ハーフタイム 19
春来は、学校にいる時、春翔の周りにいる人達の一人といった感覚をずっと持っていた。これは、春来が春翔としか真面に話せず、また春翔の周りにはいつも誰かがいたから、自然と持った感覚だった。
それが、いつの間にか変わり、春来は自分の周りにみんなが集まっているように感じることが増えていった。
「サッカーやろうぜ」
「今日は負けねえからな」
男子二人とは、放課後にサッカーをする機会が増えた。また、二人の他にも一緒にサッカーをやってくれる人が増え、ちょっとした試合もできるようになった。
それだけでなく、休み時間は、いつも春翔の周りにみんなが集まり、そこに春来が加わる形だったが、春来の周りにみんなが来て、そこに春翔が加わることが多くなった。
「昨日のドラマ、みんな見た!? まさか……」
「まだ見ていない人がいるみたいだから、明日とかに話そうよ」
「うん、私はまだ見てなくて……今日見るから、明日でもいいかな?」
「あ、ごめん! またやっちゃいそうだったよ! うん、明日話そうよ!」
そして、春来は、思ったことや感じたことを自然と口にすることが多くなった。ただ、そうした自分自身の変化は、あまり自覚していなかった。
元々、春来は周りに気を使い、自分を抑えていた。しかも、そのことを自覚することなく、無意識のうちにそうしていた。それが、朋枝の件などをきっかけに変わり、春翔と話す時と同じように、みんなと話す時も自然体になり始めていた。そして、そうした春来の変化が、そのままみんなとの関係の変化になっていった。
「春来、今日バスケやるんだけど、人が足りなくて、一緒にできないかな?」
「いや、バスケなんてあまりやったことないし、僕がいても、役に立たないと思うんだけど……」
「別にいるだけでいいからさ」
「……まあ、それなら、いいけど」
何かするのに人数が足りない時、春来は頻繁に誘われるようになった。あまり経験がないことに誘われることも多く、いつも戸惑ってしまったが、色々と経験することで自信が持てるようになるのではと思い、全部参加するようにしていた。
「春来君、明日みんなで野球をやるんだけど、メンバーが揃わないから出てくれないかな?」
「うん、別にいいけど、全然役に立たないと思うよ?」
「それでもいいよ。あと、誰か他に誘える人とかいないかな?」
「だったら、春翔とかを誘うよ」
「春来、それなら俺も参加するぜ」
「俺も参加していいだろ?」
そして、春来が何か参加するたび、春翔だけでなく、男子二人も一緒に参加することが多くなっていった。そうして、春来達は様々なことを経験していった。
春来は、何をやってもそつなくこなし、活躍することができた。ただ、それすら自覚することもなく、何故誘いが増えるのかといった疑問を持つだけだった。
春翔も、ある程度のことはできて、何より春来と連携することに関しては誰よりも優れているため、春来と一緒になって活躍していた。
男子二人のうち、一人は春来同様器用で、いつも大きな活躍をしていた。ただ、もう一人はそこまで器用でなく、何か参加するたび、サッカーだけやりたいだなんて文句を言っていた。
そんな風に過ごす日々はあっという間に過ぎて、春来達は小学三年生になった。
「僕と春翔、また同じクラスだね」
クラス替えになり、各クラスの生徒が書かれた張り紙を一目見て、春来はそう言った。
「もう見つけたの? 何組?」
「3組だよ」
「あ、あった。よくそんなすぐ見つけられたね」
春翔とは変わらず、同じクラスになった。それだけでなく、男子二人も同じクラスだった。ただ、当然ながら別のクラスになった人の方が多く、クラスには知らない人ばかりになった。
「緋山春来君だよね?」
そんな状況の中、春来は他の人から話しかけられることが多かった。それは、朋枝の件や、サッカーが上手といったことが噂になっていただけでなく、誰かから誘われるたびに様々なことに参加していたことが理由だった。ただ、相変わらず人付き合いに苦手意識を持っているため、最初は戸惑ってしまった。
