ハーフタイム 25
家に帰ると、春来は手洗いとうがいだけ済ませた後、リビングで両親を待っていた。
それから少しして、両親がリビングにやってきた。
母親から話があると言われた時点で、その内容は春翔やペットショップに関することだろうというところまでは予想していた。ただ、具体的にどういった話なのかといったことまでは、さすがにわからなかった。そのため、春来は自分から質問する前に、両親が何を話すのか待つことにした。
「今、父さんに話したけど、今日行ったペットショップ、いい店だと思うわ」
母親からそんな風に切り出されたものの、それだけだとどんな真意があるのか、春来にはわからなかった。
「実は、父さんにも協力してもらって、事前に調べられる範囲で店のことを調べてみたの。それで、近所の口コミなどを見たんだけど、あの店は近所からの評判もいいみたいよ。それと、あそこの店長さん、あの建物に住んでいるそうで、近所付き合いも良好とのことよ」
春来と春翔が危険なことに首を突っ込まないよう、両親は事前に動いてくれていたようだ。
「だから、今日みたいに春翔ちゃんと一緒に店へ行くこと、反対はしないわ。春翔ちゃんの両親にも、そう伝えるつもりよ」
「うん、ありがとう」
「ただ、いくつか気になることもあるの」
母親は、そんな風に前置きした後、話を続けた。
「まず、経済面で不安があって、もう潰れていてもおかしくないなんて話があったけど、それこそ店を維持するのも難しいといった状態なんだと思うわ。だから、店を閉じないといけないといった話が突然出ることも十分考えられるの。その時、春来や春翔ちゃんにできることはないということを理解してほしいわ」
「春来達に限らず、僕達大人もできることはないと思ってほしいよ。いくらいい店だからって、お金の援助をするとか、そういったことは簡単にできないからね」
「うん、それはわかるよ」
そう言ったものの、春翔がそれを理解できるだろうかという疑問は残った。そして、たとえ理解できたとしても、納得はしないだろうといった結論が出た。
「ただ、店が潰れるという状態になる前なら、春来と春翔ちゃんにもできることがあるわ。それは、店のことを友達に話すなどして、客を増やすことよ」
「今はまだあまり知られていないってことが、改善すべき一番のことだから、学校で店のことを話すなどして、興味を持ってもらえるようにするのは、大切なことだよ。もしかしたら、ペットを飼いたいと思っている子が、その店に行ってくれるかもしれないしね」
「捨てられた犬のことがあったばかりだし、話題として出すには丁度いいはずよ。このことは、春翔ちゃんにも伝えるわ」
多少なりともできることがある。それは、春翔を納得させるうえで大切なことだった。
「話をまとめると、春来と春翔ちゃんにできることは、そうしたちょっとした店の宣伝ぐらいということだね。そのためにも、店に行って、店のことをもっと知る。そういう考えでいいんじゃないかな?」
「うん、わかったよ。でも、どうしてそこまで考えてくれるのかな? また無茶をするんじゃないかって心配すると思っていたよ」
春来は、持っていた疑問をそのまま口にした。すると、両親はどう言おうか悩んでいるような様子を見せた後、口を開いた。
「心配はしているよ。でも、春翔ちゃんの願いは、なるべく叶えてあげたいからね」
「春来だって、同じ気持ちでしょ?」
春来自身は、ペット問題も含め、春翔ほど何かをしたいという思いを持っていない。それを踏まえて、両親は春翔に甘いと改めて感じつつ、母親の言う通り、春翔のために何かしたいという気持ちは、春来の中にあった。
「うん、そうだね」
「あと、みんなに興味を持ってもらうということなら、また僕がペット問題について記事を書いて、そこで店の紹介をしようと思ったんだけど……」
「ああ、そうだったわ。その件、ちょっと問題があるかもしれないわ」
そう言うと、母親は深刻な表情になった。
「取材できないかと聞いてみたら、何か事情があるようで、断られたのよ。それで、その理由は話せないとも言っていたの」
「なるほど、そういうことなんだね」
母親の話は簡潔なものだったのに、父親は何か理解した様子だった。
「どういうことかな?」
「多分だけど、あの店はどこからか取材を受ける予定があるんじゃないかと思うの」
母親は、店長と少しやり取りしただけで、そのように感じたようだった。そして、母親がそう感じたなら、恐らくそうなのだろうと春来は思った。
「こういうことって口外禁止になることがあって、取材を受ける予定があることすら言っちゃいけないケースもあるんだよ。ただ、あまり良くない話かもしれないね」
「え、宣伝になるし、いいんじゃないかな?」
店長が取材を受ける予定があるということに両親が否定的で、春来は意味がわからなかった。
