ハーフタイム 48
掲示委員会が作った新しい生徒新聞が掲示板に貼られた後、その反響はすぐに大きくなっていった。
「生徒新聞、これまで見てなかったけど、結構面白いな」
まず、休み時間に、そんな感想を言ったのは、隆だった。
「ううん、見なくて正解だよ。これまでの生徒新聞、つまらなかったからね」
それに対して、そんな風に返したのは、春来を副委員長に推薦した女子だった。
「緋山君が、色々と意見を出してくれて、それであんなに良くなったんだよ」
「いや、僕じゃなくて、みんなが意見を出してくれたからだよ」
「そんなことない! 緋山君のおかげだから!」
女子から強くそんな風に言われたものの、春来は素直に受け取ることができなかった。
「春来、マスメディアのこととか、詳しいもんな。掲示委員、向いてるんじゃね?」
「いや、そんなことなくて……僕はまだ、自分の伝えたいこととか、見つけられていないから……」
それなりに時間が過ぎたものの、春来は篠田に言われたことを時々思い出している。結局、先日もみんなの伝えたいことを整理しただけで、春来自身の伝えたいことは、見つからなかった。それは、あの時から何も成長していないということでもあり、少し焦りを持ちつつあった。
「たく、春来は何をしたら自信を持てるようになるんだよ?」
「そうだよ! 私は詳しくないけど、サッカーだってすごく上手だって聞いたよ?」
「えっと……」
こんな時、春翔がいたら、何を言ってくれるだろうか。そんな疑問を持ちつつ、春来はどう言えばいいかわからず、困ってしまった。
そうして、上手く否定できない間にも、生徒新聞というより、春来の噂が広がっていった。そのため、休み時間になるたび、隆達だけでなく、他の人からも色々と生徒新聞について聞かれた。しかし、春来は相変わらず上手く答えられなかった。
そんなある日、クラブ活動の休憩時間で、先輩が生徒新聞のことに触れてきた。
「今回の生徒新聞、春来君が色々と意見を出したでしょ?」
「いえ、意見を出してくれたのは、みんなで……」
「多分だけど、みんなの伝えたいことを伝えるには、どうすればいいかって助言を春来君はしたんだよね? それで、春来君はみんなの意見をまとめただけで、自分の意見なんて出していないって思っているんでしょ?」
他の人は、春来が意見を出したことで、生徒新聞が良くなったといった認識を持っているようだった。そんな中、先輩だけは違った認識を持っていた。しかも、先輩の認識は、正しいものだった。
「はい、そうです。あの生徒新聞には、自分の意見なんて全然入っていないんです」
「その認識は、違うと思う」
てっきり、先輩は自分と同じ認識だと思っていた。しかし、それをあっさりと否定されてしまって、春来は戸惑った。
「私は、試合中の作戦とか、どういったトレーニングをしたらいいかとか、そういったことはアドバイスできる。ただ、前も話したけど、運動とかできなくて、当然サッカーもできない。それって、このサッカークラブに私がいないことと、同じだと思う?」
「そんなことないです! 先輩のおかげで、たくさんのことができるようになりました!」
「それと、春来君のしたこと、私は似ていると思う」
そう言われたものの、春来は上手く理解できなかった。
「春来君は、確かに自分の意見みたいなものを持っていないのかもしれない。でも、みんなが伝えたいことを整理して、どう伝えればいいか助言して、それで生徒新聞が完成した。だったら、そこに、春来君は確実にいるよ」
まだ、上手く理解できていないこともある。ただ、春来は先輩の言葉を否定できなかった。
「みんなの伝えたいことを整理して、それを形にできるって、すごいことだよ。春来君はそう思わなくても、私はすごいと思う」
「……それじゃあ、とりあえず続けてみます」
先輩が肯定してくれたことで、春来はそんな風に考えることができた。
「うん、副委員長になったみたいだし、春来君のできることをやるのがいいと思う」
その時、先輩は何か思い出したような様子を見せた。
「そうそう、大切なことを忘れていたよ。今度の遠足のこと、放送委員会でも色々と知らせようと思っていて、今度の集会で話してみるつもりだよ」
「そうなんですか?」
「私もそうだけど、一年生と一緒に遠足へ行くとだけ言われて、どうしていいかわからない人、結構たくさんいるんだよ。だから、あの生徒新聞が色々と考えるきっかけになって、最近は一年生に何を話そうかなんてことを、みんな話し合っているよ。だから、放送委員会の方でも、何かきっかけになることができればと思って、今度提案してみるよ」
今回の生徒新聞に、自分は確実にかかわっている。先輩の言葉で、そんな風に思い始めている春来にとって、こうした反響があるという話は、どこか嬉しくなるものだった。
