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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
174/272

ハーフタイム 39

 こちらがゴールを決めたため、今度は相手がボールを持ったところから試合が再開された。

 相手は、パスを回すようにして、前線にボールを送ろうとした。ただ、すぐに何か気付いた様子で、ボールをキープすることを意識し始めた。これは、先ほど先輩の助言で、味方のほとんどがポジションを変えたことが大きく影響していた。

 今、相手のゴール近くにいるのは春翔だけで、それ以外の人は自分のゴールを守るディフェンスに回っていた。こんな状態で、相手はどう攻めようか迷っている様子だった。

 こうしたディフェンスを重視した作戦は、本来ある程度の点差をつけたうえでやるものだ。それを、同点の状況でやるのは、勝ちを諦め、引き分けを狙う時ぐらいだ。ただ、この作戦が、相手にとっては大きな焦りを生むきっかけになった。

「おい、早く攻めろ!」

 今、相手の目的は、レギュラーの実力を見せつけるため、勝つことだ。そうした思いをそれぞれが強く持っていて、先生もそれを望んでいる。そして、それは引き分けだとダメだという考えを自然と生み出していた。

 一方、春来達は引き分けになったとしても、レギュラーと同等の力を持っているということになるため、それだけで十分過ぎるほど評価されるだろう。つまり、必ずしも勝たないといけない状況ではないということだ。

 また、サッカーはチームプレーだといった考えを持つ人が多いことも、先輩の作戦が有効になっている理由になっていた。というのも、相手はワンマンプレーを極力避け、パスを回しながら、全員で戦うことを強く意識していた。

 春来達のチームメンバーは、レギュラーを相手に一対一の状況で勝てない人ばかりだ。そのため、相手がワンマンプレーで無理やり攻めてきた時、守り切れずに点を入れられる可能性は十分あった。

 しかし、相手がチームプレーを意識してくれているおかげで、そうした心配をする必要はなかった。それだけでなく、時間を稼ぐという、こちらがやりたいことを、むしろ相手がやっているような状態だった。

 そうして、相手がボールをキープしたまま、しばらくの時間が経過した。それは、残り時間が少ないという意味でもあり、相手にさらなる焦りを生んだ。

「春来君、そろそろ動ける?」

 先輩から、不意にそんな質問をされ、春来は頷いた。

「はい、大丈夫です」

 これまで、春来は十分過ぎるほど休むことができ、また動けるようになっていた。そのことを確認したうえで、先輩は次の作戦に移った。

「みんな! もう一点取るよ!」

 まだ相手がボールを持っている状況にもかかわらず、先輩の掛け声を聞いて、それまでディフェンスに回っていた人のうち、何人かが前線の方へ移動した。そんな行動に、相手は混乱した様子だった。

「おい、チャンスだ! 攻めろ!」

 ただ、先生からそんな風に言われ、相手はこちらのゴールを目指そうと攻めてきた。それに対して、春来は相手からボールを奪おうと動いた。

 相手からボールを奪うための方法としては、大きく分けて二つあり、一つは一対一の状況にするなどして、直接ボールを奪うというもの。もう一つは、相手がパスした時、それを妨害するようにして奪うというものだ。

 ただ、春来と一対一になることを極力避けているようで、少しでも春来が近づこうとしただけで、相手は焦ったように、すぐパスを出した。

 そのパスは、こちらのディフェンスが少ない場所を狙って出された。それは、本来なら正しいことで、咄嗟にそうするのも無理なかった。しかし、今そこにいるのは、最もディフェンスを得意とする男子だった。

 これも先輩の作戦で、ディフェンスの人数を偏らせることで、相手のパスを誘導する目的があった。その作戦が上手くいき、ディフェンスに回っていた男子は、狙っていたかのように、相手のパスを妨害すると、ボールを奪った。そして、春来は相手のマークを外すように移動し、すぐ男子からパスを受けた。

 ここで、春来は誰にパスを出すべきかと頭を働かせた。しかし、相変わらず春翔がマークされていることもあり、どうすればいいかと迷ってしまった。

「春来君、ゴールまで線を結ぶイメージを持って!」

 その時、先輩からそんな風に言われ、春来は、その言葉に集中した。

「どういうことですか?」

「ボールをゴールまでどうやって運ぶか、線をイメージするの! 春来君なら、きっとできるから!」

 その言葉の意味を理解した訳ではなかったが、春来は言われた通り、ボールをゴールまで線で結ぶようなイメージを持った。そうすると、これまで見えていなかった「何か」が見えた気がした。

