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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
152/272

ハーフタイム 17

 夕食を終え、春来達は多少落ち着く時間ができた。

 一方、先生は忙しなく、様々なところと連絡していた。

「春来君と春翔ちゃんの父さん達にも連絡しておいたよ。今は警察官が家の外を張ってるそうだから、しばらくしてから帰った方が良さそうだよ」

「うん、わかったよ」

「あと、警察の方には、朋枝ちゃんが誘拐されたって通報があったみたいだね」

「誘拐?」

 一瞬、何を言われたのか理解できず、春来は聞き返した。

「ふざけた話だよね。自分達がしてきたことは棚に上げて、被害者面してるみたいだよ」

「それじゃあ、僕達は誘拐犯ってことになっているのかな?」

「子供のしたことだし、警察の方は家出って扱いで動いてるらしいよ。まあ、この辺はビーとかいう人に任せればいいんだよね?」

 不意に先生から「ビー」という名前が出て、春来は戸惑った。

「春来君達の知り合いだっていうから話を聞いて、現在進行形で警察の情報なんかもくれてるんだけど、こんな情報までわかるなんて、何者なのかな?」

「僕もよくわからなくて……」

「まあ、協力してくれるならありがたいし、それでいいけどね。誤情報も流してくれたみたいで、私のとこに捜査が来ることはなさそうだよ」

 そう言った後、先生は軽くため息をついた。

「まあ、私はいつも他の先生から下に見られてるし、何もしなくても変わらなかったと思うけどね」

「そんなことないよ。先生が協力してくれたから……」

「私が生徒に協力したとして、生徒が私を信用するわけないってのが、他の先生の考えだよ。まあ、そのおかげで君達を匿うことができてるって考えれば、むしろ良かったよ」

 自虐のようにそんなことを言った先生を見て、これまで様々な苦労があったのだろうと春来は感じた。それこそ、先生同士のいじめみたいなものもあったんじゃないかとさえ思えた。

「とりあえず、後で知り合いの医者が来てくれるから、朋枝ちゃんの怪我を改めて見てもらうよ」

「はい、ありがとうございます」

「ただ、他の人が来る前に、朋枝ちゃんがどうしたいかを先に聞いておこうかね。その方が、朋枝ちゃんも話しやすいでしょ?」

 先生の提案に対して、春来も賛成だった。ただ、朋枝は浮かない表情だった。

「どうしたいと言われても……さっき言ったとおり、今の状況を変えたいとは思っています。でも、どうすればいいかわからないんです」

「それじゃあ、具体的にどういったことができるかを話すよ」

 そんな前置きをした後、先生は真剣な表情で話し始めた。

「まず、消極的なものだと、『見守り』なんて言われるんだけど、児童相談所からの指導や、定期的な状況確認はしつつ、今の生活を継続するというものがあるよ」

「そんな方法じゃ、何も解決しないよ!」

「春翔、僕も同じ考えだけど、ここは朋枝に決めてもらおうよ」

「……うん、わかった」

 人に言われたからという理由でなく、朋枝自身がどうしたいかを考えてほしい。そんな思いから、春来は春翔の意見を止めた。そして、春翔も春来と同じように考えてくれたようだった。

「一応、基本的な考えとしては、家庭内の問題を解決してもらったうえで、家族一緒に暮らしてほしいというのが、一番の目的になってるの。それで、指導して解決するなら、それが一番だって消極的な解決方法が取られることも多いんだよ。だから、朋枝ちゃんが今の生活を続けたいと強く訴えた場合、恐らく見守りといった方法が取られるんじゃないかな」

 色々と言いたいことがあったが、春来と春翔は黙っていた。それだけでなく、朋枝もどう答えればいいかわからないようで、黙っていた。

「次に対策として取られそうなのが、『一時保護』というもので、これはその言葉のとおり、虐待を受けている子を一時的に保護することだよ。聞いた話だと、児童相談所に併設されてる施設とか、後で詳しく説明するけど、児童養護施設とかで、数ヶ月ほど暮らすことになるみたい。それで、家庭の問題が解決した後、家に戻されるといった流れみたいだよ」

