ハーフタイム 50
休み時間を利用しての取材は、次の日から早速始まった。
それは、比較的時間の長い、昼食後の休み時間を利用して、行われることになった。
春来は、六年生の委員長と副委員長、そして同じクラスの女子、その三人と一緒に取材へ向かった。
また、他のクラスを取材する予定の人達も、一緒に何人か来た。これは、どう取材していいかわからないという意見が多かったため、実際に取材の様子を教室の外から見てもらおうと来てもらった形だ。ただ、大勢だと怪しまれるため、各代表者といった形で、少数だけ来てもらうようにした。
春来達が最初に行ったのは、一年生の教室だった。これは、委員長の希望もありつつ、他の人もそれがいいだろうと判断してのことだ。
というのも、これまで休み時間に他の学年の生徒が来て、しかも取材してくるなんてことは、一切なかった。そのため、突然そんなことをすれば、戸惑う人の方が多いことは、簡単に予想できた。ただ、一年生だけは入学したばかりということもあり、戸惑いつつも、こうしたこともあるのかと解釈してくれる可能性が高いと予想していた。
とはいえ、一年生への取材を最初に行うことについて、春来は多少のリスクがあるとも感じていた。それは、春翔達が取材した際、まず取材に慣れることを篠田さんが優先させたからだ。
あの時、取材を受けてくれそうな人でなく、あえて受けてくれないだろう人の取材を最初にさせ、取材のやり方だけでなく、その難しさを学ばせようといった意図を篠田さんは持っていた。しかし、今は完全に逆で、最初に取材を受けてくれそうな一年生を対象に、取材しようとしている。ただ、春来はこれでいいと考えていた。
その理由の一つは、取材が上手くいかなかった時、他の人に取材すればいいといった選択肢がほとんどなかったからだ。
例えば、取材を受けてくれなさそうな三年生や四年生の取材を最初にして、上手くいかないながらも練習をするという案もあった。ただ、それはその学年の取材をほぼ諦めることになってしまう。そんなことは誰も望んでいないと考え、最初から取材を受けてくれそうな一年生への取材を選択した。
「ああ、緊張してきた!」
「いや、言い出しっぺが緊張するな」
「何を話せばいいんですかね?」
教室の前まで来て、みんなは緊張している様子だった。一方、春来は一歩引いていることもあり、緊張はなかった。むしろ、これからしようとしていることを、頭の中でシミュレーションする余裕すらあった。
「まあ、時間もないし、行くよ!」
委員長は、半ばヤケになった様子で、教室に入った。そんな委員長について行くように、春来達も教室に入った。
「みんな、休み時間にごめんね。少しだけいい?」
委員長がそんな風に言うと、教室にいた全員が注目した。
「えっと……この前の遠足、みんな楽しかった?」
委員長は緊張しつつも、そんな質問をした。すると、一年生の多くは、笑顔になった。
「楽しかった!」
「たくさん話が聞けて、嬉しかった!」
それは、いい感触で、委員長も少し表情が和らいだ。
「それで、今日は遠足の感想をみんなから聞きたくて、何でもいいから、話してくれないかな?」
ただ、そんな風に質問すると、一年生はそれぞれ何を言えばいいかわからないようで、戸惑った様子を見せた。
「えっと……」
「ホントに何でもいいんだ。それこそ、楽しかったってだけでも……いや、それはもう聞いたか」
「うーん、何を聞けばいいんですかね?」
春来を除く三人は、何を聞けばいいかすらわからず、そのまま何もできなくなっていた。そうした状態になっているのを見て、春来は深呼吸をすると、意識を集中させた。そして、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、口を開いた。
「僕も一年生の時、六年生の人と一緒に遠足に行ったよ。ただ、僕は身体が小さいし、とにかく大きい六年生を見て、戸惑っちゃったんだよね。それで、相手も僕に何を話せばいいかわからなかったみたいで、お互いに気を使って、ほとんど何も話せなかったよ」
春来は、落ち着いた様子で、そんな体験談を話した。それに対して、一年生だけでなく、委員長達も春来に注目し、真剣な様子で話を聞いてくれた。
「今、思い返すと、もっと色々と話せば良かったとか、こんな話をしたかったとか、そんな風に思うんだけど、それを伝える機会も全然なくて、結局何もできなかったんだよね。それで、今もそれは変わっていないと思っていて……僕達は変えたいんです。あ、ごめんごめん。まだ、自己紹介をしていなかったね」
