ハーフタイム 51
春来達、掲示委員会の取材は、翌日以降も実施された。
むしろ、他の人も取材を始めただけでなく、一年生以外への取材も始まり、本格化していった。
「私達、掲示委員会がどういったことをしてるか。そうしたことすら、みんなは知らなかったんだよね? それは、おかしくないかな?」
「運動会で、俺達は一緒のチームになる。だから、今から少しでもお互いのことを知り合える機会がほしいと、俺は思ってる」
春来の話を聞いた後、委員長達は、それぞれの形で意見の誘導をするようになった。それは簡単なもので、自分の希望を伝えながら、みんなはどう思うかと考えさせることだ。そして、そうした方法が、いい結果を生みつつあった。
「確かに、おかしいかも……」
「うん、僕もそう思う」
春来が「無関心な人」と表現した、どちらでもいいと考えている人達は、多くいる。ただ、このどちらでもいいという考えは、上手く誘導すれば、いくらでもこちらの意見に賛同する可能性があるということでもある。
「私達は、みんながどう考えているかを知って、さらにそれをみんなに伝えるため、取材をしてるよ」
「今まで、こうした取材をしてきて、現状のままでいいかと質問すると、みんな現状のままでいいとは答えませんでした。みんなにも同じ質問をするけど、他の学年の人と交流する機会がほとんどない、現状のままでいいと思っている人は、手を上げてくれないかな?」
そうしたことを意識して、春来は「みんな」という言葉を強調するようになった。これは、無関心な人ほど、自分の意思がなく、みんなに合わせるからだ。
「みんなが言っているから」
「みんなが思っているから」
「みんながやっているから」
そうした言葉は、別に事実でなくても構わない。大切なのは、大多数の無関心な人にそう伝えることだ。そして、結果的に、無関心な人達の意見を誘導して、その人達を「みんな」にしてしまえばいい。そう考えたうえで、春来は「みんな」という言葉を使った。それだけでなく、そのことを他の人にも伝え、使ってもらうようにした。
その結果、また委員会の集会が近付いてきた時点で、掲示委員会の活動は、学校中で話題になっていった。
そんな時、サッカークラブの活動と関係なく、先輩が春来の教室に来た。
「春来君、少しだけいい?」
「はい、何ですか?」
「ここだとあれだから、人がいない所で話そうか」
こうして先輩が教室まで来たということで、何か重要なことを伝えたいのだろうと、春来は感じた。そのため、先輩の言う通り、人気の少ない屋上近くの階段へ移動した。
「掲示委員会の活動、話題になっているね」
「はい、ありがとうございます」
「放送委員会も、引き続き協力するよ」
「この前も、放送で生徒新聞の話題を出してくれましたね。本当に助かります」
「どういたしまして。ただ……あまりにも話題になり過ぎているとも言えるよ」
先輩は、こちらに気を使って、遠回しな表現を使った。それを受けて、春来は色々と察した。
「僕達の活動を良く思っていない人がいるんですね?」
春来の質問に対して、先輩は困ったような表情を見せた後、軽く笑った。
「春来君には、全部伝えるよ。私は、なかなか学校に来られなかったから、学校ってどんな所だろうかと思って、色々調べたの。だから、気付いたんだけど、学校によって、色々と方針は違うみたい。それで、他の学年の人との交流って話だと、この学校は、そうした交流が少ない学校なの」
「どういうことですか?」
「わかりやすいところだと、登下校かな。みんな、登校も下校も自由というか、誰と登下校してもいいでしょ? でも、学校によっては、近所の人と一緒に登校したり、下校もなるべく近所の人とするようにしたり、そうしたことを学校主導で行っているの」
「そうなんですか?」
それは、春来の知らないことで、驚いてしまった。
「集団登校とか、集団下校なんていって、集団下校に関しては、上級生も下級生と一緒に帰れるよう、短縮授業にするみたい。これって、春来君達がしたいと思っている、他の学年の人との交流でしょ? それが、この学校にはないの」
「確かに……僕は春翔と一緒に登下校するのが当たり前で、他の学年の人が近所にいるかどうかも、よくわかっていないです」
「集団登校とか、集団下校って、いいことだけじゃなくて、子供達が集まって移動することになるから、事故を誘発するなんて意見もあるみたい。でも、私はそんなことないと思う。少なくとも、下級生にとっては、上級生と一緒に登下校するようにした方が、絶対に事故を減らせると思う」
「僕も、そう思います」
先輩と同意見だったため、春来は強い口調でそう言った。
「あと、他に聞いた話だと、掃除を一緒にやったり、工作とか音楽とか、そういった授業を一緒にやったり、春来君達が実現させようとしている、他の学年の人達と遊んだりっていうのも、学校主導でやっている所があるみたい」
「そうなんですか?」
「うん、そういう学校では、どの学年の生徒でも自由に使えるスペースみたいなものがあって、休み時間になれば、自然とそこに様々な学年の生徒が集まるそうだよ。それだけでなく、レクリエーションのような遊びの企画を上級生が考えて、それを下級生が遊ぶっていうのを、授業の時間を使ってやる所もあるんだって」