ただ、春来には、心から喜ぶことができない、何かがあるように感じていた。それは、単に自信が持てないというだけでなく、正体のわからない不安があるような、そんな感覚だった。
「あの……大丈夫だよ。今回だって、みんなが意見を出してくれたんでしょ? 何度も言うけど、春来君は、春来君のできることをやろうよ」
先輩は、春来が持っている正体のわからない不安についても、恐らく何かしらかの答えを持っているようだった。ただ、それについては具体的に伝えることなく、背中を押すような言葉だけを伝えた。
「……はい、わかりました」
今はわからなくても、いつかきっとわかる時が来るだろう。春来はそんな風に解釈して、無理やり自分を納得させた。
それから数日後。また委員会の集会があった。
「生徒新聞、みんなも知ってると思うけど、すごく好評だよ」
まず、委員長からそんな話があった。
「それで、さっき先生から、生徒新聞を掲示する頻度を、月に一回とかでなく、もっと多くしてもいいんじゃないかって提案があったの。それだけでなく、これまで先生が作ったポスターとかをそのまま貼ってたけど、それについても、私達が意見を出して、直したり、それこそ一から作ったりするのはどうかとも言ってくれたよ。これについて、みんなはどう思うかな?」
それは、掲示委員会の仕事が増えるという意味でもあって、反対する人が出てもおかしくない。そんな風に春来は感じた。しかし、実際のみんなの反応は、全然違っていた。
「いいですね! 是非やりたいです!」
「僕もやってみたいです」
そうした、賛成する意見がいくつか出たところで、春来は自然と口を開いていた。
「でも……それだと、この集会だけで色々と決めるのは難しくなって、他の時間も使う必要が出てきませんか? それは、大変だと思います」
委員会の集会は、週に一度あるだけだ。また、それ以外の活動というと、掲示委員会では、交代で掲示物の交換をするといった、簡単な雑用だけだ。そんな中、仕事を増やせば、当然ながら負担を増やすことになる。そうしたことを、率直な意見として、春来は伝えた。
「休み時間は、他の友達と遊びたいって人もいますし、今まで通りの方がいいんじゃないですか?」
「確かに、緋山君の意見もわかるよ。ただ、基本的には、この集会の間だけの活動が中心になるはずだよ。というのも、去年とか、実は普段ほとんど何もすることがなくて、この集会も、何かお互いに生徒新聞の感想を言い合うとか、そんな無駄なことしかできてなかったの」
委員長は、去年も掲示委員会だったとのことで、こうした意見は貴重なものだった。
「だから、私としては、今まで何もできなかった時間を使って、できることがあるなら、それをしたいって考えだよ」
「そういうことなら、やってみてもいいかもしれませんね」
「ただ、緋山君の意見も大事だよ。それこそ、面倒くさいって人とか、これまで通りでいいって人とか、そうした人もいるはずだし、全員が賛成しないなら、やめようよ」
「いや、そんな風に言ったら、みんな断れないじゃないか」
六年生の副委員長がそんな指摘をすると、みんな「その通りだ」と言いながら、笑った。
「ああ、じゃあ、えっと……どうしようか?」
「まあ、今日は特にやることもないんだろ? だったら、とりあえず、試しでやってみればいいんじゃないか? それで、この集会が終わるまでにまとまらないようなら、改めて検討するとかにしないか?」
それは、委員長をフォローするような意見だった。
「うん、そうだね。私はそうしたいけど、みんなはどうかな?」
「私もそうしたいです!」
「僕も同じです」
同じクラスの女子を筆頭に、賛成する意見が多く、むしろ反対する人は誰もいないようだった。
「緋山君も、それでいいかな?」
「はい、みんながいいなら、いいと思います」
そうして話がまとまったところで、委員長は、これまで黙っていた先生に視線を向けた。
「先生、そういうことなので、何か直したいポスターがあるんですよね?」
「うん、話をまとめてくれて、ありがとう。まあ、僕個人の話も少しあって、悪いんだけど、まずはこのポスターを見てくれないかい?」
そう言うと、先生はあるポスターを全員に配った。
「実は、通学路を守らない生徒がいるみたいで……毎年今の時期になると、新入生から、上級生の一部が通学路を通らないで、近道をしているって報告があるんだよ。それで、通学路を守るようにってポスターをいつも貼るんだけど、全然効果がないんだよね」
先生が配ったポスターは、「通学路以外の道は、事故に遭いやすく危ない」といった、注意喚起をするような内容だった。一応、車にぶつかる子供のイラストなどをつけて、人目を引こうとしているものの、実際に通学路を守らない人に対して、効果があるようには見えなかった。
「交代で、見張りをつければいいんじゃないかって話もあるんだけど、仕事を増やしたくない先生も多くて……まあ、僕もそうなんだけどね」