そう言うと、春来はあらかじめ用意していた、生徒新聞のコピーを出した。
「これ、掲示板に貼ってあるんだけど、みんなは見たことがあるかな?」
「うん、見たよ!」
「そんなのあったっけ?」
反応を見る限り、生徒新聞を見た人の方がほとんどなものの、何人かはまだ見ていないようだった。
「僕達は掲示委員会で、この生徒新聞は僕達が作りました。目的としては、今回の遠足で、少しでも一年生と六年生の間で交流があればと思って、そうしたことを伝える内容にしたよ」
その時、春来は何か言いたそうにしている男子に気付き、そちらに目線をやった。
「もしかして、この生徒新聞、読んでくれたのかな?」
「えっと……読んだし、それに、この前、お姉さんから話もたくさん聞いたよ!」
「え?」
「ああ、その子、この前の遠足で私と一緒だったの」
一年生と六年生で遠足へ行った際、それぞれペアになったり、小さなグループを作ったりしたそうで、発言した男子は、委員長と一緒だったそうだ。
「あの時は、色々と話を聞いてくれてありがとね。嬉しかったよ」
「僕も嬉しかった! ありがとう! でも、もっと色んな話を聞きたい!」
そんな発言が出てきたタイミングで、春来は口を挟むことにした。
「実は、僕達も、もっと各学年の間で交流する機会を増やして、お互いに色んな話をしたり、一緒に遊んだり、そんな風にできればと思っているんだよね。というのも、現状はそういった機会がほとんどなくて、クラブ活動が始まる四年生になって、初めて上級生とかかわるという人も多いんだよ」
春来は、一人一人に話しているかのように見せるため、顔を頻繁に動かし、なるべくみんなと目を合わせるように意識した。
「それで、質問なんだけど、今言った、他の学年の人と交流する機会がないって現状、そのままでいいと思っている人は、どれぐらいいるかな? そう思っている人は、手を上げてくれないかな?」
春来は自ら右手を上げながら、手を上げるように促した。ただ、少しの間待ってみたものの、手を上げる人は一人もいなかった。
すると、そうした周りの様子に背中を押されたのか、何人かが自分の意思を言葉にし始めた。
「僕は、さっきも言ったけど、もっとお姉さんの話を聞きたい」
「私も、もっとたくさん話を聞きたい」
「お兄さんやお姉さんと一緒に遊べるなら、遊んでみたい」
そうした光景を見て、春来は話を進めることにした。
「今度、生徒新聞で、この前の遠足の感想などをまとめる予定なんだけど、そうした、今後もっと他の学年の人と交流する機会を増やしたいって意見があったことも伝える内容にしたいんだよね。それで、そうした声が大きくなれば、きっとすぐに実現できると思う。ただ、あくまでみんなの意見だし、勝手に載せる訳にもいかなくて……載せてもいいかな?」
そんな風に質問したものの、どんな答えが返ってくるか、春来はもうわかっていた。
「うん、いいよ!」
「本当にそうなってほしい!」
「頑張って!」
そうして、話がまとまったぐらいのタイミングで、もうすぐ休み時間が終わることを伝える予鈴が鳴った。
「みんな、ありがとう。またこうして話を聞きに来ることがあると思うから、その時はまたよろしくね。あと、他のクラスにも、別の人が同じように話を聞きに行く予定だから、友達がいたら、今日のことを話してくれないかな?」
そんな風に話をまとめつつ、春来達の取材は終わった。
「お疲れ様。緋山君、すごかったよ」
「俺なんか、何も話せなかった」
「私もだよ。緋山君、ホントすごい」
教室を出ると、委員長達はそんな感想を言った。また、教室の外で様子を見ていた人達も、驚いた様子だった。
「時間がないので……すいません、放課後に少し話せませんか? 自分が何をしたのか、話しておいた方がいいと思うんです」
「うん、取材のコツとか聞きたいし、むしろこっちがお願いしたいよ」
「だったら、集まるのは……緋山君の教室にしようか」
「ああ、それがいいだろうな」
委員長と副委員長は、何の迷いもなく、そんな提案をしてきた。
「いえ、委員長達の教室でいいんじゃないですか?」
「ううん、うちはやめておいた方がいいよ」
「ああ、やめておこう」
春来の反論に対しても、委員長達は即答だった。その様子から、委員長達の教室に集まるのは、何か問題があるのだろうと感じた。
「わかりました。それじゃあ、放課後、教室で待っています」
そのため、春来は委員長達の提案を受けることにした。
そして、放課後になると、春来は委員長達が来る前に教室を出て、春翔のいる隣の教室へ行った。
「春翔、ちょっといいかな?
