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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
179/272

ハーフタイム 44

 まだ今年度のクラブ活動が始まる前のある日。春来達は、個人的に練習しようと、放課後の校庭に集まった。

 とはいえ、集まったのは、春来と春翔、隆、そして先輩の四人だった。

「先輩、今日はありがとうございます」

「ううん、私も呼んでもらえて嬉しいよ」

 クラブ活動がない間、春来と春翔は、個人的にトレーニングをしたり、友人と遊びでサッカーをしたり、そうしたことをしていた。ただ、先輩のアドバイスがないと、どうしても不安になってしまい、放課後に見てもらえないかといったお願いをした。

 そんな春来達の願いを先輩は快く聞いてくれて、こうした時間を作ってもらった。

「でも、隆君はクラブチームに入っているし、私のアドバイス、あまり役に立っていないんじゃない?」

「いや、先輩のアドバイス、いつも助かってますよ! だから、俺もよろしくお願いします!」

 元々、誘う予定はなかったものの、隆も参加したいと言ってきたため、こうして一緒に練習することになった。

「私は、クラブチームでどんなトレーニングをしているか知らないし、そうしたことを教えてもらえると嬉しいな。あと、春来君と春翔ちゃんに、隆君がアドバイスできることもあると思うし、何か気になることがあったら、それを言ってもらってもいい?」

「はい! 俺が春来と春翔を育てます!」

 隆は、練習に参加するというより、先輩と一緒になって、春来と春翔を鍛えようといった考えを持っているようだった。

 とはいえ、いつも通りウォーミングアップとして、春来がラダートレーニングを始めると、すぐに先輩と隆は驚いた表情を見せた。

「春来君、すごく良くなっているよ。一つ一つの動きに無駄がないし、本当にすごいよ」

「マジで、すげえ良くなってるじゃねえか」

 二人からそんな風に言われ、春来も驚きを持った。ただ、そのように言われたことについて、思い当たることはあった。

「春翔が、姿勢とかフォームとか、色々と指摘してくれたからかな?」

「じゃあ、私のおかげってことだね!」

 春翔は、春来よりも自信に満ちた様子で、むしろどこか偉そうだった。

「だったら、俺にも何かアドバイスしてくれよ」

「えっと……別に、そのままでいいと思うけど?」

「いや、わかるけど、俺と春来で、扱い違い過ぎねえか?」

「だって、春来になら気楽に言えるけど、隆君はもう色んな人に教えてもらっているんでしょ? それじゃあ、私なんかが言えること、何もないじゃん」

 春翔がそんな風に言ったのに対して、先輩は何か思うところがあったようで、口を開いた。

「これは、春翔ちゃんに限ったことじゃなくて、みんなに意識してほしいんだけど、今年は後輩もできるし、何かを教えないといけない場面も増えると思う。だから、みんなそれぞれ、どう教えるのがいいかってことを考えてみて」

 思えば、これまで上級生と一緒にサッカーをやる機会は、放課後なども含め、多くあった。しかし、反対に下級生と一緒にサッカーをやる機会は、ほとんどなかった。

 このことについて、春来達は意識していなかったものの、他の学年の人――特に上級生とサッカーをやるという方が、普通は少ないそうだ。というのも、体格の差などを理由に、下級生が上級生を相手にするのは、難しいからだ。

 ただ、春翔が上級生を相手にしても普通に話ができたことや、隆などがクラブチームに所属していて上級生と知り合いだったこと。何より、春来達が上級生に通用するほどの実力を持っていたことなどが理由で、春来達は以前から上級生と一緒にサッカーをやっていた。それは、普通ではない、特別なことだった。

 そのうえで、下級生とサッカーをやる機会が少なかったという事実は、気になるところだった。クラブ活動となれば、下級生も入り、一緒にサッカーをやる機会は増えるだろう。そう考えると、先輩の言葉は、重要なことのように感じた。

