ハーフタイム 34
この日、春来と春翔は、昼前にペットショップを訪れていた。その理由は、昼前からすることがあるとのことで、それを見届けたかったからだ。
春来達が来た時、既に準備は完了していて、早速動き始めるようだった。
「それじゃあ、まず、この動画を投稿しますね」
店長の妹は、先日、医者を取材した際に撮った映像を投稿した。
他の人を取材した際の動画は、何回かに分けて、これまでに全部投稿していた。そのため、取材した際の動画としては、これが最後の投稿だった。
ただ、いつも通り、投稿してから少しして、批判のコメントがあった。特に、医者の話している内容が、番組や大手のペットショップを批判するものだったため、どちらのアカウントからも否定するようなコメントがあった。
それにより、このペットショップだけでなく、医者や動物病院を批判するコメントもたくさん来た。それは、「藪医者だ」とか「高額請求された」とか、見ただけで事実無根とわかるような、ひどい内容だった。
「……これ、大丈夫なの?」
「事前にちゃんと話してるし、それでも協力してくれるって言ってくれたんだよ」
「あの人、ホントにいい人だね。今度、お礼に食事とか誘ってみたら?」
「うん、そうするよ」
「うんうん、絶対にそれがいいよ」
「……何か、企んでない?」
「そ、そんなことないから!」
これまで、たくさん批判されてきたためか、店長も、その妹も、こうしたことに慣れてきている様子だった。
「ところで……篠田さんは、何をしているんですか?」
店長の妹が投稿などをしている中、篠田は、自分のノートパソコンを使い、何かをしていた。しかし、横から画面が見えないよう、フィルターを付けているため、何をしているのかはわからなかった。
「ちょっと忙しいから、後にしてもらえるかしら?」
篠田は、簡単にそう言うだけで、キーボードを叩き続けた。それは、しばらく続き、いつもと違って、どこか必死なように見えた。
そして、少し落ち着いたのか、篠田は手を止めると、息をついた。
「何だったかしら?」
「えっと、何をしているんですか?」
「それは、後のお楽しみよ」
「結局、教えてくれないんですね」
これまで待ったのに、何の答えも返ってこなくて、店長の妹は苦笑した。
「次の動画は、午後2時ぐらいに投稿すればいいんですよね?」
「ええ、それでいいわ」
「それじゃあ、一旦お昼にしようか」
そして、今後のことを確認したところで、店長からそんな提案があった。
「近くのファミレスでいいかな?」
「私は、やることがあるから、ここに残るわ」
篠田は、即答するような形で、店長の誘いを断った。
「おにぎりを買ってあるし、大丈夫よ。私のことは、気にしないでいいわ」
先ほどのような必死さはないものの、篠田は定期的にノートパソコンを操作し、何かを確認しているようだった。
「でも……」
ただ、悪いといった気持ちがあるようで、店長は篠田の言葉を受けることができなかった。そんな思いを察したのか、篠田は笑顔を見せた。
「今度、何か美味しいものを奢ってくれれば、それでいいわ」
「……あまり、高くないものにしてくださいね」
「それは、どうかしらね。まあ、この後も大変だし、さっき言った通り、私のことは気にしないで、お昼にするのがいいと思うわ」
「わかりました。それじゃあ、行ってきますね」
そうして、篠田だけを残し、春来達は近くのファミレスへ行った。
「みんな、好きな物を頼んでいいからね」
店長がそんな風に言ってくれたため、春来達は少しだけ悩みつつ、それぞれ自分の好きな物を注文した。そうして、料理を待っている間、お互いに何を話していいかわからなくなってしまい、しばらくの間、黙ったままでいた。
「ホントに、どうにかなるのかな……?」
そんな中、不安げな様子でそうつぶやいたのは、店長の妹だった。
篠田には、何か策がある様子だが、その詳細は未だに不明なままだ。それに、たとえ策があったとしても、それが上手くいくかどうかもわかっていない。動画の撮影と編集について、今日までという期限をつけたということは、恐らく、今日のうちに何か解決させようとしているのだろう。そうしたことを考えれば考えるほど、みんな不安を感じていた。
