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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
178/272

ハーフタイム 43

 春来達は、小学五年生になり、クラス替えを迎えた。

 始業式の日。春来と春翔は、各クラスの生徒が書かれた張り紙を確認した。

「春翔、別のクラスになっちゃったね」

 一目見て、春来はそんな風に言った。

「もう見つけたの?」

「僕は2組で、春翔は3組だよ」

「……あ、本当だ」

 春翔は、ショックを受けたような様子だった。それから、春来は春翔のことをよく観察して、何を考えているのだろうかと、頭を働かせた。

「えっと……仲のいい人と別のクラスになっちゃったのかな? だとしても、クラブもあるし、クラブが別でも遊べる機会はたくさんあるし……」

「春来、黙っていて」

 春来は、春翔のことをよく観察するようになったものの、その結果、春翔を怒らせることが多くなったように感じていた。そして、今回も何か間違ってしまったのだろうと、すぐに気付いた。

 そのうえで、春翔が何を怒っているのか探るため、今あったことを順に振り返っていった。そして、春来はあることに気付いた。

「別に僕は、知っている人の名前を探しただけだから、すぐに名前を見つけられたんだと思うよ?」

「……え?」

 春来の言葉に、春翔は意味がわからないといった反応を見せた。

「こうやって、名前が並んでいる時に、春翔は自分の名前だけじゃなくて、友達みんなの名前も探しているよね? それだと、なかなか見つけられないと思うよ。でも、僕が知っている名前なんて少ないし、だからすぐに見つけられるんだよ」

「いや、本当に何の話をしているの?」

「えっと、僕が春翔よりも早く名前を見つけたから、それで怒っていると思ったんだけど、違うのかな?」

 春翔は、ため息をついた後、どこか呆れたような表情を見せた。

「うんうん、それで怒っていたよ」

「いや、違う理由だよね? 何で怒っているのかな?」

「もういい」

 こうした時、春翔は何も話さなくなってしまう。そのため、春来は何も聞けなくなり、こうしたやり取りは何も生み出さないまま、何度も繰り返す形になっていた。

「春来! また同じクラスだな!」

 その時、いつも一緒にサッカーをやっている男子から、そんな風に声を掛けられた。

「あ、そうなんだ? またよろしくね」

「おう、よろしく!」

 そんなやり取りを男子としている中、春翔はどこか不思議そうな様子で、春来のことを見ていた。そんな春翔の様子に、男子も違和感を持ったようだった。

「春翔、どうかしたか?」

「うん、何かさっきから機嫌が悪くて……」

「ああ、春来と別のクラスになったら、機嫌が悪くなるに決まってるじゃねえか」

「いや、別に僕とはいつも一緒なんだから、別の理由じゃないかな?」

 春来がそんな風に言うと、男子も呆れたような表情を見せた。

「あれ? 違うのかな?」

「いや、俺から言うことは何もねえよ」

 春来が男子とそんなやり取りをしている間、春翔は何か考え事をしている様子だった。

「春翔、気にするだけ無駄だから、諦めた方がいいんじゃね?」

「いや、それとは別のことで……春来、少しだけここで待っていて!」

 不意にそんなことを言われ、春来は戸惑った。

「え、何でかな?」

「いいから、ここで待っていて! それで、ちょっと来て!」

 そう言うと、春翔は男子の手を掴んだ。

「おい、何だよ!?」

「いいから、ちょっと来て!」

 そのまま、春翔は男子の手を引いて、春来から離れていった。

 この時、春来は何だか嫌な気分になり、自然と右手を胸に当てた。ただ、自分がそんな行動を取った理由も、何を嫌だと感じているのかも、わからなかった。

「いや、マジかよ!?」

「大きな声出さないでよ!」

 その時、男子と春翔が大きな声を上げた。それは、離れた場所にいる春来にも、はっきり聞こえるほどだった。

 それから、二人は何か内緒話をするように、春来から聞き取れない声で話した後、戻ってきた。

「何を話していたのかな?」

「今は話せねえな」

 男子からそんな風に返され、これ以上、春来は何も聞けなかった。

「まあ、そろそろ教室に行こうよ」

 そして、春翔がそう言ったのをきっかけに、春来達は、それぞれの教室へ向かった。

 そうして、教室へ向かう途中で、これから春翔と別のクラスになるということを、春来は改めて自覚した。それと同時に、ある不安を持った。

「春翔と違うクラスで、大丈夫かな?」

「え?」

「だって、今まで春翔が一緒にいてくれたから、みんなとも一緒にいられた訳だし、別のクラスになったら、一人になっちゃうかなって……」

 そこで、春来は春翔が不機嫌になっていることや、先ほど男子と二人で話していた理由が何なのか、一つの考えを持った。

「春翔、僕のことを心配してくれて、それで怒っていたのかな? さっきも、僕のことをよろしくとか、そんなことを話していたのかな?」

「……もう、それでいいよ」

 さっき以上に呆れた様子の春翔を見て、それも違うとすぐにわかった。ただ、本当の答えが何なのかは、結局わからないままだった。

「春翔、流石に全力で怒っていいんじゃね?」

「大丈夫。それより、さっき言ったこと、確認してみてね」

「おう、それは任せろ! そうじゃねえことを祈るけどな……」

「二人とも、何を話しているのかな?」

「まあ、後でわかるって」

 春来は、自分だけが除け者にされているようで、少し寂しさのようなものも感じつつ、春翔の機嫌をこれ以上悪くしたくないという気持ちもあり、諦めるように春翔と別れ、自分の教室に入った。

