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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
165/273

ハーフタイム 30

 店長が篠田の取材を受けることになったものの、解決するべき問題は山積みだった。

「偉そうなこと言って、新人なんでしょ? テレビとかで放送できると思えないし、何を使って、このペットショップのことを伝えるのよ?」

 店長の妹は、まだ篠田に対して不信感を持っているのか、否定するような口調でそう言った。ただ、その質問自体は、春来も疑問に思っていたことだ。

「それはもちろん、この店のSNSアカウントを使うわ」

「待ってよ! そこで何か伝えても、すぐにまた否定されるんでしょ!? だったら、意味ないじゃない!」

「ああ、先に伝えておくと、マスメディアなどが複数のSNSアカウントを使っていることについては、無視していいわよ」

 篠田がそんな風に言い切った理由がわからず、春来は質問することにした。

「今回のこと、それが問題の中心だと思うんだけど、何で無視していいのかな?」

「何もしなくても、勝手に解決するからよ」

 篠田は、不敵な笑みを浮かべながら、そう言い切った。

「まあ、大きなスクープになるような、ある情報を私は持っているんだけど、当然ながら、それを伝えることはできないの。ただ、それを利用して、伝えたいことを伝えるつもりよ」

「そんなこと言って、またこの店を悪く言うつもりなんじゃないの!?」

「そう思うなら、取材を受けなければいいわ。取材をしたい私が言うのもおかしいけど、さっき言った通り、今回の件は取材を受けたことが一番悪いことであって、反省するべきことよ。だから、取材を受けたくないなら、受けなければいいわ」

 そう言われると、店長の妹は何も言えなくなってしまった。

「ごめんなさい、また意地悪をしてしまったわね。改めて言うけど、私は新人記者で、話題になるような記事をまだ一つも書いていないわ。それと、話していなかったけど、私がいる会社は小さくて、普段はサイトにコラムを載せるといった仕事が中心よ。ただ、様々な所から依頼を受けて、記事を書くといった、フリーライターに近いこともやっている所だから、こうした問題に対して、他ではできないことができるわ」

 篠田は、自分のことを話すことで、距離を縮めようとしているようだった。

「私を含め、マスメディアは信用しない方がいいわ。マスメディアは、信用するものでなく、利用するものよ」

 そんな風に言う篠田の表情を見て、春来はそれが本心なのかどうかわからなかった。ただ、店長の妹を説得するうえで、必要なことなんだろうということは感じた。

「だから、私も利用すればいいんじゃないかしら? SNSアカウントは、あなたが管理しているそうだし、私がこんな投稿をしてほしいと言った時、それが嫌なら無視していいわ」

「……わかったよ」

 そうして、店長の妹も納得させたうえで、篠田は今後の話を始めた。

「まず、番組で流れたインタビューの映像についてだけど、前後でカットされた部分があるわね?」

 そう言いながら、篠田は、ボイスレコーダーと手帳を取り出した。

「そのカットされた部分も含めて、何を聞かれて、何を答えたのか、詳しく教えてくれないかしら?」

「はい、わかりました。あれは、大手のペットショップの問題点について質問されて、それで答えたものなんです。それなのに、あたかもここがそうしたことをしているかのように放送されてしまって……」

「実際の映像を見ながら、教えてもらっていいかしら?」

 そう言うと、篠田はノートパソコンを取り出し、番組の映像を表示させた。それから、一つ一つの発言について、実際は何を伝えたかったのかということを店長に確認していった。

 まず、「動物を飼いたいと言っている人がいたら、すぐに売ってしまう」という発言は、大手のペットショップの問題について聞かれた際に答えたことで、実際は、「大手のペットショップでは、『動物を飼いたいと言っている人がいたら、すぐに売ってしまう』所も多いのが、問題だと思います」と言ったそうだ。

 次に、「こういったことをしないと、店の経営は難しい」という発言は、このペットショップを経営するうえでの苦労話について聞かれた際、店長自らが住み込みで働いていることや、自身の生活費すら削っているといったことを話した際に言ったそうだ。しかし、前述した発言に繋げられてしまった結果、このペットショップは、経営を維持するため、動物をすぐに売ってしまっているかのように編集されてしまった。

