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TOD  作者: ナナシノススム
ハーフタイム
150/273

ハーフタイム 15

 春来は、長い時間をかけて、朋枝が虐待を受けているという事実をクラスメイトに伝えた。

 虐待については、春来自身も知ったばかりで、わかっていないことも多い。また、先ほど春来の話が難しいと言っていた人もいた。そのため、春来は簡単な言葉を選びながら、なるべくわかりやすく説明しようと努めた。

「朋枝、入学式から休んでいたし、最近もよく休んでいるけど、それは事故や病気が原因じゃなくて、虐待によるものだったんだよ。その証拠に、朋枝は昨日、風邪で休みと言っていたけど、買い物に行かされていたんだよ」

「買っていた物、少しだけ見たけど、朋枝ちゃんの買い物って感じじゃなかったの」

 それだけでなく、春翔も所々フォローするように説明してくれた。そのおかげもあり、みんなは朋枝の現状を少しずつ理解してくれたようだった。

「親が自分の子供をモノ扱いするなんて、本当に信じられないけど、朋枝の母親はそんな感じだったんだよ。それに、一緒に暮らしている男もひどくて、日常的に暴力を振るっているみたいだよ」

 みんな、ある程度は話を理解してくれている様子だった。同時に、そんなことがあるのかと、信じられない気持ちもあるようで、複雑な表情になっていた。

「お父さんやお母さんとかにも相談して、それで色々と協力してくれる大人達もいるんだけど、朋枝自身が虐待されていると訴えない限り、解決は難しいみたいなんだよ。だから、僕達……子供達だけで何か解決できる方法はないかと考えていて……みんなも一緒に考えてくれないかな?」

 春来と春翔だけで話し合っても、いい案は浮かばなかった。しかし、クラスメイト全員で考えたら、何かいい案が生まれるかもしれない。そんな期待をして、春来は提案してみたものの、みんなの反応は微妙なものだった。

「子供達だけでって言われても……」

「先生も協力してくれなさそうだよね」

「私達にできることなんてあるのかな?」

 特に誰からといった感じでもなく、みんなそれぞれが思ったことをそのまま口にし始めた。それは全体に広がり、いつの間にか不安な空気がこの場にできてしまった。

 春来は、そんな空気を変えたいと思ったものの、自分自身が何の案もない状態のため、ただ見ていることしかできなかった。

「春来、もう答えは出ているんじゃないの?」

 その時、不意に春翔がそんな言葉をかけてきた。春翔はみんなと違い、不安など一切ないといった感じで笑顔だった。そんな春翔に引っ張られるように、この場の空気も変わったように感じた。

「春来が思ったことを、そのままみんなに伝えてよ。それが、きっと私達にできることだよ」

 春翔の言葉の意味は、よくわからなかった。ただ、春来は言われたとおり、自分の思っていることをそのまま言葉にしようと決心した。

「朋枝は、誰も味方がいない……一人だと思っているみたいなんだよ。だから、一人で我慢すればいいとか、悪い方に考えてしまっているんだと思う。僕も同じように考えてしまうことがあって、今朝みんなに集まってほしいとお願いしたけど、誰も来てくれないと思っていたんだよ」

「そんなことあるわけないじゃん」

「春来君のお願いなら、絶対に聞くよ」

「いつも助けてもらってるもん」

 みんなは、春来の話を遮るようにして、強く否定してきた。それを受け、春来は自然と笑みが零れた。

「まだ信じられないけど……みんなのおかげで、僕は一人じゃないって少し思えてきたよ。それで……朋枝にも一人じゃないって伝えることができたら、何か変わらないかなって思って……」

 相変わらず自信を持つことができなくて、たどたどしい言い方になってしまったものの、春来は自分の考えを伝えることができた。すると、みんなは春来の思いを肯定するかのように、穏やかな笑顔を見せてくれた。

