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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
156/272

ハーフタイム 21

 休み時間になるたび、春翔は子犬の様子を見に、空き教室に向かった。当然、それに春来もついていった。

「可愛い」

「飼ってあげたいな」

 一限目の休み時間などは、多くの人が興味を持って、子犬の様子を見に来ていた。ただ、子犬が寝てばかりで、あまり反応しないのを確認すると、すぐに飽きてしまったのか、段々と子犬の様子を見に来る人は減っていった。

 そうして、昼食後の休み時間になると、子犬の様子を見に来るのは春翔と春来、それといつもサッカーを一緒にやる男子一人だけだった。この男子は、いつも一緒にいた男子が転校してから、春来達と一緒にいることがさらに増えた。そのため、子犬のことも一緒になって考えてくれた。

「俺も飼うのは無理かもしれねえな。でも、どうにかしてやりてえよな」

「そうだ。春来、何か話があったんじゃないの?」

「うん……あまりいい話じゃないけど、いいかな?」

「うん、何でも聞くよ!」

「俺も聞いてやるよ」

 二人からそんな返事を受けて、春来はどう伝えるのがいいかと考えつつ、口を開いた。

「少し前に、父さんがペットの問題について記事を書いたことがあって、それで見たんだけど……こうして犬や猫が捨てられたり、野良犬や野良猫になったり、そうした問題の多くは、無責任にペットを飼う人が増えたことが原因で起こっているそうだよ」

「いや、どういうことだよ? ペットを飼う人が増えれば、捨てられたり、野良になるのは普通減るだろ?」

 そんな風に返されるのは、春来の予想通りだった。というのも、春来自身、最初にこの話を知った時、同じように思ったからだ。

「よく、テレビとかでペットブームだなんて特集することがあるけど、基本的に癒しがあるとか、生活が充実したとか、そんないいことばかり伝えるんだよね。でも、実際はそれ以上に大変なこととか、色んな問題とかがあるんだよ。それなのに、そうした悪い部分はおまけ程度に伝えるだけで、結局多くの人がそれを知らないまま、ペットを飼ってしまうみたいだよ」

「そうだとしても、実際に飼ってみれば、大体は上手くいくんじゃねえの?」

「それが、そうじゃないんだよ。実際、ペットを飼う人が増えれば増えるほど、捨てられてしまうペットも多くなっているんだよ。そして、ペットを捨てた人の半分以上は、知識不足を感じて、飼うのを諦めたって人だそうだよ」

「いや、マジかよ……」

「思ったよりお金がかかると知らなかったとか、あまり懐いてくれなかったとか、ひどい場合だと、そもそもペット禁止の所に住んでいたのを知らなくて、飼ってすぐに捨てることになったなんて話もあったよ」

 春来の話を聞いて、男子は言葉を失ってしまった。一方、春翔は思うところがありつつ、春来の話を最後まで聞こうと思っているようで、ここまで黙って話を聞いてくれた。そんな春翔に対して、春来は伝えたいことがあった。

「春翔は、去勢って知っているのかな?」

「きょせい?」

「その……簡単に言うと、手術をして、子供を産めないようにすることなんだけど、多くのペットがこの去勢を受けているんだよ」

「そんなのひどい! 何で、そんなことするの!?」

「ペットが子供を産んだ時、その子供の世話まではできない飼い主が多いからだよ」

 春来がこれを伝えたのは、今起こっていることの原因そのものだと思ったからだ。

「多分だけど、元々ペットとして飼われていた犬が子供を産んで……でも、その世話まではできないって理由で、この子犬は捨てられたんだと思うよ。これもよくあることで、犬や猫は人と違って、一度の出産で何匹も産むことが多いんだよ。そのことを知らなかった飼い主が、自分では飼えないと捨ててしまうんだよ」

