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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 14

 冴木さえきまさるは、パソコンのモニターに表示されたものを、ただ見続けていた。特にキーボードを打つこともなければ、マウスを動かすこともない。言ってしまえば、そこに書かれていることも頭に入ってきていない。それでも、冴木はモニターを見続けていた。

 その時、スマホが鳴り、冴木はモニターから目を離した。そして、スマホに表示された「篠田灯」という名前を見て、冴木はため息をついた。

 それから少しだけ間を置いた後、冴木は電話に出た。

「何の用だ?」

「良かった、ちゃんと出てくれたわね」

「出なかったら、俺を『殺人犯だと通報する』と脅されているからな」

「別に、やましいことがないなら、そんなの気にしなくていいんじゃないかしら?」

 冴木が視線を落とすと、机に置いた銃と銃弾が目に入った。そんな状況のため、篠田の言葉は嫌なものだった。

「俺はいつもどおり、何も答えたくない」

「そう言いながら、少しずつ答えてくれるじゃない」

「……最初に断固拒否するべきだったな」

「もしも、そうしていたら、それこそ殺人犯だって色んな雑誌で記事にしたわよ」

「つまり、俺はおまえに見つかった時点で、チェックメイトということか」

 チェックメイトというのはチェスの用語で、将棋で言う王手を意味している。冴木のところに篠田が来たのは先月のことだったが、その時点で篠田が多くの情報を持っていて、冴木は一気に追い詰められた。それから、冴木は嫌々ながらも自らが持つ情報を篠田に伝えざるをえない状況に置かれてしまった。

「今日は何の用で連絡してきたんだ?」

「うん、それなんだけど……冴木は『TODティーオーディー』って知っているかしら?」

 その瞬間、とにかくすべてのものを拒否したくなり、冴木は目の前が真っ白になるような感覚があった。そうして、少しの間、意識が飛んでしまったかのような状態になった。

「……ちょっと!? 大丈夫!?」

 どれだけの時間が経ったかわからないが、篠田の声で冴木は我に返った。

「すまない、聞こえている」

「その様子だと、知っているみたいね。まあ、実をいうとあなたがTODに参加していたことは、裏も取れているの」

 篠田は、あらかじめ全部確認しておきながら、あえて質問をしてくる。それは、こちらの動揺を誘いつつ、情報を引き出そうと考えてのことだと理解しているが、冴木はいつもそうした篠田の策にはまってしまっている。

「……どこまで調べたんだ?」

「まず、TODのルールについて知ったわ。でも、もしかしたら、あなたが参加した時から変わっているかもしれないし……」

「いや、今のTODのルール、俺が参加した時と同じだ」

 今、パソコンのモニターには、TODのルールについて書かれた画面が表示されている。篠田から連絡が来るまで、冴木はこれをずっと目にしていた。



  ルール


 TODはターゲット、オフェンス、ディフェンスで、行われるゲームです。

 ターゲットは、東京で暮らす高校生の中から、ランダムで1名が選ばれます。

 オフェンスは、オフェンスを希望した応募者から、抽選で5名の方が選ばれます。

 ディフェンスは、ディフェンスを希望した応募者から、抽選で5名の方が選ばれます。


 ルールは至って単純で、ターゲットを中心に、オフェンスとディフェンス、どちらの陣営が勝利するかを競ってもらいます。

 ゲーム開始から127時間が経過するまでにターゲットが死亡した場合、オフェンスの勝利。

 それ以外の場合、ディフェンスの勝利。

 ルールは、ただそれだけです。


 勝利した者には、賞金として500万円が与えられます。

 オフェンス、ディフェンスで参加してくださる方の応募を、お待ちしています。



 以前から思っていたが、あまりにも簡素なルール説明で、冴木はいきどおりに近いものを感じていた。

「人の命がかかっているとは思えない、無機質なルールが書かれているが、これがTODのルールだ」

「あなたも私と同じものを見ているみたいね。このTOD、去年の2月から始まって、毎月やっているみたいだけど、その認識は正しいかしら?」

「……どこまで調べたのか知らないが、俺もそこまではわからない」

「そう、じゃあ、あなたが初めてTODに参加したのが去年の2月。それからあなたは5回――6月まで毎月ディフェンスとして参加して、全部勝利したって話は本当かしら?」

 篠田の言うとおりで、冴木は返答に困った。というのも、冴木の答えを篠田が必要としている様子ではなかったからだ。

「どうせ、裏を取っているんだろ?」

「ええ、私はこれまでターゲットに選ばれた人を特定したの」

「そんなこと、できるのか?」

「記者を舐めないでよ。それに、私は普段から高校生の取材をしているし、簡単だったわ。ちなみに、最近は高校サッカー界で注目されている高畑孝太君の記事を多く載せているから、是非見てほしいわ」

