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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
177/272

ハーフタイム 42

 春来が先輩と会うのは、クラブ活動の時だけだった。しかも、先輩はサッカークラブの人全員にアドバイスなどをしているため、クラブ活動をしている時でも、ほとんど一緒にいることはなかった。

 それは、単純に考えれば、先輩について何か知りたいと思っても、限られた時間しかないということだ。ただ、そのことを春来は無意識のうちに自覚していたのか、少ないやり取りの中で、先輩に質問することが多くなった。

「先輩は、好きな選手とかいるんですか?」

「好きな選手?」

「先輩は、よく身体の動かし方について、アドバイスしてくれますけど、誰か参考になる人がいるなら、参考にしたいんです」

「そういうことなら……」

 それから、先輩は好きな選手を何人か順に挙げていった。そこには、サッカー選手だけでなく、マラソン選手や野球選手、さらには格闘家などもいた。

「先輩、色々なスポーツが好きなんですね」

「ごめん、サッカーだけをしようと思ったら、参考にならない人もいるかも。ただ、今言った人、みんなフォームがキレイなんだよ。それこそ、軽くジョギングしたり、筋トレの時とかも、すごいフォームがキレイなんだよね」

「ジョギングはわかりますけど、筋トレのフォームがキレイって、どういうことですか?」

 そんな質問をすると、先輩はどこか嬉しそうな反応を見せた。

「いい質問だね。そういえば、春来君は、そこまで筋トレをやっていないよね?」

「あ、はい。春翔の父さんから、小さい時に筋肉を鍛えると、身長が伸びづらくなると言われて、その代わり、ストレッチをよくやるようになったんです」

「うん、それは正しいと思う。筋トレって、やり方によっては、硬い筋肉をつけちゃうこともあるからね。それに、今はインターバルトレーニングとか、ラダートレーニングで自然と筋肉がつくし、その方がいいと思う」

 先輩の考えは、春翔の父親と同じようだった。

「話が脱線しちゃったね。筋トレに限らず、何かトレーニングする時、フォームをキレイにする意識って大事なんだよ。そうじゃないと、変な筋肉……上手く使えない筋肉って言えばいいかな? そんな筋肉がついちゃうんだよ」

「そうなんですか?」

「だから、何をするにしても、フォームがキレイなことって、とても大事なんだよ。さっき言った人達は、みんな何をするにしてもフォームがキレイで、だから私は好きだし、色々と参考になることがあると思う。あと、フォームがキレイな人って、運動していない時でも、姿勢がいいんだよね。そういったところも注目してみて」

「わかりました。参考にしてみます」

 それから、家に帰った後、春来は先輩から聞いた選手について、インターネットで調べた。すると、多くの動画など、先輩の言うキレイなフォームについて、参考になるものが見つかった。

 それだけでなく、春来は、正しい姿勢というのがどういうものかも調べた。そこには、良くない例といった形で、身体を痛めやすい姿勢なども紹介されていたため、何が良くて何が悪いかといった知識も深めていった。

 そうして得た知識を、単なる知識のままにしないで、春来は普段から正しい姿勢を意識した生活をするようになった。

 そして、一週間後。またクラブ活動があった際、先輩が驚いた様子を見せた。

「春来君、すごくフォームがキレイになったね」

「本当ですか?」

「もしかして、この前教えた選手のフォームとか、参考にしてくれた?」

「はい、参考にしました」

「ありがとう。でも、どう? 何か、不自然に感じるとかはない?」

「特にないですし、不思議なんですけど、前よりも楽に動けて、疲れづらくなったようにも感じます」

「良かった。それなら春来君に合っているってことなんだろうね」

「あと、普段から正しい姿勢を意識するようにしてみたんですけど……」

「うん、いいと思う。成長期の時って、猫背になりやすいから、尚更しっかり意識するといいよ」

 そんな風に先輩と話していると、春翔が駆け寄ってきた。

「春来、先輩と何の話をしているの?」

「この前、先輩から好きな選手を聞いて、そのフォームを参考にしてみたんだよ。それで、フォームが良くなっているかどうか、見てもらっていたんだけど……」

「だったら、私も教えてもらいたい!」

 そんな風に言った春翔に対して、先輩は少しだけ困ったような表情を見せた。

「春翔ちゃんは、変に意識しないで、今のままでいいと思う。自然な感じで、キレイなフォームになっているから、むしろ変な意識をすると、フォームが崩れちゃうと思う」

「……そうですか」

 春翔は残念そうな様子だった。

「別に、春翔は何も意識しなくてもキレイなフォームなんだから、いいじゃん」

「そうじゃなくて……」

「春翔ちゃんを仲間外れにしちゃってごめん。それじゃあ、二人へのアドバイスをしようか」

 先輩は、どこか気を使うような口調で、そんなことを言った。

「春来君と春翔ちゃん、二人とも観察する力を、もっともっと伸ばすといいよ」

「観察する力?」

「春来君は、他の人の動きを真似するのが得意だけど、それって、身体を自由に動かせるだけじゃ、できないことなの。むしろ、それ以上に大切なのは、どう身体を動かせばいいかって知ることなんだよ。そのためには、高い観察力が必要なんだけど、春来君は既にそれを持っているはずだよ」

