ハーフタイム 52
委員会の集会の日。
この日は、これまで実施した取材のことを報告し合うところから始まった。
「一年生から四年生までの取材は、全部のクラスで終わったみたいだね。みんなも上手くいってるようで良かったよ」
「これは緋山のおかげだ。ホントにありがとう」
「いえ、そんなことないです」
「ううん、絶対に緋山君のおかげだから!」
同じクラスの女子だけでなく、他の人からも褒められて、春来は少し照れ臭くなった。
「あと、緋山君達のクラスの取材も、今日やってきたけど、それも上手くいったよ」
他の人より、一日早く取材を始めた春来達は、五年生の取材を今日行った。
「四年生の取材をした時と同じように、異学年交流を実施している学校の話をしたり、ただ意見を出すだけでいいから簡単だって話をしたうえで、現状のままでいいかと質問したら、やっぱり誰も手を上げなかったよ。それだけでなく、緋山君達のクラスでは、一緒に協力したいなんて言ってくれる人もたくさんいたね」
先輩から話を聞いた後、春来は異学年交流について、インターネットを使って色々と調べた。そして、実際に異学年交流をしている学校が、その活動について紹介しているのを見つけると、それを印刷しておいた。
それから、他の人にも異学年交流の話をすると、この学校でもそうしたことができるようにしようといった意見に、誘導すればいいんじゃないかと提案した。
「緋山君に色々と教えてもらって、この学校いいなって思ったし、そんな話を友達にしたんだよね。そしたら、みんな協力するって言ってくれたよ」
「意見として出さないものの、現状に不満を持っている人はたくさんいる……というより、現状に満足している人って、ほとんどいないと思うよ。みんな、色々と不満を持ちながら、現状のままでいいと諦めているんじゃないかな」
「だから、意見を出すだけでいいなんて話をしたんだね。でも、協力してほしいって言った方が、もっとたくさんの人が協力してくれるんじゃないかな?」
女子からそんな風に言われたものの、春来の考えとして、それは違っていた。
「ううん、意見を出すだけでいいって言ったのは、変えるのが大変じゃないと伝えるためだよ」
「どういうこと?」
「これは、みんなに話します。人は、どんなに悪い環境だったとしても、そこに長い期間いればいるほど、そのままでいいって考えてしまうそうです。これは、前も話した無関心な人が多いことや、自然と現状に慣れてしまう人が多いことが主な原因です。それと、現状を変えたらもっと悪くなるかもしれないといった不安や、そもそも現状を変えるのは大変だといった先入観も、多くの人が持っています」
これも、先輩から話を聞いたおかげで、気付いたことだった。そして、何故こうなっているのかと春来は疑問を持ち、その答えを探した。その結果、こうするのがいいんじゃないかといった、一つの答えを見つけた。
「さっきも言った通り、現状に不満を持って、変えたいと思っている人は多いはずです。でも、どうしていいかわからない。きっと、大変なんだろう。そんな風に考えて、みんな諦めてしまうんです。だから、ただ意見を出せばいい。それだけで、簡単に現状を変えられると伝えたんです」
「でも、それでホントに変えられるの?」
「むしろ、みんなから多くの意見が出ているにもかかわらず、先生達は何の改善もしない。そんなことになれば、みんなはさらに不満を持つし、そのことを親に話す人も出てくるはずです。さすがに、そこまでのことになれば、先生も協力してくれますよね?」
春来は、気配を隠すように教室の隅にいた先生に、そんな質問をした。
「いや、その……」
「てか、先生はむしろ、私達に賛成してくれてますよね?」
委員長がそんな風に質問すると、先生は戸惑った様子を見せた。
「いや、何でそんな風に思ったんだい?」
「だって、先生……去年よりも楽しそうですよ?」
そこまで言われて、先生はため息をついた。
「とりあえず、反対はしない。今言えるのは、それだけだよ」
