表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
173/272

ハーフタイム 38

 またしばらく時間が過ぎて、春来達は、小学四年生になった。

 クラス替えがないため、クラスメイトは変わらず、それだけなら単に進級しただけといった感じだった。

 ただ、大きな変化もあり、それは、クラブ活動が始まることだった。クラブ活動は、小学四年生から六年生までの三学年合同で行われ、それぞれが自分の希望したクラブに入り、他の学年の生徒と交流する機会を与えるものだ。

 そして、いつも一緒にサッカーをやっている男子から誘われたこともあり、春来と春翔はサッカークラブに入ることを決めた。ただ、そうなると、以前から放課後に上級生とサッカーなどをする機会があったため、それとほとんど変わらないと思っていた。

 しかし、最初のクラブ活動で、これまでと大きく違うことがあった。

「下級生は、上級生のことを『先輩』と呼び、敬語を使うこと。また、上級生は、下級生を『後輩』として、しっかり世話すること」

 最初の挨拶の中で、顧問の先生から、そんな話があった。

 このことを、春来はあらかじめ知っていたため、先生の言うことに疑問を持つことなく、すぐに従うつもりだった。しかし、春翔は違った。

「それ、おかしくない? だって、いつも普通に話していたよ? 何で、急に敬語を使わないといけないの?」

 春翔の言う通り、これまで一緒にサッカーをやる時、上級生に対して敬語を使うことはなかった。それが今、クラブ活動だからという理由で、敬語を使わなければいけないというのは、確かにおかしなことだった。

 ただ、春来はそんな春翔の疑問を解決できる答えをいくつか持っていた。

「仕事とかを始めると、目上の人に敬語を使うのが普通だから、その練習みたいだよ」

「それじゃあ、私達の方が上手かったら、敬語じゃなくていいってこと?」

「いや、ここは年上の方が、目上ってことで……」

「仕事だと、年下の人が上司ってことも多いって、パパは言っていたよ?」

 春翔の疑問を解決できると思っていたのに、全然納得してもらえず、春来は苦笑した。そして、それは春翔のことをまだよく知らないからだろうと感じた。

「反対に質問するけど、春翔は何で敬語を使いたくないのかな?」

「だって、これだけ仲がいいのに、何か急に他人みたいな感じになるなんて嫌だよ」

「確かに、春翔の方が色々な人と仲良くなっているし、その方がいいのかもしれないけど、あくまで目上の人……尊敬できる人に対して、少しでも言葉遣いを丁寧にするって考え方はどうかな?」

「だから、それなら私達の方が上手かったら、敬語じゃなくてもいいじゃん」

「尊敬できるかできないかは、上手いか上手くないかだけじゃなくて……」

 その時、春来達の会話を聞いていた先生や上級生が、何か閃いたような様子を見せた。そのことに気付き、春来は話を中断させた。

「だったら、即席でチームを作れ。それで、こっちのレギュラーと勝負してもらう。その勝敗で、敬語を使うべきかどうか決めるぞ」

「はい、ここまで言われて、僕達も負けられません!」

 それは、春翔を納得させるだけでなく、レギュラーになっている上級生を奮い立たせる目的で、提案されたものだった。

「何か、楽しくなってきたな。誰を選ぶか、俺が決めていいよな?」

 男子は、クラブチームに所属していることもあり、メンバーに入れたい人が既に決まっているようだった。そして、ワクワクした様子で、新しくサッカークラブに入った同級生と、レギュラーになっていない上級生を選んでいった。

「じゃあ、これで……」

「えっと……私も入れてくれない?」

 そんな風に言ったのは、一学年上の女子だった。

 その女子は、放課後に春来達がサッカーをやっている時、参加することなく、周りで見ているだけだった。サッカークラブに入ったのも、去年からでなく、今年からのようで、どんな実力を持っているか、まったくわからなかった。

「だったら、私が抜けるよ。それでいいよね?」

 ただ、同じく一学年上の女子がそんな風に言ったため、その二人を入れ替える形で、即席のチームが完成した。

「ちょっと戦力不足だけど、しょうがねえよな」

「そんなこと、言わない方がいいんじゃないかな?」

 普段、上級生と一緒にサッカーをやる際、何度か試合のようなものをすることもあった。その時は、実力のある上級生がそれぞれのチームに分かれて、偏りがないようにしていた。

 ただ、今回は実力のある上級性がレギュラーとしてチームを組み、春来達は即席で作ったチームで相手をすることになる。また、ルールは前半のみの30分という、短期決戦に近いものだ。そうなると、味方同士の連携が取れる前に決着がつく可能性があり、どう考えても春来達の方が不利だった。

「せっかくだし、マジで勝ちにいかねえとな」

「うん、絶対に勝つよ!」

 しかし、男子と春翔は、やる気に満ちた様子で、そんなことを言っていた。一方、春来は複雑な気持ちだった。

「負けたら、承知しないからな!」

「はい、絶対に勝ちます!」

 レギュラーの方も、先生からのプレッシャーを受けつつ、絶対に勝つといった強い意志を持っているようだった。そんな人達を相手に、勝ってしまっていいのだろうか。そんな疑問を、春来は持っていた。