「それじゃあ、やることは決まってるぜ」

「てか、最初からそう言えば良かったじゃねえかよ」

 男子二人は、少し呆れた様子も見せつつ、そんな風に言ってきた。

「春来、だったら今からみんなで、朋枝ちゃんの家に行こうよ!」

 そして、春翔は代弁するように、春来のしたいことを言ってきた。ただ、春来はそれをそのまま受け入れることができなかった。

「いや、そんなことしたら、みんなも嫌がらせみたいなことを受けるかもしれないし……」

 みんなが協力してくれたら嬉しいと思いつつ、これまで朋枝を助けようとした人達が被害を受けたという事実がある。そのため、一緒に考えてもらうだけで、何かしらか行動してもらうのは控えてもらおうと思っていた。しかし、そんな春来の心配をよそに、みんなの心は決まっているようだった。

「朋枝ちゃんだって、大事な友達だよ!」

「ああ、そうだ!」

「そんな嫌がらせなんて怖くないよ!」

 みんなが全部を理解しているかどうかはわからない。むしろ、どんなリスクがあるかわかっていない人の方が多いだろう。そう思いつつ、みんなの強い思いを受け、さすがに春来は拒否できなかった。

「わかったよ。みんな、一緒に来てくれないかな?」

「うん、早速行こうよ!」

 そうして、春来達はみんなを連れて廃墟を出ると、朋枝の家へ向かった。

 しかし、数十人の子供達で移動するというのは、思いのほか目立つものだった。問題なのは、近くに先生らしき人がいないことで、子供達だけで集まり、どこかへ向かっているという、周りから危ないと認識される状態だった。

 とはいえ、巻き込まれたくないと思っているのか、直接話しかけてくる人は一人もいなかった。その代わり、こちらをうかがいながら、どこかへ電話している人などがいて、春来はまずいと感じた。

「みんな、先生とか警察を呼ばれるかもしれないから、ちょっと急ぐよ」

「だったら、二手に分かれてかく乱しようぜ。俺達はこっちの道から朋枝の家を目指すぜ」

「そっちの道でも、同じぐらいに到着するだろうし、行けそうにねえ時は、また俺達が囮になってやるよ」

 今日、警戒されているにもかかわらず、春来と春翔がすぐ教室を出られたのは、男子二人が担任教師の注意を引いてくれたおかげだ。協力をお願いした時、こうしたことを期待していたものの、本当に助けになってくれて、春来は嬉しかった。

「ありがとう。じゃあ、僕達はこっちから行くよ」

「それじゃあ、私が分けちゃうね。ここから前の人は、私達と一緒に来て」

 春翔のおかげで、スムーズにグループを分けると、改めて春来達は朋枝の家を目指した。ただ、ここまでしたものの、まだ不安があり、なるべく早足で向かうようにした。

 そうして、朋枝の家の近くまで来たところで、春来達は足を止めた。

「やっぱり……ここに来たね」

 そこには、待ち伏せしていたかのように、担任教師と、制服を着た警察官がいた。

 先ほど、どこかへ連絡している人がいたため、担任教師や警察官がいる可能性があると、春来は考えていた。ただ、その両方がいるというのは、さすがに想定外だった。

「緋山君、藤谷ちゃん、先生の言うことが聞けないのかな?」

 怒った様子の担任教師を前に、春来は委縮してしまいそうになった。ただ、勇気を振り絞るように深呼吸をすると、口を開いた。

「朋枝は虐待を受けているよ。だから、僕達で助けに来たんだよ」

「だから、虐待なんてないと言ったはずだよ?」

「先生は、何もわかっていないよ!」

 相変わらず、話の通じない担任教師を前に、春来は怒りを感じていた。そして、一緒にいる警察官に目を向けた。

「お巡りさん、聞いてください。朋枝は日常的に暴力を受けていて……」

「ああ、それは違うんだよ。みんなも誰かの気を引くために嘘をつくことがあるんじゃないかな? 朋枝ちゃんが言っていることもそれと同じなんだよ」

「違うよ! 朋枝は本当に……」

「前もそんな話があって、僕達警察がしっかり調べたよ。それで、虐待なんてなかったってことをちゃんと確認したんだよ」

 担任教師だけでなく、警察官とも話が通じなかった。ただ、この警察官は担任教師と違い、何も知らないというより、知ったうえで嘘をついているような雰囲気を春来は感じた。同時に、ビーから聞いた警察の実情について思い出し、これが事実なんだろうと失望した。