「そんなの……」

「そうしたことを防ぐために、元々子供が産めないよう、去勢するんだよ。でも、春翔の言うとおり、ひどいことだと思うし、それが正しいかどうかは、僕もよくわかっていないんだよね。ただ、この子犬が捨てられたのは、それが原因だと思うよ」

 春来はそのことを知っていたため、何も知らずに子犬を飼うと言った春翔に賛成せず、むしろ反対した。そうした春来の考えを春翔は理解した様子で、しばらく黙ったまま、考え込んでいた。

 そうして、少しの時間が過ぎたところで、春翔は強い目を春来に向けた。

「私は何も知らなかったけど……でも、やっぱり、この子犬を助けたい! これからたくさん勉強するし、ちゃんと世話できるようにする!」

「うん、春翔なら、そう言うと思ったよ。だから、僕も協力するし、父さんと母さんにも手伝ってもらえないか、頼んでみるよ。父さんと母さんは普段から家にいるし、特に母さんは、父さんの仕事が終わるのを待つだけの時間も多いから、色々と協力してくれると思うんだよね」

 春来がそう伝えると、春翔は呆気に取られたような表情を見せた。

「反対していたんじゃないの?」

「何も知らないで飼うって言っても、すぐみんなに反対されると思ったから、反対していただけだよ。知ったうえで、それだけ強い気持ちがあるなら、もう反対しないよ」

 春来がそう言うと、春翔は笑顔になってくれたものの、少し怒っているようにも見えた。

「春来の意地悪! 最初からそう言ってよ!」

「ごめん、ちゃんと話す時間がなかったから……」

「でも、飼えるなら、もう何でもいいよ! 本当に良かった!」

 そう言うと、春翔は嬉しそうに子犬に駆け寄った。

 それから少しして、春翔は何かに気付いた様子で、体が固まった。そして、振り返ると、泣きそうな表情を見せた。

「春翔?」

「どうしよう……? 全然動かないよ?」

 春翔の言葉を受けて、春来達も子犬を確認した。そして、春翔の言うとおり、子犬はまったく動かなかった。

「近くに動物病院とか……そうだ、ペットショップがあったから、そこに連れて行こうよ!」

 春来は、必死に記憶を探り、近くにあったペットショップの存在を思い出した。そして、子犬を入れたまま、段ボール箱を手に取った。

「僕はこのまま早退するから、先生に伝えておいて」

「私も行く! 先生に伝えておいて!」

「ああ、わかった!」

 男子を残し、春来と春翔は空き教室を出た。そのまま、荷物を取りに行くこともなく、二人は靴に履き替えると、学校を出た。そして、駆け足で近くにあったペットショップに入った。

 そこは、小さなペットショップで、通学路の途中にあるからという理由で春来は覚えていた。ただ、動物病院ではないため、子犬を見てもらえるだろうかという疑問はあった。

「いらっしゃいませ。どうしたのかな?」

 女性の店員が迎えてくれたものの、春来はどう言おうかと迷ってしまい、言葉に詰まった。

「全然動かなくなっちゃって、見てくれないかな!?」

 そんな春来と違い、春翔は自分の思いをそのまま伝えた。それを受けて、店員はすぐ段ボール箱に入った子犬に目をやった。

「わかったよ。すぐに見てあげるから、二人とも落ち着いて。誰か、店を見てくれないかな? あと……」

 この女性は店長だったようで、他の店員に店を見てもらうよう指示を出すだけでなく、動物病院の医者を呼ぶように伝えた後、春来達をスタッフ用の部屋に案内した。そして、子犬を毛布に包むと、すぐに状態を確認してくれた。

 それから、店長は犬用のミルクを用意すると、スポイトを使って、それを少しずつ子犬に飲ませた。そうしていると、先ほどまで動かなかった子犬が少しだけ動き、弱々しいながらも鳴き声を上げた。

 その様子を見て、春翔は様々な感情を持ったのか、急に泣き出してしまった。そんな春翔に、春来は何も言えないまま、ただ一緒にいることしかできなかった。

 そうしていると、動物病院に務めている医者がやってきて、子犬の状態を改めて確認してくれた。ただ、医者の表情はずっと険しく、良くないのだろうということは、すぐに伝わった。