 それから、それぞれの準備が終わり、試合は始まった。

 ハンデとして、春来達のチームからボールを持つことになり、まず最初に春来がボールをキープすることになった。そして、春来は誰にパスするべきかを考えた。

 ただ、必死に勝とうとしている上級生を前にして、春来は、自然と動きが止まってしまった。次の瞬間、あっさりボールを奪われると、そのままゴールを決められてしまった。

「やったー!」

「よくやった! その調子だ!」

 相手だけでなく、先生も喜んでいる。そうした様子を見て、この試合は負けるべきなんだろうと感じた。そして、またこちらがボールを持った状態から再開しようとしたところで、春翔が駆け寄ってきた。

「春来! 今、加減したでしょ!?」

 春翔は、怒った様子で、そう詰め寄ってきた。

「いや、だって……」

「加減するなんて相手に失礼だし、いつだってハンデなしでやるべきだよ!」

 サッカーを始めた頃、春翔が悔しがるからといって、春来は加減したことがあった。そして、その時もこんな風に怒られた。

 そのことを思い出し、春来は、自分が間違っていると気付いた。

「みんな、ここからだよ!」

 そう言うと、春翔は足首を回しながら手をブラブラとさせた。

「それじゃあ、ハンデなしでいくよ」

「……うん、わかったよ」

 そして、春来は何度か深呼吸をして、意識を集中させた。

 そうして、試合が再開されると、また春来はボールをキープすることになった。すると、またすぐに相手がボールを奪おうと近づいてきたが、今度はボールを相手から離すように、身体を使った。

 司令塔を目指すには、どんな技術が必要なのか。そうしたことを春来は自分でも調べて、すぐに実践するようにしていた。そうして得たものは、特にボールをキープする技術や、そうしてキープしたボールをパスする技術だ。

 それは、はっきりとした形で表れていて、一対一で春来からボールを奪うのは、ほぼ不可能だといったことを色々な人に言われた。それについて、春来は否定しているものの、実際のところ、一対一でボールを奪われることは、ここ最近ずっとなかった。

 春来は、ボールをキープしながら、少しずつゴールに近づいた。その間、味方全員が相手のマークに合っていて、パスを受けられそうな人は、誰もいなかった。特に、前線にいる春翔がマークされていることが問題だった。

 春翔は、その性格もあって、自らゴールを目指すことが多く、しかも実際にゴールを決めた経験もたくさんある。そのため、即席で作ったこのチームにおいて、得点を稼ぐなら春翔に任せるのが一番だ。

 しかし、相手もそのことを理解しているようで、春翔はしっかりマークされてしまい、とてもパスできる状況ではなかった。

「春来、一旦もらう!」

 いつも一緒にサッカーをやる男子は、ディフェンスが得意なため、基本的に相手ゴールを目指さずに、自分のゴールを守るようにしている。その男子が、春来をフォローするように近づいてきた。

「うん、任せるよ!」

 ボールをキープし続けることは、スタミナを消費させられる。そのことを心配して、男子がフォローに来てくれたため、春来はすぐにパスしようとした。しかし、相手がそれを読んでいるどころか、むしろそれが狙いだと気付くと、フェイントをかけるように、直前でパスをやめた。

 そんな春来の行動が意外だったようで、相手だけでなく、味方も含め、ほぼ全員の動きが乱れた。唯一動きが乱れなかったのは、春翔だけだった。

 春来は春翔がいる場所でなく、春翔が向かっている場所へパスを出した。それを春翔が慣れたように受け取った時点で、結果は明らかだった。

 春翔は軽くドリブルすると、シュートを放った。普段から壁当てで練習している春翔のシュートは、ゴールポストを掠めるようにして、見事ゴールを決めた。

 春翔がゴールを決めるのと同時に、みんなが歓声を上げた。そんな中、春来だけは、声が出せないほど息が上がってしまい、必死に息を整えようと、深呼吸を繰り返した。

 普段の春来は、すぐ誰かにパスするようにしているため、サッカーの試合で疲れるほど動くことがほとんどなかった。しかし、今回のように長時間ボールをキープすることを強要された結果、あっという間に体力を奪われてしまった。

「みんな! もっと春来君の負担を減らすため、ポジションを変えよう!」

 そんな風に声を上げたのは、先ほど自らチームに入りたいと言った、一学年上の女子だった。

 それから、春翔と男子が、心配した様子で駆け寄ってきた

「春来、大丈夫?」

「おいおい、まだ始まったばっかじゃねえかよ」

 春翔達がそんな風に心配する中、一学年上の女子は、他のメンバーに対して、何か作戦のようなものを伝えていた。春来は、息を整えながら、それを聞いて、思わず笑顔が零れた。

 そして、他のメンバーに作戦を伝えた後、こちらに近づいてきた女子に対して、春来はそのまま笑顔を見せた。

「ありがとう……ございます。えっと……『先輩』の作戦、いいと思います」

「え?」

「僕達三人は、自由にやっていいですよね?」

 春来は、初めて「先輩」という言葉を使った。

 それを受け、その女子は嬉しそうに笑った。

「うん、『先輩』に任せて!」

 先輩が心強い言葉を伝えてくれたため、春来はまた笑顔を返した。また、疲れは簡単に取れるものじゃないが、どうにか息を整えることだけできた。

「おい、再開するぞ!」

「はい! それじゃあ、みんなさっき言った通りにね!」

 先生から急かされるようにして、春来達は自分のポジションに戻った。

 そうして自分のポジションに着くと、先輩の指示で変わったみんなのポジションを強く感じることができた。同時に、春来は負ける気が一切しないと感じた。

 それから、春来は改めて深呼吸をすると、意識を集中させた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