 そんな風に言われたものの、春来は上手く納得できなかった。

「別に、僕は特別なことなんてしていませんけど?」

「春来君がそう思っているなら、それでいいよ。ただ、もっと様々なことを観察する意識を持ってみて。そうしていれば、自然とキレイなフォームがどういうものか、理解も進むと思う。いや、もうキレイなフォームを見分けるぐらいはできているかな?」

 様々な動画を見て、春来は先輩の言う通り、参考にするべきフォームがどれなのか、自然と判断できるようになっていた。そのことを指摘されて、少しだけ驚きを持った。

「いつもそうですけど、僕のこと、何でそんなにわかるんですか?」

「私の方が、春来のこと、わかっているもん!」

 その時、春翔は強い口調で、そんな風に口を挟んできた。それに対して、先輩は軽く笑った。

「うん、その通りだよ。春翔ちゃんも、観察する力がすごくあって、いつも一緒にいる春来君のことなら、何でもわかっているもんね」

「あ、えっと……はい、わかっています!」

 先輩の言葉に、春翔は大きな声で返事した。

「これは、サッカーに限ったことじゃないけど、様々なことで二人は連携が取れるでしょ? それは、春翔ちゃんが春来君のことをよく観察して、どうすれば春来君がやりやすいか、自然と意識できているからだよ」

「確かに、春翔とだと、何をやる時でもやりやすいです」

「そりゃあ、私と春来だもん!」

 春翔は、自信に満ちた様子で、そんなことを言った。それが何だかおかしくて、春来は軽く笑った。

「でも、春翔ちゃんは時々、自分のプレイに集中しちゃうというか、周りが見えていない時があるんだよね。そんな時、上手く春来君と連携できていないんだけど、自覚はある?」

「それは……確かに、私が焦っている時、上手くいかないことが多いです。春来のこと、見る余裕もないし……」

「別に、集中することが悪い訳じゃないし、シュートを決める直前とか、むしろ周りが見えないほど集中してもいいと思う。でも、そうじゃなくて、徹底したマークを受けた時とか、他の人がボールを持っている時とか、ボールを受ける前から、どうやってボールを受けようかと焦っている時があるでしょ?」

「はい……その通りです」

「そういった時、春来君だけでなく、周りを観察する意識を持つと、気持ちも落ち着きやすいし、もっといいプレイができると思う。今度、意識してみて」

「はい、わかりました」

 春翔は、思うところがあったようで、納得した様子だった。それを見て、春来はあることを感じた。

「観察する力というと、先輩が一番それを持っていますよね? だから、みんなに的確なアドバイスができるんですよね?」

 そんな風に質問すると、先輩は笑顔を見せた。

「そう言ってくれると、嬉しいよ。まあ、私は基本的に見ることしかできないからだと思うけどね」

 先輩が少しだけ自虐のように言ったのを聞いて、春来はもう一つ質問することにした。

「これから運動を始めるとか、そういったことも難しいんですか?」

「うん、どうだろうね……。でも、前はこうして学校に来ることも難しかった訳だし、そう考えたら、いつかできるかもしれないね」

 先輩は、自分自身に言い聞かせているような、そんな言い方だった。

「何の話?」

 その時、何も知らない春翔からそんな風に聞かれて、春来は話さない方が良かっただろうかと心配した。しかし、先輩の表情は特に変わらなかった。

「私、昔から身体が弱くて、あまり学校にも来られなかったんだよ」

「そうなんですか?」

 それから、先輩は春来に話したことと同じ内容を春翔に伝えた。そのことから、特に秘密にしている訳じゃないとわかり、春来は安心した。

「何で、春来はそのことを知っていたの?」

「この前、買い物していた時に、偶然先輩と会って、それで聞いたんだよ」

「そうなんだ」

 春翔は、どこか不満げな様子だった。ただ、何が不満なのかわからず、春来は首を傾げた。

「春翔、どうかしたのかな?」

「別に何でもないよ」

「……話を戻そうか。観察するといっても、やっぱり普段から一緒にいる人ほど、色々と気付けることがあるよ。だから、これからは、春来君と春翔ちゃんが、お互いに気付いたことをもっと伝えるといいと思う」