「私は、最初に話した通り、一人でも多くの人がこの問題のことを知って、それで少しでも動物達が救われれば、それでいいんだけどね」
店長は、最初から考えを変えることなく、ずっとそう言っていた。ただ、それを聞いて、妹の方は納得していないようだった。
「私は、お姉ちゃんが悪者にされたままなんて、絶対に嫌だよ」
「ありがとう。そうやって、わかってくれる人がいるだけで、私は幸せだよ」
「そうじゃなくて……」
そんな話をしている時、注文した料理が来たため、会話は中断された。そして、お互いにこれ以上話すのは避けようと判断したのか、食べている時や、食べ終わった後も、この話題について話すことなく、他愛もない話だけした。
そうして、しばらくゆっくりした後、春来達はペットショップへ戻ることにした。
ただ、近くまで来たところで、十人ほどの男女がペットショップの前にいたため、春来達は足を止めた。
「また、批判しに来たのかな?」
そう言いつつも、日が経つに連れて、直接批判しに来る人は少なくなっていたため、違う理由を同時に考えていた。どちらにしろ、これだけの人数が一度に来ることは初めてのため、どうすればいいのかわからず、固まってしまった。
そんな中、店長は勇気を振り絞るように足を進めると、その人達に近づいていった。
「あの、何かご用ですか?」
店長がそんな風に声をかけると、その人達は顔を向けてきた。
「もしかして、このペットショップの人ですか?」
「はい、そうですけど……?」
「あの……僕達、応援してますから!」
その言葉があまりにも意外で、春来は何を言われたのか、理解するまでに少々の時間がかかった。それは、店長なども同じのようだった。
「え、どういうことですか?」
「もう、ちゃんと説明しないと! 急に来て、すいませんね」
「ああ、確かに! ごめんなさい! 僕達は、みんなペットを飼ってて、それをきっかけにSNSで知り合ったんですけど、えっと……」
「私が説明するよ。あの番組、デタラメだってこと、私達はわかってますし、ここが素晴らしいペットショップだということも、わかってますから。それなのに、あんな風に批判する声ばかりで、私達のコメントとか、すぐ埋もれてしまうんです。それで、今日はみんな休みだったので、直接私達の思いを伝えるため、ここに集まろうって話になったんです」
その後も話は続いて、大手のペットショップの問題として、そこで購入したペットの躾に苦労しているといった人や、明らかに弱っている動物がいることを指摘したらクレーマー扱いされた人など、そうした人も集まっているとのことだった。
「今、休みにしてるみたいですけど、再開したら、また来ますから」
「批判の声ばかり目立ってますけど、私達は、応援してますからね」
「……ありがとう」
店長は、どこか救われた様子で、少しだけ目に涙を浮かべていた。
そうして、しばらく話をした後、彼らは帰っていった。
「……お姉ちゃん、良かったね」
店長の妹は、話が終わるまで、近くで見守っていた。
「うん、良かったよ」
そして、店長は目に涙を浮かべたまま、笑顔を見せた。
それから、春来達は中に入った。
「今、外で私達を応援してくれてる人達と会いました」
「まあ、そういうこともあるわね」
店長の報告に対して、篠田はそんな返答をするだけで、それはまるで元々想定していたかのようだった。
「驚かないんですか?」
「テレビとSNSしか見ていなかったら、驚いたかもしれないわね」
店長の妹がした質問に対しても、そんな返答をするだけだった。そんな篠田の様子に、店長の妹は、また苛立っているような様子を見せた。
「もう、何なんですか?」
「それより、そろそろ次の動画を投稿する時間よ?」
「あ、そうですけど……はい、そうですね」
店長の妹は、観念した様子で、次の動画を投稿する準備を始めた。
その動画は、動物達の映像を流しつつ、その背景に春翔を含めた子供達の声を入れたものだ。
「いつも、私のことを迎えてくれる犬がいるの」
「みんな仲良しで、見てるだけで幸せになります」
「捨てられた犬を見つけて、困ってた時、助けてくれたのがここだ」
「私は、ここで素敵な家族に出会えたよ」
「どうしていいかわからないことがあったけど、すぐに教えてくれたんだよ」
