ハーフタイム 20
司令塔を目指すようになってから数日が過ぎ、春来は確実に実力を伸ばしていた。
「二人とかに囲まれたら、どうすればいいのかな?」
「二人以上がボールを奪いに来た場合は、誰かのマークが外れたってことだから、そのマークが外れた人にパスするのが基本的にはいいよ。ただ、それがトラップの場合もあるから、状況によってはドリブルして、その場から離れるのもいいよ」
上級生のアドバイスもあり、春来は疑問を解決しながら、知識も付けていった。
「春来、マジでクラブチームに入る気ねえのかよ?」
そんな春来に対して、男子二人と同じクラブチームへの誘いが頻繁にあった。クラブチームに入った方が、ちゃんとした指導も受けられ、さらに成長できるだろうといったことは、春来も理解していた。
「ごめん、今はまだいいかな」
ただ、春来はそうした誘いを毎回断っていた。
「今は、できることがドンドンと増えている感覚があって、これ以上増やすと混乱しちゃうと思うんだよね。だから、今できることを順番に増やしていって、それがなくなった時に考えるよ」
「それ、永久にクラブチームに入らねえってことになりそうだな」
「え、何でかな?」
「まあ、いいや。来年、クラブはサッカーにするんだろ?」
四年生になれば、クラブ活動が始まる。様々なクラブがあり、その中には、当然ながらサッカークラブもある。
「うん、今のところはそのつもりだけど、まだ決めていないよ」
「いや、決めろよ! 俺達も一緒だし、他の選択肢なんてねえだろ!」
この時、春来はいつも一緒にサッカーをしている、もう一人の男子に目をやった。というのも、その男子が、何か言いたげな様子だったからだ。
「どうかしたのかな?」
そして、春来はそんな質問をした。それに対し、男子は軽く息をついた後、口を開いた。
「俺、実は今度引っ越すことになったんだ。だから、もう一緒にできないぜ」
「マジかよ!? クラブチームはどうするんだよ!?」
「それも遠くなるし、辞めるつもりだぜ」
「……マジかよ。じゃあ、今度は敵になるってことかよ?」
「いや、サッカーを続けるか決めてないから、敵になるかはわからないぜ?」
「サッカーまで辞めるのかよ!? 絶対に辞めねえ方がいいって!」
サッカーまで辞めるつもりだと知り、春来も驚いた。ただ、明るい表情を見て、後ろ向きな理由ではないのだろうと感じた。
「サッカーを続けてたのは、みんなと一緒にやるのが楽しかったからだぜ。でも、俺は色々なことがやってみたいし、これをきっかけに、他のこともやってみるぜ」
「そういうことなら、応援するよ。頑張ってね」
「私も応援するよ!」
春来と春翔は励ます言葉を伝えたものの、いつも一緒にいた男子だけは納得いかないようだった。そんな様子を見て、春来が言えることは、一つだけだった。
「二人だけで、ちゃんと話したらどうかな? お互いに、色々と言いたいことがあるんでしょ?」
そんな春来の言葉を受けて、男子二人は頷いた。
「それじゃあ、トコトン話そうぜ」
「ああ、俺を納得させられなかったら、絶対サッカーを続けさせるからな!」
その後、具体的に何を話したかは知らないものの、男子二人が一緒に帰り、とにかく話し合いをしたようだ。
それからしばらくが過ぎ、別れの時が来た時、男子二人は笑顔だった。そんな二人を見て、春来はお互いに納得できたのだろうと感じた。
こうしたクラスメイトの転校は時々あり、そのたびに寂しいと感じることはあった。ただ、春来よりも、春翔の方がそうした別れを悲しんでいるようだった。
「もう、会えないのかな?」
みんなと仲がいい春翔にとって、誰かが転校するということは、仲良しが転校することになる。そのため、誰かの転校があった時の帰りは、いつも春翔が近くの公園に寄りたいと言い、そこのベンチに座ると、ずっと泣いていた。
「またどこかで会えるかもしれないし、それに春翔なら、すぐまた誰とでも仲良しになれるじゃん。春翔がそれだけ悲しんでいるってことは、それだけその人と仲良しだったってことだよ。僕はそこまでみんなと仲良くなれないし、春翔はやっぱりすごいよ」
春来は、そんな言葉を伝えるぐらいしかできなかった。それは、春来が誰かとの別れで泣くことがなく、本当の意味で春翔の思いがわからなかったからだ。
ただ、春来がほとんど何も言えないままでいても、しばらく時間が経つと、春翔は泣き止んでくれた。
「春来、ありがとう」
そして、いつも春翔は笑顔で礼を言ってきた。