 インターネットを利用して、様々なことを調べてきたため、春来にとって、先生の話は既に知っていることだった。

「これは、親子を一旦離すことで、状況の改善を狙ったものでもあるの。虐待をする理由として、子育てのストレスなどが原因のケースもあって、その場合、少しの間だけでも親子の距離を取ることで、解決することもあるそうだよ。これも、さっき話したとおり、最終的には家族一緒に暮らしてほしいというのが一番の目的だから、一時的に施設で暮らした後は、元の生活に戻るって形になるよ」

 一時保護は、子供を守るため、児童相談所などが両親の許可を得ることなく行えるものだ。しかし、一時保護を受けた後、安全が確認されたという理由で家に帰された子供が、また虐待を受け、最悪の場合、亡くなってしまったという話はたくさんある。そのことを知る春来は、複雑な気持ちだった。

「最後に話すのが、完全に親元を離れて暮らすというものだよ。さっき少し話したけど、児童養護施設というのがあって、そこには何かしらかの理由で親と暮らせなくなった子供達が暮らしているの。一時保護をした後、児童相談所などが子供を親の家に帰しちゃいけないと判断した時も、こうした方法が取られることがあるよ」

 そう言った後、先生は一瞬だけ春来達の方へ視線を向けた。それから、軽くため息をついた後、話を続けた。

「ただ、この近くに児童養護施設はないし、これを選択した場合、高い確率で転校することになると思うの。当然、春来君達とは離れ離れになるってことだよ」

 春来にとって、そのことは既に知っていることであり、覚悟していることでもあった。ただ、朋枝は今初めてそのことを知った様子で、戸惑っていた。

「その……」

 朋枝は泣きそうな表情で春来達に目を向けてきた。

「春来さん、春翔さん、私はどうしたらいいですか?」

 朋枝の質問に対して、春翔は反射的にすぐ答えようと口を開いた。ただ、先ほど春来に言われたことを思い出したのか、何も言うことなく、春来に目を向けてきた。それを受け、春来は少しだけ悩んだものの、自分の思いを伝えることにした。

「朋枝のことがあって、虐待について色々と調べて、今聞いた話は僕も知っていたよ。それで……最初に伝えたいことは、僕達は離れ離れになっても、朋枝の友達だよ」

 春来がそう伝えた直後、春翔はすぐ反応するように、朋枝に目を向けた。

「うん! 離れたって、私も朋枝ちゃんの友達だよ!」

「……ありがとうございます」

 朋枝は、目に涙を浮かべながら、ゆっくりと礼を言った。

「それと、最終的にどうするかは朋枝に決めてほしいんだよ。だから、これから僕が言うことは、あくまで一つの意見として聞いてくれないかな?」

「……わかりました」

 それから、春来は少しだけ間を空けた後、口を開いた。

「これは、朋枝が幼稚園にいた時、実際に体験していることでもあると思うけど、児童相談所に相談したものの、それで悪化したケースがあるってことを知ってほしいかな。朋枝の場合、先生や警察、それに児童相談所の人にも、朋枝のお母さんが色々と言って、そのとおりの対応を全部がしてしまっていて……」

 説明しながら、春来は朋枝の現状を改めて理解していった。その結果、今の状況があまりにも良くないと自覚してしまった。

「他に何か頼れるところがないかって探してみて、虐待を撲滅しようといった個人の団体をいくつか見つけたんだけど、そこは虐待と呼べないようなことを虐待と扱うように推進しているというか……朋枝みたいに、本当に助けが必要な人にとって、邪魔なものとしか思えなかったんだよね」

 虐待を受けている子の多くは、そのことを自覚できていない。そうした問題は、ビーから聞いていたし、解決するべき問題だと思っていた。ただ、春来が調べた団体は、少しでも親に不満を持ったら、それは虐待だと主張していた。そして、その結果、児童相談所への通報が増え、本当に対処するべき問題が後回しになっているという現状を知った。