「ここに来て、僕もペットが欲しいって思ったんだ」
そうした子供達の声と一緒に、穏やかな雰囲気のBGMが流れ、見ているだけで心が落ち着くような、そんな動画だと春来は感じた。
「すごくいい!」
「編集、大変だったよ。まあ、まだまだ未熟な私の作った動画だけど、投稿するね」
店長の妹は、この短期間で、動画の撮影や編集を覚えたばかりだ。当初、素人とは思えないような動画を作ると言っていたものの、動画作成の難しさを痛感したようで、今はそんな言い方になっていた。
「でも、今私にできること……伝えたいことを形にできたと思うよ」
そう言うと、店長の妹は、動画を投稿した。
しかし、少しすると、また多くの批判コメントがあった。その内容は、「子供を使うな」とか、「お涙頂戴か」とか、そういったものだった。
そうしたコメントを見て、店長の妹は、落ち込んだ様子を見せた。というのも、店長の妹が作成した動画としては、これが最後の動画だ。それは、短期間とはいえ、これまでやってきたことの集大成のようなもので、それが批判されるのは、本当に辛いようだった。
しかし、店長の妹は全部を受け入れようと決心した様子で、全部のコメントに目を通していった。すると、途中で驚いたような表情を見せた。
「応援してくれてる人がいる」
「これ、さっき来てくれた人達かもしれないね」
店長も、そのコメントを見て、そんなことを言った。同時に、春来は疑問を持った。
「さっき、応援してくれている人達が、『コメントが埋もれる』って表現をしていたんだけど、どういうことかな?」
「春来君、ちょっと待ってもらっていいかしら?」
篠田は、また必死な様子で、キーボードを叩いていた。そして、少しして落ち着いたのか、また手を止めた。
「春来君が気付いたこと、重要なことよ。このSNSでは、話題になっているものが上に表示されて、反対にそれ以外は下の方へ埋もれていってしまう仕組みになっているわ。これは、特定の投稿に対する返信などでも同じことよ」
そう言われて、春来はすぐに気付いた。
「それじゃあ、複数のアカウントを使って、話題になっているかのように細工すれば、そのコメントを上に表示できるってことかな?」
「その通りよ。複数のアカウントを使うメリットとして、あたかも多くの人が同じ意見を持っているかのように見せられると言ったけど、高評価を付けたり、引用したりすることで、話題になっているかのように偽ることもできるわ」
「そんなの、ひどくないですか? 私も、上の方のコメントしか見てなかったし……こんなに応援してくれてる人がいるなんて、気付かなかったもん」
店長の妹は、これまで投稿した動画に対するコメントを見返して、応援や賛同してくれる人がいることを確認すると、申し訳なさそうな様子を見せた。
「そういうシステムになっているから、しょうがないことよ。それより、次に動画を投稿するのは、午後4時半よ。今、動画を渡すわ」
そう言うと、篠田は、店長の妹が使っているノートパソコンに動画を送った。
「篠田さんが投稿すればいいんじゃないですか?」
「ある理由で、それはできないのよ。まあ、またしばらくはすることもないし、ゆっくりしていていいわ」
篠田がそう言ったため、春来達は特に何もすることなく、ただ待つだけの時間を過ごした。
そうして、午後4時半が近づき、店長の妹は、動画を投稿する準備を始めた。
「投稿する時間、いつも篠田さんが決めてましたけど、何か意味があるんですか?」
「まあ、あってないようなものよ。ただ、この動画を投稿するのは、今が一番いいと思うわ」
その動画は、店長と篠田が作った、取材時の再現映像だ。内容としては、監視カメラに偶然残っていた映像という設定で、番組の取材を受けた時、実際に店長が話していたことを伝えるものだ。
それは、本当に動物のことが好きな店長が、大手のペットショップを中心に起こっている問題について、一人でも多くの人に知ってほしいといった、伝えたいことを伝えるものだった。
「それじゃあ、投稿しますね」
そうして、店長の妹は、この動画によって何か変わってほしいと願っているのか、少しの間だけ目を閉じた。
そして、目を開くと、動画を投稿した。