先輩の話は、これから春来達が実現しようとしていることを、既に実現している学校があるというもので、とても参考になった。
「こういった活動、『異学年交流』というみたいで、調べてみれば、もっとたくさんの情報が見つかるはずだよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
先輩は、こうした貴重な情報を伝えるため、来てくれたのだろう。そんな風に思ったものの、そこで先輩の表情が少しだけ曇った。それを見て、まだ他に話があるようだと春来は察した。
「まだ、何かあるんですか?」
「うん、むしろ本題……というより、話を戻すね。さっき話したけど、この学校は、異学年交流が少ないでしょ? これは、学校の方針というか……簡単に言うと、仕事を増やしたくないって先生が多いからだと思う」
そう言うと、先輩はため息をついた。
「これもわかりやすいところだと……みんなが使っている机かな。他の学校だと、もっと定期的に机を交換するらしいよ。でも、私達が使っている机って、随分とボロボロじゃない?」
「言われてみれば……そうかもしれないです」
「委員会で使っている机とか、空き教室にある机なんて、表面までボロボロでしょ? こんなの、すぐにでも改善するべきことなのに、それすらしてくれない。それがこの学校なの。そんな学校だから、これまでも色々と思うところが、春来君もあったはずだよ」
そう言われて、春来はすぐ頭に浮かんだことがあった。
「朋枝が虐待を受けていた時、ほとんどの先生は助けてくれませんでした。それだけでなく、近くで捨てられた犬を拾った時なども同じです。その時は、中に入れることを一応許可してくれましたけど、協力してくれたのはそれだけでした」
「そういったトラブルに関しては、尚更かかわりたくないとか、そもそもトラブルを起こしてほしくないとか、そんな風に考えているんじゃないかな。それが、異学年交流をあまり実施しない理由にもなっていると思う」
「確かに、新たにスペースを用意するとか、授業の時間を使うとか、それは大変だと思います。でも、既に空き教室はありますし、そこを休み時間に開放するとか、それだけならすぐにできるんじゃないですか?」
「ううん、できてもしないよ。そもそも、異学年交流って、色々とトラブルが起こることもあるの。これは、本当にしょうがないことで、人と関わる機会を増やせば増やすほど、人間関係のトラブルが増えるのは当然でしょ?」
先輩の言うことを否定できず、春来は少しだけ間を開けた。
「……はい、それはあると思います」
「それに、体格の違いが小学生は大きいでしょ? これは、春来君も経験したことだと思うけど、同学年ですら体格は全然違っていて、それによるトラブルも多いよね。まあ、よくあるのは、体格の大きい人が加減できなくて、体格の小さい人を怪我させてしまうとかだね。でも、反対に体格の小さい人が、体格の大きい人を相手に、ここまでやっても大丈夫だろうと加減を忘れて、怪我をさせてしまうこともあるの」
「確かに、他の学年の人が相手となると、そうしたことがさらに起きやすいかもしれませんね」
「うん、実際それが原因で、異学年交流をやめた学校もあるみたい。それに、怪我をさせないとしても……例えば、普通にゲームをした時、上級生の方が知識もあるし、勝つことが多いんだよね。それで、負かされた下級生が泣いちゃうなんて、よくある話でしょ?」
「確かに……」
先輩の話を聞いて、春来はすぐに春翔のことを思い出した。
幼い頃、何をやっても春翔に勝てず、泣いてばかりいた。最近は、いくつか春翔に勝てることもできただけでなく、そもそも負けても泣かなくなった。ただ、今も春来は春翔に勝てないことばかりで、やはり敵わないと思い続けている。
「だからって、手加減をしてわざと負けると、それはそれで怒っちゃうし、実力の違う人同士で一緒にゲームをするって、難しいじゃない?」
そこでも、春来は春翔のことを思い出した。春翔は、手加減されることを何より嫌っている。その性格は、昔から今も変わっていない。
「確かに、春翔はそうですね」
「……春来君、私が今しているのは、下級生と上級生が一緒に遊んだ時に起きやすいトラブルの話だよ?」
「あ、そうですよね! すいません!」
何故、春翔のことばかり考えていたのだろうかと、春来は戸惑った。それに対して、先輩はどこか穏やかな表情を見せた。
「えっと、異学年交流の話でしたね。確かに、一緒にただ遊んだりするだけでも、難しいんですね」
「うん、色々とトラブルが起こりやすいし、時には生徒達だけでなく、先生がそうしたトラブルを解決しないといけない場面もたくさん出てくるだろうね。だから、さっきも話した通り、仕事を増やしたくない先生達の意見としては、異学年交流をしたくないってことになるんだと思う」
先輩の話は、これまで学校で過ごしてきたことを振り返ってみて、色々と思うところがあるものだった。それは今もそうで、掲示委員会の先生が消極的な態度を取っているのも、同じような理由だろうと感じた。
「それで、春翔ちゃんの入った生徒会の話なんだけど、多くの先生と同じように、異学年交流に否定的な考えを持っているの」
「え?」