 先輩は、どこか気を使うような雰囲気で、そんな提案をした。

「といっても、さっき言った通り、春翔ちゃんは自然と感覚でやっていることが多いし、そのままの方がいいから、春来君から伝えるべきことはほとんどないかも。反対に、春来君は色々な指摘を受けたうえで、それを消化できるから、春翔ちゃんから色々と気付いたことを伝えてあげるといいと思う」

「えっと……気付いたことって、具体的にどんなことですか?」

「今、春来君は普段の生活を送るうえでも、正しい姿勢を意識しているみたいなの。でも、こういうのって、周りから見ればすぐわかるけど、本人だとなかなか気付けないことがたくさんあるんだよ。そんな時、春翔ちゃんから、こうすればいいって気付けることがあったら、それを伝えればいいんだよ」

 そう言われたものの、春翔はまだ上手く理解できていないようだった。

「特に難しいことは何もなくて、しばらく春来君の姿勢をよく観察するようにしてみて。それで、少しでも違和感があったら、それを伝えるの。それだけで、春来君の姿勢、もっともっと良くなると思う」

「そうですかね?」

 この部分については、春来も疑問があった。

「まあ、騙されたと思ってやってみて。そうしたことをやっているうちに、観察する力がドンドンついて、他の人を観察するのも、自然とできるようになると思う」

「わかりました」

 ただ、先輩が自信ありげだったため、春来達はその通りにしようと決めた。

 そして、そうしたことを始めてすぐに、ちょっとした変化があった。それは、一緒に夕飯を食べた際のことだった。

「春来、座っている時の姿勢、ちょっと斜めじゃない?」

「え?」

 春翔からそんな風に指摘されたものの、春来は自覚していなかったため、戸惑ってしまった。

「そうかな?」

「気のせいかもしれないけど、立っている時の姿勢がキレイだから、それと比べて、何か違う気がするの」

「言われてみれば、座る時の姿勢とか、意識していなかったかも」

 椅子などに座るのは、単なる休憩と考えていたため、その時の姿勢を良くしようといった意識は持っていなかった。ただ、考えてみれば、普段座っていることが多いため、その時の姿勢を意識するのは、大事なことのように感じた。

「ちょっと後で調べてみるよ」

 それから、春来は座る時の正しい姿勢について調べ、それを意識するようにした。

 そして、次の日になると、早速春翔に座っている時の姿勢を見てもらった。

「うん、良くなっているよ」

「ありがとう。そう考えると、春翔は普段のちょっとした動きから、姿勢がキレイだね」

「そうなの? 全然意識していないんだけど?」

「自然にできているってことだし、羨ましいよ」

 こういうところで、春来は改めて春翔のことを「特別」だと感じた。

 その後、普段の生活だけでなく、個人練習といった形でトレーニングをしている時や、ボールに触れている時など、あらゆるところで春翔に自分の姿勢を観察してもらうようにした。そして、何か指摘があれば、春来はすぐ直すようにしていた。

 そうして、またクラブ活動があった際、先輩は驚きつつも嬉しそうな様子を見せた。

「やっぱり、春翔ちゃんが言うと違うね」

「そうですか?」

「春翔ちゃん、マネージャーの素質もあるかもね」

「私は、選手として、春来と一緒にプレイしたいんですけど?」

「……うん、今はそうだよね」

 どこか、先輩は含みのある言い方だったものの、それ以上は何も言わなかった。

「あと、思った通り、春翔ちゃんも良くなっているね」

「え、そうですか? 私は、何も変えていませんけど?」

「人を観察して、何がいいかってことを伝えていると、自然とそれを自分でも意識するようになるんだよ。春翔ちゃんは、感覚で様々なことができるから、こうしたことをすると、いい変化があるんじゃないかと思っていたんだよね」

 先輩は、春来だけでなく、春翔の方にもすぐ効果があるだろうと考えて、この提案をしてくれたようだった。実際、春翔はラダートレーニングを苦手としている様子だったのに、ここ数日で大分スムーズにできるようになった。

 そうしたこともあり、春翔は春来を観察するということを、その後も続けるようになった。一方、春来も、指摘はあまりしないものの、春翔のことを観察するようになった。すると、すぐにある変化があった。

 春来は、ずっと春翔と一緒にいるため、自然と知っていることばかりだと感じていた。ただ、実際は、知らないこともたくさんあると気付いた。

 特に、春翔は時々、こちらの話をはぐらかすようなことがあると気付いていたものの、そこまで気にしないでいた。ただ、春翔の表情などをよく観察していると、何か春来に隠していることがあるんじゃないかと感じるようになった。

 しかし、気付いたのはそこまでで、具体的に春翔が何を隠しているのか、今の春来にはまだ見当も付かなった。

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