「いや、何もしていないけど……」
「一緒にいてくれて、ありがとう」
そんな風に春翔が言い直したものの、意味がわからなかった。ただ、誰かが転校して春翔が悲しむたび、春来は春翔と一緒にいるようにした。それは、いつしか意識することなく、自然とすることの一つになった。
そうして過ごしていたある日、肌寒くなってきた時のことだ。いつもどおり学校へ行くと、校門の近くに多くの人が集まっていた。何があったのかと思い、確認してみると、そこには段ボール箱に入った子犬がいた。
「可愛い!」
春翔は、子犬を見た瞬間、そんな声を上げた。
「この犬、どうしたのかな?」
「何か、捨てられたみたいだよ」
「そうなの? かわいそう!」
既に、他の生徒なども興味を持ったようで、頭を撫でたり、体を触ったりしていた。また、餌代わりに誰かが置いたのか、箱の中には給食のパンなどが入っていた。
「ねえ、どうしよう?」
春翔は、どうにかしてあげたいと思いつつ、どうすればいいかわかっていないようだった。そんな春翔の思いを受けて、春来は自分達にできることを探した。
「誰か、飼える人はいないかな?」
「家はアパートで、ペット禁止だから難しいかも」
「私もマンションだから無理かな」
周りの人も、どうにかしてあげたいという気持ちは同じのようだ。ただ、家の事情もあり、飼うことは難しいようだった。
「だったら、私が飼う!」
そんな周りの様子を感じて、春翔はそう言った。
「僕も春翔も学校があるし、その間、世話はどうするのかな?」
「それなら、学校休むもん!」
「そんなこと、父さん達が許さないよ?」
「それじゃあ、春来は、このままでいいと思っているの?」
「そんなこと思っていないよ!」
「でも、さっきから反対しているじゃん!」
春来と春翔は意見が合わず、気付けば言い争いをしていた。基本的に、二人は普段から仲良しだが、時にはケンカしたり、すれ違ったりすることもある。今回は、二人の知識の違いから、意見が合わない状況になっていた。
「僕もどうにかしてあげたいけど、それには……」
「おい! もう学校が始まるぞ! 何をしてるんだ!?」
その時、生徒達が集まっていることに気付いたのか、教師達がやってきた。
「捨てられた子犬がいるの!」
「そんなもの、放っておけ!」
「そんなの嫌だ! 私は……」
「この子犬、中で保護できないかな?」
春翔が教師にまで文句を言おうとしたため、春来は遮るようにそんな提案をした。
「だから、そんなもの……」
「この前、『命を大事に』って授業で教わって……でも、それは嘘だったのかな? この子犬の命は、大事にしなくていいのかな?」
こうした理屈……むしろ、屁理屈のようなものは、ビーの影響で得たものだ。
朋枝の件をきっかけに、春来はビーから教わったマスメディアの問題に興味を持ち、その後も独自に調べていた。インターネットを利用して、様々なことを調べる知識と技術は元々あったため、春来一人で調べるだけでも多くの情報を得ることができた。
そうして多くの情報を得た結果、事実を伝えるのでなく、単に自分達の伝えたいことを伝えているのがマスメディアだといった認識を春来は持っていった。そして、無意識のまま春来自身も、自分の伝えたいことを伝える方法を、理解していっていた。
「寒くなってきたし、このままここに置いておきたくないよ。みんなも、そう思うよね?」
他の人に同意を求めると、真っ先に春翔が反応した。
「うん、私もそう思う! このままにしたくない!」
「そうだよ! こんな寒いところに置いておくなんて、ひどいよ!」
「空いてる教室あったよね? そこに置いておけないかな?」
「何か、布団みたいなんで包んだりできないの?」
みんなが口々に意見を伝えて、教師達は圧倒されている様子だった。そして、教師達はお互いに顔を見合わせると、諦めたようにため息をついた。
「わかった。中に入れてあげるけど、今日だけだぞ」
そうして、一時的とはいえ、子犬は空き教室で保護されることになった。
「ほら、早く教室に行け」
それから、みんなは教師達に従う形で、教室へ向かった。その途中、春翔が春来に寄り添ってきた。
「春来、ありがとう。あと……さっきはごめんね」
「ううん、僕も上手く伝えられなくて……後で、もっと話したいことがあるから、付き合ってくれないかな?」
「うん、私も春来と同じだよ。もっと話したい」
そう言って、笑顔を見せた春翔に対して、春来も笑顔を返した。