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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
166/272

ハーフタイム 31

 家に着くと、春来は簡単な事情を両親に伝えつつ、篠田のことを紹介した。

 そして、篠田から両親に話があると伝えると、両親も話したいことがあるといった形で、すぐに承諾した。

 ただ、その話し合いに春来と春翔は参加することができず、何を話したのか一切わからないまま、篠田は帰って行った。

「篠田さんと、何を話したのかな?」

「悪いけど、春来と春翔ちゃんには話せないよ」

 質問しても、そんな風に返されてしまい、春来は何も言えなくなってしまった。それだけでなく、両親は複雑な表情を見せた。

「今回の件、後は篠田さんに任せて、春来と春翔ちゃんは引いてほしいんだけど……」

「そんなの嫌だ!」

「うん、春翔ちゃんはそう言うよね。だから、もう僕達は止めないよ。ただ、篠田さんの指示をしっかり聞いたうえで、行動してほしいかな。春来も、そうしてほしい」

「うん、わかったよ」

 その後、春来の両親から春翔の両親に話をして、引き続き店長に協力することを許可してもらえた。

 そうして、次の日から、春来達は店長の妹と一緒に、近所の人の取材を始めることにした。ただ、前なら頻繁にペットショップへ来てくれる人がいたものの、最近は来てくれる人がいなくなってしまったという問題が影響を与え、早速難航してしまった。そのため、どうすればいいかすらわからず、篠田に助言を求めた。

「そんなの自分達で考えてほしいわ」

 しかし、篠田は冷たくそう言った。

「何よそれ!? どうすればいいかわからないから聞いてるんです!」

「記者の仕事は、自分の伝えたいことを伝える。この一言だけで全部と言ったはずよ? 記者でなくても、取材するとなれば、同じことよ」

 そう言うと、篠田はわざとらしく、一枚のメモを床に落とした。

「ああ、それは、この店の常連さんがどこに住んでいるか、まとめたものだわ。私は必要ないし、あなた達が持っていていいわよ」

「……わかりました。もらいます」

 店長の妹は、少し悔しそうな様子で、そのメモを拾った。

「あと、撮るのはホントにスマホでいいんですか?」

「むしろ、スマホじゃないとダメよ。あくまで、素人が撮ったものにしてほしいわ。ああ、言い忘れていたわ」

 言い忘れていたと言いつつ、その様子もわざとらしくて、元々言うつもりだったんだろうと春来は感じた。

「春来君は一歩引いて、見るだけにしてほしいわ」

「え、何でかな?」

「春来君はマスメディアの問題について詳しいし、取材する中で、こうした方がいいといった意見もたくさん出てくると思うわ。でも、そうしてしまうと、素人が撮ったものにならなくなってしまうわ」

「いや、僕なんかが意見を言っても、何も変わらないと思うんだけど……?」

「いいえ、確実に変わるわ。だから、さっき言った通り、春来君は一歩引いて、見るだけにしてほしいわ」

 そこまで強く言われて、春来は何も言えなくなってしまった。そうしていると、店長の妹と春翔がどこか気合を入れるかのように、深く息をした。

「私達だけでも、素人と思えないような映像を作ります!」

「私だって、春来が協力してくれなくても、大丈夫だもん!」

 店長の妹と春翔は、意地になった様子で、そんな風に言った。そんな二人を見て、篠田は笑顔を見せた。

「二人がそう言ってくれて良かったわ。それじゃあ、春来君、よろしくね」

 そうして、春来は自分の意見を言えないまま、従うことになった。

 ちなみに、篠田と店長は、取材を受けた時のことを再現した映像を作るとのことだったが、店長の服装や髪型まで当時を再現するようだった。それだけでなく、篠田の服装や髪型は、昨日と比べて全然違った印象のものになっていた。

「ああ、今回の映像、記者の姿も再現するわ。誰が取材したかは既にわかっていたし、当日の恰好を再現したのよ」

「いや、さすがにそれは気付かれるんじゃないかな?」

「後ろ姿だけだし、監視カメラの映像ってことで画質も荒くするから、案外バレないものよ。それこそ、本人ですら一瞬気付かないと思うわ」

「でも、実際の取材映像と比べられたら、すぐにわかるんじゃないかな?」

「むしろ、その方がいいわよ。今回、取材時の録音や撮影を禁止されていたということは、偶然撮影していた映像とかを公開した場合、違約金を請求される危険があるわ。でも、これが嘘の映像だと向こうが気付いた時点で、そうした請求ができなくなるじゃない?」