「春翔ちゃんは、感覚でやっていることが多いけど、春来君に教える時とかは、どうしているの?」

「別に、変だと思ったことを伝えたり……あと、実際に私が動いてみたり、そうしたことをしています」

「実際に自分で動いてみるって、すごくいいと思う。私にはできないことだし、そうすることで、隆君や他の人にも教えられることがきっとあるよ」

「そうなんですか?」

 先輩の言葉に、どこか自信をもらったのか、春翔は嬉しそうな表情を見せた。

「俺は、クラブチームで後輩もいるし、基本的には、そんなに問題ないと思います。でも……」

「えっと、気を悪くしたら、ごめんね。隆君って、結構不器用だよね?」

 先輩は、気を使うように、そんなことを言った。それに対して、隆は複雑な表情で頷いた。

「はい、サッカー以外は、ほとんどできませんし、サッカーでも新しいことはなかなかできないです」

 これまで、春来達はサッカーだけでなく、様々な機会を通して、別のスポーツなどにも挑戦してきた。その際、確かに隆だけは、いつも苦戦しているようだった。

「だから、何か教えようと思っても、俺がなかなかできなかったことを、どう教えればいいのか……」

「隆君は、ラダートレーニングとか、すごいキレイにできているし、みんなの参考になる……ううん、もう参考になっているよ」

「それは、たくさん練習したからで……」

「たくさん練習してできるようになったことって、どうすればできるようになるかって考えることも多かったでしょ? そうした経験って、他の人にとっても参考になるものだから、隆君が今できることをできない人がいた時、隆君はどんな練習をしたか、伝えればいいと思う」

 そう言うと、先輩は笑顔を見せた。

「不器用で、新しいこととかがなかなかできなくても、努力してできるようにしたって、すごいことだよ。だから、不器用なことを欠点だなんて考えないで、もっと自信を持って」

「はい、ありがとうございます!」

 隆は、力強い声で返事をした。

 それから、先輩は春来の方へ目を向けた。

「春来君は……前にも言ったけど、自分自身を理解してほしい」

「え?」

 自分だけ、全然違ったアドバイスが来たため、春来は戸惑ってしまった。

「えっと……どういうことですか?」

「いい機会だから、色々と言わせてもらってもいい?」

 そんな風に前置きした後、先輩は話し始めた。

「春来君は、『自分ができることは、誰でもできる』って考えを常に持っているみたいだけど、これまでのことを振り返って、本当にそうだった? いや、聞き方を変えた方がいいね。春来君にできること、私は全部できると思う?」

 そんな風に言われたものの、春来は何も答えられなかった。

「私だけじゃないよ。春来君にできること、春翔ちゃんや隆君は全部できると思う?」

「私は、今できないこともあるけど、全部できるようになります!」

「うん、春翔ちゃんのそういった考えは、絶対に変えないでほしい。私が変えたいのは、春翔ちゃんがそう言った時、春来君が自信を失ってしまっていることだよ」

 口を挟んだ春翔に対して、先輩は少し強い口調でそう言った。

「これは想像だけど、きっと幼い頃から、春来君は春翔ちゃんに勝てないって思い続けているんだと思う。実際、春翔ちゃんは負けず嫌いだし、色々なことができるから、特に幼い頃は勝てないと感じることが多かったんじゃない? それで、今もそれは変わらないって、思い続けているんだと思う」

 先輩は、自分のことをよく知っている。そんな風に今までも感じていたが、それを改めて春来は感じた。というのも、先輩の言っていることを、まったく否定できなかったからだ。

「でも、今は違うよ。春来君は、春翔ちゃんに勝てることがたくさんある。でも、春来君は、春翔ちゃんのことを特別だと思っているから……違うね。春来君は、自分のことを普通だと思っているから、春翔ちゃんだけじゃなくて、他の人にも勝てないと思っているよね? だったら、私が今ここではっきり言うよ」

 それから、先輩は少しだけ間を置いた後、真剣な目で春来を見た。

「春来君も特別だよ。そのことに気付いてほしい。少なくとも、私は春来君のこと、特別だと思う。それだけ知っていてほしい」

「でも……」

「春翔ちゃん!」

 口を挟もうとした春翔に対して、先輩は大きな声を上げた。それは怒っているかのようで、春翔は驚いたような様子を見せた。

 それから少し間を置いた後、先輩は春翔に穏やかな笑顔を向けた。

「春翔ちゃんには……すぐ近くで、春来君の応援をしてほしいな」

 お願いするような優しい口調で、先輩はそんな言葉を伝えた。それに対して、春翔は少しの間、悩んでいるかのように顔を下に向けた。

 そして、まだどこか納得していないような表情のまま、春翔は顔を上げた。

「……嫌です」

 春翔の声は、小さかった。それなのに、その目は、先輩を睨みつけているかのように強いものだった。

「うん、それならしょうがないね」

 そして、先輩はどこか諦めるような口調で、そんな風に言った。

 それから少しの間、誰も何も言わなかった。そう思っていたら、不意に先輩が慌てた様子を見せた。

「私、またやっちゃったかも! ごめん! 後輩の前では抑えていたんだけど、夢中になると一人で勝手にたくさん喋っちゃって、しかも何が言いたかったのか、全然わからなかったよね!?」

