ハーフタイム 33
次の日、春来達は学校があり、いつも通り二人一緒に学校へ向かった。
そして、学校に着くと、春翔は早速友人達に、取材を受けてほしいといったお願いをした。
「顔は映さないようにするから、あのペットショップがいい所だってこととか、店長がいい人だってこととか、そういったことを話してほしいの」
春翔がそんな風に説明してから少しの間、みんなは反応に困っているようだった。
「俺は一回しか行ってねえけど、それでもいいよな?」
そんな中、いつも一緒にサッカーをやっている男子が、最初にそう名乗り出てくれた。それに続くように、ペットショップへ行ったことがある人も取材を受けると言ってくれて、今日の放課後、それぞれ話をしてもらえることになった。
そうした様子を、春来は一歩引いて見ていたものの、一つ気になることがあり、補足することにした。
「多分、先生とかは反対すると思うから、内緒にした方がいいと思うんだよね」
「ああ、春来の言う通りだな。みんな、先生にはバレねえようにしよう」
「うん、わかった。他のクラスの人にも話してみるけど、気付かれないようにするね」
すぐにみんなが提案を受け入れてくれて、春来は安心した。
それから放課後になるまでの間に、他のクラスの人にも声をかけてくれた人がいたおかげで、最終的に十人以上の人が取材を受けてくれることになった。
そして、放課後になると、あらかじめ店長の妹と待ち合わせしていた公園に、春来達は向かった。
「すごい……こんなに来てくれたんだ?」
店長の妹は、両親などに許可をもらったうえで、この問題が解決するまで、学校を休むことにしたそうだ。そして、今日の昼間は、篠田に教えてもらいながら、動画の編集などをしていたとのことだった。
「みんな、来てくれてありがとう。簡単な話はもう聞いているかもしれないけど、まずはどんなことを話したいか、順番に聞いていってもいい?」
店長の妹は、取材に慣れただけでなく、相手が年下ということもあって、昨日よりも落ち着いているようだった。
そうして、店長の妹は、一人一人に対して、丁寧に話を聞いていった。その際、撮影などすることなく、メモを取りながら、ただ話を聞くことを優先していた。
そして、全員から話を聞き終えると、店長の妹はメモしたことを確認しながら、何か考えているようだった。
「私の中で、こんな映像を作りたいっていうのがあるの。まず、映像はペットショップの動物達とかを映したものにするつもりなの。その映像の背景に、今みんなが話してくれたことを、短く切り取りながら繋げていったものを合わせたいの」
店長の妹が作りたい映像というのは、様々な子がペットショップや店長に対して、どう思っているかを、短く一言だけ話している音声をまとめたうえで、それをペットショップの動物などを映した映像に合わせるというものだった。これは、撮影されていると、緊張してしまう子がいることを考慮したものだった。
「音声だけでも緊張しちゃうと思うけど、言い間違えたり、上手く言えなかったりしたら、すぐに言い直していいから安心してね。それじゃあ、誰から録音しようか?」
「俺から録ってくれよ!」
ここでも、いつも一緒にサッカーをやっている男子が、最初に声を上げた。
そして、店長の妹がスマホを操作し、声の録音は始まった。その様子は、当然ながら、昨日と大きく違っていた。
「さっき言ってもらったこの言葉を、色々な感じで言ってもらってもいい?」
今日は、特定の言葉を何度も言ってもらい、それを録音するというものだ。その様子は、取材というより、むしろアニメや吹き替え映画のアフレコをしているようだった。
それぞれが言う言葉は、先ほど話してもらったことの中から、店長の妹が選んだものだ。それはほんの一言だったが、最初は慣れなくて、上手く言えないようだった。
それでも、何度も繰り返すことで、少しずつ形になっていった。
「ちょっと休憩して、また後でやってみようか。次は誰にする?」
「それじゃあ、私がやるよ」
また、人数がいることもあり、ある程度録音した後、すぐに交代するという形を取っていた。店長の妹は、休憩が目的であるかのように言っていたが、実際は間を置くことで、どう言えばいいか整理させる目的があるようだった。それだけでなく、他の人の様子を見ることで、自分はどう言えばいいか、参考になるといった利点もあった。
そうして、交代しながら一周、二周と録音していくに連れ、みんなすっかりと慣れていった。
「これも言ってもらっていい?」
そのタイミングで、店長の妹は追加の言葉をお願いした。すると、既に慣れていることもあり、みんなすんなりと追加の言葉も言うことができた。
「私もやりたい!」
そうして、ある程度みんなの録音が終わったところで、春翔がそんなことを言った。それに対して、店長の妹は笑顔を返した。
「うん、もちろんだよ」
そして、春翔は一回目の録音から、ハキハキとした口調で、あっという間に満足のいく形になった。
この時、春来は篠田から昨日言われたことを思い返していた。
春翔は、自身の伝えたいことを、心を込めて必死に伝えようとしている。そうして伝えている言葉以上のことを、春来は何も思いつかなかった。
「春来は何も言わねえのかよ?」
ふと、そんな風に男子から言われて、春来は軽く息をついた。
「全部、春翔が言ってくれたから、僕はいいよ」
「春来君、今日は別に篠田さんから止められてないし、問題ないと思うよ?」
