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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
175/272

ハーフタイム 40

 サッカークラブの活動は、これまで放課後にサッカーをしていたのと大きく違っていた。

 クラブ活動としてやる際は、単にサッカーをするだけという訳でなく、サッカーの技術を高めるという目的が明確にあった。そのため、筋トレや走り込み、ストレッチや柔軟体操など、基本的なトレーニングを、みんなで行う時間もあった。

「別に、こんなの一人でもできるじゃん」

 ただ、春翔は不満そうにそんなことを言っていた。

「だったら、春翔ちゃんと春来君は、別のことをしようか」

 春翔の声を聞いて、マネージャーとして入部した先輩は、そんな風に声をかけてきた。

「えっと、僕もですか?」

「春来君も、こういったトレーニングは一人でやっているでしょ?」

「まあ、やっていますけど……?」

 何故わかったのかといった疑問を持ちつつ、先輩の言う通りだったため、春来は素直にそう答えた。

「だから、ちょっと応用させたトレーニングを教えるよ。ということで、先生。二人は私に任せてもらえませんか?」

「ああ、わかった」

 先輩と先生は、軽くそんなやり取りをした。そして、たったそれだけで、春来と春翔だけがみんなと離れ、先輩の話を聞くことになった。

「トレーニングをする前に質問なんだけど、サッカーをやるうえで必要な能力って何だと思う?」

「そんなの、サッカーが上手ければいいんじゃないんですか?」

「春翔ちゃん、そういった漠然としたものじゃなくて、どういった能力を伸ばすと、サッカーが上達するかを考えてみて」

「能力って……?」

「少し、質問の仕方を変えてみようか。今、みんながやっている基本的なトレーニングは、何のためにしていると思う?」

「えっと……」

 サッカーに限らず、春翔は深く考えることなく、ある程度のことを感覚でやってしまえるため、このように聞かれると答えに困っているようだった。

 一方、春来は感覚だけでなく、頭で考えたり、知識を得たりするようにしているため、先輩の質問に対する、自分なりの答えをすぐに見つけた。

「筋トレや走り込みは、サッカーの試合中、走ることが多いので、その体力作りとして必要だと思います。ストレッチは、春翔の父さんから聞いて僕は始めたんですけど、サッカーに限らず、身体を上手く動かせるようにするとか、それと怪我をしないようにするために必要だと思います」

「うん、ほとんど正解だよ。じゃあ、そこからさらに考えてみようか。サッカーの試合において、必要な体力って、どういうものだと思う?」

 その質問は、春来でもすぐ答えることができなかった。

 ただ、少し考えた時、先日レギュラーと試合した時のことが頭に浮かんだ。

「この前、途中で息が上がって、動けなくなってしまったんです。そうしたことがないように、ずっと走り続けられるぐらいの体力が必要ってことですか?」

「そういった勘違いをする人が多いみたいだけど、それは少し違うよ」

「そうなんですか?」

「この勘違い、先生もしているみたいだけど、よく考えてみて。サッカーとマラソンで、同じような動きをしている?」

「……していないですね」

 そこで、改めて春来は、サッカーをするのに必要な能力が何か、頭を働かせた。

「サッカーでは、瞬間的に全力で走ったり、急に止まったり、そうしたことが多い……いえ、本当に多いのは……ジョギングというか、早足に近いような速度で走ることですかね?」

 そんな風に言うと、先輩は嬉しそうに笑った。

「春来君は、普段から色々と考えているみたいだし、このぐらいの問題は簡単だったかー」

「そんなことないです。結局、僕達に必要なトレーニングは、わからないので……」

「ああ、先に行かないで! 春翔ちゃんと一緒に、少しずつ整理させていこうよ」

 先輩がそんな風に言ったため、春来は春翔に目をやった。すると、春翔はどこか不機嫌な様子だった。

「春翔?」

「別に、私だってわかっているもん」

「うん、わかっているよ。僕が勝手に春翔の言いたいことを言っちゃって……」

「ストップ! 前からそんなことをしているけど、二人とも間違っているから!」

 先輩は、どこか怒っているかのように、大きな声を上げた。

「まず、春翔ちゃんの悪いところは、わかっていないことをわかっているかのように振る舞うこと。それに、できないことをできないと認めないこと。私は、そう思っているし、春翔ちゃんも自覚しているはずだよ」