「どうしたの?」
「いや、ごめん。この後、掲示委員会の人と話すことになって、すぐ終わると思うんだけど……」
「だったら、私は先に帰るよ」
春翔は、特に考える様子もなく、すぐにそう言った。
「えっと……」
これまで、春翔と一緒に帰らなかったことなど、どちらかが風邪を引いた時ぐらいで、まったくといっていいほどなかった。そのため、春来は戸惑ってしまった。
「じゃあ、帰るね」
そして、春来が特に何も言えないまま、春翔は行ってしまった。
春来は、すぐに春翔を追いかけようかと思い、ランドセルを取りに自分の教室に戻ろうとした。ただ、その時には既に委員長達が来ていたため、春翔を追いかけるのは諦めた。
「何かあった?」
「いえ、大丈夫です。それじゃあ……えっと、どこで話しましょうか?」
「先生にお願いして、空き教室を借りたから、そこで話そうよ」
まだ教室に他の生徒が残っていたため、空き教室を借りてくれたという話は、嬉しかった。そうして、春来達は、委員長の用意した空き教室へ向かった。
集まったのは、今日、一緒に一年生の取材をした委員長達と、その様子を見ていた数人だけでなく、他の人もいて、ほぼ全員が揃っていた。
「改めてだけど、今日の取材、緋山君がいてくれて助かったよ」
「正直言って、何をすればいいかわからなかったからな」
「ホント、すごかったよ」
委員長達は、そんな感想を言ってきた。
「僕達も外で見てたけど、驚いたよ」
「何か、ホントに記者みたいで、すごかったよね」
また、廊下で見ていた人達も、そんな感想を言ってきた。
「ありがとうございます。あそこまで上手くいくかどうかは、わからなかったんですけど……僕が何をしたか、話してもいいですか?」
「うん、むしろ聞かせてよ」
そんな風に言われ、春来は話を始めた。
「まず、最初に結論を言います。僕は、一年生を『他の学年の人と交流したい』という意見に誘導しました」
そう言うと、みんなは驚いた様子を見せた。
「……誘導?」
「僕は記者と知り合う機会があって、その時に色々と話を聞きました。それで、取材というのは、相手の意見を聞くのではなく、自分の伝えたいことを伝えたうえで、意見を誘導するものだと感じたんです」
それから、春来は今日、何をしたのか順に説明していった。
まず、他の学年の人とあまり交流がないことを、自分の体験談も交えつつ伝えた。それだけでなく、そのことに対して、否定的に思っているだけでなく、変えたいと思っていることも伝えた。
その際、こちらの意見に賛同してくれそうな人がいなければ、そのまま話を続けるつもりだった。ただ、何人か賛同してくれそうな人がいることに気付くと、その人に発言させた。そのおかげで、一人の意見ではないと示すことができた。
そのうえで、今後は他の学年の人と交流する機会が増えるようにしたいと、具体的な希望を伝えた。それから、ある質問をしたが、その質問が一番の誘導だった。
「僕は、現状のままでいいかと質問して、誰も手を上げませんでした。なので、全員が現状を変えたいと思っているかのように感じたかもしれませんけど、実際は違うんです」
「どういうこと?」
「恐らく、現状を変えたいかと質問したら、数人しか手を上げなかったと思います。というのも、多くの人は無関心で、どちらでもいいと思っているんです。そうした無関心な人は、どんな質問をしても基本的に手を上げることはないです。だから、現状のままでいいかと質問したんです」
「いや、それはさすがにずる過ぎない?」
「はい、ずるいんです」