「先に言うべきだったかもね。ただ、私は春翔ちゃんが生徒会に入ることで、何かが変わると信じていたし、実際に変わり始めたこともあると思う。ただ、そこまで甘くないのかもしれないね……」
先輩は、申し訳なさそうな様子で、そんな風に言った。それを受けて、春来は話すことにした。
「最近、春翔は生徒会のことを全然話してくれなくて、反対に僕が掲示委員会の話をしても、全然聞いてくれないんです」
「うん、二人がちょっとよそよそしいというか、そういうのも感じているの。だから、本当にごめんね」
「いえ、僕も春翔も自分で選択したことです。だから、先輩のせいとか、そんな風に思うことはないですよ」
「そう言ってもらえて、良かったよ」
「その……春翔は、自分の意見とか、そういったことをほとんど言えないんだろうなって感じているんです。実際、そうなんですかね?」
「うん、どこから話すのがいいだろうね……」
春来の質問に対して、先輩は色々と知っていることがあるようで、少しだけ間を置いた。
「春来君とか私は、あまり経験がないけど、上級生に対して、劣等感を持つ人がいるみたい。これは、サッカークラブでもあったけど、先輩が上だから、尊敬するようにってことを、よく言っているでしょ?」
「はい、そうですね。ただ、少し思うところはありますけど、僕は先輩のことを尊敬していますし、そこまで悪いことだとは感じません。えっと……春翔は違いますけど」
「うん、早く生まれたことがそこまで偉いのかって春翔ちゃんの考え、それも正しいと私は思う。大人になればなるほど、年齢の差ってほとんどないからね。でも、これもさっき言ったことだけど、小学生は成長の差が大きいし、普通は下級生が上級生に勝てることって、あまりないんだよね」
「はい、僕もそう思います」
「それを上級生に勝った春来君が言うんだね」
「いえ、前も言いましたけど、僕が勝てたのは、元々上級生から色々とアドバイスをもらっていたからです。それに、サッカークラブに入って、すぐにあった試合で勝てたのは、先輩のおかげですよ」
「うん、みんなが春来君みたいに考えられたら、それが一番いいんだけどね」
先輩は、困ったような表情でそう言った。
「春来君や春翔ちゃんがいたから、サッカークラブは、先輩と後輩の差が縮まったっていうのかな。お互いに教え合える関係を築けたと思う。ただ、他は違っていて……例えば、バスケ部とかは上級生しかコートを使えなくて、下級生は筋トレとか走り込みしかできないなんて話を聞いたことがあるよ」
「そうなんですか?」
「何年も前からそうみたいで、そんな経験をした下級生が、上級生になったら、どうすると思う?」
先輩の質問に対して、春来は答えを見つけつつ、答えられなかった。
「前の上級生と同じことをするんだよ」
それは、春来が見つけた答えと同じだった。
「それと同じことが、生徒会でもあるの。生徒会は、生徒会長が何でも決めることができて、それに反対する意見は全部無視される。これは、春翔ちゃんのように生徒会長を目指して生徒会に入った人が、全員経験することみたい。そんな人が、全校生徒の投票によって、生徒会長になったら、同じことをするに決まっているでしょ?」
「そんなの……おかしくないですか?」
「うん、おかしいと思うから、春翔ちゃんが生徒会に興味を持っていると知って、入ってみたらどうかと後押しもしたの。それで、春翔ちゃんが生徒会長になったら、きっと色々と変わるって、今でも私は思う。ただ、無理をさせちゃったかなって、反省もしているよ。私も来年はいないから、ちょっと焦っちゃったね」
話を聞きながら、春来が今していることと、似たようなことを先輩が既にしていたと気付いた。それは、掲示委員会として行っている、誘導だ。それも、意見を誘導するのではなく、行動を誘導するものだった。
意図的だったかどうかは判断できないものの、先輩のしたことは、春来と春翔を誘導する行動だった。
ただ、そうしたことを理解したうえで、春来は前へ進もうと思えた。
「色々と話をしてくれて、ありがとうございました。おかげで、自分のしたいことが見つかりそうです」
そんな風に伝えると、先輩は穏やかな表情を見せた。
「うん、春来君と春翔ちゃんなら、大丈夫だと思う。ただ、色々と大変なこともあるよ。これは噂だけど、生徒会を中心に、掲示委員会や、私達放送委員会の活動を止めようって動きがあるみたいなの。多分、次の委員会の集会とかで、何かあると思う」
「わかりました。それじゃあ、それに対して、どう対応するかを今から考えますね」
春来がそう言うと、先輩は笑った。
「うん、頑張ってほしい」
そう言った後、先輩はすぐに慌てた様子を見せた。
「ごめん! こんなこと言ったら、プレッシャーになるよね? そうじゃなくて……」
「頑張ります!」
先輩は、何か色々と思うところがある様子だった。それを無視するように、春来は大きな声でそう言った。
それに対して、先輩は笑顔を返した。
「うん、頑張って」
様々なことを思いつつ、春来は先輩から聞いた話だけでなく、多くのことを頭の中で整理していった。
「まあ、僕はできることをするだけですけどね」
そして、今自分にできることをする。
ただ、それだけをしようと春来は決心した。