ハーフタイム 23
春来達は、途中でシャベルが必要だと気付くと、公園をそのまま通り過ぎ、一旦家に帰った。
そして、ランドセルを置いた後、シャベルを持つと、改めて公園に来た。
「いつもここで練習とかしてるのか?」
「うん、春翔と二人の時は、ここで練習したり、ベンチに座って話したりしてるよ」
この男子と一緒にこの公園に来るのは、初めてのことだ。それは、男子の家がここから遠いためで、いつもサッカーをする時なども、ほとんど学校か、学校の近くの広場を利用していた。そのため、こうして一緒にいることに、春来は少し変な感覚を持った。
「春来、あそこの木がいいんじゃない?」
「うん、そこならベンチからも見えるし、いいと思うよ」
春翔が選んだのは、ベンチから見える位置にある、比較的大きな木だった。そして、春来はシャベルを使い、その木の根元の土を掘った。ただ、思ったよりも土が固く、子供の力だと大変だった。
「私にもやらせて」
「俺もやるよ」
そのため、春翔と男子にも協力してもらい、交代しながら少しずつ穴を掘っていった。
そうして、ある程度の大きさの穴を掘ると、春来は春翔に目をやった。
「これぐらいで大丈夫じゃないかな?」
「うん、ありがとう。それじゃあ……」
春翔は何を言えばいいかわからないのか、その先は特に何も言わないまま、両手で包むように子犬の遺体を持った。そして、掘った穴に、子犬の遺体をゆっくり入れた。
それからしばらくの間、特に何もすることも話すこともなく、そのままの状態でいた。
思えば、今日会ったばかりで、思い出などもほとんどない。ただ、これからたくさんの思い出ができたかもしれない。そう思うと、子犬との別れは悲しかった。それは、春翔の方が強く思っているようで、いつの間にか、また泣いていた。
春翔のためにも、ずっとこのままでいさせてあげたい。そんな風にも思ったものの、いつまでもこうしているわけにもいかず、春来は切り出すことにした。
「春翔……」
「うん、わかっているよ。私にやらせて」
そう言うと、春翔はシャベルを受け取り、自分の手で子犬の遺体の上に土を被せた。その様子を、春来と男子は黙って見守っていた。
そうして、春翔は子犬の遺体を埋め終えると、シャベルを置き、しばらく呆然としていた。
「……うん、決めた」
不意に、春翔は強い声でそう言うと、春来達に目を向けた。
「私、明日から、さっきのペットショップに行って、色々なことを教えてもらいたい。春来のパパが書いた記事も読みたい。もっともっとできることを増やしたい」
落ち込むだけでなく、こうして前を向くことができる春翔に、春来はずっと憧れている。そして、そんな春翔と一緒にいたいと強く思った。
「僕も色々話を聞きたいし、一緒に行くよ。ただ、父さん達に今日あったこととかは話して、ペットショップに行くことも、一応許可をもらおうよ」
「うん、わかっているよ」
会ったばかりの大人とかかわることで、何かしらかのトラブルに巻き込まれる可能性もある。そんな心配を春来は持っていた。とはいえ、先ほどのペットショップは雰囲気が良く、店長も人が良さそうに感じたため、あくまで念のためといった程度の考えだった。
「俺は家が逆だから、行くとしてもたまにって感じになるな」
「いや、それでも嬉しいよ。今日も付き合ってくれて、ありがとう」
ランドセルを持ってきてくれたことだけでなく、男子から色々と気を使ってもらったことで、春来はそこまで落ち込まず、春翔を励ますことができた。そうした男子への感謝を、そのまま伝えた。
「それじゃあ、遅くなってきたし、今日は帰ろうか」
「うん、そうだね」
「二人は近くていいよな」
「本当に今日は付き合ってくれて、ありがとう。気を付けて帰ってね」
そんな言葉を交わし合った後、春来達は帰ることにした。
そして、家に着くと、そのまま二人で春来の家に入った。それから、今日あったことを春来の両親に伝えた。
「そんなことがあったんだね。ペットに関する問題は、この前記事にしたけど、やっぱり身近にあるものなんだね」
「二人とも、悲しい体験をしたわね。でも、えらいわ」
春来の両親は、記事にしたことだけでなく、もっと様々なことを知っているため、春来達の話をすんなり受け入れてくれた。
「でも、そのペットショップのことは知らなかったよ。取材不足だったね」
「多分、春来と春翔ちゃんが小学校に入る少し前にできた所じゃない?」
「そうだとしたら、尚更取材不足だね。二人の話を聞く限り、動物と飼い主のことをちゃんと考えてくれる、素敵なペットショップなんだろうね。今度、僕も行ってみるよ」
ペットショップのことも、両親は良心的に感じてくれたようだった。それを受けて、春来から切り出そうと思ったところで、春翔が身体を乗り出しながら、口を開いた。
「明日から、春来と一緒に、ペットショップに通いたいの!」
春来は、どう伝えようかと言葉を探していた。でも、春翔は、思ったことをそのまま真っ直ぐぶつけた。
「そうだね……。学校に残って遊ぶのとは違うし、そうした寄り道は感心できないかな」
「それなら、明日は私も行ってくるわ。学校の前で待っているから、一緒に行きましょうよ」
否定的な父親に対して、母親は賛成してくれている様子で、そんな提案をしてくれた。
「いや、でも……」
「春来と春翔ちゃんなら大丈夫よ。あと、春翔ちゃんの両親にも話すんでしょ? その時は、私達からもお願いするから、安心していいわ」