そんな先生の本音を聞いて、みんなは笑った。
「何か、いい案がないか、みんなも考えてくれないかい?」
「ということみたいで、色々と意見を聞かせてくれないかな?」
先生の話を受けたうえで、委員長はそんな風に質問した。それに対して、他の人は、それぞれ意見を出していった。
内容としては、もっと危機感を持たせればいいんじゃないかといった意見から始まり、そこから事故の恐怖をどう伝えればいいかといった話に発展していった。ただ、途中から、通学路を守らないといけない理由は何かといった、そもそもの疑問を言う人も出てきて、全然まとまりそうになかった。
そんな中、春来はみんなの意見を整理しつつ、何を伝えればいいかを考えていた。
「緋山君は、どう思う?」
不意に、同じクラスの女子がそんな風に質問してきた。それによって、みんなの注目が春来に向いた。
「えっと……まだまとまっていませんけど、今回の目的は、通学路を守らない人が、守るようになればいいんですかね?」
「うん、最初からそういう話だったと思うけど?」
「いや、今話してる内容は、違くないか?」
「あ、確かに……」
みんなは、話が脱線しつつある現状に気付いたようだった。
「通学路を守らない人は、単に近道だからとか、そもそも危険だと思っていないとか、その程度の理由だと思います。だから、提案なんですけど、『先生達の間で、今度見張りをつけた方がいいという話が出た』と、みんなに伝えるのはどうでしょうか?」
「いや、さっき話した通り、確かに効果はあると思うけど、負担が増えるから、本音を言うとやりたくないんだけど……」
「実際にやるかどうかは、先生達の判断でいいです。僕は『話が出た』ということだけを、みんなに伝えたいと言っているんです」
春来がそんな風に言ったものの、多くの人はピンときていないようだった。ただ、少しして、六年生の副委員長が、何か気付いたような様子を見せた。
「それ、いいな。見張りがつくかもしれないって話、通学路を守らない奴からしたら、先生にバレるかもしれないって危機感を持つだろうしな。ただ、実際は見張りをつける予定がないんだし、嘘を伝えることにならないか?」
「話が出たというのは、嘘じゃないですよね?」
春来がそう言うと、みんなは驚いたような反応を見せた。
「確かにそうだけど……」
「これは、新聞やテレビでも、よくある表現です。具体的には、『関係者によると……』って最初につけたり、『……と、関係者が言っていた』って最後につけたり、そうした表現って、みんなも見たことがあるんじゃないですか? これって、その関係者が事実と異なる嘘を言っていたとしても、あくまで言っていたということは事実なので、新聞やテレビとしては、嘘を伝えたことにならないんです」
「いや、何かずるくない?」
「でも、方法としては悪くないどころか、いいんじゃないか?」
委員長は少し反対している雰囲気だったものの、副委員長は乗り気な反応だった。
「だったら、先生の方から、抜き打ちで見張りをつけるのはどうかって話を出したり、それこそ私達で見張ろうかって話を出したり、そういったことも、今ここで話せば、話があったって形で伝えてもいいってこと?」
同じクラスの女子は、春来の話を理解した様子で、そんなことを言った。
「うん、さっきも言った通り、新聞やテレビで、よくそういったことをしているよ。それで、多くの人は『知識のある人が事実を伝えてくれた』と認識してしまうみたいだけど、あくまで『そう言っている人がいたという事実を伝えただけだ』って認識するのが、正しいんじゃないかなって僕は思うよ」
勢いで、そんなことまで伝えた後、春来はふと我に返った。
「ああ、ごめんなさい。僕はマスメディアの問題とか、そういうのを知る機会があって……いきなり、こんな話をしても、わからないですよね」
春来の伝えたことは、みんなが当たり前に信じているものを疑わせる内容だ。それは、多くの人にとって受け入れるのが難しいことだと知っていたのに、思わず話してしまった。
それにより、みんながどんな反応をするか怖かったものの、実際の反応は春来の想像と違った。
「よくわからないけど、とりあえずやってみたいかも。何か、どうなるのか楽しみだもん」
委員長は、まだ理解できていない部分がありつつも、興味の方が強いようで、そんな風に言った。それをきっかけに、他の人もとりあえずやってみたいという形で、考えがまとまっていった。
「それじゃあ、具体的にどうするか決めていくか。緋山、また一緒に考えてくれないか?」
「はい、わかりました」
そうして、今回は春来達、二人の副委員長が中心になりつつ、どんなポスターにするかを決めていった。
それは、これまで長い時間をかけて行われた話し合いと違い、あっという間に終わった。