 そして、「知識もなく、動物を飼ってしまう人も悪い」という発言については、記者から「知識もなく、動物を飼ってしまう人もいますけど、それについて悪いと思いますか?」という質問をされた際、答えたものだそうだ。その時、店長は「確かに、『知識もなく、動物を飼ってしまう人も悪い』と思いますけど、それ以上に知識を持たせることができていない、私達の方が悪いと思います」といった、あくまで自分達が悪いといった発言をしたそうだ。しかし、そうした部分はカットされていた。

 店長の話を聞けば聞くほど、悪質な編集があったとわかり、春来達は言葉を失ってしまった。

「まあ、よくある切り抜き報道ね」

 篠田は手帳にメモをしながらそう言った後、手を止めた。

「日本語って難しくて、肯定か否定かが語尾によって変わるじゃない? 例えば、『私はピーマンが好きじゃない』と言った時、語尾の『じゃない』をカットしたら、『私はピーマンが好き』って、まったく反対の意味になるわ」

 篠田はそんな説明をしつつ、書いたばかりのメモを確認するように、手帳を見た。

「今回の取材、編集すること前提だったみたいね。記者は、あらかじめ自分の意見を言ったうえで、どう思うかって質問をしているけど、こうすることで、特定の発言を引き出そうといった意図があったんだと思うわ」

 春来は、篠田の話を聞いたうえで、先ほど店長が話したことを思い返した。そして、店長が受けた質問について、妙な聞き方が多くあったように感じた。

「僕もそう思うよ。特に、『知識もなく、動物を飼ってしまう人もいるけど、それについて悪いと思うか?』なんて質問は、おかしいと思うよ」

「それが一番わかりやすいわね。ただ、それ以外でも様々な誘導があったように感じるわ。そのうえで、私から提案があるんだけど、これらの切り取り映像について、カットされた部分を補完した、ノーカットの映像を作るわよ」

 篠田がそんな風に言ったのを受けて、店長は困ったような様子を見せた。

「それは無理ですよ。さっきも言った通り、録音も撮影も禁止されてたので……」

「私は、映像を作ると言っているわ」

 店長は、少しだけ固まった後、驚いた様子を見せた。

「いや、それって……」

「実際の取材では、こうしたことを話していたのに、編集によって、全然違う内容にされてしまった。そうしたことを伝えるため、その時に何を言っていたかがわかる映像を作るのよ。まあ、再現ドラマを作ると考えてもらえればいいわ。設定としては、監視カメラに残っていた映像ってことにすればいいわね」

「でも、それって事実と違いますよね?」

「記者の仕事は、自分の伝えたいことを伝える。取材するのも、伝えたいことを伝えるために情報を集めているだけで、事実を追求しているわけじゃないわ。というか、時には何も調べないで、事実と違うことを伝えることもある。だから、記者の仕事は、自分の伝えたいことを伝える。この一言だけで全部よ」

 篠田は、はっきりとした口調で、そんなことを言った。

「これは、私に色々なことを教えてくれた人の言葉よ。それで、私も記者という仕事、そういうものだと思っているわ」

「でも、そんなことしたら、嘘だとか言われて、もっと批判されるんじゃないの?」

 篠田の言うことに対して、店長の妹はそんな意見を伝えた。

「別に、嘘をつくつもりはないわ。番組でカットされた部分で、何を話していたかという再現ドラマを作って、それをSNSに投稿するだけよ。まあ、それが再現ドラマだって説明を忘れてしまうミスは、するかもしれないわね」

 篠田は、悪戯をする子供のような笑みを浮かべながら、そんなことを言った後、真剣な表情になった。

「動物達のため、伝えたいことがあるはずよ。それを伝えるため、どうすればいいかという話を私はしているだけよ。気乗りしないなら、断ってもらっていいわ」

「……そうですよね。さっきも言った通り、私やここが批判されても構いません。ただ、少しでも救われる子が増えてくれたら、私はそれでいいんです。だから……お願いします!」

 店長は、礼儀正しく頭を下げた。そうした店長の思いを、春来と春翔は既に知っているし、特に店長の妹は人一倍知っているだろう。そのため、店長がそう言うなら、全員の答えは決まった。