「……それじゃあ、今夜も一緒に夕飯を取ろうかね」
思いを真っ直ぐ伝えるだけで、周りの人の心を動かすことができる。そんな春翔の思いの強さを感じながら、春来はそれができない自分自身を改めて自覚していた。
前に比べれば、少しは自分の思っていることを伝えられるようになった。そんな風に思っていたものの、春翔に比べれば、まだまだだった。そのため、少しでも春翔に追いつきたいと、春来は強く願った。
それから夕飯時を迎え、春翔の両親を呼ぶと、一緒に夕飯を取った。そして、ある程度食事が落ち着いたところで、春翔は話を切り出した。
「ママとパパに聞いてほしいことがあるの」
春翔は、今日あったことを話していった。その際、春来は説明不足だと感じた部分を補足するように、言葉を付け加えていった。
「それで、明日から、そのペットショップに通いたいの」
春翔の話を受け、春翔の両親は複雑な表情を見せた。
「学校が終わったら、そのままペットショップに寄るということか?」
「これまでだって、みんなでサッカーをやるのとかは許してくれたし、そのつもりだよ」
「それは、みんなが一緒だし、先生も見てくれるから許していただけだ」
放課後になっても、学校に残って遊ぶ生徒がいる。春来達が通う小学校において、そのことは、元々問題視されていなかった。ただ、それは教師達の怠慢によるもので、他の学校では普通に問題とされていることだった。
そんな中、朋枝の件があったことで注目を集めただけでなく、不信感も持たせてしまった。そのため、放課後に学校で遊ばせるなといった声が何人かの保護者から出て、一時は禁止になりそうだった。
それにもかかわらず、今でも放課後にサッカーなどができているのは、春来達の希望を受け、春来と春翔の両親達が動いてくれたからだ。具体的には、両親達が直接学校にお願いするだけでなく、他の保護者にも話をするなどして、放課後にサッカーなどをさせたいといった希望を伝えつつ、どうすれば実現できるかを考えてくれた。
そして、教師がつくことや、あまり遅い時間にならないようにするといった決まりを付けたうえで、放課後にサッカーなどをすることが許されている状態だ。そのことを春来は最近知り、両親に感謝したばかりだった。
そのため、春翔の父親が言っていることを、春来は理解できた。ただ、春翔はそうじゃなかった。
「何が違うの!? ペットショップには大人がいるんだからいいでしょ!?」
「その大人は、本当に信用できるのか?」
「今日だって、たくさん助けてくれたんだよ!?」
春翔は感情的になってしまい、ただただ自分の思いを伝えるだけになっていた。そんな春翔を止めたのは、春来の母親だった。
「春翔ちゃん、少し落ち着いて。明日、私もそのペットショップに行くわ。それで、どういう人が店にいるのか見てくるつもりよ」
「それはありがたいけど、私もパパと一緒で不安だよ。春翔も春来君も、結構無茶するでしょ?」
「確かに、私もそう思うわ。だから、二人が無茶しないかを見るためにも、明日ペットショップに行ってくるわ」
その後も、お互いの母親同士が話し合い、それは長い時間がかかった。ただ、結果的にはいい方向で話がまとまってくれた。
「うん、そこまで言うなら、任せるよ」
「ありがとう。また問題に首を突っ込むようなことはないようにするから、安心していいわ」
最終的な結論としては、春翔の希望通りになった。ただ、二人の様子から、何か含みがあるように春来は感じた。
「ただ……春来と春翔ちゃんには、この問題も、本来は子供達で解決するべきことじゃないってことを知っていてほしいかな」
春来の疑問を解決するように、春来の父親はそんな言葉を伝えてきた。
「朋枝ちゃんのことで、二人の背中を押すようなこともしたし、いい形で解決できたとも思うよ。ただ、親として振り返った時、二人に無茶……危険なことをさせてしまったという後悔しかないんだよ」
「同意見だ。この前は上手くいったからといって、今回もそうとは限らない。こうした問題に、首を突っ込むべきじゃない」
二人の父親は、これまであまり言及しなかったものの、春来達がしたこと……春来達にさせたことについて、思うところがあるようだった。
「ただ、僕達が止めても、二人は止まらないだろうしね。だから、ないことを願うけど、また何か問題があった時は、すぐに相談してくれないかな? できる限り、力になるよ」
「そうだな。またみんなで力になろう」
「えっと……それじゃあ、ペットショップに行くのは許してくれるの?」
「許さなくても勝手に行くんだろ」
「うん、そのつもりだったけど……」
春翔は、両親達のスタンスがわからないようで、戸惑っていた。一方、春来は、両親達が応援したい気持ちと、不安な気持ちの両方を持っていることを感じていた。そのため、春来の言うべきことは、はっきりわかった。
「ありがとう。大丈夫、みんなを心配させるようなことはしないよ」
「あ、うん! 私もそうするから心配しないで! だから、ありがとう!」
春来の言葉についていくように、春翔は大きな声で礼を言った。それは、春翔の思いの強さを表しているようだった。同時に、その思いの強さから、どこか暴走してしまうのではないかと心配になったのか、両親達はまた複雑な表情を見せた。
ただ、それ以上は何も言わず、両親達は春翔の思いを聞いてくれた。