ハーフタイム 46
小学五年生になって変わったことは、クラス替えがあったこと、クラブ活動で後輩ができたこと。その二つが大きなものとしてあった。
ただ、それだけでなく、また大きなものがあり、それは委員会活動が始まることだった。
この委員会活動というのは、五年生と六年生が、それぞれ委員会に入り、様々な活動をするといったものだ。
生徒の代表といった形で、集会で挨拶をしたり、イベントを決めたり、そういった活動をする、生徒会。
朝や給食中、放課後などに放送を行う、放送委員会。
掲示板に掲示物を貼ったり、生徒新聞の作成などを行う、掲示委員会。
体育の授業の準備や、体育倉庫の整理などを行う、体育委員会。
掃除やゴミ拾い、花壇の水やりなどを行う、美化委員会。
水道水の水質検査や、先生がいない時に簡単な怪我の対処をする、保健委員会。
図書室にある本の整理をしたり、貸し出しや返却の手伝いをする、図書委員会。
また、各クラスの取りまとめなどを行う、学級委員長も、委員会の一つとのことだった。
そうした様々な委員会の説明を受けた後、どの委員会に入りたいか考えておくよう、担任の先生から話があった。そして、数日後、それぞれ立候補といった形で、入りたい委員会の希望を出したうえで、誰がどの委員会に入るか決めるとのことだった。
春来と隆は、同じクラスのため、一緒に説明を受けた。その直後、隆が春来の方へやってきた。
「委員会、どこがいいか難しいな。春来はどこかいいとこあったか?」
「ああ、うん。一応、気になるところはあったけど……」
「お、どこだよ?」
「いや、普通に春翔とか隆と同じ委員会にするよ。隆は、どこにしたいとかあったのかな?」
そんな風に言うと、隆は少しだけ戸惑ったような様子を見せた。
「俺は、まあ……体育委員とかになるか。ボールの管理とかもあるし、丁度いいだろ」
「うん、隆に合っていると思うし、僕と春翔も同じ委員会にしようかな」
春来がそんな風に言うと、隆は不満げな表情を見せた。
「春来、他に入りてえとこがあるんじゃね?」
「え?」
「春来が何かやりてえなんて言うの、珍しいじゃねえか。だったら、春来はそこにしろよ」
隆の言う通り、自分のしたいことがあるというのは、珍しいことだ。そのことを自覚しつつ、春来の考えは変わらなかった。
「僕は、春翔と一緒がいいから……うん、春翔もきっと体育委員会を選ぶと思うし、僕もそうするよ」
「……じゃあ、この先は春翔も混ぜて話すか」
隆は、どこか納得していない様子で、そんなことを言った。
それから放課後になると、春来達は、春翔がいる隣の教室へ向かった。
春翔のクラスでも委員会の説明があったようで、みんなで委員会の話をしている声が聞こえてきた。その中で、春翔は他の生徒に囲まれていた。
「春翔ちゃん、生徒会がいいんじゃない?」
「それか、学級委員長もいいじゃん」
「うん、春翔ちゃんはリーダーみたいな感じだし、向いてると思うよ?」
春翔は、他の生徒からそんな言葉をかけられていた。ただ、それに対して、乗り気な態度を示すことはなかった。
「ごめん。私は、春来と一緒のところにするから」
その時、春翔がこちらに気付き、顔を向けてきた。
「あ、丁度来たから、話してくるね」
そう言うと、春翔はこちらに駆け寄ってきた。
「春来、委員会どこにするか決めた?」
「うん、隆が体育委員会にするって言っていて、僕もそこにしようと思っているよ」
「それじゃあ、私も一緒にするよ」
春翔は二つ返事といった感じで、すぐに決めた。
「いや、春来も春翔も、ホントにそれでいいのか?」
「え、みんな一緒なんだし、いいじゃん?」
そんな春翔の意見に対しても、隆は納得していないようだった。そして、それから少しして、何か思い付いたような様子を見せた。
「泉先輩って、六年何組かわかるか?」
「うん、確か1組だったと思うけど?」
「先輩は、去年委員やってるはずだろ? どんな感じか聞いてみね?」
「えっと、まあ、いいけど?」
そこまで委員会に興味があるのかと思いつつ、隆の言葉を否定する理由もなく、春来達は、先輩のいる教室へ向かった。
春来達が教室に着くのと同じようなタイミングで、丁度先輩は教室から出てくると、すぐ春来達に気付いた。
「あれ? みんな、どうしたの?」
「……今日、委員会の話があったんですけど、どんな感じなのか、先輩に聞きに来たんです」
「うん、いいよ。といっても、私は放送委員会だから、参考になるかわからないけど、それでもいい?」