「それなら、単に家出をすればいいとか、誰かの家で暮らすようにすればいいとか、そうも思ったけど、そんなこと、子供じゃできないと思って……ごめん、結局僕もどうすればいいか、わからないんだよ」

 両親達が、朋枝自身に決めさせるべきだと言っていたものの、春来は何が一番いい方法だろうかと模索していた。ただ、いくら調べても、何が一番いいのか、結論を出すことはできなかった。

「ただ、朋枝がこんな怪我を負っていること。朋枝が精神的に追い詰められていること。それは、絶対に止めたいと思ったんだよ」

 自分の意見で、朋枝の結論が変わってしまうかもしれない。そして、それは間違った結論になってしまうかもしれない。そんな不安を持ちながら、春来は自分の思ったことを伝えた。

「私は……」

 朋枝は、そうした春来の思いを受け、さらに悩んでしまったように見えた。ただ、そんな朋枝に、これ以上伝えるべき言葉が何なのか、春来はわからず、何も言えなかった。

「人生なんて苦労ばっかで、はっきり言って何を選択しても間違いばっかだよ」

 不意に先生は自暴自棄な感じで、そんな言葉を言ってきた。

「生きてるだけで不幸って感じで、実際そんな世の中だから、自殺者だって年々増えてく一方なんだよね。私も、ただ生きてるだけで苦痛になる時があるし、いっそのこと死んだ方が幸せだなんて思ったこともたくさんあるよ」

 朋枝を励ますべき状況で、そんなネガティブなことを言われ、春来はどう反応していいか困った。ただ、先生の態度や話し方は、むしろ朋枝を励まそうとしているように見えた。

「私の父さんは医者で、母さんは看護師なんだけど、今は設備が整ってない海外の国で、一人でも多くの人を救おうと頑張ってるんだよ。それで、何でそんな苦労しかないことをするのって聞いたことがあるんだけど、父さん達は『一人でも笑顔にしたいから』って言ったんだよね」

 そう言うと、先生は笑顔を見せた。

「色々と嫌になることばかりだけど、私は今も生きて、こうして笑顔になれる。だから、朋枝ちゃんも春来君も春翔ちゃんも、みんな笑顔になってほしいよ。まあ、何が言いたいかというと……」

 先生は、間を置くように、順に春来達に笑いかけた。

「まだ子供なんだから、やりたいようにしてよ。ここは、大人達がどうにかしてあげるよ」

 先生からそんな風に言われたものの、春来達は何も言えなかった。

 そうして、しばらくの時間が過ぎた後、朋枝が口を開いた。

「私は……お母さんと離れて暮らしたいです。私はお母さんのことが大好きですけど……それでお母さんを苦しめているように感じています。だから、お母さんとは離れて暮らしたいです」

 朋枝の言葉の中には、いくつか気になるものがあった。というのも、朋枝の母親は朋枝のことをモノ扱いしていた。そんな母親のことを心配する必要があるのかと、怒りにも近い感情を春来は持った。ただ、母親と離れたいという思いについては賛成しかなく、何も言えなかった。