それは、消極的ながらも、協力すると言ってくれているようなものだった。
「うん、今はそれでいいですよ。あと、放送委員会の方でも、今頃このことで話してるはずで、また放送とかで伝えてくれるみたいだよ。そうなれば、さらにみんなが意見を出しやすくなるはずだし……」
その時、ドアをノックする音が鳴ったかと思ったら、生徒会長と副会長、さらには生徒会に所属する生徒全員が入ってきた。そこには、当然ながら、春翔の姿もあった。
「何? 今は集会中だよ?」
「掲示委員会が行っている、違反行為について、生徒会として注意しに来たわ」
生徒会長は、高圧的な態度で、そんな風に言った。
「まず、他のクラスの教室に入ることは、禁止されているわ。取材と称して、他のクラスに行くことは、今後禁止よ。また、掲示板は掲示委員会だけのものではないわ。あんな低俗な生徒新聞やポスターは即刻はがして、これまでのものに戻しなさい」
生徒会長がそんな風に言うと、委員長はわざとらしく笑った。
「同じクラスなんだから、そこで言えばいいのに、わざわざこんな場にやってきて言うなんて、性格悪いねー」
「教室で注意しても、無視されるに決まっているわ。だから、わざわざここまで来てあげたのよ」
「頼んでもないことしないでほしいなー」
委員長と生徒会長は、同じクラスとのことだが、その仲は悪いようだった。
「それと、あなた達は他の学年との交流を増やそうとしているけれど……」
「異学年交流って言うんだよ? 勉強になったかな?」
「うるさいわね。とにかく、私達生徒会は、その異学年交流というものに反対するわ。このことは、明日の全校朝礼で、はっきりと公表させてもらうわよ」
全校朝礼とは、定期的に行われているもので、全校生徒が校庭に集まり、主に校長先生の話を聞くというものだ。ただ、時には他の先生や、生徒の代表が話すこともある。
生徒会長が公表すると言った以上、明日の全校朝礼で話をする機会を得たようだ。当然、そんなことをされれば、掲示委員会がしようとしている、意見の誘導は簡単に破綻してしまう。そのことを掲示委員会のみんなも察したようで、険しい表情になった。
「それでも、あなた達が勝手なことを続けるなら、活動を中止させるわ」
「私達の仕事を取らないでくれるかな?」
「あなた達が勝手なことをしなければ、こんなことしないわ」
「勝手なことって何? それぞれの委員会がどんな活動をするかは自由なはずだよ?」
「いいえ、違うわ。あなた達は、私達生徒会の下よ。だから、生徒会の許可もなく、勝手なことをする権利はないわ」
それまで、委員長と生徒会長の言い合いだったが、そこまで言われたところで、六年生の副委員長が口を開いた。
「さすがにふざけるな。何の権利で、そんなこと言うんだよ?」
「私は、全校生徒の投票で選ばれた生徒会長よ? あなた達の勝手な活動を止める権利ぐらい、あるに決まっているじゃない」
「そんな権利、ある訳ないだろ」
「いいえ、あるわ。これまでだって、そうしてきたじゃない。そもそも、委員会として何か新しい活動を始める時は、生徒会の許可を取る決まりになっているわ。あなた達は、それすら守っていない、本当に違反だらけの委員会ね」
それは事実で、春来も副委員長になった際、そんな説明を受けた記憶がある。しかし、すぐに委員長達が無視していいと言ったため、特に気にすることもなかった。
今の光景を見る限り、委員長達は生徒会の許可が取れないことをあらかじめ知っていたのだろう。思い返せば、先日みんなで集まる際、委員長達の教室に集まるのを避けたのも、同じ教室に生徒会長がいるからだろう。そうしたことに、今更ながら春来は気付いた。
「これは、先生の管理がなっていないからでもあるわ。なので、校長先生に話をさせていただきます」
「いや、その……僕も反対したんだけど、止められなくて……」
先ほど、賛成してくれそうな意思を示してくれたのに、先生はすぐに意見を変えた。