 ふと気になったことを質問するたび、すぐにそれを解消する答えが返ってきて、春来は改めて、篠田ならどうにかしてくれるだろうと感じた。そのため、これ以上何か意見を言うのはやめておいた。

「それじゃあ、私達は取材に行ってくるよ」

「みんな、気を付けてね」

 それから、心配した様子の店長に見送られる形で、春来達はペットショップを出ると、早速メモを頼りに常連の家へ向かった。

「よくわからないし、順番に上から行けばいいよね?」

「うん、それでいいよ」

 春来は、篠田に言われた通り、店長の妹と春翔に任せることにした。そのため、二人が決めたことを否定することなく、ただついて行った。とはいえ、この時点で既に少し気になることがあった。

 店長の妹が言う通り、上から順に取材するとなると、様々な場所を行ったり来たりすることになってしまう。そのため、そうするよりも、近くから遠くへ順に行く方が、効率がいいと春来は感じた。ただ、篠田に何か意図があるんだろうとも思って、そのことは春翔達に伝えないでおいた。

 そうして、一番上に書かれた常連の家に行くと、店長の妹は、早速チャイムを鳴らした。それから少しして、インターホンから声が聞こえてきた。

「はい?」

「あ、えっと……私は……近くのペットショップで……その、店長をしてる人の妹なんですけど……えっと、少し話をしてもらいたくて……」

 何を話すか事前に決めていなかったため、店長の妹はしどろもどろといった感じの口調だった。そんな状態で、こちらの願いを聞いてもらえる訳がなかった。

「すいません、ちょっと今忙しいので……」

 そして、外に出てもらうことすらできずに、相手には断られてしまった。

 店長の妹は、何もできなかったことにショックを受け、しばらく立ち尽くしていた。

「ドンマイだよ! 次は上手くいくから!」

「うん……そうだね。じゃあ、次に行こうか」

 春翔が励ましたものの、店長の妹は落ち込んだままだった。それを見て、春来は事前に何を話すか決めるべきだと提案することにした。

「さっきのを見てて思ったんだけど……」

「春来は黙っていて!」

 しかし、春翔から強くそう言われ、春来は言葉を止めた。

「私達だけで、大丈夫だから!」

 春来は、篠田から一歩引くように言われて、単にそれを受け入れただけだった。しかし、春翔の様子を見て、篠田の本当の目的は、春翔の負けず嫌いな性格を煽ることだったんじゃないかと感じた。

 そして、それは春翔だけでなく、店長の妹も同じだった。

「私だって、できるから! すごい映像を撮って、篠田さんを見返すよ!」

「うん、そうしようよ!」

 そんな二人に対して、春来に言えることは何もなかった。

「それじゃあ、僕は何も言わないよ」

「よし! じゃあ、次に行くよ!」

 そうしたやり取りをした後、また次の常連の家へ向かった。しかし、今度も上手く話を伝えることができず、相手は家から出てきてくれなかった。

「大丈夫! 次に行こう!」

「そうだね。でも、何で上手く言えないんだろ?」

「だったら、私で練習してよ!」

「うん、それいいかも!」

 それから、店長の妹は、春翔を相手に何を言えばいいかと練習して、少しずつでも改善していった。

 そうしたことをしたうえで、次の常連の家を訪れた際、店長の妹は気合を入れるように大きく息を吐いた後、チャイムを押した。

「はい?」

「えっと……今、近くのペットショップの常連さんに、話を聞いて回ってるんです。少しだけでもいいので、話を聞かせてもらえませんか?」

「話って、何の話かな?」

「その……それについても詳しい話がしたいので、出てきてもらえないでしょうか?」

「……はい、少し待っててください」

 店長の妹は、春翔を相手に練習したことで、詳細を伝えることなく、とにかく出てきてもらうことを優先するという作戦を立てた。それは、効果のあるもので、初めて相手が外に出てきてくれた。

「何なのかな?」

「あの……近くのペットショップが、この前テレビで紹介されたんですけど……その内容が嘘ばかりで、とにかく悪く言うような内容だったんです。それで、そんなことないと伝えたくて……私はSNSで、そのペットショップのことを伝えていて……」