納得がいかない様子の委員長に対して、春来は即答した。
「知り合いの記者が、『記者の仕事は、自分の伝えたいことを伝える。この一言だけで全部』と言っていました。取材が、相手の意見を聞くものでなく、相手の意見を誘導するものだというのも、そういう意味です」
春来は、以前篠田が言っていたことを理解したうえで、そうした自分の考えを持つまでになっていた。
「他の学年の人との交流を増やしたい。それを実現するための方法を僕は提示しています。それは、あたかも多くの人がそう思っているかのように、意見を誘導することです」
「いや、でも、何かみんなを騙すみたいだし……」
「みんなが騙されているのは、今じゃないですか?」
春来がそう言うと、委員長は言葉を失った。
「前も話した通り、僕はサッカーを通じて、上級生と関わる機会が多くありました。ただ、本来はそれが当たり前なんじゃないですか? 幼馴染は、生徒会に入りましたけど、それは『もっとみんなが他の学年の人と仲良くなれる学校にしたい』という願いからです。ただ、そもそもそんな願いを持つこと自体、おかしくないですか?」
春来は、真剣な表情で、全員の顔を順に見ていった。
「意見を誘導したと言いましたけど、意見として出さないだけで、他の学年の人ともっと交流する機会を増やしたいと思っている人も、確かにいます。それに、実際にそうした機会が増えて、良かったと思う人となれば、多くなるはずです。ただ、単純に意見を聞くだけでは、何も実現することはできません。だから、どんなずるい手段を使ったとしても、意見を誘導する必要があるんです」
それから、春来は軽く笑顔を作った。
「少なくとも、僕は知り合いの記者からそうしたことを学んで、今、そうしたいと思っています」
みんなは、圧倒された様子だった。ただ、少し時間が過ぎて、委員長が口を開いた。
「春来君のしたいこと、私は否定できないし……とにかく、今日の春来君の取材、すごく良かったと感じたよ。だから……私もやってみる」
そんな委員長の意見にみんなが賛同する形で、話はまとまった。
そして、春来は改めて質問の仕方など、意見を誘導する方法について、具体的な説明をした。
そうして、話が終わる頃には、普通に委員会の集会をした時と同じぐらいの時間になっていた。そのため、これで解散となり、それぞれが自分の教室に戻った。
春来も、ランドセルを取りに、自分の教室に戻った。その際、同じクラスの女子が笑顔で話しかけてきた。
「緋山君、さっきのも誘導だよね?」
そんな風に言われ、春来は少しだけ戸惑った。
「何のことかな?」
「委員長やみんなの意見を、誘導したよね?」
女子の言う通りで、春来は苦笑した。そして、特に弁解することなく、正直に話すことにした。
「うん、そうだよ」
「別に私は緋山君のやり方に反対してないし、むしろ私もそうしたいと思ってるからね! だから……」
それから、女子は少しだけ照れ臭そうな表情を見せた。
「もっとたくさん、話を聞かせてくれない?」
それは、春来として、断る理由のないお願いだった。
「うん、いいよ」
「ありがとう!」
そうして、春来達はランドセルを取ると、一緒に教室を出た。ただ、帰り道が違うため、校門まで来たところで別れることになった。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
女子と別れ、春来は一人で帰ることになった。
いつもは、春翔と一緒の帰り道。それを今日は一人で歩いている。
そのことに、色々と思うところがありつつ、春来は家を目指した。