「君達も朋枝ちゃんの嘘に騙された被害者だってことはわかったよ。だから、ここはすぐに帰って……」

「だったら、何で昨日、朋枝が買い物に行ってたのか、説明してくれないと納得できないぜ」

「ああ、ちゃんと説明してくれねえと、俺達は帰らねえからな」

 途中で別の道を行った人達は、反対の方角から来たようで、ほとんどの人は既に朋枝の家の前で待機していた。そのうえで、男子二人は担任教師と警察官に捕まった春来達を助けるため、近付いてきてくれたようだった。

「緋山君達に何を言われたのか知らないけど、君達まで、そんないい加減なことを言って……」

「昨日、朋枝に会ったっていうのは、嘘じゃないぜ」

「そんな嘘をついても、しょうがねえだろ」

 その時、男子二人がこちらに目を向けてきて、自然と目が合った。それは、いわゆる目配せで、男子二人が何を伝えたいか、すぐに察した。そして、春来は軽く膝を曲げた後、思い切り地面を蹴った。

 担任教師と警察官は、男子二人に気を向けていたため、不意な春来の行動に何の対応もできなかった。そうして、春来は担任教師達の横を抜けると、そのまま男子二人の横も通り抜け、朋枝の家の前に立った。

「朋枝、聞こえているかな!? 朋枝は一人なんかじゃないよ! 朋枝のために、みんな集まってくれたんだよ!」

 朋枝が家の中にいる保証はない。もしかしたら、また買い物に出かけてしまっているかもしれない。それでも、春来は朋枝に向けて、大きな声で叫んだ。

「そうだよ! 朋枝ちゃん、みんな来てくれたよ!」

「朋枝ちゃん!」

「朋枝、中にいるんだろ!?」

 春来の動きに翻弄されたせいか、担任教師達は子供達を止められず、気付けば全員が近くに集まり、朋枝に向けて思い思いに叫んでいた。

 そうしていると、家のドアが開いた。しかし、出てきたのは朋枝の母親と、その男だった。

「うるさいわね! 何の騒ぎよ!」

「ガキどもがうるせえな!」

 威圧するような二人の態度に、みんな驚きや怯えを持ったようで、黙ってしまった。このままだと、みんな怖がって離れてしまうかもしれない。そう思い、春来は勇気を振り絞るように、また深呼吸をした。

「朋枝に会わせてよ!」

「朋枝は風邪だって言ったはずよ?」

「そうだ! 先公、言ってねえのかよ!? 使えねえな!」

「いえ、私は伝えたんですけど、この子達が勝手に……」

「それを止めるのが先生の仕事よ?」

「はい、本当にすいません」

 担任教師は、二人の言いなりといった感じで、まったく口答えしなかった。

「お巡りも、子供だからって甘くしねえで、サッサと全員捕まえろ!」

「そうよ。近所迷惑じゃない」

「はい、わかりました! みんな、そういうことだから、すぐ家に帰りなさい!」

 そして、警察官も同様に、春来達の味方をする気はないようだった。そんな状況を確認したものの、春来は諦めたくなかった。

「朋枝、一人で我慢すればいいなんて思っているなら、それは間違いだよ! 僕は朋枝の友達だから、朋枝が嫌な思いをしているなら助けたいよ! 朋枝が我慢するということは、僕も我慢することになるんだよ!」

