ウォーミングアップ 15
予定の時間が近付き、翔と可唯は移動していた。
「今日でわいの何連勝やっけ?」
「数えていないから知らない」
今日の手合わせも、結局可唯の勝利で終わった。
「せやけど、ランも強くなったで」
「連勝しておいて、何を言っているんだ?」
「わいを相手に善戦する奴なんて、ランぐらいなもんやって」
褒めているのか、自慢しているのか、相変わらず判断が難しいと翔は感じつつ、それ以上は特に何も言わないでおいた。
「今日のサッカーの試合より、活躍してくれることをわいは期待してるで?」
「うるさい」
翔と可唯は、決して仲良しというわけでなく、いつもこんなやり取りをしている。翔にとっての可唯は、単に利害の一致で一緒にいるだけの存在だ。一方、可唯にとっての翔は単に面白いとか、そんな理由だけで一緒にいるように感じている。そして、そうした関係をお互いに変えようとしていないため、ずっとこの関係が続くのだろうと、何となく思っているところだ。
そうして、翔達は近くにある大きな公園に来た。この公園は、いくつかのスペースに分かれていて、普通の公園のように遊具などがある場所、木や花が植えられた自然あふれる場所、魚が泳ぐ池、噴水、様々なものがあり、単に歩いて回るだけでも時間を潰せるようになっている。ただ、今日翔達が来たのは、特に何もない広場のようなところだ。
そこには、不良グループ「ライト」のメンバーが既に集まっていた。
「可唯、ラン、相変わらず時間にルーズだな」
そう言ったのは、ライトのリーダー、今井圭吾だ。圭吾は25歳で、ライトの中では高齢と言える。その分、人生の先輩でもあり、メンバー達から大きな信頼を得ている。
「ヒーローは遅れて来るって言うやないか」
ただ、可唯だけはいつもこんな感じで、圭吾に対する敬意のようなものを示すことはほぼない。
「向こうも、お揃いって感じやな」
可唯がそう言ったところで、翔は視線をそちらにやった。そこには、ライトと対立する不良グループ「ダーク」のメンバー達が集まっていた。
リーダーの相沢鉄也と、その補佐の林和義。この二人を中心にダークは構成されていて、その目的はライトの壊滅だ。グループの名前も、ライトと反対の意味を持つダークと付け、自他とも認めるライトのライバルになっている。
また、ボランティア活動などを行うライトと違い、このダークは本当の意味での不良達が集まっていて、カツアゲや万引きといった犯罪を繰り返している。それだけでなく、鉄也と和義はハッキングの技術を持っているそうで、サイバー犯罪も起こしているらしい。そうしたことから、ダークのメンバーは警察の厄介になることも多い。
それにより、ライトを含む不良達の印象を悪くするといった問題が現在進行形で発生しているが、それ以上にライトにとって脅威となる問題が常にある状態だ。
「また、ダークの連中に闇討ちされたメンバーが出た」
「なるほど、そのせいでいつもより人が少ないんやね」
最近、ライトのメンバーが突然襲われ、入院するほどの怪我を負わされる事件が頻繁に起こっている。それは、ダークによるものとしか考えられなかった。
「おい、何の証拠もなく、俺達を悪者にするんじゃねえ!」
そんな声を上げたのは、鉄也だ。鉄也の言うとおり、ライトのメンバーを闇討ちしたのがダークによるものだという証拠はない。ただ、全員がダークによるものだろうと疑いを持っていた。
「そろそろ時間だな。鉄也、準備はいいか?」
「ああ、こっちはとっくにできてる」
「それじゃあ、『ケンカ』を始めるぞ」
圭吾の言った「ケンカ」というのは、定期的にライトとダークの間で行われているもので、簡単に言えば決闘のようなものだ。
ルールは単純で、ライトとダーク、それぞれ五人を選び、勝ち抜き形式で一対一の決闘を行う。決闘を行う際は、お互いにボクシンググローブを着けるよう徹底しているが、パンチだけでなく、キックなどを与えることも許可されている。ただし、相手に大きな怪我をさせるような細工が、ボクシンググローブや靴にないことは当然確認するようにしている。
勝敗については曖昧な部分があるものの、とにかく相手を圧倒すれば勝ちとしている。それは、相手をダウンさせるといった一般的な格闘競技のルールに沿ったものから、相手が降参したら勝ちといったものもあり、厳密に決められているわけじゃない。ただ、見ていればどちらが勝ったか大抵わかるため、勝利の判定について揉めることはほとんどない。
このケンカに負けた場合、ライトは解散することになっている。一方、ダークは負けても特に何もなく、ライトにだけ不利な条件になっている形だ。それでも、挑戦を受け続けている理由は、ダークによるライトの被害を少しでも減らしたいといったことも含め、様々な事情があってのものだ。
「ダークの方は、もう五人選んだ。サッサとそっちも決めろ」
「わかった、少し待ってろ」
圭吾はそう言うと、ライトのメンバーに少し深刻な表情を見せた。
「さっき可唯達が来る前にも話したが、ケンカに参加する予定だった者が、入院させられて参加できなくなった。いつもどおり、一番手を可唯にして、全勝してもらうつもりだが、五人は選ばないといけない。万が一、可唯が負けた時には、当然ケンカに参加してもらう。それはプレッシャーになるだろうし……」
「圭吾、わいは何だか調子が悪いみたいや。せやから、一番手はランにしてくれへん?」
深刻な様子の圭吾と違い、可唯は能天気な雰囲気だった。
「これで空いた穴も埋まるし、問題解決やで」
「いや、ふざけるな。可唯がいないと……」
「わいは二番手で出るから、心配せんでええで。まあ、わいの出番、今夜はないやろ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる可唯を横目で見つつ、翔は圭吾に頭を下げた。
「ライトのメンバーとして、力になりたいと思っています。任せてもらえませんか?」
翔の真剣な様子を理解してくれた様子で、圭吾は頷いた。
「わかった、今日はランに一番手を任せる」
「ありがとうございます」
「これで活躍したら、ランの願いを聞いてくれるやろ」
「可唯、黙っていてくれ」
可唯が口を挟んできて、翔は思わず、そんな言葉を言ってしまった。
「どういうことだ?」
ただ、圭吾が気にしている様子だったため、翔は正直に話すことにした。
「圭吾さんに、お願いしたいことがあります。今夜のケンカで、結果を出すことができたら、聞いてもらえませんか?」
「……内容による」
「そうですよね。だから……とりあえず、今夜のケンカ、勝ちましょう」
「……ランを一番手にするぞ。それだけは決めた」
圭吾は悩んでいる様子を見せていたが、他に任せる人もいないと判断した様子で、そう言ってくれた。
そのことに安堵しつつ、翔はボクシンググローブを着けると、足首を回しながら手をブラブラとさせた。
「それじゃあ、ハンデなしでいかせてもらいます」
それから、翔は集中するように目を閉じると、深呼吸をした。