「春来は、マスメディアの問題について、もう知っているから話すけど、事実を捻じ曲げて報道された……いわゆる捏造報道に限らず、取材を受けた人の意図と違った内容を報道されたってケースは、数え切れないほどあるんだよ」
「うん、知っているけど、父さんみたいな人が取材をしてくれるって可能性はないのかな?」
「別の取材を受けないことや、口外禁止にしているって点が、気になるところだね。こういった話は、よくあることだから、一概に決め付けることはできないけど、既にどういった内容にするか、決まっているのかもしれないよ」
「どういうことかな?」
「例えば、あの店について、短い期間で二つの記事があった時、その内容が全然違っていたら、どう思うかな?」
唐突な質問だったため、春来は困ってしまった。それでも、自分なりに答えを出した。
「どちらかの記事が誤った内容を伝えているって思うかな……」
「そうならないようにするため、複数の取材を同時に受けるってことは、できないようにするんだよ。まあ、例外も当然あって、例えば、有名人の取材とかだと、所属事務所などが伝えたいことをマスメディアがそのまま報道するから、複数の取材を受けたとしても、どこも同じような内容で報道されることが多いね。ただ、ちょっとした雑誌の記事だったり、何かの番組だったり、そうした形の取材だと、どういった内容にしたいかを取材する側が決められるから、偏った内容になりやすいよ」
「今回は、その可能性が高いってことかな?」
「詳しい話を聞いてみないとわからないけど、僕の書いた記事を好意的に捉えている人が、僕からの取材を断ったわけだし、ちょっと心配にはなるかな」
「それじゃあ、どうすればいいのかな?」
春来も事の重大さに気付いたものの、それで自分に何ができるかはわからなかった。
「この件に関しては、何もしてほしくないというのが本音だよ。だから、春翔ちゃんにも、こっちの件は黙っていた方がいいと思うよ」
「でも、マスメディアの問題なら、ビーさんに相談できないかな?」
春来がそう言うと、両親は複雑な表情を見せた。
「……ビーさんとは、あまりかかわらない方がいいよ。これは、ビーさん自身も言っていたことだけど、マスメディアの問題を暴露するため、ビーさんは大きなリスクを抱えているんだよ。それは、ビーさん自身だけでなく、かかわった人にも何かしらか危害が加わる可能性があるということだよ」
「朋枝ちゃんの件は、本当に特殊なケースだったから、こちらから助けを求めたけど、私達もなるべくかかわらないようにしたいと思っているのよ」
ビーが何か危険なことをしているというのは、何となく察していた。そのため、両親がこう言ってくるのも、春来は理解できた。
「うん、わかったよ。でも、それじゃあ、本当に何もできないのかな?」
「こればかりは、当人同士の話だからね。もしかしたら、良心的な人が取材してくれる可能性もあると期待するぐらいしかできないと思うし、むしろさっき言った通り、何もしてほしくないよ。下手に何かしたら、口外禁止と言われていたのに、それを破ったって理由で、また問題にされるかもしれないからね」
「でも、取材を受けるうえで注意することとかは、伝えられないかな?」
マスメディアの問題について、これまで様々なことを調べて、春来は子供と思えないほどの知識を既に持っていた。だからこそ、何かできることをしたいといった思いを強く持った。
ただ、両親はそんな春来の思いを受け、どうするべきか悩んでいる様子だった。そうして、少し間を置いた後、母親が口を開いた。
「友達にあの店の話をして、宣伝するのがいいと言ったわよね? その流れで、どんな宣伝をしているか聞いてみるのはどう? その流れで、もしも取材を受けるなら、こうしたことをした方がいいといった話をしてみたらいいんじゃない?」
「ちょっと強引な気もするけど……そうだ、店の様子を伝えるため、自分達でも独自に何か発信するというのは、いいかもしれないね。まあ、そういったことも取材する側は止めるかもしれないけど、何か偏った内容を公表された時、少しは対抗できるかもしれないよ」
両親は、少しでもできることがないかと真剣に考えてくれた。そのことを感じて、春来は感謝しかなかった。
「父さん、母さん、ありがとう」
「ただ、何もしてほしくないっていうのが一番だってことは、忘れてほしくないわ」
「うん、わかっているよ。でも、自分にできることがあるなら、それをしたいんだよ」
春来がそんな風に伝えると、両親は顔を見合わせ、それから穏やかな表情を見せた。
「春来も成長しているのね」
「え、どういうことかな?」
「春来がそう言うなら、僕の方でもできることを探してみるよ」
両親がどんな思いでそんな風に言ってきたのか、春来は理解できなかった。ただ、それから両親は長い時間を掛けて、春来にできることを考えてくれた。
そして、春来は両親の話を真剣に聞き、自分に何ができるか、少しずつ答えを出していった。