ハーフタイム 29
すぐ行くと言われたものの、篠田灯と名乗る記者が来るまで、一時間ほどかかるだろうと、春来は勝手に思っていた。しかし、そんな予想に反して、篠田はほんの数分後にやってきた。
「改めて、私が篠田灯よ。あなたが春来君かしら?」
「うん、僕が春来だけど……来るの早くないかな?」
「偶然近くにいただけよ。春来君、改めてよろしくね」
篠田はそう言ったものの、あらかじめ近くで待機していただろうことは、すぐにわかった。
先ほどの電話も含め、少ししかやり取りしていないのに、篠田は既に何度か嘘をついている。しかも、それがわかりやすい嘘で、こちらが嘘に気付くことを想定している雰囲気だった。そんな篠田の真意がわからず、春来は警戒した。
それから、篠田は春翔や店長、その妹にも簡単に挨拶をした。
「それじゃあ、早速だけど、取材させてもらっていいかしら?」
「取材?」
突然取材と言われて、店長は驚いた様子で聞き返した。
「いや、助けてくれるんじゃないの!?」
店長の妹は、怒った様子で、そんな風に叫んだ。
「春来君、説明してくれていないのかしら?」
「あ、ごめん、何か助けになってくれるかもしれないとしか、言っていなかったかも」
「しょうがないわね。私は記者なんだから、取材するに決まっているじゃない」
篠田がビーを知っている様子だったことから、勝手に助けてくれると春来は思い込んでいた。ただ、そうではないのかもしれないと不安になってきた。
「ふざけないでよ! 誰のせいで、こんなことになったと思ってるの!?」
店長の妹は、ますます怒った様子で、そんな言葉をぶつけた。それに対して、篠田はわざとらしく首を傾げた。
「反対に質問するわ。誰のせいでこうなったと思っているのかしら?」
「え?」
唐突にそう聞き返され、店長の妹は戸惑った様子だった。
「そんなの……あんな嘘で、このペットショップが悪いかのように伝えたテレビの人達でしょ!?」
「もう一つ質問するわ。あの番組、私も見たけど、この店が悪いかのように伝えた理由は、何だと思っているかしら?」
「それは……嫌がらせとかじゃないの?」
店長の妹は、言いながらそうじゃないと感じているようで、言葉が弱くなっていった。
「あなたはどう思うかしら?」
すると不意に、篠田は店長にも質問した。
「その……すいません、考えたことなかったです。そう言われると、何でなのかわからないです」
「こういうのは、小さい子の方が意外にわかるかしら? 二人は、どう思うかしら?」
そうして、今度は春来と春翔に質問が回ってきた。ただ、春来はすぐに答えることなく、春翔が答えるのを待った。
「そんなの、わからないよ」
そして、春翔がそう答えたのを受けて、春来は自分の考えを伝えることにした。
「多分、一緒に紹介されていた、大きなペットショップの宣伝をするためじゃないかな?」
そんな風に伝えると、篠田は少しだけ笑みを浮かべた。一方、他の人は春来が何を言っているのか、わかっていない様子だった。
「春来、どういうこと?」
「あの番組、スポンサーに大きなペットショップが入っていたみたいで……スポンサーっていうのは、番組やテレビ局にお金を払っている会社とかのことなんだけど、そうすることで、会社の宣伝をしてもらえるようになるんだよ」
そう説明したものの、春翔は理解できていない様子だった。一方、店長の妹は何か思うところがあったようで、口を開いた。
「それ、別にCMを流してもらえるとか、それだけでしょ?」
「ううん、実際は番組全部を使って、宣伝をすることになるよ。これはニュースとかも同じで、例えば、何かの商品で食中毒とかが発生しても、それがスポンサーの商品だった場合は、まったく報道されないか、報道されても迅速に対応したとか、スポンサーにとってプラスになることしか言わないよ」
「いや、そんなことある訳ないでしょ」
「うん、僕も最初はそう思っていたんだけど……」
春来は、マスメディアの問題について、ビーに話を聞いた後、自分でも調べることで知識を深めていった。ただ、春来自身も最初はそんなことないと否定するところから入ったため、店長の妹が否定してくるのも無理ないと思い、何も言えなくなってしまった。
その時、不意に篠田がわざとらしく笑い出した。
「春来君、聞いていた以上に、マスメディアの問題を知っているわね。ここからは、私が代わりに説明してあげるけど、春来君の言う通りよ。あの番組、大手のペットショップがスポンサーになっていたわ。これは、途中でCMも流れていたし、提供といった形で紹介もされていたから、わかるはずよ」
