気付いた。
本人が考えたのか、誰かの入れ知恵なのかは、わからない。ただ、春来達と同じように、生徒会長も、協力者を集めて声を上げてもらうよう、準備していた。今の状況を見て、そうとしか考えられなかった。
「いや、俺は賛成だ!」
「私も賛成だよ!」
そこで、隆や同じクラスの女子が声を上げてくれた。ただ、それからすぐに言い争いのような形になってしまい、もはや収集がつかない状況だった。
こんな状況で、全校生徒の意見を誘導できる訳がない。そう感じて、春来はどうするべきか頭を働かせた。
「皆さん! 落ち着いてください!」
その時、そんな声が響いて、みんなは驚いた様子で黙った。そんな中、春来は、それが春翔の声だと理解したうえで、二階にある放送室の方へ目をやった。
そこには、放送室のベランダに立つ、春翔の姿があった。
春翔には、全校生徒の意見が異学年交流に賛成する方へ傾いた時、生徒会に所属する一人の意見として、話をしてもらう予定だった。そのために、先輩にお願いして、全校朝礼で使用するマイクとは違う、放送室のマイクを使用できるようにしてもらった。
生徒会長のことだから、生徒会の人達を威圧して、生徒会として反対するといった意見にしてしまうと春来は予想した。そのため、春翔を生徒会長から離したうえで、意見を言えるようにしようと、このような形にすることを決めた。
ただ、生徒達の意見が賛否両論となっている中、春翔が意見を出したところで、状況は良くならない。むしろ、悪くなってしまうかもしれない。そう思って、春来は春翔を止めようとした。
「春翔! 今は……」
「私は、5年3組の藤谷春翔です。今年から生徒会に入りました」
ただ、春翔が話し始めたため、春来は遮るのをやめた。
緊張からか、遠目でもわかるほど、春翔の脚は震えていた。それでも、どうにか話そうと、春翔は必死に勇気を振り絞っているようだった。
「異学年交流について、私は生徒会として、賛成します。その理由は……」
「藤谷春翔、黙りなさい!」
しかし、生徒会長が威圧するようにそう言うと、春翔は黙ってしまった。
「生徒会として、異学年交流に反対する。それでいいわね?」
「はい、いいです!」
生徒会長の言葉に、すぐ反応したのは、次の生徒会長として推薦される予定の五年生だった。
一方、生徒会長に反対しているはずの副会長などは、迷っている様子で黙っていた。
「私は、生徒会として、異学年交流に賛成します!」
そんな状況の中、春翔は叫ぶように意見を伝えた。もう声も震えているのに、必死に思いを伝えようとしていた。
「なぜなら、私は……」
「藤谷春翔! 何度言ったら、わかるんですか!? 黙りなさい!」
ただ、そんな生徒会長の声に威圧され、また春翔は黙ってしまった。
その様子を見て、春来は拳を強く握ると、自然と口が開いた。
「黙るのはおまえだ!」
そのまま、春来は生徒会長の方へ向かうと、朝礼台に上がった。
「緋山春来、その態度は何? あなたは本当に身勝手で……」
「うるせえ! 春翔が必死に話してるだろうが! 黙って聞け!」
そんな風に春来が叫ぶと、生徒会長は涙目になりつつ、怯えた表情を見せた。
「え……あ……ごめんなさい」
そして、そう言った後、生徒会長は黙った。
「春来、ごめん……ううん、ありがとう。でも、怒らないで。私は大丈夫だから」
春翔がそう言ったため、春来はそちらに顔を向けた。すると、春翔は身体の震えもなく、自信に満ちたいつもの様子で、話し始めた。
「私は、もっとみんなが他の学年の人と仲良くなれる学校にしたいと思っています。でも、そのためにどうすればいいかは、よくわかりません。ただ……今ここから見えるみんなと、仲良くなりたい。それが私のしたいことです」
春翔は緊張した様子も一切なく、笑顔で話し続けた。
