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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
157/272

ハーフタイム 22

 春来と春翔は、子犬を看取った後も、しばらくその場から動けなかった。特に何も話すことなく、ただ、その場にいるだけの時間。それが、今の二人には必要だった。

 そうしていると、店長が部屋に入ってきた。その後ろには、ランドセルを三つ持った男子がいた。

「ランドセル、持ってきてやったよ」

 普段、一緒にいる時と違い、男子は気を使うような雰囲気だった。そして、少し間を置いた後、軽くため息をついた。

「その……残念だったな」

 その一言で、何があったか聞いたのだろうといったことが、すぐにわかった。

「何で……助けてあげられなかったんだろう?」

 春翔は、また自分を責めるように、そんなことを言った。

「さっき言っていたじゃん? 僕達が見つけた時には、もう手遅れだったって……」

「そうじゃなくて、私は春来に話を聞くまで、こんなことがあるなんて知らなかった。もっと早く知っていたら、もっと何かできたかもしれないのに、何もできなかった。それが、すごく悔しいよ」

 春来は、自分にできることが少なく、できないことの方が多いと自覚している。しかし、春翔は春来と違い、できることが多いというより、できないことがほとんどない特別な人だ。そんな春翔だからこそ、納得できないことがあるようだった。

「えっと、春来君と春翔ちゃんでいいかな?」

 これまで、春来達は名乗る余裕すらなかったものの、店長は二人の会話から、それぞれの名前を知ってくれたようだった。

「うん、僕は緋山春来で、そっちは藤谷春翔だよ」

「改めて、よろしくね。それで、春翔ちゃんの気持ち、すごいわかるよ。私も昔、捨てられた犬を世話したことがあるんだよ」

 春翔に対して、思うところがあったようで、店長はそんな話を始めた。

「その犬は公園に住み着いてて、小さな洞窟みたいな遊具にいつもいたの。飼ってあげたいと思ったけど、家で飼うことはできなくて、給食のパンを持って行ったり、家にあったご飯を持って行ったり、そんなことしかできなかったんだよね」

 店長は、寂しげな様子だった。

「追いかけっこみたいなことをしたり、私が投げた枝を取りに行かせたり、一緒に遊んで、すごく楽しかったよ。でも、ある日急にその犬がいなくなって……後で知ったんだけど、近所の人が苦情を言って、保健所に連れて行かれたんだよね」

 保健所という言葉を聞いて、春来は思うところがあった。ただ、何も言わないでおいた。

「それで保護されたってこと?」

 春翔が聞いたことは、春来の思っていることと全然違うものだった。そして、店長の顔を見て、春来は自分の思っていることの方が正しいのだろうと確信した。

「ううん、一応、野良犬や野良猫の引き取り先を募集してることはしてるけど……基本的に保健所というのは、野良犬や野良猫を処分するところだよ」

「え……?」

「それで、私と遊んでくれた犬のことだけど……処分されたってことも後で知ったよ」

 店長の言葉があまりにも衝撃的だったようで、春翔と男子は言葉を失った。一方、春来は予想通りの答えが返ってきたのを受けて、軽くため息をついた。

「その様子だと、春来君は知ってたみたいだね」

「父さんが作家で、少し前にペット問題の記事を書いていたから、それで少し知っているだけだよ」

「そういえば、緋山って……もしかして、これを書いたのって、春来君のお父さん?」

 店長はそう言うと、棚から雑誌を出した。それは、春来の父が書いた記事が掲載された雑誌だった。

「うん、そうだよ」

「この記事、すごい良かったよ。特に、ペットショップの問題にも触れてて……」

「ちょっと待って! 処分ってどういうこと!?」

 春翔は、処分という言葉が自分の中で整理できなかったようで、春来達の話を止めた。

「ああ、ごめん、説明不足だったね。ただ、どこから話そうか……って、丁度いいものがあるから、これを参考にさせてもらうね。小学生には難しいと思うけど、本当にいい記事だから、これをわかりやすく話すよ」

 店長は雑誌を開き、春来の父が書いた記事に目をやった。

「ペット問題っていうけど、実際のところ問題になってるのは、ペットじゃないというか……えっと、どう言えばいいのかな?」

「父さんの記事だし、僕から話すよ。これは人の勝手な都合なんだけど、野良犬や野良猫といった、人が世話していない動物が増えること。それをペット問題と言っているんだよ」

 春翔と男子は意味がわからなかったようで、少しの間、固まっていた。

「さっき、学校で聞いた話もそうだけど、どういうこと?」

「マジで意味がわからねえって」

「野良犬や野良猫が増えたことによる問題って、色々な所で起こっていて、わかりやすい形だと、道に糞が増えたとか、ゴミを荒らされたとか、そういったことがあるんだよ。それで、そうしたことを放置すると、食中毒や感染症といった、衛生面の問題に発展してしまうそうだよ」