「だったら、私も協力するよ。私は何をすればいいの?」

「私も手伝いたい!」

 店長の妹と春翔は、篠田の提案を受け入れた様子で、そんな風に言った。それに対して、篠田は少しだけ黙り、何か考えている様子だった。

「私達が映像を作っている間、この店に関する投稿をSNSで続けてほしいわ。内容は、これまで投稿しているのと同じで、番組の内容が事実と異なるといったものでいいわ」

「でも、そんなことしたら、すぐに批判コメントが来るだけで、ますます炎上するだけじゃないの?」

「ええ、その通りよ」

 店長の妹がした質問に対して、篠田は即答でそんなことを言った。それに対して、店長の妹は、また怒った様子を見せた。

「何よそれ!? もっと炎上させたいってこと!?」

「炎上しているのを止めたいなら、何も投稿しないだけでいいわ。そうすれば、みんなの興味が薄れて、勝手に炎上も治まるわ。でも、今したいことは、伝えたいことを伝えることのはずよ」

「……どういうこと?」

「炎上しているということは、注目されているということよ。それを利用すれば、大きな宣伝になるわ。むしろ、この状況でみんなの興味がなくなったら、取り返しのつかないことになってしまうわ」

 確かに、その通りだと思わせる説得力が篠田の発言にあり、誰も何も言えなくなってしまった。

「だから、あなたなりに、あの報道は間違っている。この店は素晴らしい店だ。そうしたことを伝え続けてほしいの。さっき言った通り、番組や大手のペットショップの関係者がすぐに批判してきて、それに便乗する人もいる現状だけど、そうした批判があればあるほど、全部の状況を逆転できる可能性があるの。これについては、さっき言った通り、今は詳しいことを話せないんだけどね」

「……わかりました。あなたのこと、少しは信用します」

「何もわかっていないわね。マスメディアは信用するものじゃないといったはずよ?」

「はいはい! 利用しますよ!」

 店長の妹は、また怒った様子で、そう言った。ただ、言葉が敬語になっていることなどから、篠田に対する考えが変わったのだろうと、春来は感じた。

「でも、何をすればいいのか……」

「だったら、私が協力する!」

 店長の妹が困っている様子だったのを見て、春翔は声を上げた。

「ここがどれだけすごいペットショップなのかってことを伝えればいいんだよね? だったら、近所の人にインタビューしようよ!」

 それは、春翔が特に深く考えることなく言った、単なる思い付きというものだ。しかし、それが自分達のするべきことだと、春来は感じた。

「うん、僕も協力するから、近所の人にこのペットショップのことを聞いて、それをSNSに投稿しようよ」

「それだけじゃなくて、学校のみんなにもインタビューしようよ! 私も言いたいことがたくさんあるから、それも投稿してよ!」

 春来と春翔がそんな風に伝えると、店長の妹もそれがいいと思ったようで、笑顔を見せた。

「うん、そうしよっか」

「いい考えだけど、炎上している最中だし、顔を出すのは控えた方がいいわよ。あと、音声も加工した方が良くて、丁度いいソフトがあるから、それを教えるわ。それを使って、インタビューの映像を撮った後、念のため私に見せてもらってもいいかしら? それで、何の問題もなければ、投稿するという流れにしたいわ」

 篠田からそんなことを言われ、確かにその通りだと思い、全員が了承した。

「伝え忘れていたけど、ある情報を利用するため、期限は一週間よ。一週間後まで、炎上した状態を維持してもらったうえで、私達は映像を作るわ。色々と思うところが今後もあると思うけど、その時は、何でも話してほしいわ」

 篠田は、真剣な様子でそんな風に伝えた。そして、篠田なら助けになってくれるだろうといった思いが強くなった今、全員が納得した形で、篠田の言葉を受け入れた。

 そして、具体的に今後どうするかといった話をした後、この日は解散することになり、春来と春翔はペットショップを後にした。そんな春来達を、篠田は追いかけてきた。

「春来君の両親に話があるんだけど、今から行ってもいいかしら?」

 篠田は否定しているものの、ビーとかかわりがあることは明らかだ。それは、ビーとのかかわりを控えるように言われている春来にとって、重要な問題だ。そうしたことを理解しているため、春来はすぐに答えを出した。

「うん、話をしてほしいかな」

「それじゃあ、よろしくね」

 そうして、春来達は篠田と一緒に帰ることにした。

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