「詳しい状況を聞かせてくれないかな?」

「朝、学校の前に段ボール箱が置いてあって、そこにその子犬が入っていて……多分、捨てられたんだと思う。それで、先生に頼んで、空き教室に置いてもらったんだけど、さっき見たら、全然動かなくなって……それで、ここにペットショップがあったのを思い出して、連れてきたんだよ」

 春来は、たどたどしいながらも、何があったかを説明した。

「……ちゃんと説明してくれて、ありがとう。こんな状態で捨てるなんて、ひどい飼い主だね」

 そして、春来の説明を受けた医者は、どこか悲しげな表情だった。

「あの……」

「助かるよね!?」

 春来が聞く前に、春翔が大きな声で質問した。それに対して、医者は少し悩んでいるような様子を見せた後、ため息をついた。

「ごめん、この子を助けることは、できないよ」

「……何で?」

 医者の言葉を、春翔は受け入れることができないようだった。そして、医者から理由を聞く前に、自分の中で色々と思うところがあったようで、それが自然と溢れ出した。

「もっと早く連れてくれば良かった! そうすれば、絶対に助けられたはずだよ!」

「ごめんね。そうだとしたら、春翔を止めた僕のせいだよ」

「違う! そんなことが言いたいんじゃないの! 私だったら、絶対助けられたはずなのに、助けられなくて……」

 そんな春翔と春来のやり取りを見て、医者は慌てた様子を見せた。

「二人とも落ち着いて。二人のせいなんかじゃないよ。二人がこの子を見つけた時には、もう手遅れだったんだよ」

「……どういうことかな?」

 医者の言葉に戸惑いつつ、春来は聞き返した。それを受けて、医者は少しだけ間を置いた後、口を開いた。

「言いづらいけど……飼い主は、この子をどうしていいかわからなかったというより、邪魔に感じたのかもしれないね。何度か殴ったりしたような傷があって……申し訳ないけど、二人がこの子を見つけた時には、もう手遅れで、治療のしようがない状態だったんだよ」

 この子犬は、単に捨てられただけでなく、そうした怪我も負っていたそうだ。それから、医者が推測に近い形で状況を説明してくれた。

 元々、飼い主は犬を飼っていて、ある日、その犬が子供を産んだのだろうという推測は、春来と同じだった。その後、飼い主は子犬まで育てられないと考えた結果、様々な暴力を与え、殺そうとしたんじゃないかとのことだった。ただ、殺し切ることはできず、最終的に捨てることを選択した。

 それが、医者の推測だった。

「そんなひどいこと……ふざけやがって」

 春来は怒りから、自然と拳を強く握りしめた。ただ、そんな春来の拳を、春翔は両手で包むように優しく握った。

「春来、前に言ったでしょ? 世の中、許せない人はいると思うけど、誰かを恨んだり、復讐したり、そんなことだけはしないでよ」

 春来は、今すぐ子犬を捨てた飼い主を探し出し、何かしらか復讐したいといった考えを持っていた。春翔は、そのことに気付き、泣きながら春来を諭した。

「……ごめん、大丈夫だよ」

 そして、春来はゆっくりと拳を開くと、冷静さを取り戻した。

「あの……その子犬は、本当に助からないのかな?」

「うん、そうだけど……最期に二人と出会えて、この子は幸せだったと思うよ。だから、最期まで看取ってあげてよ」

 それから、医者が帰り、店長も店に戻った。ただ、春来と春翔は、店長からいつまでもいていいと言われ、この部屋に残ることができた。

 何もできないことを歯痒く思ったものの、子犬は穏やかな様子で、それこそ幸せそうに寝ているようにすら見えた。そして、少しずつ子犬の呼吸が弱くなっていくのを、春来と春翔は、ずっと近くで見守っていた。

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