「あ、来た!」

「春来君、初めまして! よろしくね!」

「今年もサッカークラブに入るよな?」

 入った瞬間、多くの人に話しかけられて、春来は戸惑った。

「えっと……」

「春来は人見知りなんだから、いきなり大勢が来たら困るだろうが」

 ただ、そんな風に男子が言うと、春来に話しかけてきた全員が笑った。

「確かに、そうだよね! みんな、気を付けて!」

「いや、最初に話しかけたの、誰だったかな?」

「それは……」

「その点、俺はクラブが一緒だったからな! それで、また今年もサッカークラブに入るよな?」

「それ、何かずるい!」

「そうだよ! だったら、私もサッカークラブに入ろっかなー!」

 落ち着いたと思ったら、またこのような状態になり、春来は立ち尽くしてしまった。そんな春来の肩を、男子は軽く叩いた。

「春翔もいねえし、そろそろ自分が注目されてるって気付かねえとやばいんじゃね?」

「僕が……注目されている?」

「……たく、めんどくせえな。まあ、春来はそのままでいい。俺が周りを変えれば問題ねえからな」

 そう言った後、男子は少しだけ間を置いた。

「春来はこんな感じだし、少しずつ、みんなで仲良くなってこう。それでいいよな?」

「まあ、そうだね」

「俺は既に仲いいけどな」

「だから、それずるい!」

 その後、春来は新しく同じクラスになった人などから、順に挨拶された。

「うん……よろしく」

 春来は、誰に対しても、それしか返せなかったものの、みんな気にした様子もなく、笑顔だった。

 それから、始業式やホームルームを終えたところで、少なくとも新しいクラスで一人になってしまうかもしれないという不安は、春来の中からすっかりなくなった。

「春来、春翔のとこに行くんだろ? 俺も一緒に行っていいか?」

「うん、いいけど?」

「てか、春翔の言う通りだったな……。ちょっと言いたいことがある」

「えっと、何かな?」

「春翔に会ってから言うよ」

 春来は、何を言われるのだろうかと不安になりつつ、男子と一緒に教室を出ると、春翔がいる隣の教室へ行った。

 春翔は、また新しい友人ができたようで、近くの席の人と話していた。ただ、春来達に気付くと、席を立った。

「ごめん、春来が来たから行くね。みんな、これからよろしくね」

「うん、よろしく!」

 そんな風に別れを伝えた後、春翔は春来達の方へ来た。

「今日は、もう帰る?」

「うん、先生も今日は早く帰るように言っていたから、サッカーをやるのも今度にしようよ」

「うん、わかった」

 それから、春翔は男子の方へ目をやった。

「それで、どうだった?」

「春翔の言う通り、春来は今日一日、俺の名前を一切呼ばなかったよ」

「そうでしょ?」

「俺だけじゃねえな。誰の名前も……いや、春翔の名前は呼んでるか。ただ、それ以外、誰の名前も呼んでなかったと思うよ」

 春翔と男子が何を話しているのか、春来は上手く理解できなかった。

「何の話かな?」

「春来、俺の名前、呼んでみてもらっていいか?」

「え、急にどうしたのかな? クイズってことかな?」

「クイズじゃねえよ! てか、俺の名前、クイズなのかよ!?」

「いや、本当にどういうことかな?」

「とにかく、俺の名前、呼んでくれよ」

 そこまで言われて、春来は少しだけ考えた。

「えっと……あべさとし?」

尾辺おべたかしだよ! 何で微妙に間違ってんだよ!?」

「ああ、ごめん。普段、名前とか呼ばないから……」

「そういう問題じゃねえだろ! これまでずっと一緒にいたんだから、覚えてくれよ! もう一度言うけど、尾辺隆だからな! ちゃんと覚えろよ!」

「……うん、わかった」

 何を怒られているのか、まだ理解できていなかったものの、春来は隆の名前を覚えた。

「隆君、私の言った通りだったでしょ?」

「春翔から、春来が俺の名前を知らねえんじゃねえかって言われて、まさかそんなことねえと思ったのに、ホントだったよ。たく、親が付けてくれた大事な名前なんだから、覚えてくれよ」