 そして、春来はフリーになっていた味方にパスを出しつつ、自らもゴールを目指した。

 この時、春来には、人から人へとパスを繋ぎながら、ボールをゴールの方まで運ぶイメージが確かにあった。それは、アドバイスをしてくれた先輩を除いて、他の全員と一緒にサッカーをした経験があるのも大きかった。おかげで、どういったパスをすれば、相手が受けやすいかというだけでなく、どうすれば相手のパスを受けやすいかということもわかった。

 そうして、春来は味方にパスをしては、また味方からパスを受けるようにして、少しずつゴールを目指していった。そして、ゴールのすぐ近くまで来たところで、春翔にパスしようとしたが、春翔からゴールを結ぶ線が一切イメージできず、パスするのを止めた。

 それから、他の誰にパスすればゴールまで結ぶ線ができるかと考えたものの、相変わらず線は見えなかった。唯一見えたのは、春来自身からゴールへと結ぶ線だけだった。

「春来、そのまま決めてよ!」

 その時、春翔がそんな風に叫んだ。それを聞いて確信を持つと、春来は自らゴールを目指し、シュートを放った。

 そして、ボールは相手のゴールネットを揺らし、春来達に追加点が入った。

「みんな、集中して! このまま守り切るよ!」

 ゴールを決めた瞬間、試合が終わったかのような感覚を全員が持っていた。しかし、先輩の言葉を聞いて、まだ試合は終わっていないと気付くと、全員が真剣な表情になった。

 その後、こちらがまた守備を重視したため、相手はほとんど攻めることができないまま、試合は終わった。結果は、2対1で、春来達の勝ちだった。

「やったー!」

「俺達なら勝って当然だよな!」

 春翔と男子を中心に、こちらのメンバーは、みんな喜んでいた。

 一方、負けてしまったレギュラーは、先生から説教を受けていた。

「何で負けたんだ!? たるんでるんじゃないか?」

 先生の言葉に、レギュラーは何も言えないようだった。それを見て、春来は何か言いたくなったものの、言葉が出てこなくて、見ていることしかできなかった。

「私達が勝ったのは、先生のおかげですよ」

 春来が何も言えない中、そんな風に言ったのは、先輩だった。

「どういうことだ?」

「普通にやったら、私達は勝てなかったと思います。でも、先生が負けを許さないかのように強く言ったので、レギュラーのみんなは、動きが固くなっていました。だから、私達は勝てたんです」

「俺のせいで負けたっていうのか!?」

「はい、本当にそうだと思います。だって……」

 その後、先輩は今の試合を振り返る形で、何が悪かったかを順に説明していった。内容としては、攻めるのが得意な人を守備に回していたこと。パスをしなくていい場面で、パスをすることが多かったこと。守備が得意な人の近くに、別の人を置くことで、むしろ守備が弱くなってしまっていたこと。そうしたことを丁寧に説明していった。

 先輩の言っていることは、春来もその通りだと思うことばかりだった。そして、それは先生も同じ感想を持っているようで、何も言えなくなっていた。

 そんな状態がしばらく続いたかと思うと、突然、先輩が慌てた様子を見せた。

「ごめんなさい! 私、偉そうにベラベラと話してしまいました! 本当にごめんなさい!」

 そう言って、頭を下げる先輩は、先ほどとまるで別人だった。そんな様子の先輩に、友人らしき女子二人が笑顔で駆け寄った。

「ホント、夢中になると止まらないもんね」

「ホントホント。いつも一人で話し続けるんだもん」

「……そんなこと言わないでよ」

「でも、今回も言ってること、その通りだと思うよ」

「うんうん、だからもっと言っちゃえ!」

「もう、変な所で背中押さないでよ」

 会話を聞く限り、これが先輩にとってのいつも通りのようだった。その様子に、周りの人も自然と笑顔になった。そして、それは先生も同じだった。

「これは参ったな。俺の完敗だ。担任の先生から聞いてるけど、本当にマネージャー志望でいいのか?」

「はい、私は運動が苦手なので……。それに、叶えたかったことは、叶いましたから」

 運動が苦手なのに、何故わざわざマネージャー志望で、サッカークラブに入ったのか。叶えたかったこととは何なのか。先輩に対して、そんな疑問を持ったものの、春来には見当も付かなかった。