「そうだよ! 朋枝ちゃん、私達が助けるから出てきてよ!」

 春翔も同じ気持ちのようで、一緒に叫んでくれた。

「うるせえな! サッサと帰れと言っただろ!」

「そうよ。私のモノに勝手なことを言わないで」

 朋枝の母親達は、春来達を拒否するような態度だった。それを受け、春来は帰るしかないのかと、諦めそうになった。

「俺達は帰らねえよ! 朋枝、中にいるんだろ!?」

「朋枝、とにかく話そうぜ!」

「朋枝ちゃん、聞こえる!」

「朋枝、出て来いよ!」

 ただ、男子二人を筆頭に、みんなもまた声を上げてくれた。その結果、朋枝の母親だけでなく、担任教師や警察官は、どうしていいか戸惑っているようだった。

「うるせえ! 黙れ!」

 そんな中、男だけは態度を変えるどころか、春来に殴りかかってきた。そして、咄嗟に両腕で防いだものの、春来は吹っ飛ばされるようにして倒れた。

「春来、大丈夫!?」

「いいぜ! やってやろうぜ!」

「ああ、ここまで来たらやってやる!」

 心配して駆け寄ってきた春翔と違い、男子二人は男に向かっていき、蹴りなどを繰り出した。それをきっかけに、他のみんなも男に飛び掛かった。小さい体は、本来不利なものだ。ただ、大勢で脚を押さえた結果、男は自由に動けなくなった。

「おまえら、どけ!」

 男は腕を振り、みんなを振り払っていったが、次から次へと飛び掛かる子供達を相手に、どうしていいか困っているようだった。

「もう、やめてください!」

 その時、玄関の方から声が聞こえ、目をやると朋枝が立っていた。

「私は大丈夫です! だから、もうみんなやめてください!」

 朋枝はそう言ったものの、一目見て気になることがあった。朋枝の目元は青く、痣になっていた。それだけでなく、頬も真っ赤に腫れていた。それは、男の暴力によってできたものだと、春来はすぐに察した。

「朋枝、勝手に出てくるんじゃねえ!」

 みんなが戸惑ってしまったことで、男が朋枝に近付くのを止められなかった。そして、男は朋枝に向けて、右腕を振り上げた。

 その間、春来は何も考えることなく、とにかく朋枝の方へ向かい、咄嗟に朋枝を庇った。その結果、男から背中を殴られ、朋枝と一緒に倒れてしまった。

「春来さん!?」

「僕達は、朋枝を助けたいんだよ!」

 男に殴られたことなど気にせず、春来は自分の思いを叫んだ。

「そんな……私なんていなくていい存在なのに……」

「そんなことないよ! 朋枝は、ここにいて、僕達と友達になってくれたじゃん! だから、友達として……朋枝の友達一号として、朋枝を助けたいんだよ」

 そして、春来は真っ直ぐ朋枝に向けて手を伸ばした。

「でも、朋枝が助けてほしいと言ってくれないと、僕達は朋枝を助けられないんだよ」

 それは、両親から聞いた話を受けて、伝えようと思っていたことだ。

「朋枝が、今の生活に満足していて、助けなんていらないって言うなら、僕達は帰るよ。でも、もしも今の生活に不満を持っていて、助けてほしいと思っているなら、そう言ってほしい」

「そんなこと思う訳ないでしょ! そいつは私のモノよ!」

「勝手なことを言ったら、許さねえからな!」

 朋枝の母親達は、またみんなが押さえてくれているものの、朋枝を怖がらせるような言葉を伝えた。それを受け、朋枝は身体を震わせていた。

「私は……」

「途中で逃げるなんてことは、絶対にしないよ」

 さっきから、朋枝は顔を下に向けて、こちらと目を合わせないようにしているようだった。しかし、この瞬間、朋枝は顔を上げ、自然と目が合った。それから少しして、朋枝の目から涙が零れた。

「助けてほしいです……。助けてください!」

「うん、助けるよ!」

 春来は笑顔で答えると、玄関にあった朋枝の靴を手に取った。

「朋枝、靴を履いてよ」

「はい、わかりました」

「ここは俺達に任せていいぜ!」

「その代わり、春来と春翔に朋枝を任せるからな! とにかくここから逃げろ!」

 朋枝に靴を履かせた後、春来は朋枝の手を握った。そして、みんなが押さえている間に、大人達の横を通り抜けた。

「春来、朋枝ちゃん、こっちだよ!」

 そして、何か考えがある様子の春翔に案内される形で、春来達はその場を後にした。

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