 春来は、どう伝えたら伝わるだろうかと考えながら、話を続けた。

「だから、そうした野良犬や野良猫を減らすために、どうすればいいかって考えた時、ペットとして飼えばいいって話になるんだけど、そこで、ちゃんと世話ができる人が少ないって問題が出てくるんだよ。それで、さっき話したとおり、懐いてくれなかったり、子供が産まれたり、そうしたことがあって捨ててしまう人がたくさんいるんだよね。その結果、野良犬や野良猫が増えてしまうことを、ペット問題と言っているんだよ」

「そんなのおかしいよ!」

「うん、僕もおかしいと思うよ。だって、ペット問題の対策って……これもさっき話したけど、去勢することで子供を産めないようにするっていうのが、一番の対策であるかのように紹介されているんだよね。あとは、ちゃんと世話ができるようになろうとか、ちゃんと世話ができる人を探そうとか……」

 春来は、その先を言うべきじゃないかもしれないと少し考えたものの、春翔達には伝えるべきだと思い、そのまま続けた。

「問題になっている、野良犬や野良猫を処分……殺して減らす。そんなことが、ペット問題の対策として、行われているんだよ」

 春翔達は、そうした事実をどう受け入れるべきか、わからないようで、複雑な表情になっていた。

「この先は、私に話をさせて」

 店長は、真剣な表情でそう言った後、話を始めた。

「実は……こうした問題を大きくしてるのは、ペットショップなの。というのも、ペットショップは、あくまでペットを売ることを目的にしてて、その後のことは客の責任だってことにしてるの。だから、飼い方のアドバイスをしないだけでなく、飼える環境かどうかってことすら確認しないで、ペットを売ってしまうところもあるんだよね」

 ペットショップの店長をしている人が、そんな話をしたことに、春来は少しだけ驚いた。

「それに、ペットショップにとって、ペットは商品という扱いで……人気のペットを繁殖させて増やすとか、そんなことをしてるところもあるの。これって、さっき春来君が話したことと逆のことで、問題を大きくしてるでしょ? でも、それで罪になることはない……というより、そんなことをしてるってことがあまり知られてないから、ほとんど批判も受けてないの」

 それは、春来の父が書いた記事の中でも紹介されていた。特に、大手のペットショップなどは常にペットが購入できるようにするため、ブリーダーという動物を繁殖させる人から定期的に動物を仕入れている。そして、ろくに世話ができそうにない人にもペットを売り、そのペットがすぐ捨てられるといったケースが多くあっても、ほとんど対策していない。それだけでなく、売れ残ったペットをペットショップがどうしているか不透明な部分があり、その多くが処分されているのではないかといった話もある。

「ペット問題と言ってることに、みんな違和感を持ってると思うけど、それは私も同じだよ。それで、私はこの問題をペットショップ問題だと思ってるの。実際のところ、ペットショップって、海外では少なくなってるみたいで、その理由は、今話したような問題を多くの人が知ってて、それでペットショップを禁止にしようって動きがあるからだよ」

「そんな大きな問題なのに、日本でほとんど知られていないのは、あまりマスメディアが報道しないからだよ。これは、大手のペットショップがスポンサーだったり、そもそも報道したところで何の利益もないと決め付けたり、そういったことが原因みたいだね」

 春来は、補足するように言葉を加えた。それに対して、店長は驚いた様子を見せた。

「春来君、本当に詳しいね。見た目は子供だけど、中身は大人なのかな? それこそ転生したとか?」

「えっと、どういうことかな?」

「何だ、そういうアニメとかは見ないんだね」

 店長は何か冗談を言ったようだが、春来は意味がわからなかった。

「ああ、ごめん、話を戻すね。私、短い期間だけど、大きなペットショップで働いたことがあって、そこは扱ってる動物が多いだけでなく、設備とかも良かったし、従業員も多かったんだけど……動物を商品としか思ってない人も多かったんだよね。ほとんどの時間、檻に閉じ込めて、餌も決められた時間に決められたものを与えるだけ。商品を傷つけられたくないからと、お客さんが動物に触れる機会すらない。そんな状況で、体調を崩す子もいたけど、そうなったらすぐ別の子に交換される。そんなところだったから、私はすぐに辞めてしまったの」

