ウォーミングアップ 16
ダークの一番手は、大柄な男が出てきた。
「わいの対策で、体格差を利用しようってのが見え見えやで? せやけど、今夜はわいが一番手やないねん。残念やな」
可唯は挑発するようにそんなことを言った。それに対して、鉄也はイラついた表情を見せた。
「うるさい、そいつを倒せば、すぐ可唯が出てくるんだろ?」
「まあ、わいは誰が相手でも負けへんで。せやけど、作戦が甘すぎやねん。そんな頭の悪い鉄也がリーダーで、ダークがかわいそうやな」
「何だと!?」
「おい、一番手は俺なんだ。不要な挑発はやめろ」
翔はそれだけ言うと、構えた。同時に相手が構えたのを見て、随分とリーチが長そうだと感じた。
「二人ともいいか?」
「ああ、いつでもいい!」
「こっちも大丈夫だ」
「それじゃあ……始め!」
その掛け声と同時に相手が突進するように近付いてきて、早速パンチを繰り出してきた。翔は体を反らすようにして攻撃をよけると、当たったら大きなダメージになりそうだと分析していた。
もっとも、その直後に放った翔の蹴りがカウンターのような形で当たり、相手が気絶してしまったため、翔の分析は無駄になった。
「……あ、ランの勝ちだ」
あまりに突然だったせいか、判定の声は少し遅れて発せられた。翔はそれを聞きつつ、また足首を回しながら手をブラブラとさせた。
「さすがランやな!」
「相手が油断してくれたおかげだ」
「そないなことないやろ! 向こうはランの登場にどないしようか困っとるで!」
「可唯、悪いが集中したいんだ。少し黙っていてくれ」
可唯とそんなやり取りをしていると、ダークから二番手に選ばれた者が出てきた。今度は翔と同じような体格で、ステップをするように足を動かしていた。
「次を始める。二人ともいいか?」
「おう!」
「大丈夫だ」
「それじゃあ……始め!」
今度の相手は警戒しているのか、こちらから距離を取っていた。そのため、翔の方から少しずつ近付いていった。そうして、ある程度近くなったところで、相手が蹴りを放ってきた。それも一発でなく、器用に足を振ると、上下左右、様々な箇所を攻撃してきた。
さすがにさばき切れないと判断すると、翔は少しだけ距離を取った。それから、相手と同じように翔も軽くステップをするように足を動かした後、また距離を詰めた。
そして、相手の蹴りに合わせて翔も蹴りを繰り出し、お互いの脛付近が当たった。相手は翔がそんなことをすると予想していなかったようで、バランスを崩した。その隙を見逃すことなく、翔は一気に距離を詰めると、相手の頬にパンチを当てた。
元々、体勢を崩していたこともあり、相手はそのまま倒れた。そして、翔は馬乗りをするように相手を押さえると、顔目掛けて拳を振り下ろした。
「こっちの勝ちでいいか?」
翔は拳を寸止めして、相手に当てなかった。しかし、相手は完全に目を閉じていて、戦意喪失した様子だった。
「え、ああ……ランの勝ちだ」
翔は立ち上がると、少しだけ息を整えた。
「流石やな! このまま全勝やで!」
「だから、可唯は黙ってくれ」
翔がそんな風に言ったが、既に可唯だけでなく、ライトのメンバーの多くが声援を送ってきて、ほとんど集中できない状況になっていた。ただ、今のところ相手の油断により苦戦していないだけで、翔はそこまで声援されるほどかと感じた。
「サッサと次行け!」
一方、鉄也は焦った様子で、そう叫んだ。どうやら翔の休憩時間を減らすことで、体力勝負にするつもりのようだ。ただ、サッカーの試合に比べれば、あまり疲れないため、翔は特に困らなかった。
そうして、向こうの三番手が出てきて、すぐに勝負が始まったが、早々に翔のカウンターが決まり、またあっさりと決着がついてしまった。
こうして残りは二人。普段なら四番手で補佐の和義、最後の五番手でリーダーの鉄也が出てくる。翔はそれを覚悟して、次の準備をしていたが、何か諦めた様子の鉄也を見て、自然と緊張感が薄れていった。
「今日はもう終わりだ。俺達は帰らせてもらう」
「それは、今回も俺達ライトの勝ちでいいってことか?」
圭吾の言葉に、鉄也は悔しそうに唇を噛みしめると、何も言わずにダークのメンバーと共に行ってしまった。そんなダークの後ろ姿を見ながら、翔は一息つくと、グローブを外した。
「ラン、余裕やったな!」
「そんなことない。少しでも気を抜いたら危なかった」
「随分と謙虚な評価やな」
可唯とそれだけ話した後、翔は圭吾に近付いた。
「結果、出せましたかね?」
「……ああ、十分だ。ランの願いを聞くだけ聞こう。ただ、叶えるかどうかは内容によるぞ?」
「ええ、それでいいです」
翔は圭吾の様子を伺いつつ、少しだけ間を空けた。
「ライトの元リーダー、宮川光さんと話をする機会を設けてほしいんです」
「……光と?」
「宮川さんは、今セレスティアルカンパニーの副社長をしていますよね? 以前からネットワークという分野に関心があったので、何かの機会で話をしたいと思っていたんです。圭吾さんは、以前から宮川さんと知り合いと聞いていますし、お願いできませんか?」
圭吾がどんな反応をするか、不安を持ちつつも、翔は一気にお願いしたいことを全部伝えた。それに対して、圭吾は困ったような表情だった。
「……わかった、考えておく」
「是非、お願いします」
歯切りの悪い返答だったが、あまりしつこく言ってもしょうがないと考え、今はこれぐらいで押さえておいた。
「それじゃあ、自分はもう帰ります」
「いや、こっからランの祝勝会やで?」
「勝手に決めるな。それに……ダークが黙っていないようだからな」
帰ったはずのダークのメンバー数人が、翔を見張るように潜んでいることを、先ほどから認識していた。そのため、翔は一刻も早くここを離れたかった。
「闇討ちの危険があるから、俺達が送っていくぞ?」
「大丈夫です。走りは得意ですし、近くの廃墟を利用して逃げます。それじゃあ、失礼します」
それだけ言うと、翔は速足で、その場から離れた。それから少しして、翔の予想どおり、ダークのメンバーが追いかけてきた。
まだ時間が経っていないため、周辺を囲まれるような状態にはなっていないはずだ。そう判断しながら、翔はダークのメンバーを振り切るほどの速さで走り出した。