「はい。というか、聞きたいというより、言いたいことがあって……春来と春翔は、同じ委員に入れればいいとか、そんなことしか考えてねえみたいなんですけど……えっと、上手く言えなくて、すいません」
隆は、何を言いたいのか自分でも整理できていないようで、しどろもどろだった。
「なるほどね。そういうことなら、少し話そうか」
ただ、先輩は何か察した様子で、そんな風に言った。
「私の勝手な予想だけど、一緒の委員会を選ぶんだとしたら、体育委員会になるだろうね。隆君は、体育委員会を選ぶつもりでしょ?」
「はい、その通りです」
先輩は、人の心を読めているかのように、すぐ言い当てた。それに対して、隆は驚いた様子を見せた。
「でも、春来君がやりたいのは、掲示委員会とか、放送委員会なんじゃない?」
そう言われた瞬間、正にその通りで、春来は動揺した。
「何で、そう思うんですか?」
「春来君は、何か情報を発信することに興味があるよね? お父さんが作家ということもそうだし、これまでマスメディアの問題とかにかかわったことがあるなんて噂も聞いているよ。そんな春来君なら……特に掲示委員会に興味があるんじゃない?」
先輩の言う通りで、春来は言葉を失ってしまった。
それから、先輩は春翔に顔を向けた。
「春翔ちゃんは自信家だし、生徒会に興味があると思う。それか、学級委員長……春翔ちゃんって、これまで学級委員長をやったこと、あるのかな?」
「そういえば、周りから推薦とかされてたけど、春翔はやらねえで、断ってました」
隆の言う通りで、春翔はこれまでも学級委員長に推薦されていた。ただ、いつも学級委員長をやることなく、断っていた。普段から、多くの人に囲まれ、リーダーのような感じの春翔が、学級委員長を何故やらないのか、春来はずっと疑問を持っていた。
「理由は特に言ってなかったけど……そういうことか」
「うん、そういうことだよね」
ただ、春来が今もわかっていない疑問の答えを、隆と先輩は持っているようだった。
「どういうことかな?」
「何で、春来がわからねえんだよ? いや、春来だから、わからねえのか」
「いや、本当にどういう意味なのか、話してくれないかな?」
「俺じゃなくて、春翔に聞けよ」
思えば、春翔は先ほどから何も話すことなく、ずっと黙っている。そのことに気付き、春来は春翔に目をやった。
「春翔?」
「だって、春来は学級委員長とか、絶対にやらないじゃん」
春翔の言っていることは、その通りだった。ただ、何故春翔がそんな風に言ったのかは、わからなかった。
「私は、春来と一緒がいいから……」
そこまで言われて、ようやく春来は意味がわかってきた。
「うん、僕も春翔と一緒がいいと思っているし……」
「二人とも、少し話を聞いてもらってもいい?」
先輩は、改まった様子で、そんな風に切り出した。
「まず、どんなに一緒にいたいと思っても、それはできない……ううん、違うね。一緒にいることと、ずっとすぐ近くにいることは、違うってことにまず気付くべきだね」
「どういうことですか?」
「春来君と春翔ちゃんは、別のクラスになったから、授業を受けている時とか、給食の時間とか、別々でしょ? それだけでなく、家でも一人になる時とか、あるでしょ?」
先輩が当たり前のことを言っていて、春来は逆に意図が読めなかった。
「そうして近くにいない時でも、お互いのことを考えたり、思ったりすることはあるでしょ? そんな時、私は一緒にいるって感じることができるの」
先輩は、どこか自分自身に言っているかのような、そんな雰囲気だった。
「これは、二人だけの話じゃなくて、例えば、これまで転校しちゃった友達のこととか、時々思い出すことはない? 今、どこで何をしているのかなとか、いつかまた会えるのかなとか、そんな風に思い出すことはない?」
そうしたことがあると自覚しつつ、春来は答えに迷い、何も言えなかった。それは、春翔も同じのようだった。
「俺は、あります!」
一方、隆は強い口調で、そんな風に言った。この時、隆が思い出している相手は、いつも一緒にサッカーをやっていた、あの男子のことだろうと、春来は感じた。
「私も……ううん、例えばの話なんだけど、私が何かの理由でみんなと離れ離れになっちゃった後、私はきっとみんなのことを思い出すよ。それで、みんなも同じように私のことを思い出すことがあったら、すごく嬉しい」
それは、本当に先輩と離れ離れになってしまうかのような、そんなことを思わせる言葉だった。