「うん、それじゃあ、そんな朋枝ちゃんの思いを少しでも叶えられるような方法を取るね」

 そう言うと、先生はスマホを操作した。

「こっちの話は済んだから、みんな、来ていいよ」

 どこに連絡したのだろうかと疑問を持っていたら、家のチャイムが鳴った。そして、先生はすぐに玄関の方へ向かった。

 それから少しして、先生と一緒に年配の男性が入ってきた。

「この人は知り合いの医者だよ。朋枝ちゃんの怪我、ちゃんと見てもらうだけじゃなくて、虐待によるものだって診断書を書いてもらうよう、お願いしたんだよ」

「その言い方は語弊がある。虐待が原因の怪我じゃないなら、絶対にそんなこと書かない。まあ……その怪我は虐待が原因だと思う」

 男性は、朋枝を一目見て、そんなことを言った。春来も普通にできた怪我じゃないと思っているほどだから、医者から見れば、尚更すぐ判断できたようだ。

「あと……大丈夫だから、入ってきてよ」

 先生がそんな風に言った後、二人の女性が入ってきた。その直後、朋枝が驚いた様子を見せた。

「先生!? それに記者さん!?」

「朋枝ちゃん、久しぶりだね」

「今度は、絶対に朋枝ちゃんを助けるからね」

 そのやり取りだけだと意味がわからなかったが、話を聞くと、この二人の女性は、朋枝が幼稚園にいた時に助けようとしてくれた、先生とその友人の記者だった。

「すいません。私のせいで、二人とも仕事を辞めさせられたと聞いて……」

「ううん、自分達の意思で辞めたんだよ。あの後、私は児童相談所の職員になったの。今度は、上からの圧力なんて無視して、朋枝ちゃんを全力で助けるよ!」

 幼稚園の先生だった女性は、児童相談所の職員になったそうだ。自分の意思で辞めたという言葉のとおり、幼稚園の先生を辞めたことを後悔している様子はなかった。

「私は記者の仕事を辞めて、カウンセラーになったよ。これも、虐待を受けた子の心のケアが絶対に必要だと気付いて選んだもので、私の天職だと思っているよ」

 そして、元記者だという女性も、一切の後悔がない様子だった。

「とりあえず、先に怪我を見させてもらうよ。まだ応急処置しかしていないんでしょ?」

 それから、朋枝の怪我を医者に見てもらった後、朋枝の口から母親と離れて暮らしたいという意思を伝えてもらった。それを受け、今後、虐待の事実をどう証明して、さらにはどうやって朋枝を保護するかといった話があった。ただ、ここまでの話になると、大人に任せることしかできず、春来と春翔は黙って話を聞いているだけだった。

 そうしていると、不意に先生がこちらに目を向けた。

「春来君、春翔ちゃん、もう家の方は大丈夫そうだよ。私が家まで送るから、後は任せてくれないかな?」

 そんな提案をされて、春来はすぐ朋枝に目を向けた。すると、朋枝は穏やかな笑顔を見せた。

「私は大丈夫です。春来さん、春翔さん、ありがとうございました」

 信用できる人と一緒にいる今、朋枝の気持ちも落ち着いたようだった。そのことを確認して、春来達は先生の提案を受けることにした。

「それじゃあ、僕達は行くよ」

「朋枝ちゃん、自分のしたいこととか、ちゃんと伝えてね」

 そうした言葉を残して、春来と春翔はその場を後にすると、先生の車に乗った。

 それから家に向かう間、春来達は何を話せばいいかお互いにわからず、黙っていた。そうして家に着くと、そこには家の前で待つ両親達がいた。

 先生は、軽く両親達と話したものの、簡単な挨拶に近いもので、すぐに話は終わった。そして、また春来達の方へ顔を向けた。

「それじゃあ、私は戻るよ」

「うん、先生、ありがとう」

 春来達に対しても軽く挨拶をする程度で、先生は行ってしまった。それは、春来達を両親の元へ戻そうといった強い意思があってのことだったように感じた。

 そうして、両親達の前に残されたものの、春来と春翔は何を言えばいいかわからなかった。ただ、帰りが遅くなってしまったことを謝ろうとしたところで、両親達の方が先に話し始めた。

「春翔、春来君、よく頑張ったな」

「怖かったでしょ? もう大丈夫だからね」

「無事に帰ってきてくれただけで、私達は嬉しいわ」

「春来も春翔ちゃんも、本当にありがとう。ここからは、僕達に任せてよ」

 これまで様々なことがあり、春来と春翔はずっと気を張っていた。それは、朋枝を連れ出した後も同じで、朋枝を不安にさせないようにと気を張り続けていた。

 ただ、両親達を前にして、もう安心できると思った瞬間、春来と春翔は、自然と涙が溢れてきた。

 そして、両親達はそんな春来と春翔を慰めるように、優しく抱きしめてくれた。

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