 そんな先輩を見て、春来はクラブ活動が始まった時のことを思い出した。

 あの時、先輩は先生を相手に、言いたいことを全部ぶつけていた。そして、友人達の様子などから、それが先輩のいつも通りなのだろうと春来は感じた。ただ、クラブ活動を通して、先輩が同じようなことをしたことはなく、あの時が珍しかったのかもしれないと考えを変えていた。

 そんなことを思い返していると、春来は自然と笑ってしまった。

「春来君?」

「あ、ごめんなさい。その……何を言われたのか、わかっていない部分もあります」

 そう言った後、春来は先輩に目を向けた。

「でも、先輩が僕のことで夢中になってくれたこと、何だか嬉しいです。だから、少しずつでも考えていきたいです」

 先輩から何を言われたのかは、理解できている。ただ、そんなことないという考えが、先輩の言葉を否定していた。そんな状態だったため、春来はそう返すことしかできなかった。

 それに対して、先輩は嬉しそうに笑った。

「うん、ありがとう」

 ただ、この時、何故自分が礼を言われたのか、春来はよくわからなかった。

「てか、春来はまず、人の名前を覚えろよ」

 不意に隆からそんな風に言われ、春来は戸惑った。

「ごめん、覚えようとは思っているけど、難しくて……隆の名前もたまに忘れそうになるし……」

「いや、俺の名前、まだうろ覚えなのかよ!?」

 そんな会話をしていると、先輩が笑った。

「みんなの顔と名前を覚えられるなら、それがいいと思うけど、春来君は顔と名前を覚えようって意識がなくても、しっかり人を認識できているし、無理に覚えようとする必要はないと思う。実際、これまで何の問題もなかったでしょ?」

「いや、そうですけど……」

「大丈夫。隆君の名前は覚えたんだし、春来君が必要だと思えば、自然に顔と名前を覚えるようになるよ」

「……必要だと思う時が来ればいいですけど」

 隆と先輩がそんな話をしていると、春翔が何かに気付いたような様子を見せた。

「春来、朋枝ちゃんと篠田さんの名前は、すぐに憶えたけど、それは何で?」

 春翔は、どこか怒っているような雰囲気で、そんな質問をしてきた。

「ああ、何でかな?」

 ただ、春来自身も理由がわからず、上手く答えることができなかった。

「篠田さんって人のことはわからないけど、朋枝ちゃんって子、その……虐待を受けていた子だよね?」

 先輩は気を使うような口調で、そう言った。

「はい、そうです。先輩も知っていたんですね」

「あの時、大騒ぎになったし、今でも噂で色々と聞くことがあるよ。それで、さっきの話だけど、朋枝ちゃんは入学式の日、学校に来ていなかったんだよね? つまり、朋枝ちゃんについては、名前しか情報がなかったってことでしょ? だから、すぐに覚えたんだと思う」

「……言われてみれば、そうかもしれないです」

「そういえば、篠田さんも、会う前に電話で話したのが最初だったっけ?」

「うん、そうだね。確かに、思い返してみると、それで名前を覚えたのかもしれないね」

 春翔の言葉も受け、春来はその通りだと感じた。

「無意識かもしれないけど、春来君は、ちゃんと人を知ろうとしているんだよ。だから、会った人のこと……ううん、見かけた人のことも、ちゃんと覚えているんだろうね。会った人の雰囲気をすぐ覚えられるのも、ほとんど名前しか情報がない時にすぐ覚えられるのも、春来君のいいところだと思う」

 先輩は、穏やかな表情で、そんな風に言った。

 それは、みんなと仲良くなりたい。そのために、みんなのことを知りたい。そんな風に思い始めている春来にとって、様々なことを考えさせる言葉だった。

 今のままでいいのだろうか。変えた方がいいのだろうか。変えるとしたら、どう変えればいいのだろうか。そんな疑問が頭の中をグルグルと回り、春来は混乱しそうだった。

「まあ、話を戻そうか」

 春来が混乱しているのを察したようで、先輩はそんな風に話を切り替えた。

「実際に後輩ができてみないとわからないこともあると思う。だから、何か悩むことがあったら、すぐ私に相談して。先輩として、何かアドバイスできることがあるはずだから」

 最後に先輩は、そんな心強い言葉を春来達にかけた。

「はい、わかりました」

 そして、春来達は、そんな先輩に背中を押されるように、ある程度の不安を解消したうえで、返事をした。

 それから、また少しだけ時間が過ぎた後、場を切り替えるかのように、先輩は手を叩いた。

「よし! 話はこれぐらいにして、練習を再開しようか!」

 そんな先輩の言葉に、春来達は頷いた。

「はい、そうしましょう!」

 そして、その後は先輩からアドバイスをもらいながら、練習を続けた。

 その間、春来は先ほど先輩から言われたことを、ずっと考え続けていた。

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