思えば、先生を含め、全員が怯えている様子だった。その理由は、高圧的な態度の生徒会長に対して、怖いという感情を持っているからのようだ。そして、それは生徒会の人達も同じのようだった。
先ほどから、話しているのは生徒会長だけで、副会長を含め、みんなは顔を下に向けて黙っていた。それは、春翔も同じだった。
いつも自信に溢れ、強気な春翔が、弱気な表情になっている。その様子を見ていたら、自然と春来は立ち上がっていた。
「正に、お山の大将って感じですね。私達とか、生徒会とか言いながら、さっきから喋っているのは、一人だけじゃないですか」
春来が挑発するようにそう言うと、生徒会長は睨みつけてきた。
「あなたが緋山春来ね? あなたの方が、お山の大将じゃない」
「え?」
「一年生の時に、何かみんなを集めてトラブルを解決したから、それでヒーローにでもなったつもりなんでしょうね。それに、サッカーが上手いからって、みんなにちやほやされて、すっかり勘違いしているそうじゃない」
「えっと……本当に何を言っているんですか?」
生徒会長が何を言っているのか、春来は全然理解できず、少しだけ混乱してしまった。
「掲示委員会が今やっていることも、あなたがきっかけで始めたことみたいね。これまで、やりたい放題してきたようだけれど、そんなこと、これからは私が許さないわ」
「待ってください! 春来は、そんなこと……」
春翔が口を挟もうとした瞬間、生徒会長は春翔を睨みつけた。
「藤谷春翔、勝手に喋らないで! 今は、私が話しているのよ!」
「……ごめんなさい」
生徒会長に怒鳴りつけられ、春翔は泣きそうな表情になった。
「あなた達、幼馴染だそうね。これまで、二人で好き勝手やっていたみたいだけれど、もう高学年よ? 下級生の模範となるよう、ルールは守ってもらうわ」
「あなたは、本当にルールを守っているんですか? 話を戻しますけど、生徒会としての意見は、あなたと同じなんですか? さっきから、他の人は何も意見を出していませんよ?」
「私以外の意見なんて、何の意味もないわ」
「そんなの……」
「私は、校長先生や、他の多くの先生の許可を得ているわ。だから、私の意見は、この学校の意見よ」
それは、滅茶苦茶な言葉だったものの、反論するのは難しかった。というのも、多くの先生は仕事を増やしたくないと思っていることを、先輩から聞いていたからだ。
今、生徒会長がやっていることは、新たな仕事を増やしたくないと考えている先生達からすれば、大助かりだろう。つまり、生徒会長を相手にするとなれば、先生達を相手にするのとほとんど変わらない。そうなると、ここで生徒会長を言い負かしたところで、今度は先生達が同じようなことをしてくるだろう。
そんな結論を持ち、春来はここでの反論をやめた。ただ、気持ちを抑えることができず、強く拳を握った。
「これ以上、言いたいことはないようね。それじゃあ、もう行くわ」
生徒会長は、満足した様子で笑顔を見せると、生徒会の人達を引き連れて、教室から出ていった。その際、春翔は一瞬だけ振り返り、春来に対して何か言いたそうな表情を見せつつも、何も言うことはなかった。
それからしばらくの間、誰も何も話さない時間が続いた。その間に、それぞれが思い思いに今あったことを振り返り、これからどうしようかと考えているようだった。
そんな中、春来は、春翔が教室を出る時に見せた表情をずっと思い返していた。そして、ふと顔を下げると、ボロボロになった机が目に入った。
先輩に言われるまで、あまり意識しなかったものの、確かにこの学校はボロボロの机が多い。そして、調べてみると、それは異常なことだとわかった。
というのも、机だけでなく、学校にある多くの物は公共物という、国や地方自治体などが所有しているものであり、学校側が要望を出せば、古い物を新しい物に交換してくれるそうだ。それにもかかわらず、古い机がそのままになっているということは、そうした要望すら学校側は出していないことを表していた。
つまり、このボロボロになった机は、先生達が生徒達のことをどう思っているかを象徴するものだということだ。