「だからって、何で、このペットショップをあんな風に悪く言ったのよ!?」
「まだわからないかしら? 宣伝というのは、そこがどれだけいいかを伝えるだけじゃないわ。ライバルになるところがどれだけ悪いかを伝えることも、宣伝になるわよ。実際、あの番組内で小さなペットショップは悪いって伝えていなかったら、みんな近くのペットショップへ行くと思わないかしら? あの番組の目的は、あくまでスポンサーである、大手のペットショップへ行く客を増やすことだから、それだと困るじゃない」
そこまで言われて、店長は愕然とした様子を見せた。一方、店長の妹は、さらに強い怒りを持った様子だった。
「何よそれ!? お姉ちゃんは、動物達のためにたくさん頑張ってきたのに、そんなことで……ふざけないでよ!」
そう言いつつも、どうにもできない状況が悔しいようで、店長の妹は唇を噛んだ。
「あの……私はどうすれば良かったんですか?」
そこで、店長はそんな質問を始めた。
「春来君から、取材を受ける時、録音や撮影をした方がいいと言われましたけど、それは番組のスタッフにできないと言われてしまって……それでも、隠し撮りみたいなことをすれば良かったんですかね?」
「そんなことしたら、契約違反だといって、相当な額の違約金を請求されることになるわよ」
「それじゃあ、どうすれば良かったんですか?」
「そんなの簡単よ。取材を受けなければ良かったのよ」
篠田からそんなことを軽く言われて、店長は言葉を失ってしまった。
「こうした炎上騒動があった時、取って付けたように何が原因だったかなんて話が出てくるけど、取材を受けなければ良かった。さらにいえば、マスメディアにかかわらなければ良かった。それが、全部の答えよ」
「いや、待ってよ! SNSの炎上は、匿名だからって、みんな好き勝手言ってることが原因でしょ!?」
店長の妹は、このペットショップをSNSで紹介していることもあり、炎上していることについて、そんな風に言った。
それに対して、篠田は軽く笑みを浮かべた表情になり、それはどこか挑発しているような雰囲気を感じた。
「匿名だからって部分は正しいけど、それだけじゃ答えとして足らないわよ」
「だったら、何が原因なのよ!? もったいぶらないで、早く答えなさいよ!」
「そうやって、自分で考えないですぐ答えを求めるの、やめた方がいいわよ?」
「何でよ!? 答えがすぐにわかれば……」
「今のあなたにとって、マスメディアは、この店について嘘の報道をした敵のはずよ? それなのに、どうしてそのマスメディアが伝えた、SNSの炎上は匿名なのが悪いって話を信じているのかしら?」
そこまで言われて、店長の妹は何も言えなくなってしまった。そうした様子を見て、篠田は穏やかな表情になった。
「意地悪なことをして、悪かったわね。私は別にあなたとケンカしたい訳じゃないわ。ただ、もっと視野を広げてもらえないかしら?」
先ほどから、篠田は店長の妹を挑発しているようだった。それは、こうしたことを伝える目的があってのことだったようだ。
「それじゃあ、みんなで一緒に考えてみてほしいんだけど、この店のアカウントに来た批判コメントが丁度いいわね。番組の放送があった後、すぐに批判のコメントがいくつかあったけど、これを見て、何か感じたことはないかしら?」
篠田がそんな風に言ったものの、周りの反応は特になかった。そんな中、春来だけは違った。
「それを見た時、何か違和感があったけど、何か関係あるのかな?」
「いいわね。その違和感の正体は、何だと思うかしら?」
「いや、それはわからないんだけど……」
「違和感の正体がわからない時は、違和感を持った時のことを思い返すといいわよ。何に違和感を持ったのか、もう一度考えてみたらどうかしら?」
そう言われ、春来は最初に批判のコメントを見た時のことを思い返した。そうしていると、ある一つの考えが生まれた。
「この最初にあったいくつかのコメント、同じ人が書いていないかな?」
思ったまま口にしてから、春来自身がそんなことないと考えを変えた。
「ごめん、そんなことある訳ないのに……」
「春来君、本当にすごいわね。記者を目指す気はないかしら?」
篠田は、これまで様々な表情を見せていたが、どこか演技をしているような、そんな雰囲気だった。しかし、この瞬間、篠田の表情は、本当に驚いているように見えた。
「ダメ! 春来はサッカー選手を目指すの!」
そんな風に口を挟んだのは、春翔だった。