「ああ、ごめん。そんな大事な名前だったなんて、知らなかったよ」

「いや、問題はそこじゃねえんだけど……」

 隆は、まだ納得のいかない様子だったものの、春来の様子を見て、呆れたようだった。

 その時、後ろから先輩が来たため、春来は振り返った。

「先輩、こんな所でどうしたんですか?」

 学年が違うため、先輩の教室は、階も違う。それにもかかわらず、先輩がやってきたため、春来はそんな質問をした。

「三人とも一緒で良かった。ちょっと話があって来たんだけど、三人とも、今年のクラブはどこにするか決めた?」

「はい、またサッカークラブに入る予定です」

「私も春来と一緒です」

「俺もサッカークラブにします」

 春来達がそう言うと、先輩は嬉しそうに笑顔を見せた。

「良かった。私もサッカークラブにするから、また今年もよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「それより、何か揉めていたように見えたけど、大丈夫?」

「先輩、聞いてくださいよ! 春来の奴、俺の名前、知らなかったんですよ!」

 隆がそんな風に伝えると、先輩は不思議そうな表情を見せた。

「うん、春来君、私の名前も知らないはずだし……あれ? 気付いていなかったの?」

 先輩の言葉に、春翔と隆は、戸惑っているような様子を見せた。

「先輩、どういうことですか? 私も今日気付いて、驚いたんですけど?」

「春来君、自覚があるかどうかわからないけど、人のことを雰囲気とか……それこそ気配とか、そういった形で認識しているんだと思う」

 先輩の言っていることは、実際に春来の自覚していないことだったため、ちょっとした驚きがあった。

「普通、初めて会った人のことを覚えようと思ったら、まず顔と名前を覚えるでしょ? それから、長く一緒にいることで、後ろ姿だけで誰かわかるようになったり、さらには声だけで誰かわかるようになったり、そういった形で、ドンドンとその人のことを知っていく」

 そんな風に先輩は話していったものの、春来は上手く理解できなかった。というのも、春来はそういった形で人を認識していなかったからだ。

「さらに一緒にいると、気配とかで、誰かわかるようにもなるの。正確には、その人の息遣いとか、足音とか、そういうのから認識しているのかもしれないんだけど、それが人を知るってことだと私は思う。ただ、春来君は根本的に違うんだと思う」

「えっと、どういうことですか?」

「春来君は、誰かと初めて会った瞬間から、その人の気配みたいなものがわかっているんだと思う。それは、相手のことをすぐ理解できているってことだから、すごくいいことなんだけど、その代わり、本来最初に持つべき顔と名前を覚えようって意識が、そもそもないんじゃないかな?」

 先輩の話を全部理解できた訳ではないものの、春来は思うところがたくさんあり、先輩の言う通りなのだろうと感じた。

「気配がわかっているから、さっきも春来君は私の方を見ていなかったのに、私が来たことに気付いたよね?」

「それって、別に普通のことだと思っていたんですけど、違うんですか?」

「うん、春来君は、そんな認識だよね」

 ふと、春来は春翔と隆に目をやった。すると、二人は訳がわからないといった様子の表情だった。

「確かに、そんなこと、たくさんあった気がするけど……」

「すげえな。超能力者じゃねえかよ」

 そんな反応を二人からされて、春来は心配になった。

「……これって、変なことなんですか?」

「ううん、さっきも言った通り、すごくいいことだし、特別なことでもあると思う。ただ、こうして自覚したのもいい機会だし……他の人と違うってことは、知っておいた方がいいかも。これは、別に春来君だけに限ったことじゃないよ。みんな他と違う部分っていうのは必ずあるし、その一つ一つが特別なものだと思ってほしい」

「えっと……わかりました」

「まあ、こういうことって、気付いた直後は戸惑うよね。私も、人を観察する時とか、何か理解した時とか、他の人と違うみたいで、それを知った時、結構戸惑ったよ」

 思えば、先輩が誰に対しても、的確なアドバイスができることについて、何でそんなことができるのかと疑問を持ったことが何度もある。そのことについても、「他の人と違う」という共通点があるのかもしれない。そんな風に春来は感じた。

「まあ、よくわかんねえけど、とにかく俺の名前は尾辺隆だからな! 絶対に覚えろ!」

「ああ、うん。覚えるよ」

「あと、これから俺を呼ぶ時、ちゃんと隆って呼べ!」

「わかったから、そんなに怒らないでよ」

 そんなやり取りをしていると、先輩は笑った。

「いい機会だし、これからみんなの顔と名前を覚える意識を持つのも、いいかもしれないね」

「だったら、先輩の名前、教えてくれませんか?」

 先輩のことを少しでも知りたい。そんな思いを持っていたからこそ、春来は自然とそんな言葉が出た。

「うん、いいよ。私の名前は、日下くさかいずみだよ」

 そして、春来の質問に対して、先輩は笑顔で、そう答えた。

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