「そんなの……」

「ただ、このことは、何でもできると考えて、様々なことに挑戦する理由にもなっているから、基本的に変える必要がないというか、変えてほしくない。春翔ちゃんのいいところだと思う。私が言いたいのは、強がりで、わかることをわからないままにしたり、できることをできないままにしたり、そういったことをしてほしくないってだけ」

 先輩の言葉を聞いて、春来は所々わからない部分があった。しかし、春翔は思うところがあるようで、真剣な様子で先輩の言葉を聞いていた。

「先輩に敬語を使うって話になった時も、色々と納得できないことがあって、多分今も納得できていないことがあると思う。でも、こうして少しだけでもクラブ活動を通して、わかったことがあるよね? 時間をかけないと、わからないことやできないことがあるんだよ」

「でも……」

「うん、わかるよ。春翔ちゃんは、感覚で様々なことを理解できるから、そんな中で理解できないことがあると、混乱しちゃうと思う。きっと、これまでもそんなことがあったと思うけど、全部……一部を除いて、理解できたはずだよ? それは、特別なことだよ」

「……そうなのですか?」

 春翔は、動揺しているのか、変な敬語で返答した。

 それから、しばらくの間、春翔は思い悩んだように黙っていた。

「そして、春来君は……自分自身を理解してほしい」

「え?」

 先輩の言葉が抽象的過ぎて、春来は戸惑ってしまった。

「多分、春来君は様々な人に、様々な言葉を言われたと思う。多分だけど、自分に自信を持てとか、子供と思えないとか、もっとできることがあるとか……」

「ああ、うん! いや、はい! 私も……」

「待って!」

 口を挟むように春翔が声を出したことに対して、先輩は手を出すようにしてまで、それを止めた。

「これを先に言うべきだったね。春翔ちゃん、春来君はいなくならないから、安心して」

 先輩は、より厳しい口調で、そう言った。それに対して、春翔は何も返すことなく、顔を下に向けた。

「話を戻そうか。春来君は、様々なことを知っているし、周りの人のことも理解できていると思う。それに、伝え方とかも上手だから、そうした情報を共有するのも得意だよね?」

「そんなことないです」

「うん、そうやって、自分を否定することで、できたと満足することなく、挑戦し続けるのはいいことだと思う。ただ、できることを自覚しないままでいるのも、良くないよ」

 先輩から強くそう言われ、春来は言葉に詰まった。

「春来君は、司令塔になることを目指しているけど、そのために十分な能力を、もう持っていると思う。特に、周りの状況を常に理解したうえで、ボールをキープしたり、的確なパスを出したり、そういったことはできると、自信を持ってほしい」

「いや、僕はまだ……」

「謙虚なのはいいことだけど、今の時点で、春来君に一対一で勝てる人は、先輩でもいないよ。そのことは、ちゃんと自覚して」

 そう言われたものの、春来はそのようなことを自覚できなかった。

「あと、聞いておきたかったんだけど、春来君は春翔ちゃんみたいに、ストライカーを目指す気はないの?」

「え?」

「この前もそうだけど、春来君は、自分だけでゴールを決めることができる場面がたくさんあるし、もっと攻撃を意識した、ストライカーとしても活躍できると思う」

「でも、僕は身体も小さいし……」

「身長なんて、少ししたら自然と伸びるよ。3月生まれだってことを考えたら、むしろ身長も高い方だよ。だから、そういった理由じゃなくて、やりたいかやりたくないかで選んだ方がいいと思う」

 そんな風に言われ、春来は少しだけ考えた。そして、春来なりに答えを見つけた。

「僕は、自分から攻めるようなことは、あまりしたくないですし、それにみんなと一緒にサッカーをやりたいんです。一人でゴールを目指すのは、何だか一人ぼっちになってしまったように思うことがあって、あまり好きじゃないんです」

「そういった理由があるなら、いいと思う。じゃあ、春来君は引き続き司令塔を目指すってことでいい?」

「はい、そうしたいです」

「春翔ちゃんは、ストライカーを目指したいんだよね?」

「うん……はい。私は、自分でゴールを決めたいです」

「色々と話したけど、こうした話を理解したうえで、どんな能力が必要で、そのためにどういったトレーニングをしないといけないか、考えてみて」

 そう言われ、春来と春翔は、しばらくの間、頭を働かせた。

「さっき、春来が言っていたけど、急に走ったり、急に止まったり、サッカーではそうすることが多いから、それをトレーニングするのがいいのかな?」

「うん、春翔ちゃん、すごくいいよ! マラソンとかだと、多少曲がることがあるとはいえ、ほとんど前に進み続けるだけでしょ? でも、サッカーだと走り続ける状況ってあまりなくて、急に走ったり、止まったり、後は急に曲がることを求められるの。だから、トレーニングをするうえで、それを意識する必要があるよ」