「こうして高い所から見ると、身長の低い私でも、みんなの顔がよく見えます。私は昔から身長が低くて、春来も……そこにいる幼馴染の春来も、そうでした。でも、早生まれだから、しょうがないとか、いつかきっと身長が伸びると信じてきました」
今ここで、春翔がそんな話をする理由がわからず、春来ですら聞き入ってしまった。それは、他のみんなも同じのようで、みんな黙って春翔の話を聞いていた。
「でも、私は体質的に、あまり身長が伸びないみたいです。成長期を迎えて、多少は伸びているけど……最近、ずっと私より身長の低かった、春来に身長を抜かれてしまったんです」
それは、春来の自覚していないことだった。ただ、思い返してみると、春翔が目の前に立った時、確かに春翔の方が目線が低かった。
「春来に身長を抜かれて、悔しいなんて思っちゃったけど、春来は私よりも身長が低いことをずっと気にしていたから……嬉しくもあって、何だか複雑です」
そう言った後、春翔は照れ臭そうに笑った。
「何で今、こんな話をしているかって、みんな思っているよね? 私も、何でこんな話をしているんだろうって思うもん。でも、それは……こんな話をする機会すら、なかったからです」
それから、春翔は真剣な表情になった。
「今、身長で悩んでいる人、たくさんいるはずです。それは、私みたいに身長が低い人だけじゃなくて、高くて悩んでいる人もいるはずで……私の友達だと、隆君は身長が高くて、それでよく色んな所に頭をぶつけて、周りに笑われていることが結構あります」
そんな風に春翔が言うと、思い当たることがあるのか、クスクスと笑う人達がいた。
「こんな話を下級生にする機会すらないなんて、おかしいです。ただ、反対する人がいるのもわかります。異学年交流によって、大怪我を負う人が出るとか、そんなこと、絶対に起こってほしくないです」
そう言うと、春翔は生徒会長に目を向けた。
「生徒会長、異学年交流をするうえで、どんな問題があるか、たくさん調べてくれましたよね? ありがとうございます。私は、そうした問題を起こさないようにするには、どうすればいいかを知りたいです。生徒会長なら、きっとわかりますよね? 教えてくれませんか?」
「……え?」
話を振られたものの、生徒会長は困った様子を見せるだけで、何も答えられなかった。それを確認したうえで、春翔は話を続けた。
「生徒会長だけでなく、異学年交流に反対している人、全員に意見を聞きたいです。私は異学年交流に賛成しているから、どういったことが問題になるか、あまりわからないです。だから、何が問題なのか、反対している人の意見を聞かせてください」
自信に満ちた様子で、そんな風に言う春翔を見て、春来は思わず笑ってしまった。
「やっぱり、春翔は『特別』だね」
春来は、みんなの意見を異学年交流に賛成するよう、誘導するつもりだった。
それに対して、春翔は反対する意見も受け入れようとしていた。それは、春来のしようとしていたことと、全然違うものだった。
「こうして見ると……賛成する人。反対する人。そんな風に分かれているのが、よくわかります。でも、そんなのやめませんか? 他の学年でも、同じ学年でも、関係ないです。私は、もっとみんなが仲良くなれる学校にしたいです。そのために、みんなに協力してほしいです。よろしくお願いします」
そう言うと、春翔は頭を下げた。
それから少しして、大きな拍手と歓声が上がった。
「おう! 俺は協力するからな!」
「私も協力するから!」
あらかじめ、こうした声を上げるようにお願いしていた隆達だけでなく、ほとんどの生徒が拍手していた。それは、生徒会の人達も同じだった。
生徒会で拍手をしているのは、副会長をはじめ、元々生徒会長に不満を持っていた人達だけでなく、春来が追加で取材をお願いした五年生達も拍手していた。