「えっと……よろしくね」
とはいえ、朋枝との約束もあるため、春来は少しでも頑張ろうと、なるべく受け答えはするようにしていた。また、前のクラスにいた時と同じように、周りのことは常に気にするようにしていて、誰かが困っている時には声をかけるようにしていた。
そうしていると、いつの間にかこのクラスでも、春来は、みんなに囲まれるようになった。
「春来、人気者だね」
「それは春翔の方でしょ?」
ただ、常に春翔と一緒にいることも変わらないため、みんなが自分の周りに来るのは、春翔も一緒だからと解釈するようになった。それは、春翔と仲良くしたい人が、春翔と一緒にいる春来にも話しかけているだけだろうといった、相変わらず自分に自信がないからこその考えだった。
「まあ、そうだねー」
そして、そうした春来の言葉を、春翔はあまり否定しなかった。そんな春翔のことを、改めて自分に自信がある特別な人だと、春来は感じていた。
「春来、サッカーやろう!」
また、放課後にサッカーをやることは変わらずに続いた。その際、同じクラスになった人だけでなく、別のクラスになってしまった人、さらには上級生まで参加して、前よりも大勢でやるようになった。それにより、春来がサッカーをやるうえでのスタイルが、はっきりとしてきた。
「春来君と同じチームだと、すぐボールが回ってきて楽しいよ」
春来と同じチームになった人は、そんな感想を言うことが多かった。
「いや、ただマークされていない人にパスしているだけなんだけど?」
春来は、相手からボールを奪った後、すぐマークされていない人にパスするという、以前体育の授業でやったことを徹底してやるようにしていた。そうしていると、同じチームの人がゴールを決めるチャンスは、自然と増えた。
また、ゴールを決めても決めなくても、シュートした人は相手からマークされやすくなる。それは逆にマークされにくい人が出てくるということで、春来はそのことを把握しながら、パスする相手を決めていた。その結果、多くの人が春来からパスを受ける形になった。
ただ、これ自体は前にもあったことで、大きな変化にはならなかった。大きな変化を与えたきっかけは、上級生の一言だった。
「春来君、司令塔になったらいいんじゃない?」
「司令塔?」
初めて聞く言葉で、春来は何のことかわからなかった。それに対して、サッカーに詳しい上級生は、丁寧に説明してくれた。
「司令塔っていうのは、チーム全体を動かして、試合の流れとかもコントロールする役割があるポジションだよ」
「そんな重要なのは、僕だとできないと思うんだけど……」
「そんなことないよ。春来君は、みんなからの信頼があってリーダーシップもあるし、誰がマークされているかを把握する視野もあるし、完璧なパスを出す技術もある。全部、司令塔をやるのに必要な能力だよ」
「でも、僕は身長も低いし……」
3月生まれという、遅く生まれたことによる成長の差は、小学生ほど大きい。これは、男女の成長の差もあったものの、春来は春翔よりも身長が低いことなどを普段から気にしていた。
「だったら、司令塔を目指すのは尚更いいよ!」
「え?」
「ゴールを目指すストライカーも、ゴールを守るディフェンダーも、身長の高い人が有利って言われているんだよ。でも、司令塔をやるなら、身長が低いことは欠点にならないよ。むしろ、春来君にとって、一番向いたものだと思うよ」
「そんなこと言われても……」
「春来は春来のしたいようにすればいいよ」
春来が困っていると、それを助けるように春翔が来てくれた。
「よくわからないなら、今と同じでいいんじゃない? 今でも春来はすごいもん」
春翔は、自分が望む言葉を伝えてくれた。そして、いつもどおり、春翔が背中を押してくれるなら、同じことを伝えようと一瞬思った。ただ、この時の春来は、それが正しい選択なのか、わからなくなってしまった。というのも、いつもと同じことを続けたところで、何も変わらないとも思ったからだ。