「ううん、そうじゃなくて……僕はいいよ」
自分には、伝えたいことが何もない。一瞬、そう言いかけたものの、春来はやめておいた。
そうして、みんなの録音が終わると、春来達は今日もペットショップへ向かった。その際、一緒に来たいと言った人がいたものの、まだ直接批判しに来る人がいる可能性があるため、それは断った。
「篠田さん、無事に録音してこれました」
「上手くいったかしら?」
「春翔ちゃん達がたくさんの人を呼んでくれて、それに篠田さんのアドバイスもあったので、上手くできました」
昨日と違い、店長の妹は、篠田から様々なアドバイスを受けていたようだ。
「でも、編集が大変そうです」
「それも慣れよ。それより、そろそろ今日の動画を投稿する時間よ?」
「あ、そうですね」
篠田は、もう一台追加でノートパソコンを持ってきていて、それを店長の妹に貸していた。店長の妹は、それを使い、投稿の準備を始めた。
「昨日撮った映像、もう編集できたのかな?」
「ああ、今日投稿するのは、別のだよ。前に、動物の写真だけじゃなくて、動画も入れたらどうかって、お姉ちゃんに言ったんでしょ? それを今日は投稿するよ」
それは、今回の炎上騒動が起こる前に、春来が言ったことだ。
「お姉ちゃんから聞いて、私もそうしたいと思ったんだけど、スマホで撮ったのをそのまま投稿するのは、何か違う気がして、できなかったんだよね。でも、篠田さんから動画の編集方法とかも教えてもらったし、ようやく実現できるよ」
「そんなことしたら、番組を作った人とかから、不審に思われないかな?」
「それは大丈夫よ。初心者でも簡単に使える、フリーソフトで編集しているし、色々とアドバイスしたとはいえ、初めての動画編集だから出来も悪いし……」
「ちょっと! 頑張ったのに、そんなこと言わないでくださいよ!」
「まあ、それは半分冗談で、一緒に投稿する文章を見てもらえれば、春来君も理解できると思うわ」
「うん、投稿する前に、教えるよ」
そうして、店長の妹は、動画と一緒に投稿する文章を春来に見せつつ、自分でその文章を声に出して読み始めた。
「少しでも今の状況を伝えられればと思い、初めて動画の撮影と編集をやってみました。動物達は、今日も元気に仲良く過ごしてます」
それは、春来の疑問を解決するものだった。
「確かに、それなら大丈夫かな……」
「それじゃあ……投稿するよ」
それは、初めての動画投稿になるため、店長の妹はどこか緊張した様子で、投稿した。
ただ、それから少ししてあったのは、いつも通り、こちらを批判するコメントだった。
「大丈夫。わかってたから」
店長の妹は、そんな風に言ったものの、やはり悲しげな表情だった。ただ、深呼吸をすると、すぐに気持ちを切り替えたようで、強い目になった。
「うん、私は次の動画の編集しないと!」
そして、今するべきことをしようと、気合を入れ直しているようだった。
「私も何か手伝えないかな!?」
撮影がある程度終わっている今、この先は編集が中心になるため、ほとんど店長の妹に任せることになる。そうしたことを春翔も理解していて、何か手伝えることを探しているようだった。
「だったら、春翔ちゃんには、どのシーンを使って、どのシーンをカットするべきか、一緒に考えてくれない? 一人で考えると、大変なんだよね」
「うん、わかった!」
春翔は嬉しそうな様子で、店長の妹のお願いをすぐに受けた。
一方、春来は元々一歩引いていたこともあり、今後も春翔達を見守るだけでいい。そんな風に自分だけで答えを出した。
それからの日々は、まず店長と篠田は引き続き、取材時の再現映像を作り続けていた。近くで見るわけにはいかないので、詳細はわからなかったものの、何度も撮り直ししながら、少しでも取材時の再現をしようと試行錯誤していたそうだ。
また、店長の妹は、春翔のアドバイスを聞きつつ、動画の編集と、その投稿を続けた。投稿するたび、批判のコメントは毎回来るものの、それでもめげることなく、やり続けた。
そうしたことを続けていたある日、また例の番組が、ペット問題について扱っていた。その中には、わざと炎上させて話題を集めようとしているといった、改めてこのペットショップと店長などを批判する内容があった。
それだけでなく、SNSの方でも、番組や大手ペットショップのアカウントから、直接批判のコメントがあり、それに賛同するような形で、さらに批判されるようになっていった。
「これ、ホントに大丈夫なんですか?」
「別に想定内よ。むしろ、改めてこんなことをしてくるなんて、向こうも焦っていると考えていいわ」
「いや、こんなにこっちが悪者にされてるのに、焦る訳ないじゃないですか」
店長の妹が言っていることは、誰もがそう感じるような、もっともな意見だった。それにもかかわらず、篠田は余裕がある様子だった。
「確かに、向こうがテレビとSNSしか見ていないなら、焦る訳ないわね」
「……テレビとSNSの他に、何があるんですか?」
「それは、今度のお楽しみよ」
結局、篠田はいつも通り、詳細を話さなかった。そして、店長の妹もいつも通り、不満げな表情を見せつつ、このまま篠田に従うことにした。
それからもSNSへの投稿などを続けて、篠田が望んだ通り、炎上した状態を維持するどころか、むしろ悪化していた。
そうして、篠田が当初「期限」と言っていた、一週間後の土曜日を迎えた。