この五年生達には、次の生徒会長を目指すうえで、今の生徒会長に味方することに疑問を持たせれば、すぐに意見を変えるだろうと思っていたため、そうした誘導をした。ただ、そんなことをしなくても、今の春翔の話を聞いただけで、意見を変えただろうと春来は感じた。
「待ちなさい! 先生の意見はどうなの!?」
生徒会長は、悪あがきといった形で、そんな声を上げた。ただ、それを止めるように、校長先生が朝礼台に上がってきた。
「マイク、もらってもいいかな?」
そんな風に言われ、生徒会長は素直にマイクを校長先生に渡した。
「これまで、私は生徒や先生のしたいようにすればいいと考えていたので、特に自分の意見を出すことなく、皆さんに任せていました。ただ、それは間違いだったかもしれないと感じました」
それから、校長先生は各先生を睨みつけるように見た。
「昨日、ある先生から、この学校の現状をいくつか聞きました。そして、今日の全校朝礼で、生徒達の思いを聞いてほしいとも言われました」
それから、校長先生は、生徒一人一人の顔を見るように、ゆっくりと顔を動かした。
「この学校に、これほどの問題があるなんて、気付きませんでした。これは、先生達に任せてしまった、私の責任です。皆さん、本当に申し訳ございませんでした」
そう言うと、校長先生は、深く頭を下げた。
「私が全責任を持ちます。異学年交流がないことだけでなく、この学校の問題点を早急に洗い出したうえで、それを改善していきます」
これまで、校長先生は全校朝礼などで話をする程度で、ほとんどのことを他の先生に任せている雰囲気だった。ただ、それは他の先生を信頼してのことであって、校長先生としては、問題があるなら解決したいと思うはずだ。
そんな風に考えて、春来は掲示委員会の先生を通して、校長先生に意見を伝えるようにお願いした。それが、こうした形でいい方向へ進みつつあるようだった。
「待ってください! そんなことしたら、親が黙っていませんよ!? 私の親はPTAの会長で……」
「いい機会だ。これまで、PTAの集まりにも参加していなかったから、今後は参加させてほしい」
そこまで言われて、生徒会長は何も言えなくなり、顔を下に向けた。
「皆さん、こんな騒ぎにして申し訳ございませんでした。ただ、こうした機会も必要だったと思います」
それから、校長先生は少しだけ間を置いた。
「これまで、私は皆さんに任せていましたけど、今は私の意見を言います。この学校でも、異学年交流を実施したいと思います」
校長先生がそんな話をする中、春翔は放送室の方へ入り、姿が見えなくなった。同時に、春来は自然と身体が動いて、校舎の方へ走り出していた。そして、一気に放送室まで行くと、丁度春翔と先輩が放送室から出てきた。
「春翔!」
春来が叫ぶと、春翔は安心したように笑顔を見せつつ、もたれかかるようにして、春来を抱き締めた。その身体は、緊張しているかのように震えていた。
「春翔、ごめん。もっと上手くできると思ったけど、想定外のことが多くて……」
「ううん、大丈夫。春来が色々としてくれたこと、よくわかったよ。だから、ありがとう」
そう言った後、春翔はこちらに顔を向けた。そして、春来は今更ながら、春翔よりも自分の身長が高くなっていることに、改めて気付いた。
「ただ……もう、こんなことしないでほしい」
「え?」
「春来が何をしたのか、全部はわかっていないから、上手く言えないけど……こんなこと、やめてほしい」
春翔がそんな風に言う理由は、わからなかった。ただ、春翔が強くそう思っていることを感じて、春来は頷いた。
「うん、わかった。もうしないよ」
「それなら、良かった」
春翔は、安心した様子で、笑顔を見せた。
「それじゃあ、戻ろうか。多分、怒られるけど、三人一緒なら、大丈夫だよね」
先輩は、冗談を言うような口調で、そんな風に言った。
「はい、そうですね。戻りましょうか」
そして、春来達は、その場を後にすると、校庭に向かった。