そして、春来はいつもと違う選択をすることにした。
「司令塔になるには、どういったことを覚えたらいいのかな?」
「春来?」
「まだやると決めたわけじゃないけど、司令塔っていうのが、どういうものなのか知りたいんだよね」
「何で? 別に春来は今のままでも……」
「変わりたいと思っているから、少しでもできることがあるなら、やってみてもいいかなって思うんだよ。それに、僕に向いているなら、尚更やってみたいよ。それで、できなかったら、すぐ諦めるよ」
春来の言葉を受け、上級生は嬉しそうな表情で、色々と説明してくれた。
「春来君は、ボールをキープすることも覚えるといいよ。今、春来君は、すぐ他の人にパスするようにしていて、それ自体は間違いじゃないんだけど、時々ボールを受けるのが難しい人しかいないのに、パスしてしまっていることがあるんだよね。そんな時、ボールをキープできれば、相手は春来君からボールを奪おうと意識を向けるから、他の人のマークが緩んで、パスしやすくなるんだよ」
その説明自体は単純なもので、すぐに納得できた。ただ、それを実際にやろうと思うと、その難しさにすぐ気付いた。
「ボールを奪われそうになっても、パスをしないってことだよね? そんなことできるのかな?」
「ボールをキープするというのは結構大変だけど、いくつかコツがあるよ。まず、基本はボールを相手の足から離れた所へやる意識を持つことだよ。その時、自分の足や手、さらには身体も使って、相手をブロックする意識を持つと、相手はそう簡単にボールを奪えなくなるよ」
そのまま、上級生が簡単に実践してくれたため、春来は具体的な動きや戦術などを覚えていった。
「身体でブロックするというと、体格の差が出るように感じるかもしれないけど、実際はそんなことなくて、相手はボールを奪うのに邪魔な障害物があるように感じるんだよ。それで無理にボールを奪おうとしてくれば、ファールを誘うこともできるからね」
「わかった。実際にやってみるね。こんな感じかな?」
「うん、すごくいいよ!」
そして、春来は教えられたことをすぐ自分のものにして、実践することができた。
「春来、すげえな」
「いい感じだぜ」
クラブチームに入っている男子二人からもそんな風に言われ、春来は自分のしていることが正しいのだろうと自信を持てた。
「あとは、パスの種類を増やすといいかもね。春来君は相手が受けやすいよう、緩いパスを出しているけど、相手によっては、もっと鋭いパスを出すようにするといいよ。これは、壁当てとかでも練習できるよ」
「わかった。練習してみるよ」
この日は、これで解散になった。ただ、春来は帰りに近くの公園に寄ると、言われたとおり、壁当てをやることにした。
「春翔は先に帰っても……」
「私も一緒に行くよ。見ているだけでもいいから」
「わかった。それじゃあ、見ていて気になるところとかあったら、教えてくれないかな?」
そうして、春来は上級生に言われた鋭いパスなどを意識しながら、壁当てを始めた。その際、単に壁に向かって蹴るだけでなく、そこにパスを受ける相手がいるような意識を持つようにした。
それだけでなく、跳ね返ってきたボールは誰かからのパス、あるいは相手のパスを妨害するような意識で受けた。
「春翔、こんな感じでいいのかな?」
「……うん、いいと思うよ」
言葉とは裏腹に、春翔は浮かない表情だった。
「何か、気になるところとか、直した方がいいところがあるなら、言ってほしいんだけど?」
「ううん、それでいいと思うよ。でも……うん、私も頑張って春来を追いかけるよ!」
春翔は、自分を鼓舞するような雰囲気で、そんなことを言った。
「追いかける?」
「春来は気にしなくていいよ。それより、そろそろ帰らないと、ママ達が心配するよ?」
「ああ、そうだね。それじゃあ、今日は帰ろうか」
そうして、春来と春翔は帰ることにした。
この時、春来は春翔の真意に気付くことはなかった。