 そこまで言われて、春来も何をすればいいか、何となくわかってきた。

「それじゃあ、短距離を全力で走ったり、それですぐに止まったり、そうしたことをすればいいんですか?」

「さっき言い忘れたことがあるけど、春来君は、こうしたことを整理して、答えを出すのが得意だってことも自覚した方がいいよ? まあ、ほとんど正解だけど、実際にやってもらうのは、短距離を全力で走った後、長距離をジョギング程度の速度で走る。これを繰り返す、インターバルトレーニングと呼ばれるものだよ」

 他のみんなは、単純に同じ速度で走り込みをしている。それに対して、意図的に走る速度を変えるというのが、先輩の提案するトレーニングだった。

「ただの走り込みも、基礎的な体力を養うなら必要だけど、二人はそれをもうやっているみたいだしね。だから、少し発展させて、インターバルトレーニングをしようよ」

 それから、先輩は具体的に何をすればいいかを説明した。

 走り込みとなると、校庭を広く使い、そこを走るというものだが、先輩は、狭い範囲でのトレーニングを提案した。これは、方向転換を意識した場合、狭い方がむしろ方向転換をする回数が増えるためだ。

 そして、先輩は、地面に二十メートルほど離した平行な二つの線に引いた後、その間を行ったり来たりするように指示した。

「私が合図をしたら、全力で走って。それから、また私が合図をしたら、速度を緩めて。この時、それこそ、きつかったら、歩くぐらいの速度でもいいからね」

「わかりました」

 春来と春翔は、片方の線の所に立つと、開始の合図を待った。

「それじゃあ、早速全力で走って!」

 その合図をきっかけに、春来と春翔は全力で走った。狭い範囲を行ったり来たりするのは、思った以上に体力を奪われ、二人ともすぐに息が上がってきた。

「緩めていいよ!」

 これ以上走れないと思ったタイミングで、先輩がそんな風に言ってくれたため、春来達は速度を落とした。ただ、そうして何度か行ったり来たりした後、また先輩が声を上げた。

「全力で走って!」

 そうしたことを繰り返すうちに、春来と春翔はドンドンと息が上がり、それが治まることはなかった。

「二人とも、動きに無駄があるよ! 速度を緩めた時は、少しでも体力を回復させる意識を持って! それだけじゃなくて、全力で走る時は、少しでも体力を温存できるような意識を持つの!」

 先輩の言葉を聞いて、春来は自分の身体の動かし方を改めて意識した。そして、全力で走る時と、緩く走る時とで、全然違った走り方になっていることに気付いた。それは、先輩の言う無駄な動きだと自覚した。

 すると、春来は少しずつ息が整っていった。それだけでなく、全力で走った時、先ほどよりも速く走れるようになった。

 一方、春翔は息を整えることができず、段々とペースが落ちていった。

「次がラストだよ! 全力で走って!」

 そうして、最後に全力で走った後、トレーニングは終わった。

 春翔は、完全に疲れ切った様子で、仰向けになった。

「このトレーニング、きついですね……」

 そう言いながら、春来は息を整えた。

「春来君も春翔ちゃんも、お疲れ様。二人とも、身体の動かし方とか、意識するべきことがわかったんじゃない? 特に、春来君は途中からすごく良かったよ」

 これまで、春来達は走り込みなどをしていたものの、その効果があるのかどうか、疑問を持っていた。しかし、今回のトレーニングは、確かな効果があるように感じた。

「私だって、負けないから!」

「うん、春翔ちゃんも良かったよ。ただ、春翔ちゃんは切り返す時に無駄な動きが多くて、前もって切り返す準備をする意識を持つといいと思う。少し休憩して、またやってみようか」

 そうして、春来と春翔は先輩の指示で、インターバルトレーニングを続けた。

 そして、このトレーニングは、自然と春来達の日課になっていった。

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