「さっきも言ったけど、一緒にいることと、ずっとすぐ近くにいることは、違うんだよ。近くにいなくたって、相手のことを感じることはできる。一緒にいることはできる。私は、そう思う」
「でも、少しでも近くにいたいから……」
「春翔ちゃん、二人なら大丈夫だよ。だから、いい機会だし、お互いに自分のやりたいことをやってみるのも、いいんじゃない?」
先輩は、穏やかな笑顔を見せた。
「まあ、不安な時とか、落ち込んでいる時。そんな時は、すぐ近くにいてほしいと思うことがあるし、できれば近くにいられるようにしてほしい。それでも、まだ納得できない?」
先輩の言葉に、春翔は何も返せないようだった。そんな春翔を横目で見つつ、春来は決めた。
「春翔? 僕は……掲示委員会に入ってみたい」
「え?」
「これまで、マスメディアのこととか色々と調べて、それで伝えられることがあるかどうか、自分の力を試してみたい」
そんな風に言うと、春翔は複雑な表情を見せつつ、ため息をついた。
「春来がやりたいって言うなら、私は応援したい。だから、私も掲示委員会に入るよ」
「そうじゃなくて……春翔は、生徒会に入りたいんじゃないかな? それで、いつかは生徒会長になりたいんじゃないかな?」
「その……」
違うなら、すぐに否定されると思っていた。ただ、春翔がすぐに否定しなかったため、結果的に、春来の言う通りなのだろうとわかった。
「生徒会、選挙とか投票とかあったけど、正直なところ何が言いたいのか、よくわからなかったし、何も伝わってこなかったんだよね」
この学校では、生徒会選挙を三学期に行い、その結果で来年度の生徒会長と副会長を決める仕組みになっている。ただ、昨年度など、形式的に投票を行っただけで、春来としては、何をしているのか、よく理解できなかった。
「生徒会長を目指すなら、今から生徒会に入るのって、やっぱり有利なんですよね?」
「うん、五年生は、書記とか補佐といった形だけど、選挙とかじゃなくて、立候補で生徒会に参加できるし、生徒会がどういったものか知る機会としていいと思う。それに、生徒会選挙に立候補する人、そういった形で生徒会に参加していた人がやっぱり多いし、生徒会長を目指すなら、今から生徒会に入るのはいいと思う」
「だったら、春翔は今から生徒会に入って、三学期の選挙に向けた活動をするのがいいんじゃないかな?」
「でも……」
春翔は、まだ納得していない様子だった。それに対して、春来は、今伝えたいことを伝えることにした。
「三学期の選挙で、僕は春翔が何をしたいのか、みんなに伝えたい。掲示委員会に入れば、そうしたことができるはずだから……あ、春翔だけじゃなくて、他の人のこともちゃんと伝えるけど……」
「いや、そこは春翔のことだけ伝えるって言ってやれよ」
「そんな偏った情報を流すなんて、マスメディアと同じことは絶対しないよ」
「春来は妙なとこで真面目だよな」
隆に色々と言われつつ、春来の考えは変わらなかった。
「だって、みんなのしたいって気持ちより、きっと春翔のしたいって気持ちの方が大きいし、みんなに伝わると思うから……僕は、春翔と一緒に頑張りたい!」
先輩の言葉があったからだろう。一緒の委員会に入る選択をしていないのに、自然と「一緒に」という言葉が出てきた。
そんな春来に対して、先輩は笑顔を見せた。
「これは、春来君と春翔ちゃんの対決になるかもね」
「え?」
「どういうこと?」
不意な先輩の言葉に、春来と春翔は戸惑った。
「二人は、一緒に頑張りたいことがあるけど、それって、二人がそれぞれ頑張らないとできないことでもあるでしょ? だから、二人とも相手の頑張りに負けないよう、たくさん頑張らないといけないね」
その先輩の言葉は、どこかこちらを煽るような、そんな言葉に聞こえた。ただ、その言葉を受けて、春翔は決意を固めるかのように、右手を胸に当てた。
「しょうがないなー。じゃあ、春来と一緒に頑張ろうか」
そう言うと、春翔は春来のことを真っ直ぐ見た。
「私は、春来がいなくても全力で頑張るから……春来も全力で頑張ってよ」
春翔は、不安げな思いを隠すかのように、強い目を向けながら、そんな言葉を言った。そんな春翔の思いを受けて、春来は頷いた。
「うん、僕も全力で頑張るよ」
生徒会長を目指すとなれば、春翔はきっと自分よりも先へ行ってしまうだろう。そんなことを春来は感じた。
だからこそ、春来は春翔に少しでも追いつけるよう、全力で頑張ろうと決心した。