そう思うと、春来は自分の中にある怒りを抑えることができず、すべてを壊してしまおうかと、思い切り机を殴った。すると、その衝撃で机にはひびが入り、中心部分がへこんだ。
「ちょっと!? 緋山君! 何してるの!?」
同じクラスの女子は、驚いた声を上げると、春来の右腕を掴んだ。見ると、春来の右拳は、木の破片などが刺さり、血に染まっていた。
「ごめん、大丈夫だよ」
春来は、少しでも気持ちを落ち着けようと、深呼吸をした。それから、驚いた表情をしているみんなに顔を向けた。
「僕は、こんな現状を変えたいです。このまま、何もしないなんて……絶対に嫌です」
以前、篠田から指摘された時、春来は自分の伝えたいこともしたいこともなかった。ただ、今この瞬間、伝えたいこと、したいことを確実に持っていると、はっきり自覚した。それは、春翔のためというだけでなく、春来自身がこの学校を変えたいという、強い気持ちになっていた。
そして、それを実現するための方法として、春来は既に策を考え付いていた。
「明日の全校朝礼までに、取材したい人達がいるんです」
それから、春来は自分のしたいことを、詳しく説明していった。
「ただ、知り合いじゃない人もいるので、どうすれば取材できるか、知っている人がいたら教えてください」
「ちょっと待ってよ。何勝手に一人でやろうとしてるの?」
同じクラスの女子がそう言ったのをきっかけに、委員長や副委員長も口を開いた。
「その通りだよ。もっと私達に頼ってよ」
「ああ、そうだ。俺達だって、現状を変えたいと思ってるんだ」
そうして、気付けば全員が協力すると言ってくれた。それだけでなく、春来と一緒になって、これからのことを考えてくれた。
「取材は分担しよう。基本は同じクラスの奴がやるとして、特に仲がいい奴なんかがいるなら、一緒に取材するって形でいいだろ」
「他の人に見つかると面倒だから、上手いこと呼び出して、二人きりで話したいよね」
「それは怪しまれるんじゃないですか?」
「だったら、尾行でもする?」
「発想が犯罪者だな。ただ、家がわかってるなら、待ち伏せするのもいいかもな」
そうして、次々と意見が出て、あっという間に誰が何をするか決まっていった。
「いや、待ってくれないかい?」
ただ、さすがに黙っていられないと思ったのか、そこで先生が声を上げた。
「これ以上は、僕の責任問題になるだろうし、どうにか諦めてもらえないかい?」
「だったら、委員会活動としてじゃなく、私達が勝手にやります」
「いや、周りはそう思わないだろうし……」
「じゃあ、今後は先生も敵ですね」
委員長は、敵という言葉を使って、先生と対立しようとしていた。それを見ていた春来は、ある案を思い付いた。
「先生、今から僕達に反対したところで、生徒会長から校長先生に報告が行きますよね? 恐らく、生徒会長は事実かどうかなど関係なく、先生について思ったことを伝えると思います。そうなれば、先生はどちらにしろ、厳しい状況になるんじゃないですか?」
「いや、確かにそうかもしれないけど……」
「だから、僕にいい案があります」
それから、春来は先生に対しても、これからしてほしいことを伝えた。ただ、それは単にしてほしいというだけでなく、先生の状況を良くする可能性があると信じたうえで、伝えたことだった。
「先生が反対しなかったから、ここまで僕達はできました。僕達は、先生に感謝しています。僕達は……先生を敵と思いたくありません」
「うん、そうですよ! さっきは敵だなんて言っちゃったけど……お願いします!」
「お願いします!」
それから、みんなで頭を下げると、先生は困ったような表情を見せた。
「……まあ、何もしないより、むしろいいか。わかったよ。頑張ってみる」
無理やりながら、先生の協力を得ることができた後も、春来達は話し合いを続けた。
そうして、先生を含め、これから全員のすることが決まると、少しでも早く動こうと、掲示委員会の集会は、いつもより早く終わった。