先ほどから、春翔はほとんど会話に参加できず、どこか不満げな様子だった。そうしたことから、言葉が強くなったのだろうかと春来は感じた。
「そういうことね。春翔ちゃん、春来君を取るつもりはないから、安心していいわ」
ただ、篠田の返事も、それに対する春翔の複雑な表情も、春来は理解できなかった。
「話を戻すわね。春来君の言う通り、これらのコメントは、一人の人が書いていると思うわ」
「いや、待ってよ! そんなこと……」
「このSNSは複数のアカウントを持つことも許可しているし、それを利用する人がいるのは当たり前じゃないかしら? 一人で批判するのは気が引けるけど、複数人でなら批判できるなんて心理、多くの人が持っているじゃない? それが一人何役もできるSNSなら、簡単にできるのよ」
「だったら、これだけ大勢の人が批判してるのは何でよ?」
「そこは、匿名だからって理由がかかわってくるところよ。さっき言った通り、一人で批判するのは気が引けるけど、既に複数人が批判しているのを見れば、一緒になって批判しようと思う人は少なからずいるわ。その結果、炎上してしまうということよ」
そこまで話を聞いて、春来は気付いたことがあった。
「それじゃあ、複数のアカウントを使って最初に批判すれば、後は放っておいても勝手に炎上しちゃうんじゃないかな?」
「ええ、これまでそうした形で起こった炎上騒動は、たくさんあるわ。それじゃあ、最初に複数のアカウントを使って批判してきたのは、どこの誰かしらね?」
またそんな質問を追加されて、春来は思考を進めた。そして、篠田に誘導されるような形で、すぐに一つの答えを見つけた。
「もしかして、番組の関係者とか、今回紹介されていた大きなペットショップとかかな?」
言いながら、ありえないと春来は思っていた。ただ、篠田の笑顔を見て、それが正解なんだと確信した。
「春来君、本当にすごいわね!」
「何よそれ!? だって……」
店長の妹は、この事実を受け入れられないのか、混乱しているようだった。そして、それは春翔や店長も同じようだった。
「はっきり言うわ。『SNSで話題になった』、『SNSで流行している』、今回のような『SNSで反響があった』といった内容、意図的にマスメディアが引き起こしたことか、そもそも嘘と思った方がいいわよ」
その言葉は、春来でも受け入れるのが難しいものだった。
「マスメディアは、一般人を装ったSNSアカウントをたくさん持っているわ。それを使えば、あたかも大勢の人が同じ考えを持っていて、さらにそれをコメントしているかのように見せることは簡単にできるわ。そうすれば、さっき言った通り、一緒になってコメントする人が出てきやすくなって、ますます大勢の人が同じ考えを持っているかのように見えるということよ」
「それじゃあ、嘘っていうのはどういうことよ?」
「こっちの方が簡単よ。SNSに限らず、あなたはテレビで紹介された流行っているものを、紹介される前から、あらかじめ知っていたこと、どれだけあるかしら?」
そう聞かれて、店長の妹は、複雑な表情を見せた。
「でも、それは私が流行りに疎いだけで……」
「あなた、ハキハキと自分の意見を言うし、きっと友人も多いはずよね? その友人達の誰も知らないものを、あなたは流行っていると言うのかしら?」
「……言いません」
篠田の言う通りと思ったようで、そこで店長の妹は引いた。
「あの……いいですか?」
そこで、しばらく黙っていた店長が、話を切り出した。
「まだ信じられない話もありますけど、どういう状況なのかわかりました。それで……私達はどうすればいいですか?」
「反対に質問するわ。あなたは、どうしたいのかしら?」
そう言われて、店長は少し間を置いた後、また口を開いた。
「ここのことを悪く言われるのは、別に構わないんです。ただ、ここにいる子達……ここだけでなく、他の子達も私は助けたいんです。あんな内容じゃ……さらにみんなを苦しめることになっちゃうから、それをどうにかしたいです」
店長は、動物達のことを第一に考えた、自分自身の思いを伝えた。それを受け、篠田は穏やかな表情になった。
「いいわね。それじゃあ、私はそんなあなたの思いを伝えるため、取材させてもらってもいいかしら?」
これまで、篠田は様々な表情を見せながら、こちらを揺さぶるような質問をたくさんしてきた。それは必要なことだったのだろうと思えるほど、篠田の表情は自信に満ちたものだった。
そんな篠田なら、きっと助けになってくれる。そんな確信を春来は持った。