 緊張から、店長の妹は、またしどろもどろといった感じの口調になりつつ、どうにか自分の伝えたいことを伝えていった。

「それで、映像をSNSに投稿したくて……」

「ああ、ごめん。確かに、そのペットショップへ行ったことはあるけど、数回しか行ったことがないし、私から話せることはないかな」

 しかし、そのように言われて、店長の妹はため息をついた。

「……そうですか」

「協力できなくて、ごめんね」

「……いえ、話を聞いてくれて、ありがとうございました」

 そして、相手が家に戻って行くのを、店長の妹は悔しそうな表情で見ていた。

「今回は外に出て話を聞いてもらえたし、もうちょっとだよ!」

 ただ、春翔がそんな風に励ますと、店長の妹は笑顔を返した。

「うん、そうだね。まだまだ頑張るよ」

 そうして、二人は諦めることなく取材を続けた。

 今日は日曜日で、昨日に続き休みなため、家にいる人が多く、単に話をするだけなら簡単だった。しかし、外に出てきてもらうだけでなく、取材を受けてもらうとなると上手くいかず、断られることが続いた。

 また、留守にしている家もあり、わざわざ行ったにもかかわらず、話をすることすらできない時もあった。そうしたことが続くと、店長の妹は、段々と元気をなくしていった。

「次は絶対に大丈夫だよ!」

 春翔は、こうした時でも自信を失うことなく、むしろやる気を出す性格だ。しかし、店長の妹は、自分にできないことを自覚すればするほど、自信を失っていっているように見えた。

 そうして、次に訪れた家も留守だった時、店長の妹は、泣きそうな表情になってしまった。

「次は留守じゃないと思うよ! それに、戻ってくるかもしれないから、また後で来ようよ」

「……うん」

 春翔が励ましても、店長の妹は、落ち込んだままだった。

 そうした様子を気にしつつ、春来はどこか違和感を持っていた。それは、三件目の常連と会った時から持っていたものだったが、その正体が何なのかはわからなかった。

 そうして、しばらく立ち尽くしていると、一人の女性がやってきた。

「あら? 春翔ちゃんに春来君じゃない? どうしたの?」

 その女性は、ペットショップで何度も会ったことがある人だった。

「あ、こんにちは! 実は今……」

 それから、春翔はいつもの調子で、今何をしているかを伝えた。すると、女性はすぐに笑顔を見せた。

「だったら、協力するわ! 私も、あの番組を見て、すごく嫌だったからね!」

「ホントですか!?」

 店長の妹は、驚きと嬉しさが混ざった、複雑な表情を見せた。

「それより……最近は店へ行かなくて、本当にごめんね。批判してくる人が怖くて……だからこそ、こういう形で協力できるなら、協力するわ!」

 ペットショップは休みにしているものの、当初は常連の人達が心配して来てくれていた。ただ、ペットショップに直接批判してくる人がいたことで、そうした人達も来なくなってしまった。そのことを本人も気にしていたようで、快く協力を申し出てくれた。

「ありがとうございます! それじゃあ……えっと、どう撮るのがいいんだろ?」

 しかし、せっかく取材を受けてくれる人が現れたのに、今度はどう撮影すればいいかといった問題が出てきた。

「とりあえず、顔を映さないようにして……」

「家がわかっちゃうとダメだよね? だったら、こっちで撮った方がいいんじゃない?」

「何か、撮られてると緊張するわね。ちゃんと話せるかな?」

 とはいえ、それぞれが試行錯誤しつつ、どうにか取材をした。

「本当にありがとうございました」

「大変だと思うけど、私達も応援するから、頑張ってね!」

 これがきっかけになったのか、その後の取材は順調だった。それは、春来や春翔のことを知る人が相手だったからで、こちらからお願いするまでもなく、反対に協力したいと申し出てくれる人ばかりだった。

「すごい! 順調だね!」

「……うん」

 ただ、店長の妹は、自分の力で取材できている訳じゃないと自覚しているようで、複雑な表情だった。それでも、自身を奮い立たせるように、大きく息を吐いた。

「取材するのは私だし、もっと頑張る! 伝えたいことを伝える!」

 そして、篠田から言われたことに影響を受けたようで、そんな風に声を上げた。

 それから、店長の妹は、何を聞きたいかといったことを意識しながら質問するなど、少しずつでも取材することに慣れていった。

「次が最後ね」

「うん、この調子で頑張ろう!」

 そうして訪れた最後の場所は、近くにある動物病院だった。

「最後が……ここ?」

 そこは家じゃないため、チャイムを鳴らすといったこともできず、店長の妹は戸惑っていた。

「とりあえず、入ってみる?」

「うん、そうだね」

 春翔の提案を受ける形で、三人は病院の中に入った。そこには、受付のようなところがあり、女性が立っていた。

「えっと……」

「わかっているから、大丈夫だよ。先生、来ましたよ」

 こちらが何も言うことなく、受付にいた女性はそんな風に言った。それから少しして、男性が姿を現した。

「よく来てくれたね」

 その男性は、先日捨て犬を治療しようと頑張ってくれた、あの医者だった。

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