「わかった、時間があったら見る」

「その反応は絶対見ないわね。まあ、いいわ。去年の2月から6月までのところで、ターゲットに選ばれた人に取材したの。それで、あなたがディフェンスとして参加していたことを確認したわ」

 そんなことまでどうやって調べたのかと疑問に思いつつ、自分から情報を出すタイミングでないと考えて、冴木は黙った。

「当時はディフェンスの圧勝っていうか、ターゲットに選ばれた人、みんな何の危険もなかったと言っていたわ。普通に考えれば、こんな簡素なルールしか書かれていない状態で、金のために誰かを殺すなんてリスクしかないし、当然よね。でも……去年の7月から状況は変わった」

 そこで、篠田の声のトーンが変わった。

「去年の7月、初めてオフェンスが勝利した……つまり、ターゲットが死亡した。それから、今年の5月まで、全部ターゲットが死亡して、オフェンスの勝利になっているわ。一応、先月はディフェンスの勝利になっているみたいだけど、ここまでオフェンスが勝利する状況はどうかと思うわ。だって、ターゲットはランダムに選ばれた高校生でしょ? それが、ほぼ毎月死亡している……殺されているなんて、さすがに見過ごせないわ」

「おまえの言うとおりだ。ただ……そんなにターゲットが殺されていることは知らなかった。俺はTODから離れることを選択して、これまで調べてこなかったが、金のために人を殺す奴……いや、単に人を殺したい奴がオフェンスで参加しているんだろうな」

「やっぱり、あなたは丁度一年前にディフェンスとして参加して以来、TODから離れたのね」

 不意にそう返されて、また言わなくていいことを言ってしまったと、冴木は反省した。

「俺は……」

「隠したって無駄よ? だって、その時のターゲットが亡くなる前、あなたが会っていることは、前に話したとおり、知っているんだから」

 篠田が目の前に現れた時、一年前に亡くなった、ある高校生について、冴木が殺したのだろうと強い口調で問い詰めてきた。その時のことを冴木は思い出していた。

「……ごめんなさい。あの時は、あなたが彼を殺したと思っていたわ」

「そう思ってもしょうがない。実際、俺は彼を助けられなかった。それは……俺が彼を殺したようなものだ」

「あなたは本当に優しいわね。だから、いつもこうしてずる賢い私に、色々と話してくれるもの」

「それは褒めているのか?」

「すごく褒めているわ!」

 篠田の言葉に呆れつつ、そこで少しだけ間が空いた。

「……私、TODへの参加希望を送ってみたの。当然、ディフェンスでだけどね」

 冴木がその言葉を理解するのに、少しだけ時間を要した。

「……何を考えているんだ!?」

「調べれば調べるほど、こんなのおかしいし、何かできることがあるならしたいと思ったの。それで……こんなこと言うのもおかしいけど、TODに参加した経験がある、あなたに手伝ってほしいわ」

 篠田の言葉を受け、冴木は深いため息をついた。

「おまえのせいで、触れたくない過去にまた触れることになった。責任を取ってもらいたいぐらいだ」

「体で責任を取れなんて、いやらしい!」

「そんなこと言っていないだろ! まあ、抽選の結果、どうなるかわからないが……」

 そこで、冴木はキーボードとマウスを操作すると、TODへの参加登録を完了させた。

「俺もまた、ディフェンス希望でTODに応募した。ディフェンスに選ばれたら……違うな。たとえ、俺がディフェンスに選ばれなくても、篠田が選ばれたら協力する。いや、協力したい」

 そこまで言い切ると、篠田の笑い声が聞こえた。

「随分と協力的ね?」

「俺も、思うところが色々あったんだ。それを解消する機会にさせてもらう」

 そこで、お互いに何も言わない、妙な沈黙があった。

「……それじゃあ、今日はいいわ。TODと関係なく、またしつこく色々と聞くから、覚悟しなさいよ?」

「おまえに絡まれた時から、覚悟なんてできている」

「頼もしい言葉ね。それじゃあ、切るわ」

 もう一言ぐらい冴木は言おうとしたが、篠田の方から電話を切られて、それを伝えることはできなかった。

 改めて、冴木はパソコンのモニターに目をやった。今度は、ただ見続けるだけでなく、真剣に頭を働かせながら、そこに表示されたものを受け入れた。

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