「さっきの話、俺もその通りだと思った。だから、入ってくれて嬉しい。ただ、まさか負けるとは思ってなかった……」

 そう言いながら、先生は困ったような表情を見せた。

「しょうがないな。ここでは先輩後輩など関係なく、言葉遣いは自由に……」

「それは違うと思います」

 そう言うと、先輩は春翔に目を向けた。

「春翔ちゃん、こうしてちゃんと話すのは、初めてだよね?」

「あ、うん……」

 突然話しかけられて、春翔は戸惑っているようだった。

「敬語が必要かどうかって話だけど、みんなと仲良くなることだけが目的なら、必要ないかもしれないね。でも、まだ仲良くない人とか、それこそ初めて会った人とか、そうした人に何かお願いする時、敬語が必要になる場面って、たくさんあると思うの」

 先輩は、少しでもわかりやすく伝えようと意識しているようだった。

「今はまだ子供だからって理由で許されても、そうじゃなくなる時だって、いつか来るよ。だから、春来君の言う通り、その練習みたいなものと割り切れるのが一番だけど、春翔ちゃんは、それで納得できないんだよね?」

「うん、だって……私達の方が、上手いと思うし……」

「それは、その通りだね」

「え?」

 春翔達の方が上手いといったことを先輩が一切否定しなかったことで、むしろ春翔は戸惑っていた。

「でも、春翔ちゃん達が先輩達に負けていることが確実にあって、それはクラブ活動の経験をしたかどうかってことだよ」

「……クラブ活動の経験?」

「放課後、みんなでサッカーをする時と違って、クラブ活動は時間が決まっているし、その限られた時間の中で、何をするかを考える必要があるの。その中には、筋トレとか、体力をつけるための走り込みとか、サッカーをしない時間もあるよ。でも、先生は一人しかいないから、時には先輩達に教えてもらうことだって、たくさんあるはずだよ。そうした、様々なことを教えてくれる人という点で、先輩達のことを尊敬するというのは、どうかな?」

 先ほど、春来は似たようなことを春翔に説明しようとしていた。しかし、先輩の言葉の方が、ずっと伝わりやすいと感じた。

「それで、来年後輩ができた時は、春翔ちゃん達が後輩に様々なことを教えるの。そうして、春翔ちゃん達も、後輩から尊敬されるような先輩になることを目指してほしいな」

 そんな風に言った後、先輩は何かに気付いたような様子を見せた。

「そうなると、私は去年、事情があってクラブ活動に参加できなかったから、春翔ちゃん達と変わらないね。それじゃあ、私に対しては敬語じゃなくてもいいよ」

「ううん! さっき色々言ってくれたおかげで、勝てたんだと思う……思います。だから……先輩のこと、すごいと思います」

 春翔は、そう言いつつも、まだ少し納得していない様子だった。それは、負けず嫌いな性格が関係しているのだろうと感じて、春来は付け加えることにした。

「僕達が勝ったのは、これまで先輩達が様々なことを教えてくれたからでもあるよ。だから、僕は先輩のことを尊敬しているし、このクラブ活動を通して、もっとたくさん、先輩達から、様々なことを教えてもらいたいと思っているよ」

「うん……」

「でも、反対に春翔が先輩達に教えられることも、たくさん見つかるんじゃないかな?」

「え?」

「春翔は、こういう所でも勝ちたい人じゃん?」

 そんな春来の言葉で、春翔は笑顔を見せた。

「うん、そうだよね! でも……それは、たくさんのことを教えてもらった後の話だよね」

 それから、春翔は、先輩達と先生の方を向き、頭を下げた。

「これから、たくさんのことを教えてほしいです。だから、よろしくお願いします」

 そんな春翔の動きに合わせるように、すぐ男子も頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 それに続くような形で、春来達も頭を下げた。

 それに対して、先生は笑った。

「やっぱり、俺の完敗だな。俺も学ぶことがたくさんあるとわかった。みんな、これからよろしくな」

 そして、先生が頭を下げたのに合わせるように、先輩達も頭を下げた。

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