 途中、店長は、動物のことを「子」と言い換えていた。それは、店長がどれほど動物を愛しているかを表しているように感じた。

「それで、同じような不満を持ってる人と協力して、自分の店を持つことにしたの。ここでは……そっか、中を見る余裕もなかったよね。せっかくだから、見てってよ」

 店長に言われるまま、春来達はスタッフルームを出た。店長の言う通り、さっきは店の中をちゃんと見る余裕がなかった。そのため、こうして落ち着いた状態で見ることで、気付いたことが多くあった。

 まず、店の広い範囲を囲う、網で作られた柵があり、ほとんどの動物は、そこで放し飼いになっているような状態だった。そのため、客だけでなく、動物同士でも触れ合えるような環境になっていた。

 普通のペットショップだと、外から見えるように一部がガラスになった檻に、一匹ずつ動物が入れられているため、客が触れることも、動物同士で触れ合うこともできない。それだけでも、ここは大きく違っていた。

 また、産まれたばかりの子犬などは、少し離れた場所で、周りが柵で囲まれたベッドのようなところにいた。そして、離されてはいるものの、他の動物の鳴き声などに反応していて、時々、返事をするように鳴いていた。すると、他の動物がまた返事をするように鳴いていて、声だけでコミュニケーションを取っているように見えた。

「こうやって、動物同士で触れ合うようにするのも、大切なんだよ。例えば、大型犬が小型犬を襲って、怪我を負わせたとか、そんな話がたまにあるでしょ? それで、犬や飼い主が責められることもあるけど、あれは他の動物と触れ合ったことがなくて、どうしていいかわからなかった結果、起こってしまうことなの。だから、悪いのは環境だと私は思うよ。だって、あの子とあの子、全然大きさが違うけど、仲良く遊んでるでしょ?」

 店長が指差した先には、仲良さそうに遊ぶ、大型犬と、小さな猫がいた。

「ただ、さっき春来君が話していたけど、ここにいる子達は、みんな去勢されてるの」

「え、何で?」

 春翔の質問に、店長は悲しげな表情を見せた。

「一応、むやみに犬や猫を増やしてはいけないって、法律で決まってるの。まあ、これに違反するのって、私達みたいな小さいペットショップだけなんだよね。さっき言った通り、大きなペットショップとかで普通にしてることなんだけど、そこでは何の罪にもならないんだよ」

 朋枝が虐待を受けていた時、警察などが助けてくれなかった。そんな経験をしている春来達は、店長の話をすんなり受け入れることができた。

「まあ、そういった事情があって、去勢はしないといけないの。あと、ここは世話ができないって理由で捨てることになった動物を引き取ってるの。そのことをちゃんと宣伝できてたら、あの子もすぐここに連れてきてもらえたかもしれないけど……これは、完全に私達のせいだよ」

 そう言った後、店長は頭を下げた。

「全部の動物を世話することはできないし、助けられない命の方がたくさんあるってわかってるよ。私がやってることは、単なる自己満足で、ペットショップの問題を解決できてるわけじゃないしね。だから……悲しい思いをさせて、ごめんなさい」

 そんな風に謝られるとは思っていなくて、春来は驚いてしまった。

 そうして、何も言えないままでいると、春翔が軽く息を吸った。

「助けられなかったけど……あの子のこと、見てくれてありがとう!」

 そう言った後、春翔は強い目で、話を続けた。

「近くに、こんなところがあるなんて、私も知らなかった! だから、私もごめんなさい!」

 春翔は頭を下げた後、すぐにまた顔を上げた。

「私、もっともっと知りたいことがある! だから、もっと教えてください!」

 春翔の迫力に圧倒されつつ、店長は笑顔を見せた。

「うん、ありがとう。またいつでも遊びに来て」

「うん! あと……あの子のことだけど……」

 春翔は、どう伝えるのがいいかわからないようで、言葉に詰まっていた。そんな春翔が何を伝えたいか理解して、春来は口を開いた。

「あの子、引き取ってもいいかな?」

「うん、別にいいけど……ああ、そういうことなら、お願いしてもいいかな?」

 店長は、春来の考えを察したようだった。それを受け、春来は春翔に目を向けた。

「それじゃあ、僕達で、お墓を作ってあげようよ」

 春来がそう言うと、春翔は強く頷いた。

「うん!」

「俺も協力する。でも、どこに作るんだ?」

「よく行くところで、大きな木とかがある場所に埋めるって話をよく聞くよ。それなら、そう簡単に壊されないし、近くに行くたび、あの子のことを思い出せるでしょ?」

 そんな店長の提案を聞いて、春来は一つ思い当たる場所があった。そして、そこは春翔も一緒だったようだ。

「だったら、家の近くの公園がいい!」

「うん、僕もそこがいいと思うよ」

 そうして、春来達は子犬の遺体を引き取ると、家の近くの公園に向かった。

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